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100年前のコンロ

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さて、本格的に北アルプスに向けて出発した父さんと娘二人。

新宿で合流して夜行バスで上高地に行き、そこから登山開始。

その翌日、槍ヶ岳の頂上からの写メを送って来たので、登頂成功を知りました。

初心者の女子中学生と女子高校生と登山経験者とは言え、腰の痛い運動不足の中高年とでよく登ったものです。

しかしその後、一切連絡がなく、どうしたものかと案じていました。

ちょうど松本清張の「遭難」という小説を読んでいたところだったので、何となく不安な気持ちにもなるというものです。

ケイタイのバッテリー節約のため、キャンプと言えばいつもスイッチオフにしています。

肝心な時にケイタイが電池切れでは困りますから。

そして、1日1回時刻を決めて定時連絡。

しかも用事のある時だけメールで連絡する。

でも今回はこちらからメールを送ってもちっとも返信がありません。

たぶん森の中や谷すじでキャンプしているから電波が入らないのでしょう。

そして、その4日後、ようやく電話がかかって来ました。

それも公衆電話から。

「ああ、やっと連絡できた。今、媟が岳(ちょうがたけ)のヒュッテにいるんだけど。このヒュッテの公衆電話借りてかけてるの。」

今までケイタイの電波が入らずに連絡ができなかったそうです。

用件は、明日予定通り下山するので、友達のAさんに約束の場所に迎えに来てくれと確認しといて、ということでした。

Aさんには下山した場所に迎えに来てもらって、夜は泊めてくれることになっていました。

ちょうどAさんが電話に出ないので、私にかけて来たのでした。

まあとにかく無事でよかったです。


3人とも地下足袋を履いての登山に象徴されるように、見てくれより機能重視の一行です。

食事はコッヘルでご飯を炊いておかずは父さん手作りの「ペミカン」。

肉や野菜を小さく切ってあぶらで炒めて水分を飛ばし、下味をつけてビニール袋に密閉したものです。

小さくまとまって、常温でも何日も保存できるので登山には適しています。

今のようにレトルト食品が普及していなかった時代には、登山の携行食糧はこれでした。

ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、豚肉や牛肉などで作ったペミカンは1週間分。

塩味を効かせて腐敗しにくくしてあります。

山では水とカレールーを加えてカレーライス、水と味噌を加えて豚汁。

今回はこの2種類しかメニューはありません。

昨日は豚汁、今日はカレー、明日は豚汁、あさってはカレー、という具合です。

朝は前日の残りのご飯、昼は初日は私が作ったサーターアンダギーを父さんが持って行ったので、それを食べたはず。

二日目からはクッキーやビスケットなどの行動食。


調理器具も、今流行のカートリッジのガスボンベのコンロではありません。

ガソリンのホエーブスのコンロでもなく、もっと古い、父さんが高校生の頃に使っていた灯油のオプティマスのコンロ。

スウェーデン製で100年前からデザインがほとんど変わっていません。

すごいですね。

ネットで調べると、今はもう製造中止になっているらしいです。

灯油コンロ


夏の初め、登山の計画を立てたらすぐに、父さんは物置をガサガサして(と言うか、家全体が物置なんですが)出してきたオプティマス。ラジウスとも言うそうです。

「わ、、懐かしいなあ、何十年ぶりだろう」

古い缶に入っていたのを見た事はありますが、使ったのは私は見たことがありません。

27年前の新婚旅行で行った無人島キャンプの時でもホエーブスのガソリンコンロでした。

壊れてはいないようですが今も使えるんでしょうか?

「ちょっと試運転してみよう」

まだ登山まで2ヶ月も先という頃からコンロを使い始めています。

少しあちこち掃除はしましたが何とか使えそうです。

余熱の着火剤を使いますが火が点いたらシュッコシュッコとポンピングして火力を強めています。

あっと言う間に炎が強くなって台所のガスコンロのようです。

古い道具と半分バカにしていましたが、何十年も放置しておいたのに充分使えます。

最近の電気製品など、まだ新しいのに中のマイコンがイカレたらうんともすんとも言わなくなって、数年で買い替えるハメになります。

また、使わないまま何ヶ月も放置しているとそれだけでコンバーターを通電しなかったという原因で動かなくなってしまいます。

他にも中で意外な所にバッテリーが入っていて液漏れだとか厄介な事で故障する事もあります。

原始的な道具の方が壊れにくくて長持ちするのですね。

明治時代の人も登山にはこれと同じようなコンロを使ったと思うと、自分達もコンロと同じくらい長生きした気分になります。

ガスのコンロより火力は強いみたいですし、何泊もキャンプするのでも、これなら灯油を2ℓくらい持てば足りそうです。

ガスコンロだと、カートリッジを何本も持たないといけません。荷物になります。

オプティマスはガスコンロと違って五徳の部分をはずして分解してコンパクトに小型の缶に納まります。

嵩張りません。

「火が点いたのに遊ばせたらもったいないな。なんか沸かすものないかな」

父さん、コンロに鍋を載せてラーメンを作り出しましたよ。

「おーい、ラーメンできたんだけど、食べてくれないか」

「今勉強しようと思ったのに」

「先にラーメン食べてくれよ」

いつもなら、宿題が終わるまではご飯食べるな!と言っているのにね。

次の日も子ども達が学校に行っている間にまたコンロを試運転。

「あら、また使ってるの?」

「おう、念には念を入れて何度も試しておかないと、本番で不具合が起きると命取りになるからな」

まあ、それはそうです。遭難しないために準備には充分過ぎるくらい時間をかけてほしいものです。

火がおきるとまた何か鍋をかけてご飯を炊いたり味噌汁作ったり・・・。

「さあ、昼ご飯ができたぞー」

「家でキャンプしてるみたいだ」

「ああ、こういうのがオレは楽しいんだ」

「これで充分じゃないの、登山行かなくていいよ」

「いや、行くの!!」


わかっています。

登山へ出発するまで何度も家でこの100年前のコンロで作ったご飯をいただくのでした。




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北アルプスのキャンプ家族

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今年の夏休みは、長女、次女ともに東京の長男のアパートに転がり込んで、1ヶ月以上過ごす予定です。

東京の塾に行ったり、知人の職場でバイトしたり、その他は夏休みの宿題をしているようです。

石垣の家は大人ばかりで静かに暮らしています。

それで今年の夏はキャンプなしか・・・と思ったら、すごいキャンプを計画しているのです。

東京の娘達に父さんが合流して3人で北アルプスの夏山登山!!

例によって私はお留守番。

荷物持ちの当てにしていた長男は。

「オレ、サークルの合宿があるから参加できないよ」

ということで、

細い体の女の子と中高年で体力に不安がある父さんで分担して荷物を背負って行くことになります。

上高地を拠点に、槍ヶ岳、穂高、涸沢、常念・・・と本格的アルプス登山。

娘達は登山初心者ですけど、だいじょうぶなんでしょうか?


登山の計画を立て始めた6月から、ウキウキ、ワクワクしている、(ように見えます)父さん。

学生時代は長野県S大学山岳部で日本アルプスは何度も登って冬山登山の経験もある父さんですが、もう50代後半。

普段運動不足の上、肥満気味、腰ヘルニアもある。

20kgも荷物持って1日に5時間も6時間も歩けるんでしょうか?

5泊6日の予定ですが、予備日も含めて8日分の食糧、わずかの着替え、テント、寝袋、出来るだけ減らしたとしても一人当たり13kgくらいは持つことになります。父さんは17kgくらい。

「オレ、荷物持って歩けるかなあ」

出発の数週間前になってだんだん自信がなくなってきたようです。

「少し歩く練習するわ」

と、まずは荷物なしの空身で家の前の林道を歩いて登って行きました。

2時間後、

「はぁ~~~~あっ・・・、へえっ、ひいぃっ、」

と汗だくでヘロヘロになって帰って来ました。

「だいじょうぶ?」

「オ、オレは・・・ダメだあ・・・」

膝丈のスパッツに上半身裸、足元は地下足袋、という格好で林道を歩いていると、たまに通る観光客のレンタカーの運転手はビックリしているそうですが、それはともかくアルプス登山大丈夫かなあ。

