イノシシ天国 その10

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イノシシ天国 その9からつづく


「囲いに穴でも開いているの?」

「それなら外側から直せるんだけどさ」

出産が近いメスがいるのでそれを隣の部屋に移して、間のドアを閉めるというのです。

イノシシのオスは、メスが産んだ赤ちゃんをいじめたり、ひどい時には食べてしまいます。

子どもが産まれたらすぐに、できれば産む前にオスとは分けておきたいのです。

部屋の間のドアと言っても金網で作った境目の戸で、開け閉めしてイノシシを移動させたらペンチを使って針金でしっかり留めて開かないようにします。

また必要ならペンチで針金をはずして開けます。

めんどうなようですが、それくらいしないとイノシシは力ずくで出てしまいます。

「二つの部屋の間のドアを開けるからメスを隣の部屋に追いやってくれ」

「ゲ!この中に入るの?私が?」

「メスがドアに近づいた時を狙ってドアを開ける。メスが向こうの部屋に移ったらすぐドアを閉める」

「一人でできないの?」

「メスについてオスが行かないように見張っている役目が要るんだよ」

「えーーー?!」

「ドアを開け閉めするのとオスを追っ払うのとどっちがいいか?」

「どっちもヤダよ~」

「ホラ、いいから早く入ってくれよ」

「コ、コワイよ~~~」

仕方なく、身長よりも高い金網の柵をよじ登って中に入ります。

これがまた高所恐怖症の私には苦手な作業です。

「た、高い!」

「なにを震えてるんだよ」

「い、今下りるわよ、あ、コラ、金網揺らすなー!」

地面に降り立つとイノシシのウンコと赤土の混ざったネトネトの土に長靴が半分埋まります。

「き、汚いよー」


メスがうまい具合にドアのそばに来ました。

「今だっ、開けろ」

メスが隣に入ったのを見届けてすぐドアを閉めます。

「よっしゃ、そこでオスがこっちに来ないように防いでくれ」

オスを追い払うための長いモリを持たされ、今度は私が見張る番です。

「ヒェ~、こっちに向かって来たらどうするのよ!」

「武器を持ってたら大丈夫だよ。しっかり見ててくれよ、こっちでドアを針金で縛ってるから」

「こらあ、イノシシ、こ、こっち来るなあ」

普段はエサを食べて静かに昼寝しているだけのイノシシですが、今日は囲いの中に人間が入って来ていて、いつもとようすがちがうと思ったのでしょう。

向こうも少し落ち着かないようです。

イノシシに背を向けてドアの取り付けをしている父さんの前に立ちはだかり、イノシシにモリを見せて守ります。

「来るな、来るな、来るなあ。いつもエサをやってる人の顔わからないの?」

イノシシはモリを避けて回り込んで近づこうとします。

長いモリですが、柄の長さより短い距離の内側にに入られたら、その長さゆえにモリが使えず戦えなくなってしまいます。

思わず後ずさりするとイノシシも前進してきます。

すