電話線が切れて2週間

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9月28日に猛烈な台風17号の直撃に遭いまして、その際電話線がぶっつり切れてしまいました。

台風が去ってからNTTに修理をお願いしようとしても、故障係にはなかなか通じません。

大規模な被害で何千軒も電話線不通の家があって、その対応でたいへんらしいです。

順番待ちですね。市内の中心部でもあちこち電話線が切れていますから、当然そちらから順に修理がされて・・・。

島のはずれのこの村に修理が来てくれるのはいつになるか、と諦めていました。

大きな台風の直撃に遭ったのに停電は丸1日で復旧しました。

電気の復旧に1週間近くかかった年もありましたから、これだけでも助かります。




電話は携帯電話があるからまだ何とかなりますが、問題はインターネットです。

普段からメールはヤフーのフリーメールを使っていたので、よそへ行ってメールを見ることはできます。

朝、長女を高校に送った帰りに市の「ITセンター」に寄って交流ラウンジという部屋のパソコンを借ります。

平日の9時から5時まで誰でも無料で自由に使えます。

パソコンは5台ありますが、朝9時台はたいてい空いていて1人か2人しか利用者がいません。

一人1日1回で1回が1時間以内という制約はありますが、メールのやりとりや気象情報を見るくらいなら充分です。


ただ規制がきびしくてログインできないサイトが多いようです。

そして、2週間以上待ちましたが、昨日ようやく電話線の修理にきてくれたので、電話開通しました。


ブログも、ただでさえ更新が間遠くなっていたのに、ネットが使えない状態だったのでほったらかしでした。

数年ぶりの台風直撃、しかも経験したことのない猛烈な台風、なかなか味わえない巨大台風直撃の話を次回から載せたいと思います。


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超猛烈な台風 その1

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9月の台風21号は沖縄県内で相当な被害が出たようです。

石垣島も何年ぶりかの台風直撃でした。

なかなか経験できないことでしたので、1ヶ月も前のことですが、記録しておきます。



前回の7月の台風の時に念には念を入れて充分に片付けておいたので、すでにもうほとんど防風対策できています。

と言うか、防風対策したまま動かしてないということです。どうせまた台風来るんだから、ということで。

ですから家の中は屋上から下ろしてきた道具、椅子、テレビなどでますます狭くなっていました。

屋上の北側の風除けのトタンの壁は台風に備えて7月に撤去してしまいました。

夏休みの終わりには家族は東京と信州に行ってしまい、2週間ほど私一人になる予定だったからです。

そんな時に台風が来て一人で防風対策しなければならないと大変なことになります。

屋上のトタンの壁の撤去など強風の時に私一人ではできません。

で、風除け雨避けの壁ははずしたままひと夏を過ごすことになってしまいました。

せっかく熱帯夜も涼しく寝られるように屋上に日陰の屋根を設置したのに、暑い時期の2ヶ月間は屋上で寝ることはありませんでした。

蒸し暑い階下で、しかもネズミ避けのために窓を閉め切って、扇風機をぶんぶん最強に回して寝ていました。


さて、今回9月に直撃した台風17号ですが、フィリピン沖で発生した当時は中心気圧が890hPaなどと出ていました。

とんでもない猛烈な台風ですね。

実際には、石垣に近づいた頃には910hPaくらいになっていました。

それでも相当に大きな台風です。

しかも、この台風が近づいた9月末は、父さんは和歌山におばあちゃんを連れて墓参りの帰省中。

家には高校生の長女、中学生の次女、それに私、の女だけ三人です。

ちょっと心細いですね。

気象庁や米海軍のホームページの予想によると。台風はカーブして石垣島を直撃のコースになっています。

「ホントかな、これ?もしこんな勢力のまま島を通過したらタイヘンなことになるよ!」

まだだいぶ遠くに台風があるのにすでにかなりの強風です。

台風接近を恐れたその日は木曜日でした。いつもならゆっくり夜になって長女を迎えに行くのですが、風雨が強くなってきたので夕方早い時間に高校に迎えに行きました。

防風対策も手伝ってもらいたかったし。

「もしかすると明日の金曜日は暴風警報が出されて学校は休みになるかも」

暴風警報が朝の登校前に発令されれば休校になります。

数日後に予定されていた市の中学校陸上競技会は早々と延期が決りました。

家の外の飛びそうな物を片付けて、屋根のない簡易鶏小屋に入れてあった若鶏6羽を室内に回収。

室内に鶏小屋があるわけもなく、普段は外に放り出してある、要らないバスタブを利用します。

台風の時だけヒヨコを室内で飼うのに、バスタブに入れて家の中に入れてやります。東側の出入り口を入ったすぐの所にヒヨコの入ったバスタブを置きます。

これで東側から人間が出入りできなくなりました。

だんだん風の音がすごくなって、明日は暴風警報まちがいなし。

金曜日に学校が休みになると金土日の三連休になります。

台風中は外にも出ずにすることもなく、暇をもてあますでしょう。

よほどDVDでも借りてこようかと思いましたが、それは得策ではありません。

台風時は必ず停電になるからです。


あらかた片付けは明るいうちに済ませて、ろうそくや懐中電灯の用意もして、篭城の準備万端。

そして迎えた翌朝、6時前にケイタイに「石垣市災害情報配信メール」、暴風警報発令です。

そうか、やっぱりな、これで学校はお休みだ、ゆっくり寝よう・・・。

というのは子どもたちの方。

私はまだすることがありました。

子供たちを起こして朝ご飯の仕度はしなくて済みましたが、本当に暴風になる前に、外に繋いで飼っていた5匹のヤギと2匹の犬をどうにかしないとかわいそうです。

もう雨は横殴りに吹いています。暴風警報は警報であって、今が暴風になっているというわけではありません。

それでもこれは強風域を通り越しているんじゃないかな。なにしろ雨粒が顔に当たるとまるで小さな砂利粒が飛んできて当たったような痛さです。

風速15m/sなら時速にすると54km/h、風速20m/sでは72km/hになります。


つながれていたヤギはロープをはずして開放してやります。遠くには行かないものです。

この天気ですから、草薮の中など安全な場所を見つけて潜り込んでじっと数匹固まって過ごすはずです。

犬は雨には強いのですが、1匹だけちょっと元気がなさそうなのがいたのでこれは室内に。

大きな犬なのでまたまた家の中が狭く・・・。

元気満々の犬は大きな藪に移動。

「ここに居なさいね。ここなら風よけになるし、雨もある程度凌げるからね」

そして最後に家庭菜園で作ってあったスイートバジルの葉っぱを全て収穫。

どうせ台風でもみくちゃになってしまいますから、今のうちに採って、今日と明日のおかずにします。

ここまでやるともうずぶ濡れです。着ていたウィンドブレーカーなど役に立ちません。

下着までベッチョリです。長靴の中も雨水が吹き込んでジャボジャボ音がします。

着替えていると長女が起きてきました。

「今日休み?警報出たんだ」

さあ、これでもう何もしないでバジルでタイ料理でも作ってゆっくり過ごす・・・つもりでした。

まさかこんなに直撃台風がすごいとは思いませんでした。

この数年間は直撃は寸でのところを免れていたので忘れていたのでした。

→つづく

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超猛烈な台風 その2

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いつ停電になってもいいように昼のうちにご飯を多めに炊いて、おかずも作っておきます。

「準備は完璧、もうあとは何もすることはないな」

人事を尽くして天命を待つ、というところでしょうか。

完全に暴風圏に入りました。でもまだ停電にはなっていません。

パソコンで台風情報を見ていましたが、ネットが繋がらなくなってしまいました。

電話線が切れたのでしょう。電話が通じません。

今は携帯電話という便利なものがあるので助かります。

本州に台風が近づかないうちは、テレビでの台風情報は、流してくれません。

天気予報では台風のことを少しは言いますが、南西諸島に接近というだけでは、東京のテレビ局の人にとっては外国の話のように感じるのでしょうか、今後の進路にご注意ください、で終わってしまいます。

画面の大きな天気図を見ようとすると、

「この高気圧が東日本を覆って・・・」

とか何とか言いながらお天気ニュースキャスターは本州を指差しています。

天気図の中の石垣島や台風のマークはニュースキャスターの身体で隠されて全然見えません。

「ああ、何もそこに立たなくても・・・」

離島に住んでいると感じる疎外感。

県内の天気予報の時間ではもう少し詳しくやってくれます。

それでも他の番組中も常時画面の端にテロップで台風情報が出されるようになるのは台風が沖縄本島に接近してからのことです。


この暴風の中ですが、どうしても出かけなくてはいけない用事ができました。

受け取る約束をしていた物を取りに来て、という連絡があったからです。

明日でもいいかな、と思いましたが、先方も早くシャッターを閉めたいからというので、あまり風雨がひどくならないうちに行って来る事にしました。

途中。だんだん雨も大降りになって真横から吹き付けて来ます。

ワイパーもいつもはゆっくりと、チャッ・・・・チャッ・・・・というテンポをチャッチャッチャッ、と速く、最後には、チャチャチャチャチャと最速にします。

それでも前が見えない。ホースでフロントガラスへ大量に水を当てられているような、あるいはガソリンスタンドの洗車機の中の車のような状態です。

海岸沿いの道路は、ちょうど大潮の満潮の時期で高潮になっています。

途中、道路の下に小さな川が流れて海に注ぐ所があります。

ふだんはほとんど水もなく気にも留めませんが、こんな日は大雨の水と高潮で、川の水面と海面と道路面とがほぼ同じ高さになっています。

気をつけないと海に落ちる?ということはないですが、バシャバシャと池の中を走っているようです。

(クルマ、溺れないかな?)

ホースで吹き付けるような雨水で前がほとんど見えず、ノロノロ運転です。

右も左も方向がわからないくらいです。

ホワイトアウトじゃなくて、こういうの何て言うんでしょう。

視界1~2メートル、かすかに見えているセンターラインだけを頼りに進みます。

時々突風が吹いて更に視界が悪くなってセンターラインも見えません。

そうなると停止するしかありません。

後ろに他の車がついています。こんなノロノロ運転だと、普通は追い越して行くはずですが、後続車はそれもできないようです。

視界1メートルですから。

目的地にいつになったら着くのでしょう?


→つづく

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超猛烈な台風 その3

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前が見えない、後ろも見えないセンターラインもほとんど見えない状態でノロノロ運転しています。

やっぱり来なきゃよかったなあ、「台風時は外出を控えて厳重に注意してください」って市の広報車が昨日放送してたっけ。

この暴風雨のおかげで、いつもよりかなり時間がかかって目的地到着。

用が済んだらすぐに引き返します。

帰り道はもっと過酷でした。

台風がさらに接近しているのかますます風が強くなってきています。

おまけに逆向きで、今度は進行方向が風の吹いてくる方向に向かってしまいます。

道路の冠水ももっとひどくなっています。

(お家に無事に帰れるかなあ・・・)

時々ですが瞬間風速30か40m/sつまり108km/hから144km/hの風がビュンッ、と来て車が揺れます。

ひっくり返らないかな、怖っ!

何度目かの突風で運転席のドアの上の短い庇がガタガタ鳴り出しました。

窓の隙間から雨が入らないようについている幅5cmくらいのプラスティック製の庇です。

バタバタバタバタ・・・・

はずれかかってる!

運転しながら横目でチラチラみていましたが数秒後、

ベキッ!

取れました。

千切れた庇は右側からの風でボンネットの上、ワイパーの付け根に乗ったのが見えます。

どうしよう、停まって降りて拾うべきか、いや、ここで外には出られないでしょう・・・・。

などと思いましたが次の瞬間、庇はビュンと飛んで見えなくなりました。

どうにか明るいうちに家にたどり着きました。

車は風向きを考えて。建物の風下になる場所に停めます。

車を降りて家に入る、その数秒間だけでずぶ濡れになります。

長女と次女は私が居ない間も働いてくれていました。

屋上に置いたままの牛乳コンテナのいくつかを紐で固定したはずが、紐が緩んで道路の方に落ちていたのだそうです。

通行の邪魔になるので片付けてくれていました。

二人もずぶ濡れになって、シャワーに入るところでした。

交替でさて私が入ろうとすると停電です。

それでも今まで停電にならなかったのが幸運なくらいです。

停電だとガス湯沸かし器が使えません。

電気がないとファンが回らなくて点火しないのです。

夏とは言え長く濡れた身体を水のシャワーで洗います。ブルブル。

暗くなる前にロウソクと懐中電灯の確認です。

台風の進路を一番知りたい時にテレビもパソコンも使えません。

電話の天気予報177を聞こうにも、電話線は電線よりも早くに不通になっています。

電話線を切られ、電気も断たれ、というとサスペンス映画のようですが、台風のときはいつものことです。

することもなく窓際のベッドにコロンと横になってガラス窓越しに外を見ます。

電線は切れてるのかな?と上を見上げてビックリ。

パッションフルーツの棚用に作った鉄の鋼材の丈夫な柱と手すりがぐらんぐらんと風に揺れて傾いています。

柱は30度くらい傾き、手すり部分は屋根から50cmもはみ出しています。

「きゃあ、見て、あの柱」

「ホントだ、あんなにへし曲がってる」

「どうする?」

「どうもできないよねえ」


まだ台風は再接近ではないのです。

このまま何時間も暴風が続いたらますます傾きます。

そう言っている間にもう柱は45度くらい傾いて、手すりは屋根の外に1mも飛び出しています。

「わ、落ちて来ないだろうね、あの鉄」

「もし落ちてきてガラスに当たったら終わりだね」

窓ガラスが割れたら暴風が吹き込んで室内はめちゃくちゃになります。

想像しただけでぞっとします。

風の向きから判断すると、まだまだ台風は近づいてくるようです。


→つづく


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超猛烈な台風 その4

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鉄の柱が揺れてコンクリートの屋根に当たる音が、グワン、グワンと響きます。

でもどうすることもできません。


そして今度は西側の窓越しに畑を見ると、畑の真ん中にあるミニジープがえらいことになっています。

もう廃車するというので数年前にもらって来てヤギの避難小屋にと置いただけで雨ざらしでした。

古いのでスクラップにするしかないのですが、現役の車の修理の際に部品を取ったり、道具入れに使うので置いてあったのです。

風でボンネットがめくれています。

エンジンももうボロボロだし、バッテリーも使えない状態だったのでそれはいいのですが。

ボンネットが千切れてこっちに飛んで来ないかそれが心配です。

これも今はどうもなりません。

台風が来る前なら、はずれそうなボンネットはボディにロープで縛り付けるとか、何とか手立てはあったでしょうが、まさかこんな強い風になるとは思っていませんでしたから。


やがて夕方になり、暗くなって来ました。

停電なので「電気を点けよう」ではなくて「ろうそくを点けよう」です。

「お父さんに電話しようか」

電話線は切れていますが。ケイタイは使えます。

充電ができないのでケイタイのバッテリーは節約しないといけませんが、乾電池式の充電器があるので少しくらいは使ってもいいでしょう。

「もしもし、こっちはすごい暴風だよ。それで、今さら言ってもどうしようもないんだけどさ・・・」

和歌山の実家に居る父さんに長女が説明しています

実家では帰省時以外は空き家になっているので、いつもはガスも水道も止めています。

テレビも、難視聴地域のためケーブルテレビに加盟して観ていましたが、住む人が居なくなってからはそれもやめてしまいました。

だからテレビが見られません。

父さんはケイタイも持たず、テレビも見ないので石垣がこんなにすごい台風に襲われている事を知りませんでした。

仮にテレビを見たとしても、全国ニュースや全国のお天気ではほとんど言わないでしょう。

「その柱は何とかしないと隣の柱も連られてボルトが抜けるぞ」

そう言われても・・・。

「とにかく屋上に上がって見てみろ。抜ける前にボルトを閉めなおすんだ。工具台にモンキースパナがあるだろう。それを使うんだ、再接近はこれからだろう。これ以上風がひどくならないうちに何とかするんだ!」

いえ、もう今でも充分にひどい風ですけど。


「あんな鋼材が落ちてきてガラスに当たったら家の中がメチャクチャになるじゃないか!家を守ってくれ!」

どうしよう、こんな風で屋上に上がれと・・・。

でも一応そう言われましたからやりましょう。

「私もいっしょに行くよ」

頼もしい高2の長女のきりんさんです。

ためしに一歩外に出ると、メガネが飛ばされそうになって慌てて退散。

「こりゃダメだ。メガネが・・・」

引き出しからパンツ用の白いゴム紐を出してきてめがねのイヤー部分に縛ります。即席のメガネバンドを作って再度の出陣。

もうすっかり暗くなっていたのできりんに懐中電灯で照らしてもらいます。家の前の道路を歩くだけでも飛ばされそうです。

私が先頭で階段を這い蹲るように1段ずつゆっくり登って最上段にたどり着きましたが、そこから屋上にはどうしても上がれません。匍匐前進のようにしたら進めますがそれでは仕事ができません。

おまけに目指すのは階段から一番遠い手すりの端っこ。

結局階段に取り付いたまま屋上に顔だけ出してそれ以上は上がれません。

「ダ、ダメだ!危ない。やめよう。下りた方がいい」

退散です。

「おい、どうだった?」

「ダメだわ。もう危なくて上がれなかった、

「今夜は寝るなよ」

「え?」

「もしガラスが割れたら、うちにあるベニヤ板を駆使してなんとか窓を塞ぐんだ!自分でできなかったら近所のKさんにお願いするんだ!」

Kさんというのはこの家を建築したときの棟梁をしてくれた人です。

はいはい、と言ったものの、どうにか台風が何事もなく通過してくれる事を祈るばかりです。

電池式のラジオで台風情報を聞いて、子どもたちは出された宿題をロウソクの灯りでやって、それが終わるとロウソクで遊んでいます。

疲れたのでベッドに横になっていると寝ずの番をするはずが、朝になっていました。

まだ頭がぼんやりしている時に父さんから電話。

遠く離れて詳しい情報もなく心配で一睡もできなくて、朝になってもう見回りに行って来た頃だと思って電話をしてきたのでした。

「どうだった?家の周りは無事か?」

「まだ見てないよ。これから見回りするよ」

窓を見ると、だいぶ大きく外の柱は傾いていますが下に落ちてはいません。

ガラスも割れていません。

家は無事だった。

でも畑に行くと相当ひどいことになっていました。

曲がった手すり



→つづく


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超猛烈な台風 その5

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翌朝になってもまだまだ風は強く、小さな台風なら再接近でもこのくらいの風の時もあります。


あらためて家の、周りを点検します。

家のすぐ裏の家庭菜園が無くなっていました。

スイートバジルを何本も植えて葉っぱが茂って食べごろでした。

暴風になる前に収穫して、昨日も生バジルの葉をたっぷり使ってタイ料理を作ったのでした。

葉は全て吹き千切れ、海水混じりの風で茎も茶色に変色しているか・・・と思いきや、

無い!何にもない!!

茎も根元から吹き飛ばされたか、根っこから抜けてしまったか、どこに植えてあったのか、その痕跡も無くなっていました。

壁際に植えてあった1mくらいの丈のパパイヤの木も根元から抜けています。

犬は?犬はどこへ行った?


安全なはずの藪の中に繋いだ犬は・・・。

あれ、藪が無い!

ススキのような茎の太い茅の藪がすっかり無くなっています。

引き抜こうとしても人間の力ではそう簡単には抜けない丈夫な茎と根の茅です。

台風の風の力はすごい。

「ナッキー!どこにいるの?」

「ワンワンワン!」

鎖の届く範囲でめいっぱい風避けになる斜面の下まで逃げて、別の藪の中から出てきました。

よかった、無事だったか。

後で聞いた話ですが、他の家で小型犬を台風時に外に繋いでいたら風になびいて犬が空を泳ぐ凧のように飛んでいたそうです。

ロープが切れたらそのまま飛ばされていたでしょうね。

幸い、その犬は怪我も無く無事だったそうです。


そうだ、ヤギは?

畑の下の風下だった方に行って見ます。

3頭は小さなトタンの小屋に自分で入っていました。

自主避難、賢いヤギです。

途中で目に入ったのがボンネットのめくれた廃車のミニジープ。

ボンネットが・・・

フロントガラスが粉々です。

そしてヤギが避難した小さな小屋のそばにあったもう1台の廃車は、

車がバラバラ

完全にスクラップになっていました。

ゴジラにやられたのではありません。台風の力です。

よくまあ家が壊れなかったものです。

外から何も大きな物が飛んで来なかったのが幸運でした。

電話線が切れて2週間、固定電話とネットが使えないくらいの被害で済んだのはありがたいくらいです。

ずっと後になって何十mも離れた隣の農家の畑に1辺が1m以上ある、重いプラスティック・パレット(大きな荷物を船積みする時の台に使われます)が飛ばされて落ちていたのを発見しました。

こういうものは中が空洞になっていて風が抜けるので、普通は暴風でも飛ばないものです。

そしてこれは家のたしか反対側にあったはず。

こんなものが家のガラスに当たっていたら・・・と思うと冷や汗が出ます。


『災難は忘れた頃にやって来る』

今年はもう台風接近はないでしょうが、来年はさらに強固な防風対策をするぞ、と決めたのでした。


超猛烈な台風 の話はひとまず終わります。


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風呂桶で糠漬け

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台風のシーズンも過ぎて風も涼しく、いい季節になってきました。


さて一昨日、父さんが急に糠漬けが食べたくなったと言いました。

南の島ではあまり糠漬けはしません。

気温が高すぎて発酵が早すぎるのです。

すぐ酸っぱくなってしまうし、混ぜるのをちょっと忘れると糠床が腐ってしまいます。

地元の人には東北や信州にあるような漬物を食べる習慣がありません。

この島で昔からある漬物と言えば、黒砂糖や泡盛を使って青いパパイヤやニンジンなどを漬けた物がありますが、糠漬けのように寒い地方でゆっくり乳酸発酵させたものとは味が違います。

やはりソウルフードと言うか、幼い頃から食べ慣れた物がほしくなるのでしょう。

こういう亜熱帯でおいしい糠漬けを作りたいときは、大きめの密閉容器に糠床を用意して容器ごと冷蔵庫に保存するのがよいのです。

でも大食漢でもあり、チマチマしたことよりドカンとまとめて作りたい性格の父さんはそんな少量の糠漬けは頭にありません。

「入れ物は何にするの?」

(瓶とか桶はありません。)

「青いドラム缶にするか」

(ナププラーを作るのに使った例のプラスティックのドラム缶です。同じ物がいくつもあって、高さを半分の50cmくらいに切ったのもあります。)

「ちょ、ちょっと大きすぎるでしょ。そんなに糠漬けするの?」

青いドラム缶は元々薬品を入れて運ぶのに使われたのですから確かに丈夫で変質しません。材質としてはいいかもしれません。

でも、漬物屋さんの商売を始めるわけではないのですから。

「それに混ぜるのがタイヘンよ」

頭を突っ込んで混ぜているうちに身体が入って自分が糠漬けにならないでしょうか?

「たくさん入れるとは言ってない。底のほうに少し糠床を作ればいいんだ」

「うーん・・・・」

そのドラム缶をどこに置くつもりでしょう。

「ああ、やっぱり昔のようにリンゴ箱にするか」

発泡スチロールの箱です。お店で空き箱をもらえます。

数年前までこれで糠漬けを作っていたことがありました。

「で、その糠漬けの箱をどこに置くつもり?」

前にも書いたように家の中は荷物で一杯。

床は人が通る幅だけはケモノ道のようにできていて歩けますが、これ以上大きな箱など台所には置けません。

それに室内はいつも暑い。

この季節は風を入れてやればもっと涼しくなるはずですが、ネズミを絶対に家に入れない運動実施中ですから窓は開けません。

網戸にしておいてネズミに齧られて、網戸に大きな穴が開けられて出入りされたことも何回となくあるのです。

今の季節は特に夜など外の方が気温が低くて漬物には適しています。

「家の中には置くつもりはないよ」

狭いし、それに部屋が臭くなりますから、外に置いてもらった方がありがたいのですが。

「でもカラスやネズミにやられない?」

発泡スチロールの箱などカラスのクチバシ、ネズミの歯にかかったらすぐに大穴開けられます。

「そうだ!風呂桶!風呂桶の中で糠漬け作るんだよ」

台風時にヒヨコを回収して避難させた例のバスタブです。

台風が過ぎてからは外に放り出したままになっていました。

今は使われていないこのバスタブの中に糠床の箱を置いて、普段はふたをしておきます。

バスタブの中に入れておけばカラスも警戒するし、ネズミも登って入ることができません。

これなら安全。

そして糠味噌の材料です。

米糠でなくても糠味噌は作れます。

米糠は米の収穫、精米の時期にしか手に入りません。

石垣島は年に2回米の収穫時期がありますが、この時に精米所に行けば譲ってもらえます。

でも米糠は長い期間は保存できません。

気温が高いためか糠が酸化してしまいます。

いつでも手に入って常温でももう少し長く保存できるのはフスマです。

糠が米を精米する時にできるカスなら、フスマは小麦を製粉する時にできるカスです。

これに塩水を加えて混ぜて発酵させて野菜を漬ければ糠漬けと同じ味になります。

米糠と比較すれば微妙に風味がちがうかも知れませんが、これでも充分おいしいと思います。

フスマは牛のエサとしてJA(農協)で売っています。一袋20kgで782円です。安い。

「よーし、おいしい糠漬けを作るぞー!」

父さんウキウキして自分で糠味噌を混ぜています。

バスタブは糠漬けの外箱になってしまいました。

バスタブの漬物

土の入ったプランターではありません。糠床です。


今は台風の季節ではないからいいんですが、来年の夏になってまた台風が来たらヒヨコたちの避難先は?

いや、もうヒヨコたちはもう大きくなって若鶏と言うより大人のニワトリになってしまいましたからそこまで過保護にしなくても大丈夫でしょう。

それより台風になったらこの糠床の箱の避難先を考えないといけないでしょう。

半年先まで糠漬けが腐らずに存在しているでしょうか?

ところでこのバスタブ、台風が過ぎてニワトリを元の小屋に戻して空にした後、あまりきれいに掃除をしてなかったんです。

2日間6羽のニワトリが歩き回ってフンをして汚れてそれを雨ざらしにして置いただけです。

雨でだいぶきれいにはなりましたけど。

まあ、野菜を直に入れるわけでもないし、糠床から出した漬物は良く洗ってから食べるのだから問題はないでしょう。

さぞやおいしい糠漬け・・・フスマ漬けが食べられることでしょう。


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雨の中の糠味噌

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風呂桶での糠漬けを始めて1週間もするとナスやキュウリなど漬けた野菜はおいしい糠漬けになりました。

ですが、これから食べられるという頃になって父さんはしばらく島を離れて東京と長野に行くことになりました。

大学の学部のOB会の総会があって、沖縄県在住のOB会の代表で総会に出席するからです。

大学近くでは宿泊をお願いしましたが、飛行機の着く東京から長野県に向かう前と帰りの数日は東京泊です。

東京での宿泊はもちろん大学に通う息子のアパートです。


今回は東京でもいろいろ人に会うからというので、いつもは持たない携帯電話を持って行くと言います。

元々西表の無人の海岸で連絡に使うために買ったケイタイです。普段は父さんはまったく使いません。

高校へ通う長女の迎えの連絡用に長女が携帯してます。

「使い方わかる?二日に1度くらいは充電しないといけないんだよ。充電器持って行くんだよ。充電できる?」

「うん、誰かに充電してもらうよ」

出発の日、空港に向かう車の中で、長女から渡されたケイタイと充電器が車の座席に転がっています。

「これ、忘れないでよ」

「そこのオレのリュックに入れといてくれ」

運転しながら言う父さん。


空港に着いて、もうすぐ機内案内。

「飛行機に乗る時はスイッチオフにするんだよ」

「オレはできないよ。オフにしといてくれ」

「しといたよ」

「これで夜に鉄兵に会ってスイッチ入れてもらうまで電話は使えないっていうことか」

最後に手荷物検査です。

荷物は全部X線を通すラインに載せます。

飲み物の入ったペットボトルもケイタイも小さなトレイに載せて検査をします。

「ケイタイはどこかな?」

「さっきそのポケットに充電器といっしょに入れといたわよ」

「充電器は検査通さなくていいかな?」

「うん、いいんじゃないかな」

「ええっと、ケイタイ、ケイタイ・・・」

ガサガサ、ゴソゴソ。

「あ、これか。」

とトレイに載せたのですが、よく見ると、

「そ、それ充電器だよ!」


コンセントに差し込むプラグと細いコードが付いています。こんな携帯電話見たことない!

だいたい、ボタンも画面もないのにどうやって電話を掛けるって言うんでしょう。

充電器と電話の区別もつかないで電話使えるんでしょうか?

「あ、そうか、電話はこっちか」

ケイタイ持って行く意味あるのか?

まあ、その後何回か東京から電話掛けてきましたからなんとか使えているんでしょう。


ところで、父さんが出発して3日後の昨日、石垣島は大雨でした。

毎日糠味噌をよく混ぜないといけないのですが、大雨の最中はゴメンです。

夕方小止みになってから糠漬けの箱の蓋を開けてみると、

「なんだ、これは!」

明らかに雨水が入って増えています。


糠漬けを始めた時に、

「雨が降ったらどうするの?」

「大丈夫だよ、蓋してあるから」

と言っていたのでした。

「やっぱり大丈夫じゃないじゃないの!」

と言っても後の祭り。


ためしに漬かっているナスとキュウリの漬物を出して食べてみると、なんか味が薄い。

一昨日食べた時はもっと塩味が濃かった気がするけどなあ。

それもそのはず、どう見ても雨水がたっぷり入って糠床はシャボシャボです。

表面にはうっすらカビのようなものが・・・。


翌日雨が止んだ隙に糠床の水を抜き、フスマと塩を足してなんとか元の状態に戻しました

最後に糠の箱の上に大きめのビニールを掛けておきます。

雨が降る前のおいしかったたくさんの糠漬けは全部父さんが持って東京に行きました。

長男のアパートで糠付けでご飯を食べていることでしょう。



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読めるけど書けない

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普段は持たないケイタイを東京に持って行った父さん、時々電話をかけてきます。

活用しているようです。

一時は話している最中に

「プープー・プープー・・・」

と音がして、

『なんだ?この音は』

と言った途端、電話が切れて繋がらなくなりました。

バッテリー切れでした。

それからまめに充電しているようです。

『じゃあ、そっちで調べてこのケイタイにメールしてくれ』

と、カッコいいですね。

新着メールは読むことはできます。

「メールが来たらこのボタンを押せば読めるんだな」

そうです。メールを読むことはできます。

でも返信することができません。

入力の方法をまだ習得していません。

用事があるときは電話をかけてきます。


『読んだ』

というだけの合図はワン切りです。

こちらからメールしてすぐに家の電話が「リリ」と1回鳴ったら『了解』の意味です。

これなら電話代もかかりません。


次回は漢字変換しなくてもいいから平仮名で入力して送信するやり方を、是非覚えてもらいたいものです。


東京の宿泊先の息子のアパートに首都圏に住む知人が来ていっしょに酒を飲んだようです。

知人が室内のようすを写メで送ってくれました。

(あれ?前回訪れた時にはなかった家具がある)

四月に入居した息子のアパート、五月に私が初めて行ったときには見事に何もありませんでした。

鍋もない、食器もない、まな板も包丁もない、食卓用のテーブルもない、机もない、本棚もない・・・。

浴室に洗濯機はありましたが、衣類と本の他は、六畳の和室に布団だけ。

入学祝に買ってもらったノートパソコンはダンボールの上に載せてそれが勉強机の代わり。

食事は外食だし、レポートを書く時は学校かファミレスでしていたらしいです。


1週間の滞在中に台所用品を揃えてやってなんとかご飯が食べられるようにはなりました。

その後、父さんと娘たちが夏休みに押しかけて、その際またいろいろ持ち物が増えていきました。

冷蔵庫、洗濯機、電子レンジは購入した新品ですが、長女が滞在中に上等な、新品同様の炊飯器を近所のマンションの粗大ゴミ置き場からゲット。

父さんが同じ場所でガスレンジと新品同様の扇風機をゲット。

今回父さんは息子が欲しかった「姿見」「靴箱」を同じ場所からゲット。

東京のゴミ置き場にはどうして捨てたのか?と思える新しい物がありますね。

たぶん引越しか、新しい機種のを買ったのでそれまでの物を放棄したのでしょう。

亜熱帯で潮風の吹く石垣では何年も経たないうちに電気製品は錆びたり、プラスティック部分が紫外線と熱で変色したりして、古ぼけてしまいます。

物を拾ってくる癖は場所を変えても現れているのでした。



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アンカーボルト

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トンネルの天井のコンクリート板落下のニュースをやっていますね。

天井にコンクリート板の金具を繋げて支えているのはアンカーボルトだと報じています。

「アンカーボルト?」

懐かしい響きです。

牧場の倉庫の屋根を取り付けるときに使いました。

最近では今の我が家の屋上にパッションフルーツの棚を作った時に、形状はちがいますがコンクリートボルトで重い鋼材をコンクリ屋根に固定しました。

作ったときは、鋼材の手すりに人間が何人ぶら下がっても、鉄棒をしても(しませんけど)びくともしないくらいしっかりと取り付けられました。

「これでどんなにすごい猛烈な台風が来てもこの棚は大丈夫だ!」

と言っていたのですが。

この前の9月の台風で、打ち込んだばかりのまだ新しいボルトは抜けたり、折れたりして、結局手すりはへし曲がってぶらぶらになってしまいました。

崩落寸前でした。

仕方がないですね。猛烈な台風を超える「超猛烈な台風」だったのですから。

テレビで見ると、トンネルで抜け落ちたアンカーボルトはうちの屋根に打ち込んだボルトより数倍大きな物ですが、基本的には同じような造りです。

大丈夫と思っても台風の力にはボルトは耐えられませんでした。

絶対安心なんていうことは簡単に言えないのです。

油断大敵ですね。

事故に遭われた方には本当にお気の毒です。


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開かずの扉

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新築の家も8年も経つとあちこちガタが来ます。

特に、台所、脱衣所、裏口から外へ出るアルミのドアは中古品を使ったので、ドアノブのカギがだんだんおかしくなってきています。

裏口のドアはもう2年前からノブが壊れかかってきちんと閉まりません。

普段はともかく台風の時など風でドアが開いてしまって困ります。閉めた状態で外からブロックを何個も積み上げて塞いでしまいました。

これでどんな暴風でもドアは開きません。(中から開けることもできませんが。)

実質、一つ出入り口が使えなくなってしまいました。

「ドアの一つくらい使えなくても・・・」

そうです、東側と西側の開口部は大きなガラス戸の引き戸です。

いつもはこの大きなガラス戸から出入りしています。

脱衣所のドアもノブがちょっと具合が悪くて閉まりにくいので、使わなくなってしまいました。

ドアの内側に荷物を置いてしまってここから出入りは難しい状態です。

そして台所のドア。

家族全員で外出するときは東西のアルミサッシの引き戸を閉めて内側からカギを掛け、最後に台所のドアから出る、という事にしていました。

カギを閉めなければならないほど金目の物は置いてないと思うのですが、他人から見たら欲しくなる物もあるかも知れないので念のためです。

そして数日前、みんなで外出して帰宅すると、1箇所だけカギを掛けていなかったはずの台所のドアノブが固くて動きません。

渾身の力を込めてノブを回しても1ミリも動きません。

鍵をかけたわけでもないのに、膠着して動かないのです。

だいぶ前から、中からはノブが軽く回せるのに外から回すと渋いなあ、とは思っていたのですが。

「どうしよう、これじゃ家に入れないよ」

「うーん、寝室の窓から入るか」

ドアに鍵をかけても窓にカギが掛かっていません。片手落ちだという気がしますが、おかげで家に入れるわけです。

窓枠に足をかけて寝室の小さな窓に上半身を押し込め、運動不足でメタボ気味の身体でズリズリと寝室にに入りました。

入ったはいいが、寝室から隣の部屋に通じる出入り口は向こう側から鍵が掛けられていました。

「なんでこんな所にも鍵を掛けるのよ!必要ないでしょ」

せっかくよじ登って室内に侵入したのに寝室に閉じ込められたのと同じです。

また外に出て、今度は西の、いつもくるみが寝るのに使っている部屋の窓。

ここも窓には鍵を掛けていませんでした。

「ドアに厳重に鍵を掛けて、窓が開いてたら意味ないと思うけどなあ」

とブツブツ言ってはみましたが、結果として開いてて助かりました。 

こちらの寝室は隣の部屋に通じるドアは施錠されていませんでした。

「よかった!」

中から鍵を開けて全員入室完了。

それにしても台所のドア、中からは軽く回せるドアノブ、一度閉めると外からは絶対開かない。

うっかり外に出てドアを閉めたらもう入れない「オートロック」になってしまいました。

そんなにカッコいい物じゃないですけど。

オートロックのドアノブ

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犬屋敷

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今我が家に大きめの雑種犬が3匹います。

ここに引っ越したばかりの頃に子犬を拾ったのでした。

近所をうろついていたメス犬が自分の産んだ子犬を連れて来て置いていったのです。

犬の捨て子です。

はじめは黒い精悍な感じのスマートな子犬。

うちで飼うことにして、黒いから「クッキー」と名付けました。

その後、親犬は離れた所でしばらく様子を窺っていたようでした。

子犬をかわいがってもらえそうと思ったのか、2日くらいしてまた同じ犬がもう1匹連れてきました。

今度は薄茶色なので「チャッキー」と名付けました。

それから数日後、親犬はまたまた子犬を連れてきました

これはチャッキーと顔が似た白い犬。

白い犬は「ナッキー」と名付けました。語呂合わせと、ちょうど子犬が来た日に知り合いの「なっちゃん」が遊びに来たのでそれに因んで。

そして4匹目はクッキーとそっくりの黒い犬。

名前は6日だったか16日だったか、6のつく日だったので「ロッキー」。


クッキー、チャッキー、ナッキー、ロッキー、と4匹飼うことになりました。

どれもオスです。

その後チャッキーは、洗ってやると白い犬になりました。

茶色いのは汚れていただけでした。

そして1年経たないうちにロッキーが死んでしまい、3匹になってもう7年。

小さな子犬だったのに中年過ぎた大型犬になりました。


犬は苦手、はっきり言って犬嫌いの私ははじめから犬を買うのには反対でした。

「お母さんは面倒見ないわよ、そのつもりでね!」

「わかってる、自分達でやるから」

と言う約束が、結局犬にエサをやるのはいつも私、という状態が何年も続きました。

この1,2年は犬のエサは次女がやるようになりましたけど。

そして、犬好きの次女は、また子犬が欲しいと言い出しました。

「もういいよ!3匹も居るのにまだ飼うの?!」

「だってもうみんな大きくなっちゃって。子犬ってかわいいんだもん」

「あのねえ、あと1年したらあんたは高校に行くでしょ。そしたら帰りが遅くてエサやれないでしょ」

「やるよ」

「いつやるのよ、朝6時に起きてやるの?」

「え、それは・・・」

出来るわけないわよねえ、今でも遅刻ギリギリにしか起きないのに。

「それに、今から4年後、高校卒業したら島を出て進学か就職するんでしょ?そしたら誰がエサやるの!」

「じゃあ、4年間だけ生きる犬をもらって来よう!」

「4年間だけ生きる、ってそれじゃ年寄り犬だよ。子犬が欲しいって言ったじゃないの」

「うん、まあ、そうなんだけど」

とにかく欲しいんですね。

「そうか、いいね、飼おう、飼おう。もらって来よう。いっしょに見に行ってあげるよ」

と乗ってくる父さん。

で、今日は子犬をくれるという家に行ってさっそくもらってきたのです、2匹も。

「もう1匹いたんだけど、きょうはまだ怖がっていたから、また明日馴らしてからもらってくるんだ」

えええ?まだもらって来るの?!

いいよ、いいよ、またおもしろい名前を付けてやるー!


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最近の学校給食

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給食

先週、次女の学校で親子給食会がありました。

毎年1年に1回開かれて保護者が子どもと一緒に食べます。

食費300円を払って事前に申し込みました。

全校生徒が小中学生合わせて13人、教職員も14人、音楽と美術の非常勤講師を入れると16人(生徒より職員の方が多いですね)という小さな学校です。

いつもは給食室につづいた1教室分くらいの広さのランチルームで職員と児童生徒全員集まって食べています。

この日も保護者、というか1家族につき一人の代表が全家族から来ましたが、8家族しかないので親子給食もランチルームで大丈夫です。

我が子が毎日食べている給食を親も味わって食育を学ぼうというわけです。

メニューは今回は小学3、4年生の児童が考えたそうです。カロリーや経費の計算は先生に手伝ってもらったそうですが。

『ポパイカレー』(ほうれん草入りだからか?)

『麦ご飯』

『ビシソワーズ』(本格的でした)

『カラフルサラダ』

『フルーツポンチ』(ムラサキイモ味やカボチャ味の白玉入り)

『牛乳』

フルーツポンチは、配膳の直前に入れてくれたサイダーが、食べる時もシュンシュン・・・。

どれも手作り、自校給食です。

調理員さんは普段は一人で、時々補助の人が来ています。

教職員と児童生徒あわせても30人くらいだから、手の込んだ物も作れるし、温かい物は温かく(熱いくらい)、冷たい物は冷たく、提供されます。ありがたいことで。

島の中でも市街地の大きい学校は給食センターから、出来上がったおかずをトラックで学校に運んでくるのです。

体験学習で市街地の大規模校に数日間行ったことのある子の話では、給食の内容(質、量、味)に相当差があるそうです。

もちろん小規模校の自校給食のほうがおいしい。

小1から中2(今年は中3は0人)まで、楽しくおしゃべりしながら食事をするなんていいなあ、と思います。

学校の菜園で全校生徒が協力して育てた野菜も給食に使われて、給食費も安く上げられるということでした。

子どもたちの給食費は、計算すると1食160~170円になるでしょうか。

給食ありがとう!



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修学旅行は楽しいか?

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もうすぐ中2の次女の修学旅行です。

石垣島の中学生の修学旅行は九州3泊4日です。

石垣から飛行機に乗って那覇で乗換えて福岡空港へ。

ちなみに、小学生は那覇1泊2日でこれも飛行機利用です。


大宰府天満宮、熊本の三井グリーンランド遊園地、長崎原爆資料館、平和公園・・・と、ここまでは毎年お決まりのコースと同じです。

ただ違うのは、前回、つまり3年前に長女が行った時は、これに佐賀の天山でスキー、長崎のグラバー邸見学、と、女子中学生が喜びそうなコースが入っていました。

今回はスキーはせず、その代わりに吉野ヶ里遺跡と九州国立博物館の見学、それと阿蘇山火口見学が入っています。

アカデミックですねえ!

でもスケジュールが決められて発表になると次女はがっかり。

「えええ?スキーやらないの?!お兄ちゃんもお姉ちゃんも修学旅行でスキーしたのに。ぶーぶー」

修学旅行は学習の一環とは言っても、中学生にとっては遺跡や博物館より遊園地やスキーの方が楽しみなのは無理はないでしょう。

そしてもう一つ、次女の旅行のモチベーションが下がる理由の一つ、それは生徒が2名、引率職員が3名(担任、教頭、養護教諭)と言う事です。

2名のうち、もう一人の同級生は男子!

在籍数からして、中3が0人、中1も0人。中学生は2年生の二人だけ。


ホテルの部屋はもちろん男子とは別ですが、その代わり担任の女の先生と同室。

同級生の男子は男の教頭先生と同室。

ということで、消燈後の枕投げも怪談や秘密の恋の打ち明け話もありえません。

なんか修学旅行に付随する、と言うより、子どもにとってはメインの楽しみがないのでテンションが下がってしまうようです。

「あああ・・・修学旅行が来年だったらよかったのに」

長男が中2の時は同級生の4名は女子ばかりでしたが、2,3年合同だったので中3男子2名といっしょに行きました。

長女が中2の時は同級生無しでしたが、仲良しの中3のお姉さん(この子も同級生は無し)といっしょだったので楽しかったようでした。

その時の担任の先生は気さくな若い女の先生で、生徒と気が合って3人娘の旅のようで楽しそうでした。

今回も若い女の先生なのですが、真面目で規則を重視する先生で(それはいいのですが)、ちょっと雰囲気がちがうみたいです。

来年だったら・・・と言うのは、4月から転入生が来る予定、それと、今の小学校6年生には女子がいます。この子たちが中学に入学すると、中学生は1,3年になって、合同で旅行に行かれれば、という期待です。

小規模校でいい事づくめというわけでもないようです。

しかし、費用が12万近くもかかるんですよ。

楽しくないともったいないなあ、と親子で感じています。


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掃き溜めにクジャク

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毎日のように畑に姿を現す野生のクジャク。

繋ぎ飼いのヤギに与えた野菜クズをねらって来ているのです。

この前たまたま屋上から見えた時には14~15羽いました。

毎朝、畑側のガラス戸を開ける時にクジャクがすぐ近くに見えています。

でもドアから外に出て近づこうとすると、人間の姿を見つけて警戒心の強いクジャクは一目散に遠くに行ってしまいます。


写真を撮りたいと思ってもそばに行くことができません。

ガラス戸越しに画質の悪いガラケイでやっと獲ったのがこれ。

クジャク2

ゴミ捨て場に数羽来ていました。

掃き溜めに鶴ならぬクジャク。

あんまりきれいじゃありません。

オスは長い尾を引いて歩いていますが、尾羽を広げたところはまだ見ていません。


羽があって飛んで行くので近隣の畑にも現われているようです。

元々は隣の島のリゾート施設で観光用に飼われていて、台風の時に逃げ出したインドクジャクが野生化したという話です。

野菜作りの農家は被害を被っていると聞きました。

時々山で駆除しているみたいですが、頭数は減らないどころか増えているように思えます。

数年前に初めて畑で見た時は4羽でした。


ところでクジャクはキジ科の鳥だということですが。

ニワトリ、ウズラ、シチメンチョウ、ホロホロチョウなども遠い親戚というところでしょうか。

ということは・・・。美味しいんでしょうか?

駆除するくらいの害鳥なら一度くらい食べてみたい気もしますが。

今まで長年、アヒル、ニワトリ、シチメンチョウを何羽も飼って来て、食用にして来た経験から、鳥類を見ると、ついそっちの方に話がいってしまいます。

うちのヤギのエサの野菜クズ腐りかけのミカンなどを食べたクジャクはよく太っています。


*追記

調べた所、昨年駆除したクジャクの肉を使って島の高級ホテルの料理長さんが試しに料理したそうです。

トマトソースで煮込んだ「ピペラード」、蒸し焼きにしてグラタンを乗せた「ポワレ」、中華風の「黒コショウ炒め」、「オイスターソース煮込み」の4品 を作って試食。おいしかった、と地元の新聞にあります。

料理長の話によると、
「氷水、塩、ワインビネガー(ぶどう酢)に2日間肉をつけて、臭みを取った。味わいはあるが、肉が硬いのが課題」
だそうです。



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ヘンな校則

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昨日はバレンタインデーであちこちでチョコレートのやりとりがあったことでしょう。

うちでも中2の次女が前日に手作りチョコをがんばっていました。

卵や小麦粉、バターを混ぜて焼く「フォンダンショコラ」とかいうもの。

見た目はチョコレートケーキ、外は焼き色がついて、スプーンを入れると、中はトローリとチョコが溶け出てくる、というものらしいです。(よくわからないけど)

初めて作ったので火が通り過ぎてチョコケーキのようになってしまいましたが。

上げる相手は3人、仲の良い友だちと、お世話になっている地域のオジサマ、それと去年ホワイトデーにお菓子をくれた、担任ではないけど男の先生。

「オレにもくれよぉ」

と父さん。

「お、これ食っていいのか?」

「ダメ!それはあげる人決まってるの!」

「オレのは?オレにもくれぇ!!」

「しょうがないなあ、じゃあ、これ上げるよ」

と余っていたフォンダンショコラの一つ。

「わあい、食べよう」

「でもさ、バレンタイン明日だよ」

「じゃあ、日付が変わったら食べる」

と夜中に一人さびしくボソボソと食べていました。

「あ、しまった!おいしそうだったから忘れて日付が変わる前に食べちゃった!」

カワイソーな父さん。


さて、当日はチョコを持って登校することはできません。

「授業に必要のない物を持って来てはいけない」

という校則に則り、バレンタインのチョコを持って来ないように事前に先生から固く言い渡されていたからです。


普段はもちろんお菓子を学校に持ってくる生徒はいませんが、バレンタインデーは特別で、学校でチョコの手渡しも昔から多めに見てもらっていたようです。

が、2年くらい前からきびしくなって、学校ではチョコの手渡しは禁止になりました。

じゃあ、どうするかというと、放課後一度帰宅して、チョコやお菓子を持って出直し、あげたい子の家に1軒ずつ配りに行くのです。

少し遠い家(学校の反対側にある一番遠い子の家までは我が家から2kmくらいあります)までは暗くなるので車で送ってやったこともあります。メンドクサイなあ。

「学校に持って来ていけないなら、放課後、校門までお母さん、持って来てくれない?」

学校を出た所で渡せば家まで届けに行かなくてよいからです。

我が家から学校までは5分もかかりません。

放課後チョコを次女に渡すとまず職員室に持って行きました。

しばらくしてトボトボと持ち帰ってきました。

「渡そうとしたら隣にいた担任(例の、規則に厳しい担任の女の先生)に見られて、学校に持ってきちゃダメって言われた」

「あら」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・

『昨日ちゃんと先生は言ったはずですよ、学校には持って来ないって!』

『私でなくて、今お母さんに持って来てもらったんです』

『それでも、校内で渡すのはダメです。学校の外で渡しなさいっ!』

『じゃあ、どうすればいいんですか?』

先生の退勤までまだまだ時間があります。いつ学校を出てくるかもわかりません。

『駐車場にある先生の車の上にでも置いとけば』

   ・・・・・・・・・・・・

というやり取りがあったようです。


駐車場の車の上に、って、それもねえ・・・。

友だちには下校の時に校門で、地域のオジサマは、たまたまその日学校に用があって来ていたのですぐに渡せました。

そして男の先生には、結局駐車場の車のワイパーにフォンダンショコラの入った袋を挟んで帰りました。

ちゃんと届くかしら?

「ちぇ、昨夜せっかく苦労して作ったのに、おもしろくない、返してもらおうかな」

友だちとオジサマはストレートに「ありがとう」と喜んでくれたのでよかったのですが、職員室でのやりとりで気分を害したらしく不機嫌でした。


折りしも、図書室から借りてきた面白い本が勉強部屋の机の上にありました。

「ヘンな校則」という本です。

日本中の学校のおかしな校則を集めた本です。


中にはこんな校則が・・・。

“授業中のくしゃみは3回まで”

“登下校中、鹿に乗ってはいけない”

“お弁当のおかずにバナナ、ソーセージを入れる場合は必ず輪切りにすること”

と、校名は書いてありませんが、いろいろな笑える校則があります。

その中に、

“バレンタインデーのチョコは学校内で渡してはいけない”

というのがありました。

やっぱりヘンな拘束・・・じゃなかった、校則なのでしょうか?

世間の常識はどっちだろう?わからなくなる自分が怖い。




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修学旅行は楽しいか?その2

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   (ブログを読んだ次女から指摘があったので一部訂正します。)


先週次女は修学旅行に行って来ました。

生徒二人と教職員三人、総勢五人の修学旅行です。

九州三泊四日の旅です。

飛行機は石垣から那覇で乗り継ぎ、福岡まで。

見学箇所は、太宰府天満宮、九州国立博物館、吉野ヶ里遺跡、阿蘇山火口、熊本城、三井グリーンランド、長崎平和公園、原爆資料館、とお決まりのコースですが盛りだくさん。

ホテルは佐賀、熊本の荒尾、長崎の三泊。

参加者は前にも書いたように、唯一の同級生は男子、引率は男の教頭先生、女の担任の先生と養護の先生、というわけで、いつも行動はこの五人です。

飛行機の次女の座席は毎回担任の先生の隣。

ホテルの二人部屋も先生と同室。

お風呂は、1泊目は温泉のある旅館で大浴場でした。

事前の修学旅行の説明で、

「先生も大浴場のお風呂いっしょに入るんですか?」

の生徒の質問に、

「いっしょには入らないけど、あなたが入っている間ずうっと見てます」

という答えだったそうで、「イヤだなあ・・・」

と次女はビビッてました。

直前の保護者同席の旅行説明会では私は思わず

「刑務所みたいですね」

と言ってしまいました。

「刑務所の入浴時間は受刑者が入っている間は刑務官がじーっと見張ってるんだってよ」

と、近くに座っていたもう一人のお母さんに言うとクスクス笑っていましたが、先生たちのほうを見ると笑わずに表情が引きつっていたような気がしました。

実際は先生は生徒のお風呂など関知せず別行動だったそうです。

意外だったのはジャンボタクシーかと思っていた移動が、小型バス1台貸切だったことです。

添乗員は付きませんからお客五人に運転手とガイドが付いて三日間。

「私たちは前の方の座席に座っていたから後ろは誰も乗っていなくてゆったりだったよ」

そうでしょうね、ガラガラというか、スカスカだったでしょう。


例年の佐賀でのスキーが外されて、残された楽しみは熊本県の三井グリーンランドという遊園地。

1dayパスポートを使ってグループ単位で自由行動・・・ではなく、これも5人で園内をぞろぞろと行動。

しかも先生たちは絶叫マシンには乗りません。

同級生の男子は1回だけジェットコースターにいっしょに乗りましたが、「ああ、もうダメ、吐きそう。オレこういうの苦手・・・」と即刻リタイア。

その後は次女は一人でいくつか絶叫系に乗りました。

楽しかった、とは言っていましたが、なんか・・・寂しいですね。

グリーンランドは二月の平日ということもあって、空いていたそうです。

そのあたりは千葉浦安の巨大テーマパークとちがうところです。


3日目は長崎の町の散策と、夕食は各自、ということになっていました。

が、これも引率の先生含め5人で行動。

同じ店の同じテーブルでいっしょに食事。

まあ、生徒のケイタイは持ち込み禁止ですから、はぐれたりしたら困るからでしょう。

そして朝は先生に顔をペチペチされて起こされ(自分で起きないのが悪いんですけど)、護送車・・・じゃなくて貸し切りバスに乗るのでした。

「顔をペチペチされて起こされると気分悪いな。目が覚めても起きる気しなくなるよ」と次女。


そして最終日の午前は長崎での最後の自由行動、ふつうはここは生徒だけのグループで地図を見ながらああだ、こうだ、と言いながら探し当ててグラバー園などに行くんでしょうが、同級生の男子と二人で行動。

アベックで、楽しく・・・と言いたい所ですが、特にそういう仲ではなくただの同級生ですから冷静に。

途中、ふと気がつくと後ろをついて来てスッと陰に隠れた教頭先生の姿を発見。

その後、グラバー園あたりで偶然を装った先生とまた遭遇。

二人の生徒の後を気付かれないように離れた所から見守っていたようです。

大規模校ではこんな細かい指導はできないでしょうね。

この四日間、生徒のほうも相当ストレスが溜まっていたようでしたが、一時も離れない先生も疲れるんじゃないでしょうかね。


金曜日の夜に無事に帰った次女、月曜日の朝、留守番だった小学生全員へ、お小遣いで買ったお土産のお菓子を持って登校して行きました。

小学生全員と言っても、1年から6年まで全校生徒11人です。お土産用のお菓子1箱で済みます。

ところで、次女が進もうとしている高校では修学旅行がありません。

つまり一生でこれが最後の修学旅行になるわけです。

あとで修学旅行の作文を書かされていましたが、『いちばん楽しかったこと』という枠ではさんざん考えた末に「太宰府天満宮の見学」を書いていました。

楽しかったのかな?修学旅行。

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怖い雛人形

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3月3日が近づいてからようやく雛人形を出しました。

何事もギリギリにならないとやらない性分で。

去年のクリスマスツリーも間際に出して、せっかく出したのだからしばらく飾っておこうと、年明けても片付けず、つい最近しまったのでした。


この雛人形、女の子が産まれて初節句のお祝いに、と実家の母が買ってくれたものです。

家が狭いから壇飾りは置けないのでケース入りのを送ってもらいました。

なかなか上品な顔立ちのお内裏様と三人官女。

これが次女には怖いと感じるらしいのです。

マンガチックな目の大きなキャラクターを見慣れているせいか、白塗り、一重瞼の日本人形の顔は怖いのだそうで。寝室に置くのも怖いのだそうです。

以前、次女が3歳くらいの頃、親戚の人からもらったミルク飲み人形も「コワイ!」と言って自分の部屋に置くのをいやがりました。

「じゃあ、箱にしまおうか?」

「いやあ、そんなことしたらお人形が怒るから怖い」

「それじゃあ、ここから見えない高いところに置いておこうか」

「お人形怒らないかな」

可愛らしい女の子の顔してるお人形さんなんですけどねえ。


その頃だったでしょうか、「チャイルドプレイ」という怖い映画のDVDを借りて家族で観たのは。

殺人鬼の魂が乗り移った人形が次々と人間を襲うという恐ろしい話です。

何年ぶりかで最近そのDVDをまた借りてきて観ましたが、やっぱり怖い。


お雛様は普段あまり人の居ない和室の方に飾りました。

別に「怖い」とは言っていなかった長女も、いつもは電気を消してある暗い和室に入って、いきなり雛人形と出くわすと「ギョッ」とすると言っていましたから、現代の若い人の感覚というのはそういうものなのかも知れません。


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新石垣空港

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昨日3月7日、新しい空港が開港しました。

これまでの古い空港は、飛行機はジェット機になる前のプロペラ機のころに作られたもので、滑走路が短くて小さな空港、というか飛行場という感じでした。

短い滑走路のために離着陸には相当な技術がないとオーバーランしてしまいそうです。

離陸では車輪が滑走路から離れた途端に機体は高角度で急上昇。

着陸ではドスンと降りて急ブレーキ。

胸ポケットに入れてあったライターやボールペンが勢いよく飛び出してスコーンと通路を滑ってかなり前方に行ってしまうこともありました。

新空港ではもうそんなこともないでしょう。

飛行機の乗り降りもボーディングブリッジを使うし。

今までの旧空港はボーディングブリッジがなかったのでターミナルビルから徒歩かバス。

バスといってもターミナルから飛行機まで数十mなのでバスに乗ったと思ったらすぐ降りるようでしたけど。

急勾配のタラップを使って乗降していました。


昨日は新空港ではセレモニーがあったし、市内の大きい公園の会場では開港祝のお祭りで夜も賑やかだったようです。

学校では、石垣市から「新空港開港祝」の紅白まんじゅうと飛行機の絵の付いたクリアファイルが児童生徒に配られました。

今朝の地元の新聞は12面のうち5面が新空港開港の記事です。

大きなカラー写真入りで。


新空港建設の話が出てから用地選定のことが二転三転して開港まで30年かかりましたから。


ところで開港の前日まで旧空港で飛行機は発着していたわけです。

夜8時半頃に最終便が着陸した後、翌日の早朝6時台の発着までに引越しするので、関係者は徹夜で作業したそうです。


新しい空港の広いターミナルビルにはフードコートもあって店もいくつも入っています。

その中で開港日の昨日一番の長蛇の列を作っていたのはスターバックスコーヒー通称「スタバ」だったということです。

今まで石垣島にはスタバはありませんでした。

これからスタバに行きたいから用も無いのに空港に行くという人も出てくるかも知れません。

滑走路の長い新空港になって中型機も就航可能になって、東京や大阪方面の直行便も増えるかもしれないし、便利になりそうです。


でも一つちょっと困った事は、空港が家から遠くなったことです。

我が家は島の西のはずれにあります。

そして新空港は島の東の端の方。

市の中心地からも少し遠くなりました。

家から旧空港までは30分以内で行かれましたが、今度は1時間で着くか少し心配。

おまけに空港駐車場、今までは夜間以外は何時間も無料でだれでも停められましたが新空港は駐車料金がかかります。

飛行機に乗り遅れないようにしなきゃ。


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やいま文化大賞

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昨日の午後の事です。

知らない番号からケイタイに掛かってきた電話。

「こちらは南山舎と申します。あなたの応募された作品が『やいま文化大賞』の優秀賞を受賞しました。おめでとうございます」

「え?本当ですか?あ、ありがとうございます」


南山舎というのは石垣島にある出版社です。

昨年「やいま文化大賞」という賞を創設し、八重山をテーマにした作品を募集していました。

ジャンルは問わない、とあったのでこのブログの記事をまとめて清書して応募してみました。

字数制限があるので受けそうな章だけ選んで原稿用紙500枚分にまとめました。

「アイハブ・ア・ハブ」や「遭難アドベンチャー」は入れましたが、イノシシ天国やカウボーイのお引越しは入れられませんでした。

何かの機会に続編として登場させようと思って約半分は割愛しました。全部入れると1000枚くらいになって字数制限を越えてしまいます。


大賞を受賞すると南山舎から作品が出版してもらえるのです。

それを目論んでいたのですが、結果は優秀賞でした。残念!