そして毎日山歩きのトレーニングを続けていました。

数日後にはリュックに米やら何やら詰めて、ある程度の重さにして、またトレーニング。

リュックを背負う時はTシャツを着ますが、足元は地下足袋。

本番も地下足袋で登ります。

登山靴は重いし、嵩張るし、値段も高い。

ということで、娘たちにも東京に出発する前に地下足袋を買ってやったのでした。

父さんのトレーニングは毎日続いて、リュックの重さも15kgくらいまで増やしています。

それでも坂道を2時間も歩くとヘトヘトになって帰ってきます。

登山トレーニング


「大丈夫かな、こんなんで登山できるかなあ・・・」

まだ不安です。

いえ、だめなら登頂は諦めて、上高地の湖でも眺めて飯盒炊爨でおしまい・・・でもいいじゃないですか。

登山のことは別として、トレーニングのおかげで、

「腰が痛いよー、背骨が折れそうだぁ・・・」

と、それまで腰ヘルニアで悩んでいたのがウソのように、起き上がったり、立ち上がったりが楽になったようです。

今までいかに運動不足だったか、ということでしょうね。


そして、できるだけ荷物を減らすために着替えも1枚だけ、履き替える靴も無し、ということにして、父さんは昨日、出発しました。

空港まで送っていきましたが、リュックを預け荷物にして地下足袋で飛行機に乗るというのも目立ちますねえ。

今頃は3人でどこかでテントを張って寝ているはずですが、無事に帰ってきて欲しいものです。


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手作りナンプラーの危機

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タイ料理が好きなうちの家族。

暑い季節は香辛料たっぷりの辛いタイ料理が食欲を増加。

香辛料の一部は庭に植えています。

タイ料理に欠かせないナンプラーは自家製です。

結婚したばかりの頃は石垣では売っていなかったので東京の池袋のSデパートから取り寄せていました。

ですがナンプラーの代金より送料の方が高くついてしまうので困っていました。

時々帰省した時に、横浜の中華街に行ってまとめ買いもしました。

今はタイ料理屋さんや食材店もあちこちにありますし、ネットの通販でも安く簡単に手に入りますけど、30年近く前はそうではなかったのです。

そのうちに、ナンプラーを手作りしてみようということになりました。

「ナンプラーって自分で作れないかなあ」

「タイでは田舎の方では家で作ってたよね」

「作り方知ってる?」

「なんか、魚と塩を入れて半年くらい漬けておいて、上がってきた汁を沸かしてビンに入れて陽に当ててできあがりだって聞いたけど」

「やってみよう」

ちょうどテレビで、メコン河上流で川魚と塩をカメに入れてナンプラーを作る話を放送したのです。

「魚と塩を交互に入れていけばいいんだな」

樽で白菜の塩漬けを作るようなものです。

魚はすぐ目の前の海で父さんが潜ってたくさん捕って来てくれます。

はじめはポリバケツに作ってみました。

何日かすると水が上がってきます。

そのまま置いておくと汁は琥珀色になってナンプラーの香りになってきます。

掬い取ってお鍋で沸かすと、それまで少し濁って見えた汁の中のものが固まって沈殿します。

汁はすっかり透明のナンプラーになります。

さらに茶こしで濾してビンに詰めて完成です。

市販されている物より味が濃いように思えます。

タイ滞在中に、安いナンプラーは塩水で薄めているんだ、とタイ人の友人が教えてくれました。

本当にそうかどうか確かめようがありませんが、最近東京のスーパーで息子が買った輸入ナンプラーを味見したらナンプラーの香りがほとんどなくて塩水のようでした。

そのうちに小さなポリバケツでは足りなくて、大きなポリペールを使うようになりました。

魚は石垣の地元の魚ですが、これは東南アジアのと種類は同じです。

一度、イワシやアジなどの青魚も使ってみましたが、油が浮いて来てだめでした。

やはり熱帯の脂の少ない白身の魚がいいようです。

気候も気温の高い状態が半年以上続く石垣はナンプラー作りに適しています。

こうしてポリペールにいくつも作って、熟成した物から順に掬って使ってきました。

引越しの時にも何とか運んで来たのです。

それが最近、危ういことになりました。ポリペールの一つにヒビが入ったらしく、ナンプラーが一部漏れてきているのです。

「わ、たいへんだ、ナンプラーがぁ・・・」

「せっかく熟成したおいしいナンプラーをなんとか新しい入れ物に移さなきゃ」

「そうだよ、丹精込めて作ったんだ」

(いえ、魚と塩を混ぜてほっといただけですけど)

