幻の湖 その4


その3からつづく

今まではキャンプで、猿になったり、ヤギになったり、魚になったりして来ましたが、今回はついにミノムシになったようです。
空中にザイルロープ一本でぶら下がったまま、ザイルは振り子のように揺れています。ザイルの先で私は木から糸で下がっているミノムシのように、何もできずにクルクルと回っているしかありませんでした。

今まで遊園地やディズニーランドで経験したどの絶叫マシーンもこの恐怖には勝てないでしょう。
テレビで見るバンジージャンプも恐ろしいと思いましたが、何の覚悟も心の準備もないまま、いきなり空中に飛び出した恐怖は言葉では言い表せません。
登山用ザイルが一人の体重で切れるはずはありませんが、命綱一本で岩から吊り下がっているというのは高所恐怖症の私には死ぬほど怖いのです。私はトビ職には絶対になれないと再確認しました。
ザイルにしがみついてキャァキャァ叫んでいるその頭上から私の名を呼ぶ声が聞こえます。
天国からお迎えの天使の声ではありません。ミイちゃんです。

ああ、そうだ、岩の上には何人も男の人がいたんだ。
ミイちゃんが私を呼ぶ声に続いて、

「ヨーイショッ、ヨーイショッ、ヨーイショッ・・・」

力強い男性コーラスのような声に合わせてグイッ、グイッ、とザイルが引き上げられていきます。それとともに私の体が上に持ち上がって行って、岩の上にいる人たちの顔が見えてきます。

初めに心配そうに覗き込んでいるミイちゃんの顔が目に入りました。彼女はずっと私の名を呼び続けてくれていました。
続いてその後ろでロープを引いているシマヤさん、

あれ?ロープを引きながら楽しそうに笑っている。
あ、その後ろで一緒に引いてくれているほかの男性たちも声を出して笑っている。

な、な、なんだ、私が死にそうな恐怖感を味わっている時にミノムシ状態の姿を見て、みんな大笑いしていたのか。
でもまあ、助けていただいたのですから、不満は言いません。

ようやく滝の上に上がって命拾いしたと、ホッとして落ち着いて見ると、滝の上に先に着いていた人たちはみんなでお腹を抱えてゲラゲラ笑っています。私のすぐ後ろには最後に登って来たリーダーがもう追いついて来ていっしょになって大笑いしています。
「アハハハハハ、お前、ミノムシみたいだったな、ワッハッハッハッハッハ」

この滝登りで、すっかり心のエネルギーを使ってしまいました。その後はなんとかみんなの後をついていくだけでした。
滝の上には川に沿って岸を進むと、岩だらけになっている所があります。急な傾斜地ではすでにヘトヘトになっている私はそばにある木の枝枝でも根っこでも蔓でも、手当たり次第につかんで登っていました。

『溺れる者はワラをもつかむ』と言います。
ワラではないにしても、よく見ないと安全でない物もつかんでしまいます。

つかんだ枝が枯れ枝で、途端にポキンと折れて、ズルッとこけます。

「わあっ」

慌てて近くの丈夫そうなツルをつかむと、今度はそれが、切れはしませんがズルズルッと長く延びてまた自分の体が下にずり下がってしまいます。

「わあ、みんなに置いて行かれるぅ!」

最後尾の自分よりずっと前を歩く I さんに追いつこうとスピードを上げて両手両足を懸命に使って前進しようとしました。もう恰好なんてかまっていられません。猿は猿でも岩伝いに器用にピョンピョンと身軽に飛び移るニホンザルではなく、半分這って半分猫背で立って進む類人猿のようになっているのが自分でもわかりました。類人猿はリュック背負っていませんが。

枝でも何でもどんどんつかんで。
やっと I さんに並びそうに近づいてきました。

そのとき、つかんだ枝に一瞬ですが違和感を感じました。

(あれ?何だ?この枝、感触がちがう・・・)

伸ばした手元を見ると、握っていた細い枝は、

ぐにゃり
と柔らかく動きました。

!・・・ヘ、ヘ、ヘ・・ビ・・・

驚きの表情で口を開けたままですが声が出ません。

3秒後に息を吸ってやっと溜めておいた声が出ました。すごい声が。

「ギャアーオーワーギャー!!」

だいぶ前を歩いていたリーダーにもこの声は聞こえたようです。

「ナンダ!ど、ど、どうした!」

「ハア、ハア、ヘビ・・つかんだ」

「ハブか?」

「ううん、ちがう、ヘビだった」

石垣や西表ではヘビに出会ったらそれが毒のあるハブか、それ以外の毒のないヘビかをまず瞬時に確認します。一番確実なのは頭の形を見ることです。

ハブはアゴの両脇に毒を貯める袋があるので、エラが張ったようにアゴが外側に張り出し、頭が三角に見えます。それに対して毒のないヘビは頭から胴体まで流線型をしています。

息が止まって、叫び声を上げるまでの短い時間にそれはすかさず見ていました。

「何だ、ハブじゃないのか、驚かすなよ、ビックリした」

ハブではなかったので少し気が落ち着いてきた私はやっと息が戻りました。

「ハブだったらどうする?」

「捕まえるさ」

生きたハブは買い取ってくれる所もありましたが、こんな山の中では引き取ってくれる所まで持って帰るのはタイヘンです。売らなくても自宅で強い酒に漬けてハブ酒を作ったこともありました。ハブ酒はみやげ物屋などの店で買うと何千円もします。大きなハブなら1万円以上する物もあります。

「キャンプに来てハブ獲ってどうするの?生きたまま持ち帰れないでしょ」

「じゃあ、食べる」

「えええええっ」

また歩き出すと、隣に I さんがいてニヤニヤしていました。

「ねえ・・・・」

「なんですか」

「もしかして、さっき、私がヘビつかんで尻餅ついたの・・・見た?」

「はい、つかんでからスローモーションで転びながら叫ぶまで3秒くらい間が空きましたね」

しっかり見られていました。

幻の湖 その5につづく

↓クリックしてね ランキング参加中


にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村
         
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

野生児の妻

Author:野生児の妻
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
FC2カウンター
現在の閲覧者数:
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード