カウボーイのお引越し その6

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カウボーイのお引越し その5からつづく


柱や壁になる予定の場所にはしっかりとした土台が必要です。

地面に土台用の浅い穴を「鉄兵丸」が掘っていきます。

人間がスコップで掘ったら何日もかかるだろうと思われる大きさの穴も半日で掘り終わってしまいます。

穴は思ったより深く大きな溝のようなものでした。

遺跡の発掘でもしているみたいです。

ちょっと中に入ってみます。

「わあ、竪穴式住居みたいだ」

大昔の人はこういう穴に屋根をかけて住んでいたわけです。

その場でしゃがんでみると、

「風も当たらないし、これで日除け雨除けの屋根があったら暮らしていけそう」

「あ、そうかい、これで建築工事終わりにするか。金もかからないし、楽でいいや」

「いえ、それは・・・」

トイレに住むのと同じくらいに避けたい選択です。

第一、柱や壁の部分だけですからすごく狭い。

土を掘ってすぐに土台の鉄筋コンクリートを作るわけではありません。

土台のコンクリートを作るためのその台を作ります。

「捨てコン」と呼ばれるコンクリートを地面に直接流し込みます。

数㎥ですが生コン会社のミキサー車を呼びます。

平らに均して乾くのを待ちます。

そして本格的な土台作り。

長い鉄筋を四本組み合わせて柱のような物を組み立てます。

この柱を横倒しにして土台用の溝に入れるのです。

本当の柱は、この溝の中の横倒しの柱に鉄筋を組んでしっかり結んで立ち上げるようにします。

これが鉄筋の骨組みです。骨組みができてからセメントを流し込みます。

先ずは土台の骨になる横倒しの柱と、垂直に立てて屋根を支える柱を鉄筋で組み立てます。

これは鉄筋と鉄筋を細い針金をねじって留めていく仕事のくり返しなので、コツがつかめれば私でもできます。

たくさんの箇所を留めていくのは手間はかかるけど力は要りません。

こういう人手の要る細かな仕事こそ子どもたちの出番です。

放課後は毎日家造りのお手伝いになりました。

棟梁をしてくれた近所の先輩の他に、もう一人の近所の人「マムさん」にも毎日建築の仕事をしてもらっています。

そして一番忙しい時期には、棟梁の知り合いで建築仕事の手伝いの経験がある「ゴエモン」にも来てもらうことにしました。

「ゴエモン」はキャンパーネームです。

長期キャンパーだったのです。

バイクで街の近くから通って来ていました。

どうして「ゴエモン」と呼ばれたのか、というと、今は短い彼の髪の毛が以前はふさふさと長く、それが毛先が天を向いて石川五右衛門のようだったから、だそうです。

父さんも入れると男四人で仕事をするということです。

私も手伝いたいところですが、力仕事より仕事の途中で必要になった材料や道具を店に買いに行く、という仕事の担当になっています。

もう1つ大事な仕事、それは炎天下で大工仕事をしている男の人たちのために飲み水を運ぶことでした。

建築中の土地は今まで畑と小さいジャングルだった場所です。

当然、水道も電気も通っていません。

しかも林道を上った所です。

すぐ近くにもらい水ができる民家はありません。

一番近い道路の水道管まで200mあります。

そこまで行って隣家があります。

水道は建築が進んでから引いてもらう予定ですが、それまでは仕事中に飲む水は4km離れた牧場から運んで来るのです。

朝、子どもたちを学校に送るのが8時10分頃。いつも遅刻ギリギリです。

父さんはそれより一足先、8時前にバイクで現場に向かいます。

他の人たちと同じかそれより前に現場に行きたかったからです。

何せ自分の家を作るんですから。

「お前たち、まだ学校行かないのか?遅れるなよ」

「せっかく早く仕度できてるのに、お兄ちゃんとくるみが遅いから私まで遅刻しそうになるんだよ」

「きりん、不満そうだな」

「三人いっしょじゃないと車で送れないから仕方ないのよ」

「お父さんは今からバイクで行くから先に送ってやるよ。きりん、後ろに乗れ」

「うん!」

兄妹のせいで今まで早く登校したくてもできなかった、準備の素早いきりんちゃん、バイクの二人乗りで機嫌よく早々と登校していきます。

そして子どもたちを送った後、工事現場でよく使われる大きな水入れに氷水を入れて私が現場に届けます。

建築工事が始まったのが5月初めでしたが石垣ではもう暑い季節です。

日なたで一日中働くと頭がクラクラしてきます。

8ℓ入りの水入れに満タンに入れた氷水も夕方になる前に四人で飲み切ってしまいます。

この辺りでは「キーパー」と呼んでいる円筒形の保冷水入れです。

10ℓ前後のものから20ℓくらいの大きなものもありますが、大家族でなくても大体どの家にも一つはあります。


キーパー


家族のピクニックや運動会の見学、部活や草野球の応援、汗をかくような場には必需品です。

小さな水筒やペットボトルでは間に合いません。

北緯二十四度ですから。

夕方学校が終わると子どもたちは歩いて現場に来ます。

新しい「おうち」の場所は学校のすぐ近く。

学校に近いからこの土地を選んだわけではないのですが、空いていた土地を買ったらこうなりました。

土地を手に入れたときはまだ子どもも産まれていなかったし、学校に子どもを通わせることも、牧場が閉鎖になって家を建てて引っ越すことになるとも思っていませんでした。




カウボーイのお引越し その7につづく

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カウボーイのお引越し その5

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カウボーイのお引越し その4からつづく


自分で家を作るとは言え、私たちはまったくの素人です。

「建物は作ったことはあるぞ、・・・小さいけど。

「半坪のトイレじゃないの」

「建物は建物だ」

「1人で作ったの?」

「いや、。・・・みんなで作った・・・のを・・・手伝って・・・

まあ、見るだけでも建て方を学んだわけですから。

先ずは家を作ったことのある村の先輩にお願いに行きます。

建設業の人に任せるのではなく、自分たち家族も働いて家造りをするからです。

この先輩は自分の家を作っただけでなく、建設の会社の仕事も雇われてしたことがあるので建て方の基本はよく知っているはずです。

プロの大工さんに頼んだ方がいいんじゃないかと、遠慮されていましたが、お願いして指導してもらっての手作り住宅を選びました。

設計だけは街の本職の設計士さんにお願いしました。

設計図は描いてもらいましたが、内容は施工主の希望が中心です。

「この土地の形からして、東西に細長い建物になるな」

「どうせ作るならできるだけ広い家にしたいな」

「ドアも大きく、窓も広くたくさん付けたいな。風をいっぱい入れて涼しくすごしたいし」

「中央部は食事する所にして、子どもたちの部屋はその両側がいいかな」

「台所や風呂場の水回りは南がいいんだって」

「誰がそう言った?」

「風水で・・・」

「何だ、そりゃ?」

今振り返ると、自分で青写真を描いていたこの時が、夢があって一番楽しい時でもあったと思います。

ノートに描いた大まかな図を持って行って、設計士さんに細かい設計図を引いてもらいました。

いよいよ着工です。

先ずは土台作り。

土台はコンクリートを平らに流し込んで作りますが、その流し込むための広く浅い穴を掘ります。

もちろん人間がスコップで掘るのではなく、小型のパワーショベルを使います。

一般にミニユンボと呼ばれている、乗用車より少し大きいくらいのパワーショベルです。

これは自前です。

家も作るし、これからは農業をするにも機械が必要になるからと、中古のものを買いました。

このミニユンボを探してくれたのが、以前牧場にいたことのあるキャンパーの人。

キャンパーネーム「隊長」です。


今はキャンパーではなく、本土で中古の重機や車を扱う仕事に就いています。

「ミニユンボは貨物船で送ってもらうことになりましたから」

「すっかりお世話になったね。金額もずいぶん安くしてくれたんだね」

「送る前にきれいに塗装し直してくれることになっています」

「ありがとう、きれいなのが使えてうれしいよ」

「ついでに名前を入れられるけど、どうしますか?」

「車体に○○(彼の苗字)丸と入れてくれ」

「えっ?!僕の名前ですか?そんな、恥ずかしいなあ」