「この一滴は血の一滴だ、無駄にできないぞ」

(いえいえ、タダのナンプラーです)


ポリペールは長年使うにはあまり頑丈にはできていません。

ぶつけたり落としたりすれば割れてしまいます。

手近にあるもので丈夫で利用できる物と言えば・・・、

「青いドラム缶一つ余ってたよな」


青いドラム缶というのは、薬品を入れて密封して運ぶ時に使う分厚いプラスティックのドラム缶です。

使用済みのものを業者から安く譲ってもらって蓋の部分をくり貫いて、外で水入れに使っていました。

数年前の台風で断水になった時にも、この青いドラム缶に溜めておいた雨水のおかげで食器洗いも洗濯も水には不自由しませんでした。

最近、雨水溜めだったドラム缶が日除けの工事にじゃまだったので、空にして移動したばかりでした。

ドラム缶を家の正面の水道の所へ運んで、父さんタワシでゴシゴシ洗っています。

食べ物を入れるのですから念入りです。

きれいに洗って、次に水をたっぷり張ってしばらくおきます。

水漏れしないか様子を見るのです。

夕方になってドラム缶は新しいナンプラー容器として合格しました。

「さて、水を捨ててドラム缶運びたいけどなあ」

ドラム缶は満タンに入れると200ℓはあります。

「水ただ捨てるのもったいないね、足でも洗うか」

「足と言わずにそれで体洗えよ」

「ええっ、ここで?」

ヤギにエサをやったりバナナ畑の見回りをしたりで汗をかいたのでシャワーに入ろうと思っていたところでした。

牧場にいたころは家の裏に水を溜めたバスタブを置いて夕方そこで水浴びをしたりもしました。

でも今の家は道路に面しています。

林道とは言え、公道ですからいつ車が通るかわかりません。

1日に数台しかに通らないんですが、こういうときに限って知り合いの車がきたりするんですよね。

でもまあ、誰も来ないことを願って・・・。

一応ドラム缶と道路の間に車を停めて、更にトランクのドアを開けて目隠しにします。

車が来たらサッとドラム缶の後ろに隠れればいいのですけど。

青いドラム缶



洗面器で水を汲んで頭からかぶって汗を流します。

念のために汗まみれのシャツは脱がずにシャツの上から水をかけて洗います。背中、お腹の部分を洗う時はシャツの中にタオルを入れてこそっと。

ふんだんに水を使ってもまだ半分残りました。

できることならドラム缶の水風呂に入って涼みたいところですが、今からこれにナンプラーを入れるわけですからそこは遠慮しましょう。


残りの水を捨てて明日はナンプラーの移し替えです。

ああ、気持ちよい水浴びタイムでした。

おいしいナンプラーができそうです。


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また拾って来たのね

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台風の前、防風対策に屋上で使った重石用の大きな石は以前から少しずつ拾って来ておいたものでした。