大賞を受賞したのは地元の八重山毎日新聞の記者である松田良孝氏が書いた「与那国台湾往来記」という作品です。

これは一昨年に八重山毎日新聞に連載されていたのを修加筆したものです。

台湾とそのすぐ近くの与那国島との関わりの歴史をルポルタージュした作品で読み応えがあり、ノンフィクションとしても価値のあるものだと思います。

こういうハイレベルな作品なら大賞を受けても当然かなあ、と納得しました。

「八重山の力、八重山の価値を発掘し、八重山を突き動かしていく作品」という「やいま文化大賞」の主旨に沿ってますし。ハイ、完敗です。

南山舎のホームページに出ています。


そして南山舎からの電話を一度切るとすぐまたかかって来ました。

「つきましては、明日記者会見で受賞者を発表しますのでご自身の略歴を教えてください」

履歴書みたいなものをチョコチョコっと書いてメールで送りました。

するとまた電話。

「略歴届きました。ありがとうございます。さっき言い忘れましたが、顔写真をもらえないでしょうか?」

「えええ?写真ですか?ん―――んと。写真ないんですよ。なきゃダメですか?」

「ええ、記者会見で発表するので、できたら・・・」

「今のでなくてもいいですか?数年前のでも」

「は、はあ」

「今日中にですか?」

「明日の朝一番でもいいですけど」

「わかりました、探しておきます」


顔写真とは恥ずかしい。どうせ記者会見の翌日の新聞に載せられるんだ。

石垣島を含む八重山郡民のほとんどが購読している八重山毎日新聞と八重山日報、その両方に出るに決まっている。

ああ、写真・・・。少し若かった時の、今よりちょっと体重が少なかった時の写真をアルバムひっくり返して探しました。

ないものですねえ。

20年位前のがありましたがこれはフェアじゃないかな。知り合いの人が新聞を見たらなんと言われるか・・。

最近はあまり写真を撮ってないし、あってもひどい写真。

しょうがないから何とかちょっとはマシに見える角度でケイタイで自分撮り。

何度も取り直してもきれいに見えない。

撮り方もガラケイのカメラの精度も被写体も悪いんだから仕方ないですけど。

と、ちょうど帰宅した次女が見かねて自分のiPODで撮ってくれました。

「あ、少しはよくなったかも」

で、明日の新聞が怖い。


また表彰式が4月にあるそうで、また写真撮られるのかなあ。

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新学期から朝帰り

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またまたブログ放置してしまいました。

春休みじゅう娘たちと父さんが旅行に出ていたので、私1人留守番だったのです。

イヌ6頭、ヤギ6頭、孵ったばかりのヒヨコたち、ニワトリ、少し大きなヒナ、それぞれエサがちがうし世話があるので忙しかったわけです。

それと入院中のおばあちゃんの介護です。

食事時間には病院に行って食事を食べさせる。

寝たきりで寝返りができないので、床ずれができないように時々体位を変えてあげる。

家族が行かなくても看護師さんがやってくれるのですが、息子としてはできるだけ自分でやってあげたいのです。

孝行息子の父さんは、市内に住む弟と交替で、毎日病院に行って世話をしていました。

今回は旅行に出る間、私と弟とでおばあちゃんの面倒を看ることになりました。


春休みが終わって、娘たちが、その二日後に遅れて父さんも帰ってきました。

また、病院に通っておばあちゃんの介護の仕事は父さんがやってくれるようになったので、ほっと一息。


父さんと娘たち、春休みの前半は信州でスキーなど、後半は東京の長男のアパートを拠点にして行動していました。

6畳の和室に3人押しかけて、娘たちは寝袋で、父さんは押入れで寝ていたそうです。

東京では友達と会ったり、娘たちは私の妹に映画や中華街に付き合ってもらったり、従妹と買い物に行ったり、楽しんでいたようでした。

石垣―那覇間の飛行機は全日空ですが、那覇ー東京はいわゆるLCC、安い航空会社を使いました。

羽田でなくて成田空港ですが、それでも「片道六千円台」は安い!

セールのときには「成田ー那覇四千円台」もあります。昔の割引無しの運賃はなんだったんだ!

成田空港も、東京駅からシャトルバスを使えば1時間、900円で座って行かれるのでラクチンです。


春休み最後の二日間は東京は大荒れの天気でした。

首都圏の交通は乱れて、飛行機が飛ぶか、成田までたどり着けるか心配でしたが当日は晴れました。でも強風。

成田まではバスも出て順調でした。

空港で手続きして少し遅れましたが搭乗まではなんとか。

飛行機に乗ったまま離陸が2時間も遅れ、那覇に着いたら石垣行きの全日空最終便は出た後。

「帰れない!明日は始業式!」

LCC航空会社に発行してもらった遅延証明書で、全日空の航空券は翌日の朝の便に手数料無しで振り替えてもらえましたが。

那覇空港では泊まる事はできません。

那覇市内の安いホテルがたまたま空いていたので高校生の長女と中学生の次女は那覇で1泊。

翌日、新石垣空港へ着替えのセーラー服を持って迎えに。

その足で登校。始業式には遅刻になりましたが、入学式には上級生として出席できました。

その頃家の車が2度もパンクした事などこちらもアクシデントがありましたが、また次回にでも書きますね。

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タイヤが無くても車は走る?

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春休みの最後の日、夕日を浴びて病院から車を走らせていた時でした。

ボコボコボコ・・・といやな音がして、左前輪がパンクしました。

山際の急な下り坂です。仕方なくゆっくり坂を下って水平に近い場所まで来て停車。

トランクからスペアタイヤを出していつものように自分で交換しようとしました。

JAFなど使ったことはありません。だいたい離島にJAFの人は居るのだろうか?

田舎ではなんでも自分でやるのです。

久しぶりに出したジャッキはハンドルを回しても膠着して固くてうまく動きません。

目一杯低くしても小さくはならず、車体の下に入りません。

父さんはまだ東京だし・・・。

困って、知り合いの車の修理屋さんに電話して来てもらいました。

この間にも娘からはメールが来て、飛行機が遅れたとか、那覇に泊まることになりそうだけどどうしよう、とか言ってきます。


何とかタイヤ交換して家に戻るころは暗くなっていました。

あと500mほどで家に着くという所で、

「ガガガガ、ゴゴゴゴ・・・」

とまた嫌な音が。

ん、またパンクか?

前輪はどちらもタイヤが磨り減っていて、いつパンクしてもおかしくなかったので覚悟はしていました。

またスピードを緩めて道路の端に車を寄せ、ここも下り坂なので水平なところまでゆっくりと進んでいきます。

すると車の前方にタイヤがコロコロと転がっていくのが見えます。

「何?!私の車のタイヤ!!はずれたの?!」

目を疑ってしまいました。

さっき交換してもらったタイヤがはずれて下り坂をコロンコロンと転がって行きます。

そしてちょうど街灯もない真っ暗な道路の脇、一段低くなっている畑の方にジャンプして飛んで行って見えなくなってしまいました。

ナットの締め方が甘かったのでしょうか。タイヤをはめてあった4個のナットも吹っ飛んでどこかに行ってしまいました。

タイヤが1個ない車はそれでも惰性で何十mか進んで行きましたがついに、ガッタン!と止まって動かなくなりました。当然ですね。

あああ、タイヤが取れた・・・。

真っ暗な中、タイヤもナットも探せません。

仕方ない、明日明るくなってから探すか。

車を置いて、家まで歩いて帰って行きました。駐車違反ですがやむを得ません。

いやいや、明日の朝は娘たちが帰ってくるから空港へ迎えに行かなくちゃ。車どうしよう。

市内に住む弟に電話して車を借りようとしましたが。

「ボク、ビール飲んじゃったから運転できませんよ。嫁さんもビール飲んだからダメです」

ああ、困った。と、思い出したのは同じ村に住む人で、車を2台持っている知り合いのこと。

どうしても必要な時は車を貸してくれると言っていました。

家からは1kmくらいありますが、歩いて行くしかないのです。

快く貸してくれました。

乗って帰って家で那覇のホテルの予約などしていると、

「こんばんわ」

村の住人ですが別の人が来ました。

「お宅の車、あそこに停めてあるのは危ないよ。移動した方がいい」

たまたま用事があって通りかかったら真っ暗な道路に黒っぽい車が停めてあってビックリしたそうです。

「カーブだし、知らずにスピード出してきた車がぶつかったら大事故になるよ」

それはそうです。でも移動しようにも、タイヤをはめないと動かせません。

もうスペアタイヤはありません。

「今ライトで照らして、ボクはナット3個は見つけたよ」

もう一人近所の方もライトで照らしてくれて、いっしょに畑の方に転がって行ったタイヤと、道路に落ちていた残りのナットを見つけてくれました。

これで何とかなる!

通りかかったこの村の人は、以前車の修理屋で働いていた人でした。

ジャッキや工具も上等なのを持っていてスイスイとタイヤをはめてくれました。助かりました。

これで翌朝の空港お迎えもできました。

借りた車も翌日返して、安心したと思ったら、夜になってまたパンク!

今度は右の前輪。

もうスペアはない。

さっき返したばかりの車を1km歩いてまたまた借りに行くことになりました。

パンクしたタイヤは街に持って行ってタイヤ屋さんに行って修理。

持ち帰ってタイヤ交換。今度はスパナに足を載せて体重をかけてナットをしっかり締めました、

街まで約20㎞の道のりを1日に何回往復したことでしょう。

タイヤは早めに交換しましょう。



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お野菜様に皮はない

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やいま文化大賞の優秀賞受賞にあたって多くの方から「おめでとう」のコメントいただきありがとうございました。

賞金はありませんが、那覇-石垣の往復航空券、ミンサー織りの高級バッグ、食器セット、オリジナルタオルセット、大きな花束、など副賞のおみやげをどっさり抱えて帰りました。

石垣市長と同じテーブルでしたが、祝賀パーティの料理はおいしかったです。

もっと食べたかったけど、受賞者は先に会場を出されて、出口で来客に挨拶をするのです。

披露宴の終わりに新郎新婦が会場を出る客を迎えて挨拶するようにです。


さて、先日、東京の学習塾から突然手紙が来ました。

「この度、当社の塾内教材に使用している著作物の状況について、社内で調査を致しましたところ、先生の作品を過去に無断で使用していた期間がございましたので、こちらの過去の使用についてのご清算をさせて頂きたく、ご連絡をさせて頂きました。」

のだそうです。(先生と呼ばれるのも久しぶりですが。)

1989年に出版した「新婚旅行は無人島」(草思社)の「お野菜様に皮はない」の章からです。

もう二十年以上前に書いたものです。

この本の一部から、十数年に亘って夏期講習の国語教材に使われていたのでした。

塾の教材作成担当の人がどうやってあの本に行き当たったのかわかりませんが、うれしいことです。

おまけに使用料を16年間分くれるんだそうです。

合計でも数万円にしかなりませんが、何もしないでお金が入ってくるのはありがたいことです。

で、承諾の手紙に付け加えて、どんな引用の仕方か見たいのでコピーを送ってください、と書きました。

送られてきた教材を見ると、たしかに懐かしい文章が問題文になっています。

「よく読んで、あとの問いに答えなさい」という、よくある問題です。

作者の自分もやってみました。

問七、――――線4「お野菜様」という言い方に見られる作者の気持ちはどのようなものか。次の中から適当なものを選び、記号で答えなさい。

ア、美しく上品すぎて野菜本来の土のにおいがまるで感じられず、野菜らしくないと思っている。

イ、形といいつやといい、自分の畑でとれたものに比べてあまりにも立派だと感じている。

ウ、ショーケースに置かれ、ラップにつつまれ、こう呼ぶにふさわしい姿だと感じている。

エ、野菜一個一個が、あまりにもおおげさなようすで売られていることを、やや皮肉っている。

どれも正しいような気もします。

イ、かなあ?でも エ、という気もするけどなあ・・・。

問題提出した人は何を答えさせたいのかなあ?

と深読みして、エ、にしておきました。

正解は イ、でした。まちがえちゃった!

作者の気持ちは イ、だそうです。そうなの?そうかも知れません。よくわかりません。

まあ、少しですが入金あるようなので、家族で食事にいくことにしました。

どんどん著作使用してほしいものです。


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沖縄ー東京5000円の旅

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またブログ更新の間が空いてしまいました。

東京に行っていたものですから。

横浜の実家の高齢の母の見舞いと通院の手伝い、それと、ついでに東京の大学に行っている息子の顔を見に、です。

最近は飛行機も昔に比べるとずいぶんと安くなりました。

今回は那覇ー東京間は現在一番安いJetstarを使いました。

那覇から東京(成田ですが)まで往きは8990円、帰りは5490円という安さ。

往きももっと安い日もありましたが、出発の10日ほど前に急に行く日を決めて予約したのでこういう値段になってしまいました。

これより安い便は先の日付になってしまい、母の入院予定の日に間に合わないので仕方なく8990円でも買いました。

2週間以上前に予約すれば、東京ー那覇が最安値4990円という便も取れたかもしれません。

石垣ー那覇間はANAを使いました。これは間際に予約したのでは安い切符はありません。

「アイきっぷ」というのを使います。

以前は離島割引という名前でした。

事前に市役所に行って登録しておくと、離島に住民票のある人は離島発着の便が安く買えます。

当日でも買えるし、予約変更もOK、キャンセル料も取らない。(手数料は取る)

アイきっぷの石垣ー那覇間は9400円。これはANAもJTAも同じ。

普通なら3日前までの予約の「特割」でも16300円、割引無しなら23000円もしますからかなりお得。

このアイきっぷの石垣ー那覇より、那覇ー東京の方がさらに安い。


安い航空会社の飛行機は古くて狭くて汚いか?と思いがちですが、そんなことはありません。

搭乗してみれば座席もきれい、飛び方も既存の航空会社の飛行機と変わった様子は感じません。

別に乱暴な操縦なわけでもなく、スピードがえらく遅いというわけでもない。

ただし、サービスの違いがあります。

たとえば、預ける手荷物ははじめから有料。

私は預け荷物なしで小型のリュックに荷物をぎゅうぎゅうに詰め込んで機内持ち込みにしました。

機内では飲み物のサービスはない。

飲み物や軽食が欲しい人は有料。

他にも、音楽を聴くヘッドフォンがない。

座席の背もたれのポケットに入っている小さな防水紙のゴミ袋には大手航空会社のような社名のロゴの印刷はない。白い無地の安っぽいゴミ袋。

つまり機内の高級な無料サービスが何もない。

無料サービスはなくていいから私は安い方がいいです。

何もないけど、シートベルトや救命胴衣や酸素マスクはあります。

それさえあればいいんじゃないでしょうか?

座席も一人一席は確保されてます。

オーバーブッキングで一つの席をめぐって乗客が奪い合いの争いになるなんてこともありません。当然です。

あとは、空港での受付カウンターはJALやANAがズラッと並んだそのずっと端の方にあったり、搭乗券が上質紙でなくてペナペナの広告チラシのような薄っぺらな紙が使われていたりします。

こういうのは私は気になりません。豪勢な気分で行く観光旅行ではなく、用事で行くのです。

カウンターの場所は係員の誰かに訊けばいいし、搭乗券も飛行機に乗るまでしか使わず、使用後はゴミになるだけですから。

それと、飛行機がターミナルビルから離れた場所に駐機してあるので、搭乗の際は、ボーディングブリッジではなくてバスで移動になることが多いです。

さて、もう一つあるのは出発、到着時刻。これは大きい。

始発電車でも間に合わないとんでもない早朝出発だったり、到着が夜遅かったり・・・。

でも幸い、今回は到着は夜8時頃、出発も午後3時頃、という常識的な時刻の便が取れました。


成田発着ですが、成田空港から東京駅まで900円のシャトルバスがあります。

実家は横浜市ですが、東京駅から遠くない四ッ谷駅近くに息子のアパートがあります。夜到着したらそこに泊まります。

横浜市青葉区の実家と四ツ谷の息子のアパートとの往復、それと頼まれた買い物などして1週間は過ぎていきました。

上京したら会いたいね、と言っていた友人や親戚の人にも会う時間はなさそうなので連絡もせず、実家で母が日頃お世話になっているご近所の方々にだけ挨拶して行きました。

母は検査はしましたが入院はしないことになりました。

今のところ近所の人の手も借りながら、なんとか一人暮らしできそうです。


帰る前日は四ツ谷に泊まり、当日は東京駅から成田行きの昼のバスに乗ることになっていました。

午前中息子の部屋の片づけをして早めに出ようとしていると、ドアをノックする音が。

「あの、今月のお家賃頂いていいでしょうか?」

管理人さんです。(月半ばなのにまだ払ってなかったのか!)

毎晩遅く帰って来て朝もギリギリまで寝ているから払いに行く時間がなかったとうことでしょう。

息子は不在なので、しょうがない、立て替えてやることにしました。

手持ちの現金では不足なので駅前の郵便局まで走ってお金を準備、同じアパートの別室にいる管理人さんに届けました。

早めに部屋を出るつもりがずいぶんと時間をロスしました。でもまだ大丈夫。

四ッ谷駅には地下鉄とJRがあります。東京駅に行くには地下鉄でも行かれますが、JR中央線が便利。

ですが、どういうわけか、駅に着くと地下鉄丸の内線に乗ってしまいました。

四ツ谷から実家への往復はいつも地下鉄を利用していましたし、新宿へも買い物に行きました。

この時も頭の中では母の事や息子のことなど考え事をしていて無意識のうちに丸の内線の新宿行きに乗っていました。

そしてふっと気付いて、「あれ?私何してるんだ?東京駅に行くんじゃないか!反対方向だ!!」

と思ったときには電車は新宿に到着寸前でした。

ど、ど、どうしよう!

新宿でおりてJR中央線に乗り換えて快速に乗れば東京駅まですぐ。充分間に合う。

でも地下鉄からJRのホームまでいくのは遠いし、新宿駅構内はいつもすごい人。

人ごみを掻き分けては走れません。乗換えだけで5分以上かかりそうです。

丸の内線のホームに降りて、反対側から今乗ってきたのと逆向きの地下鉄にすぐ乗りました。

これでも東京駅には着きます。

でも丸の内線はJR中央線に比べて駅の数が多い。思ったより時間がかかる。

腕時計を見ながらハラハラしているうちに東京駅に到着。

走れば間に合う、と思いましたが、「丸の内線」というくらいですから、丸の内線が着いて、近いのは東京駅の丸の内口。

地上に出てシャトルバスの停留所のある八重洲北口まで移動しなければなりません。この時バスの出発まであと5分足らず。

ああ、面倒でも新宿でJRに乗り換えた方が早かったかな、などと思いながら東京駅の構内を3分間で走り抜けました。荷物を持って。

八重洲側に出た時には道路の向こう側にシャトルバスがハザードランプを点滅させて停車していました。

このハザードが右のウィンカーになったら終わりです。

バスに乗れなくても東京から京成やスカイライナーに乗って成田に行くという方法もあります。

でもせっかくバスの切符は買ってあるし、出発した後では払い戻してくれませんし、荷物を持って電車に乗り降りするのは面倒なのです。

バスなら乗ったらターミナルビルまで座って行かれます。ここはなんとしてもバスに乗らなくては。

そのバス出発しないでくれえ・・・。

東京駅前の横断歩道を重い荷物を持っているとは思えないスピードで走って、バスに飛び乗りました。

「成田行きです。」

「・・・ハァッ、ハァッ、はい、・・・これ・・チケット・・・ゼェーッ、ゼェーッ・・・」

乗って座ったと思ったらすぐ発車。座席でしばらく息が整いませんでした。

こんなに走ったのは本当に久しぶりでした。

上の空で電車に乗るのは止めよう。


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荷物地獄

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また長くブログ更新せず半年近くほったらかしになってしまいました。

この間、屋上の屋根の増設、実家の母の葬儀、四十九日法要などいろいろあったのですが。


屋上のペントハウスの屋根は、今年の夏休みに毎日父さんがほぼ一人でコツコツと工事して、トタン屋根が今までの3倍くらいの広さになりました。

これで暑い夏も大勢でもゆったり涼しい屋上で寝られます。

雨でも広い屋根の下で全然吹き込まず安心して寝られるのです。

9月はじめに長男が帰省し、その時に大学生の友人を3人連れてきて我が家に泊まりました。

男4人ゆったり寝られる広い部屋はうちにはありません。

正確に言うと、部屋は広いのですが荷物が多過ぎて寝る場所がないのです。

それで屋上に広い屋根を増設する事になりました。


階下は引越ししたばかりの時と変わらないくらいに荷物が増えて、だんだん床が見えなくなってきました。

何でも拾ってくる習性だけでなく、遠くから運ばれてくる物があるのです。


私の実家で1人暮らししていた母が亡くなり、実家は空き家になりました。

いつまでも空き家にしておくわけにも行かず、壊して土地を売るか、リフォームして他人に貸すか、何とかしなければなりません。

何もしなければ、誰も居ないのに固定資産税の他、維持費が掛かるし、空き家では物騒です。

一応は親切な近所の方に見守りをお願いしてありますが。


いずれにしても実家の中の荷物を片付けないといけません。

古い服やだれも貰い手の無い道具類は捨てるしかないのですが、自分たちの子ども時代のアルバムなどは捨てるにはしのびなく、それぞれ自分たちの家に持ち帰ることになりました。

うちはもちろん、弟と妹の家も荷物が増えると「置く所がないよー!」ということになります。

でも捨てられない物はあるんですね。

結婚しても新居は狭いから、普段使わない冬服や靴、学生時代にもらった賞状の類は、しばらく実家に置かせてね、といつまでも甘えていたのがこういう結果になりました。

結局、段ボール箱4箱ゆうパックで自宅に送りました。


これだけではありません。

実は9月に、父さんが和歌山に帰省していましたが、ここでも空き家の実家から荷物を運んで来たのです。

こちらは一人暮らしだった老母を2年前に石垣に連れて来たので空き家になっていました。

父さんの実家の方は空き家のままでも問題ないそうです。

ですが、向こうで妹がもう使わないという乗用車を無人車で石垣に運ぶことになりました。

それなら車を空で運ぶより、空き家に置いといても仕方がないような電気製品などを車に積んで持ってこよう、ということになったのです。

そして段ボール箱6箱が車に入って石垣の家に届きました。

「なんか、お父さんとお母さん、結婚したみたいだね」

そうです、新郎側と新婦側の実家から新居へそれぞれ婚礼の荷物が送られたようです。

古い物ばかりですが。

あるいはアパートに1人で暮らしていた息子が引揚げて実家に荷物を送ったようでもあります。

そして箱を開けて二日がかりで荷物整理に追われるのでした。

救われるのは、父さんの実家からの物は、洗剤、シャンプー、ラップ類など消耗品が多いことです。

老人は銀行の粗品、景品などでもらう消耗品を使いきれないで貯まってしまうんですね。

この他に、もらい物のタオルが100枚以上あるという事ですが、そんなに持ってこられても困ります。

幸いタオルは腐らないのでまた次の機会に持って来てもらいましょう。


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クリスマスを過ぎたケーキ

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昨日はクリスマスイブでした。

子どもが小さかった頃は、クリスマスプレゼントを準備しても、当日どうやってサンタに成りすまして枕元にこっそり置くか、で苦労しました。

子どもの夢を壊さないように、寝静まるのを待ちます。

ですが、夜更かしの子どもたち、更にクリスマスイブはサンタの正体を確かめようと、眠いのにがんばっていつまでも起きています。

こちらの方が眠くなってしまいます。

そんな時は仕方なく親は早々と寝ます。朝早く起きて隠していたプレゼントを出してきて、寝ている子どもの枕元にそっと置きます。

夜中だと、プレゼントの包装のガサッという音で眠りの浅い子どもが目を覚まさないか、とヒヤヒヤしますが、朝は起こしても起きない子たちなので安心です。


プレゼントの内容も、何が欲しいかサンタに手紙を書かせてそれを見せてもらうのですが、特に女の子は洋服といっても好みがあるので困ります。

可愛いと思って買ってやっても気に入ってもらえなかったり、自分で「カワイイ」と選んできた服など、「なんでこんなのがいいの?!」と私は思ってしまうこともあります。

個人のセンスの差か、世代の違いか・・・。

それで、中学生になる頃には「大きい子にはもうサンタは来ないから」と自分で選ばせるようにしています。

高校生の長女など、「いっそプレゼントはキャッシュで」と、昨年は次女に買ってやったプレゼントとほぼ同額の現金お小遣いがクリスマスプレゼントでした。

学校の友人にその話をしたら、「なんていいサンタさんなんでしょう!」と絶賛されたとか。

本人が喜ぶならそれでいいのかも知れませんし、楽ではありますが、なんだかねえ・・・。


もう一つクリスマスの思い出。

何年も前のことですが、クリスマスにケーキを買おうと思いました。

都会の繁華街では12月24日の午後8時を過ぎると、ケーキは大安売りすると言う話を聞いたことがあります。

そうだ、イブの夜遅くに買いに行けば安いぞ!

期待して買いに行きましたが、ちっとも安くありません。

「一日経って25日になれば安いんじゃないかな」

翌日また買いに行きましたが、やっぱり別に安くありません。

「あれえ、おかしいな。」

「24日はイブで、25日がクリスマスだから、25日にパーティーする人もいるんじゃない?」

結局翌日も安くはなく、そのうちにケーキは店頭から消えました。食べ損ないました。


今はケーキは家で手作りするようになったので好きな日に好きなだけ作って食べられます。

飾りの果物なども不満が出たり取り合いになったりしないように、家族の好きなものだけをたくさん載せられます。

それでも買うと何千円もするサイズのケーキが材料費の数百円で済みます。

プロが作るほどフワフワではないし、生クリームの装飾も上手ではないですが、そこはホームメイド。甘さもお好みにできるし、家族も納得。

今年も直径30cm近いチョコケーキにバナナとチョコクリームをはさみ、表面には栗のシロップ漬けをどっさり。

一度には食べ切れませんから、残り半分は冷蔵庫に。そして今日25日にも食べ切れそうもないので26日にも食べる事になりそうです。

「安いケーキはやっぱりイブ過ぎてから食べる。」


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午年の人

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1月も後半になってしまいました。

今年は実は私は年女なんですが、年賀状も出さず静かなお正月でした。

自治会の公民館で開かれた新年会だけは参加しました。

飲み物は自治会から出ますが、料理は参加者が各自一品携帯です。

和え物や揚げ物、凝った料理など、おつまみにも腹ごしらえにもなるような物なら何でもいいのです。

持ち寄った料理の大皿を壁際のテーブルに置いて、ビュッフェ形式にしてワイワイ。


臼と杵と蒸篭を持っている方があって、もち米を蒸してみんなで餅つきもしました。


食べて飲んで、座席なんて決まっていませんから、いろいろ席を替わって、近所でも普段会わない人と、久しぶりねえ、などと話していました。

20歳代の若い夫婦や高齢者の方もいます。


そのうち午年の話になりました。

「今年が年男、年女の人、は、○○さんと○○さんです」

という司会者の報告があったので、

「あなた年女だったの?」

と何人かに言われます。

そこで、私は一回り下の年を言います。

みんな一瞬、

「?・・・・・・・・」

という表情になり、

「え?・・・そうなの?」

また頭の中で計算している顔をします。

(私より年下?そんなはずはないな。でも子どもが中3だから、そうかも・・・いや、ちがうでしょ?・・・)


相手の頭の中を混乱させて、私は内心おもしろがっています。

一回り下というのがいいですね。これが二回りも下だと、

「またまたあ、アハハハハ」

と最初から冗談扱いされておもしろくも何ともありません。


みなさんもやってみましょう。

実年齢を言ってるのに、「いやあ、一回り上でしょう」

と言われたり、わざと一回り上の年を言ったのにそのまま納得されたらショックですけど。



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大きい鳥、小さい鳥


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ヤギを放牧している畑に毎日クジャクが来ています。

数えると多い時は10羽以上います。

今朝は珍しくオスが尾羽を広げている所を目撃しました。30mくらい離れていましたが、羽を広げる音が聞こえました。

ジャラジャラジャラというか、バラバラバラというような固いすだれを広げるような音です。

ケイタイを持っていましたが、カメラモードにして構えた時には羽を閉じてしまいました。

残念です。写真は間に合いませんでした。

毎日来ているクジャク。

うちではヤギに与えている野菜クズをついばんでいるくらいですが、野菜を真面目に作っている近所の人は大変迷惑しているそうです。

「あんなにいっぱいいるんだから、少しクジャク獲ろうかな」

「クジャクっておいしくないってよ。肉が固くて臭くて」

「おいしくなくてもいいよ、獲りたいな」

ダメです。罠の狩猟免許がないから、そんなことをすれば警察に捕まります。

免許を持った猟友会の人たちなどは、ときどき山で害鳥のキジやクジャクを駆除しています。


家で見る大きな鳥がクジャクなら、うちにいる小さな鳥はニワトリのヒヨコです。

飼っているニワトリが毎日卵を産んでいました。

これを孵して増やそうと父さんが言い出して、孵卵器で何十個も温めていました。

それが3週間経ってやっとヒヨコになりました。まだ2羽だけですが。

元々動物好きな父さんは産まれたばかりのヒヨコを毎日可愛がっています。

「チィチィよー、お前かわいいなあ♥」

と手に載せてなでています。

これがクジャクを獲ってやろうと言っていた人と同一人物?

生まれたばかりの二頭身のヒヨコ、あまりにかわいいので写真アップします。

小さいヒヨコ

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最後の親子給食

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先週、次女の小中学校の「親子給食」に参加してきました。

毎年この時期に開かれる保護者対象の給食会です。

参加者は1人300円払って申し込みます。

数年前までは家族なら費用を払えば何人でも参加してよかったのですが、いつの間にか1家族1名だけの参加ということになっていました。

食器や座席が不足、という理由ですが、食事するランチルームは10年前と変わっていませんし、食器も廃棄したとは聞いていません。まあ、人数が増えると大変だからなんでしょう。

小中合わせて、全校生徒14人、教職員は常勤だけで14人、非常勤の先生が3人(職員の方が子どもより多い)の小さな学校です。

児童生徒、教職員、保護者全部入れても30人くらい。

子どもの数の割には保護者は少ないです。大体が3人か4人きょうだいですから。

給食室の隣が教室くらいの広さのランチルームです。毎日ここで全校生徒、全教職員がいっしょに給食を食べます。

調理室から近いし、この人数なので、温かいものは温かく、冷たいものは冷たく食べられます。

座席は小中混ぜて週ごとに席替えするらしいのですが、この日は家族単位で食事です。

この日のメニューは、

  クーブイリチー(沖縄の郷土食、刻んだ昆布の炒め物です)

  冬瓜のスープ

  鮭のフライ

  大根の甘酢漬け(学校園でみんなで栽培収穫した大根です)

  ミルクゼリー(調理員さんの手作り)

  粟ご飯
 
  牛乳

親子給食


どれもおいしい!

調理員さんは1人なのによくやってくれます。


今年21歳の長男が入学して以来、毎回参加してきた親子給食も参加するのは今年が最後です。

中3の次女が卒業したらもうPTAではなくなるからです。

数えると15回目の親子給食でした。


隣の席で食べていた担任の先生、前任校はN中学という大規模校でした。

この先生曰く、

「これがN中だったら、クーブイリチーと冬瓜のスープだけで鮭のフライなんか付いてないはず」

市街地の大規模校は給食センターで作って運ばれてきた物を分けて出すので自校調理の給食に比べるとおいしくないそうです。

それとメニューも少しちがって、品数も少ないと聞きます。

給食費未払いの人が多いからそうなるのでしょうか?

こんな小さい学校では未払いはありません。

本当に貧しくて払えないのなら就学援助を申請して給食費の免除を受ければいいのです。

ランチルームの壁には以前は誕生月ごとに子どもたちと職員の写真が貼ってありました。小学校1年生の時に貼ったかわいい顔写真は中学卒業まで貼られてありました。

月に1度給食のときに誕生会をして、歌を歌ったり、自分が産まれた時の話を親から聞いてきて披露したり、他の人たちがサインした色紙をもらったり、と楽しい給食会になっていました。

職員も子ども達も生まれ月にいっしょにお祝いしていました。

長年続いてきた誕生会給食も、勉強時間が削られる(学校側の理由)ということで数年前に廃止になりました。

壁の顔写真もなくなりました。

学校も忙しいんでしょうが、子どもたちが(もしかすると職員も)楽しみにしている行事がなくなって行くのはさびしいことです。

そういえば、1年に1~2回あったバイキング給食も数年前からやらなくなりました。

給食だけでなく、ハロウィンの時に週1回講師に来てくれる外国人の英語の先生と、仮装して職員室に押しかけてどの仮装がかわいかったかた怖かったか競う、という数年続いた行事も、『学校ですべきことではない』という理由で廃止になりました。

色白の長男にカツラ、ワンピース、ハイヒールで女装させて、あんまり女らしくて外国人の先生は男の子とは気付かず、賞を逃した事、小4の長女が父さんの背広を着たサラリーマンでアイデア賞、幼稚園の制服とカバンでかわいいで賞、小2の次女が赤ちゃんの格好でかわいいで賞をもらってきたことなどいい思い出です。

勉強ももちろん必要ですが、学校に行くのがワクワク楽しくなるような遊び心も大事だと思うんですけどねえ。


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今どきの音楽と体育

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先週の土曜日は市民会館へ八重山地区学校音楽発表会を観に行きました。

八重山地区、ということは、石垣島だけでなく、西表や与那国の小中学校も参加します。

大規模校なら選ばれた学年の合唱や吹奏楽部の演奏ということもあります。

小さい学校ならだいたいが全校生徒で出場です。

うちの学校も小規模校なので全員出場。

小学校は11人で合奏、中学校は3人で合唱。

この小学校の合奏がすごかったです。

11人しかいないのに、楽器はバイオリン、ドラム、和太鼓3台、木琴2台、鉄琴2台、マラカス、タンバリン、鈴、オルガンと豊富。人数より楽器の数が多い!

楽器掛け持ちで演奏していました。

小4の子のドラム上手でしたよ。

曲目はきゃりーぱみゅぱみゅの「にんじゃりばんばん」

曲の後半は客席から、他校の時にはなかった手拍子が始まって、演奏が終わったら大拍手、大歓声。


曲目や楽器が今どきですねえ。ちなみに他校はいかにも小学生らしい曲目が多かったです。

学校に近い我が家には、数日前から流れてくる音楽室の練習の音が聞こえていたのです。

指導の先生の力も大きいと思います。


さて、翌日の日曜日は授業参観。

1校時だけが授業参観で2,3校時は全校駅伝大会の計画でした。

ですが天気が悪いので急遽3校時まで授業参観に変更。

3校時は中学生は教室で体育の授業。

ダンスです。今は体育の必修カリキュラムにダンスというのがあります。

男子1名、女子2名なので教室でダンスでも充分広い。

準備運動はステップとムーンウォーク。

今月練習していたのはマイケルジャクソンの「スリラー」と「ビートイット」。

なかなか上手。少し踊ってから、ネットにつながった教室の大画面のテレビで映像を見て細かい所をチェック。

you tubeで練習用のステップ映像で復習、マイケルジャクソン本人の映像で顔の動きを確認。


今はこういう授業なんですねえ。

楽しい授業ですねえ。

ただ体育担当の中年の男の先生は生徒と同じ動作でしたが、相当に息が上がってました。

生徒は平気な顔してニコニコしてましたが。



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