「いやいや、アンタが尽力してくれた記念だからさ」

そして、届けられたミニユンボは、サンゴ礁と同じコバルトブルーでした。

車体には、彼の名前ではなく、うちの長男の名を使って、「鉄兵丸」と大きく黒い字で書かれてあります。

「届いたよ、ありがとう。でも何で『鉄兵丸』なの?」

「いやあ、自分の名前を入れるなんてそんなのやっぱりできないですよ。それで鉄兵君の名前を入れました」

この「鉄兵丸」は家の建築中はもちろん、牧場の荷物運びや引っ越してからの畑仕事などで大活躍でした。

測量した地面に土台用の穴を「鉄兵丸」を使って掘っていきます。

人間が手で掘ることを思ったら何十倍もの力と速さでガガガーと固い土を削っていきます。

頼もしいです、鉄兵丸。


→カウボーイのお引越し その6につづく

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カウボーイのお引越し その4

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カウボーイのお引越し その3からつづく


秋ごろに役所に何種類もの申請を出して、結局は許可がもらえたのは春の新学期が始まってからでした。

近所の土木業の人に大きなパワーショベルで整地してもらいました。

広い畑の中の、道路に接した二百坪くらいの場所です。

この部分だけは、畑にはならない、岩盤に載った土地です。

大きな木が何本も茂った一区画でした。

しかも斜面になっていて、昔から耕作した人はいませんでした。

畑にはならないこの斜面の部分を平らにしました。

測ってみると四十坪くらいの建物は建ちそうです。

自分で家を作るというのは、普通は建築業の人でなければ無理と思われます。

でも、簡単な建物なら大人が数人居ればできるのです。

もちろん経験者に教わりながらですが。

数十年前、この地に移住してきた人たちは土地を開拓して、家も自分たちで協力して作り、たくましく生きてきたのです。

まだ電気も水道もこの島のはずれには届かなかった頃です。

村の学校も村人の協力(ボランティア)でそうやって建てられたのでした。

60年前の創立当時は茅葺き屋根の校舎でしたが。

鉄筋コンクリートブロック造りの建築に替わってからも、近所同士や親戚の人が協力して家を作るという精神は残りました。

小さい住宅なら今も村の人たちは自分たちで作ることがあります。

田舎に暮らす人は何でもとても器用なのです。

近所の家造りを手伝うことでやり方を覚え、いずれは自分の家も手伝ってもらいながら作れるようになるのです。

牧場は村から大分離れていたので今まで家造りのお手伝いをする機会がなかったのです。

でも一度だけいい経験がありました。

村のお宮の境内にトイレを作ることになった時の事です。

材料は自治会の予算から出ますが、労働はもちろん村人のボランティアです。

このときは父さんが手伝いに行ったので建物を建てる基本を知ることができたのでした。

歴史はありますが、宮司も居ない小さなお宮です。

祭りの時以外は個人的にお参りに来る人がポツポツあるだけなので、トイレと言っても一つだけの便器を壁で囲った一人用トイレです。

地面に基礎の土台を作る→柱を建てる→鉄筋を縦に何本も立ててブロックを積む→屋根を掛ける→完成・・・です。

まあ、簡単に言えば家を作る基本はこれと同じです。

お宮のトイレ作りで家を建てたような気になったわけではないでしょうが、すっかり自分で家を作る自信が付いたようです。

「トイレと住宅とではちがうんじゃないのかな?」

「基本は一緒だよ、基本は」

うーん、柱と壁、窓とドアが開いているという所は同じですけど。

トイレに住むのか?私たち・・・。

カウボーイのお引越し その5につづく



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カウボーイのお引越し その3

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→カウボーイのお引越し その2からつづく



(・・・・「牧場がつぶれる所の話なんか早送りでやれよ」

という注文も出ましたのでこの辺の話はサラリと・・・。)