長さ30cm以上あるコンクリートの塊のようなものです。

重さも1個で10kg以上はあるでしょう。

それくらいないとトタンやベニヤ板の上に載せる重石の役に立ちません。

父さんは街に行って目に留まると車のトランクに入れて持ち帰って来ます。

だいたい男の子は道端の石を拾ってポケットに入れて持ち帰る、ということが多いようです。

ちょっと年齢が上がって石の大きさもビッグになったと見ればいいのです。

家に着くと、持って帰った大きな石を抱えて屋上へ運びます。

父さん腰が痛いのにがんばります。

「ウウウ!・・・これくらい・・・重い石なら・・・飛ばされないだろう・・・ヘエッ、フーーッ・・・」

いくつも運んでお疲れ様です。


そしてある時すごい石が来ました。

「おい、すんごく重い大きな石なんだよ。上に上げるの手伝ってくれよ」

港の貨物陸揚げの広場で、捨ててあるのを拾って来た・・・もとい、だいぶ前から放置してあったのを無言でもらって来たのでした。

トランクを開けると、長径70cm、短径40cmはあるでしょうか、巨大な石・・・というより岩の大きさ。

この日は早く授業が終わった高校生の長女を迎えに行って、その帰りに港に寄って拾って・・・じゃなくてもらってきたのです。

二人で協力して何とかトランクに載せたということです。

緑っぽいきれいな肌の石です。

大理石ではないでしょうが、厚さ10cmほどの板状にカットされ、表面はピカピカに磨かれています。

「きれいな石だねえ」

もう少し大きかったら屋外で使うテーブルの天板にしたいくらいです。

「これならこの1個だけでもトタンの重石になるくらいだろう」

「屋上に置いておくの?」

「そうすれば台風の時にトタンやベニヤの上にスッと載せて重しになるんだ、便利だろう」

「それはそうだけど、コレを屋上まで運ぶの?」

「大変かな」

まずトランクから下ろさなければいけません。

車を屋上へ上がる階段のすぐ近くに着けて、とりあえず階段の下に下ろすことにしました。

「セーノ、んっ!・・・んっ!!・・・」

重い!上がらない!

それによく見ると、きれいな石ですがあちこちにヒビが入っています。

どおりで捨てられたわけです。

「このヒビやばいよね」

「持って運んでいる途中でヒビのところでパカッと割れたら足に落ちるな」

足の上に落ちたら痛いどころでは済みません。

何十kg、いや100kgくらいあるでしょうか。

「おい、こら、きりん!シャワー入ってる場合じゃないぞ。3人で持たないと上がらないぞ」

ヒビから割れても被害がなるべく少なくなるような部分を掴んで3人で全力で持ち上げます。

「グワッ!」

「ウリャアッ」

「ぬゎーーッ」

3人ともすごい声と顔(だったと思う、見てないけど)で2m移動して階段の下まで運びます。

「と、と、とりあえず、ここに・・・下ろそう、う、う、う、ハァ、ハァ、ハァ・・・」

3人とも息が切れています。

「こ、腰が痛いよぉ」

「コレを上まで上げるの?」

「・・・無理か・・・」

階段を一段上げるだけでも重量上げのような思いをしなければなりません。

それを何回繰り返すのか。

「もうここでいいじゃない」

「ここに置くのか?それじゃあ何のために持ってきたんだよー」

「上まで運ぶのイヤだよぉ」

「・・・・・・・まあ、とにかく昼ごはんにするか」

ということで、取りあえず置いた場所が定位置になりそうです。

重い石


階段の一番下の段にきれいな踏み台が置かれているのはなぜだろう、と初めて来る人は思うでしょう。

それに対して説明しているのを想像することも一つの楽しみなのです。


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台風来るなら防風対策

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毎年夏になると必ず沖縄地方を訪れる台風。

今年も石垣島にやって来ました。

数日前からネットで台風の強さと進行方向とスピードを睨んではらはらしていました。

「あれえ、台風こっち来るよ、準備しないと」

「いや、まだわからんよ、コースがはずれたら対策の必要はないんだから」

それはそうです。早くから準備して空振りだと苦労が無駄になります。

余計な仕事はしたくはありません。

「あ、やっぱりこっちに向かってる」

「まだコースが変わるかも知れないよ。明日になって風が強くなってからでいいよ」

そうかなあ、今でも相当強い風なんだけどなあ。

暴風雨の中でびしょ濡れになりながら仕事するのはイヤなんだけど。

「直撃は免れたとしても、強風圏には必ずなるでしょ。強風の中でトタン板運ぶのはいやよ」

屋上のペントハウスで、冬の間重宝したトタン板で作った北側の壁。

鉄筋の柱にボルトで固定して北風除けに使っていました。

夏になった今でも雨が吹き込む時はこの壁際に布団を寄せておけば濡れなくて済むので便利でした。

台風が来たらボルトをはずしてトタンを下ろして飛ばない場所に移動する予定でした。

トタン板は風に煽られると勢いよく舞い上がって飛んでしまいます。

持って運ぶ途中で突風が吹くと非常に危険です。

強風10m/sの風の中でもけっこう怖い。

まして吹きっさらしの丘に建つ家の屋上です。

「そうだな、トタンだけは先にやっておくか」

と重い腰が上がりました。

トタンは二人で1枚ずつ低い位置に持って風に飛ばされないようにしっかり運びます。

2階から下に下ろすのは大変なので屋上の空いた場所に移動して重ねます。

そして合計6枚重ねたものをまとめてロープでぐるぐる巻きに縛ります。

1枚では風で飛ぶ心配がありますが、数枚重なると鉄の塊のようになって重さでそう簡単には飛ばされません。

でも暴風の中ではこのロープさえ切れて吹き飛ぶかも知れません。

重ねて縛ったトタンの上にさらに重石の大きな石や鉄鋼のパイプを載せておきます。

「これでどんな暴風でもだいじょうぶ。完璧だ」

昔、牧場に居た頃、大きな台風で乾燥牧草を置く倉庫の屋根のトタンが剥がされて飛んでしまったことがありました。

台風が去って数日後見回りに行ったときに、何百mも離れた放牧場の地面に飛んできたトタン板が落ちていました。

落ちていたと言うより地面に垂直に50cmほどの深さにグサリと突き刺さっていたのを見てゾッとしました。

暴風の中で長さ4mくらいのトタン(持つとけっこう重いです)が紙切れのようにひらひらと舞い上がり、ビュンと空中を飛んで行くようすが目に浮かびます。

暴風の中を外出してはいけないはずです。

ペントハウスで楽しんで使っていたテレビも階下の部屋に運んで、椅子は5~6脚重ねて紐で縛って柱に括り付けました。

テーブルは運ぶのが大変なので上に重い鋼材をいくつも載せて重石にします。

鋼材は前日に業者が運んで来てくれました。

重石にする目的ではありませんよ。

家の西側が夕方陽が当たって暑いので日除けの屋根を作る計画があるのです。

その材料として柱と梁にするための鋼材です。

トタンの上に載せた大きな石というのは、これは重石にするために今まで拾い集めていたものです。

屋上の物をここまで準備しておけば、あとはいよいよ台風接近が確実となったところで細々した物をかたづけても間に合います。

パソコンの台風情報を見ながら判断します。

台風に付き物の停電になるとパソコンも使えなくなります。

いつまでこの画面が見られるでしょうか。

「大丈夫かなあ、ヤギも犬も、外の檻のヒヨコもあるし・・・」

「まだ本格的に吹いてないよ、今回の台風はのろいから明日でもいいさ」

逸れてくれればいいけど、台風は、北西、北北西、北、と進路を微妙に変えながら進んで近づいて来ます。

「ん、ん、んー、あれ、やばいな、こっちに来るな」

「来るよね、こっちに、暴風は免れないよね」

「明日の朝からでいいだろう」

ジャンジャンジャンジャン・・・チャララ~~・・・。

と映画「ジョーズ」の音楽が聞こえてきそうです。


翌朝予想通りに暴風警報発令。

早朝から外の生き物の避難、飛びそうな物を風の来ない場所へ移動。

子供たちは夏休みで旅行中なので、夫婦二人で協力してやる・・・・・・はずでしたが、よそから大事な用で連絡の電話が入る予定だったので私は室内で電話番。

父さんだけ孤軍奮闘。

風と雨が強くなって来たので夏には珍しく合羽を着て出動。

合羽の下はパンツ一丁です。どう濡れるし寒くはないから。


結局、石垣上陸直撃はなくて建物の被害はなかったものの、長時間の暴風で植物はダメージを受けました。

畑のバナナは収穫前に倒れたり、寝室の外壁を直射日光から守ってくれていたパッションフルーツのグリーンカーテンは使用前、

パッションフルーツ


使用後はこの通り

台風後

このパッションフルーツ、どんどん伸びて屋上の屋根の金網に巻き付いて、壁も屋根もグリーンカーテンの素敵なビアガーデンにする予定だったのです。

だいぶ伸びて来たと思うころに台風が来てごらんの通り。

また回復して来るでしょうが、3歩進んで2歩下がる・・・の繰り返しで、そのうちに冬になって成長がほとんど止まってしまいます。

家全体を覆うグリーンカーテンが完成するのに何年かかるんでしょう。

もう長男は高校卒業して東京に行ってしまいましたし、再来年は長女も高校卒業して島を出て進学すると言っています。次女が島を出るまでに完成するといいのですが。



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