倉庫建築の許可をもらう、と一言で言いますが、市役所に住民票の移動届を出すように簡単にはいきません。

まず農地を造成するには農業委員会に、建築物を設置するには市の農政課に、そして建築そのものの許可は市の都市計画課と県の建築係りに、とそれぞれ別に許可申請を出します。

その上、建築許可を得るためには土地に面した道路の使用許可が必要です。

うちの土地に隣り合っている道路は林道と農道です。

林道は市の林務課、農道は市の村づくり課の許可が必要になります。

建築業者に依頼すればこういう面倒くさい手続きは代行してくれるのでしょうけど。

「自分の家は自分で作る!」

そうです、家作りも自分の手で、というわけで住宅も自給自足です。

手続きも全部自分でするのです。

市役所に許可申請に行っても1日ではなかなか済みません。

「お帰りなさい、申請出せた?」

「いや、担当の係りの人が不在だから別の日に来てくれだって」

お役所ですねえ。

そしてまた別の日、

「今日はどうだった?」

「担当の人が出張なので出直してくれって」

「さっき電話して確めたのにねえ」

「急に出張になったらしい」

何度も市役所まで往復することになります。

許可が下りてから初めて造成が始められ、土地の測量をしてから設計ができるのです。

お引越しどころか、いつになったら建築が始められるのでしょう。

こうしている間にも牧場の後片付けは進んでいきます。

トラクターもトラックも牛が居なくなった牧場には必要がない物です。

廃車となり、業者が引き取りに来ました。

「このトラックともお別れだね」

「十五年間よく働いてくれたよ」

夜になってもなかなか寝ない夜行性児童の鉄兵を寝かせようと、乗せて夜の道路を走り回った助手席のシート・・・。

草刈りの時にはまだ小さかった子どもを助手席に座らせて運転したハンドル・・・。

天気の良い日は子どもたちが上って遊んだり、キャンプの時に港まで若者たちを運んだりした荷台・・・。

それら、思い出のある物が全部一瞬にしてスクラップになりました。

車をつぶす特殊な機械が来て解体されます。

巨大な鉄のはさみでバラバラにされたトラックの残骸から、金目になる鉄やエンジンやタイヤは拾われて引き取られて行かれました。

残ったスクラップに埋もれた中に見覚えのある物がありました。

「あ、この模様、トラックの座席のだ」

生き物ではなくてもなんともかわいそうな気がして悲しくてなりません。


このトラックは古くなってあちこち錆びて、ボディも少しガタが来ていました。

でも最後までよく走っていました。

ただマフラーがボロで、走るとゴーッとすごい音がしました。

「牧場のトラックは戦車と同じような音がしますね」

と言ったのは、以前、自衛隊にいて戦車も操縦したことがあるという人。

トラックは牧場の象徴のような存在でした。

自家用車のなかった時期もあって、そのころの外出にはいつもトラックのお世話になりました。

トラックでいつも農協にエサの飼料を買いに行きました。

天気の悪い時はエサを濡らさないように荷台ではなく、助手席の足元や座席の上にギュウギュウに積んだものでした。

20kg入りの飼料袋を十五袋も積んで、帰りにそのまま学校に子どもを迎えに行ったこともありました。

「わ、な、なんでエサ積んであるの?!」

「ちょうど農協の帰りで、下校時刻になったからまっすぐ来たよ」

「僕たちどこに乗るの?」

「このエサ袋の上に」

「うわ、狭い」

「隙間にも乗れるよ」

「ムギュー・・・」

今はただ、長い間ご苦労様でした、と戦車トラックの冥福を祈るばかりです。


カウボーイのお引越し その4につづく


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カウボーイのお引越し その2

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カウボーイのお引越し その1からつづく


1991年に牛肉の輸入が自由化になったころからでしょうか。

多くの肉牛の畜産農家が経営困難になっていきました。

外国の安い牛肉が入ってくるのですから当然牛の値段は下がります。

ごく一部の高級牛肉が取れそうな牛だけが高値が付き、残りは安い値でしか売れません。

私たちの育てた牛たちは残念ながら大多数の安い方のグループに入ってしまいました。

牛の血統はいいのですがいい草を与えられないので牛がやせていたからです。


「体重が同じなのによその牧場の牛はもっと高く売れてたよね」

「セリの仲買人は見る目があるからね。将来よく太って最高級霜降り肉が取れそうな牛かどうか見分けられるんだ」

おいしい牧草を育てるためには肥料をたっぷりやらないといけないのですが。

「経営が苦しいのに肥料代にそんなにお金は掛けられない」

というオーナーの指示で、肥料なしで牧草地の草を刈るだけになってしまいました。

何年も肥料を撒いていないと牧草地も放牧場も荒れてきます。

牧草は雑草に負けて、チガヤだらけです。

ほとんど枯れススキのような牧草地になってしまいました。

草を刈って干草を作っても牛は喜んで食べてくれません。

「干草の梱包というよりワラの束だね」

「こんな針金みたいな草じゃ牛もよく育たないよ」

肥料をたっぷりやった栄養のある青菜のようにおいしそうな草とは牛の育ちもちがいます。

折りしもBSE(いわゆる狂牛病)や口蹄疫などの影響でますます日本の畜産は苦しくなっていきました。

給料を払う余裕がないのでもうアルバイトも実習生も募集しません。

働くカウボーイは父さんと野鳥さんの二人だけになりました。

牛の数も少しずつ減らしていったので、昔のように大勢でたくさんの干草を作る必要もなくなったのです。

放牧に出すほどの牛の数もないので見回りも要りません。

仕事は楽になりましたが、牛の数が減ったということは売りに出す子牛の数も減っていくということです。

セリに出荷しなければ収入はなく、ますます牧場は貧乏になってしまいました。

そして、

「これ以上赤字を続けるわけにはいかない」

ということで、ついに牧場の経営は終わりを迎えることになったのでした。

牛を全部処分して残務整理することになりました。

ここに来て私たち家族にとって困ったことがありました。

これからの住みかです。

今までは牧場従業員の管理棟兼住宅として家族も一緒に住まわせてもらっていましたが、牧場が閉鎖になったらここを出て行かなければなりません。

島には公営団地も民間アパートもありますが、今子どもたちが通っている学校の学区の村にはありません。

転校する気もありません。

「街に引っ越す?」

「そんなことすると思う?」

「んなわけないよね」

野生児出身の父さんですから、それはありえません。

それにイノシシがまだ二匹居ます。

団地でイノシシは飼えません。

「よし、家を建てるぞ!」

「あの土地に?」

「そこしかないだろう」

もし牧場を出ることなったら、ということも考えて以前から土地だけは買っておいたのでした。

学校のすぐ近くの畑ですが、そこなら広くて家畜も飼えます。

農業もやれます。

しかしそこは農地。

建築許可は簡単には下りません。

それでも牧場は早く出なければならないのです。

立退きの期限は迫っています。

まずは市役所に家を建てるための許可申請です。

しかしこれが何ヶ月もかかることになるのです。

たとえわずかの面積でも宅地には転用できない地域だったからです。

それなら農機具を置く倉庫なら・・・ということで倉庫の建築許可を申請しました。

倉庫だけでも建てないと、二十年近く住んできて増えに増え、貯まりに貯まったたくさんの荷物を保管する場所がありません。

「倉庫は早く作って荷物だけは何とか移動しなけりゃなあ」

「うん」

「人間は何とかなるさ、テント張って住んだっていいんだから」

「そ、そう?そうかな?」

牧場追い出されて私たち家族どうなるんでしょう。

→カウボーイのお引越し その3につづく

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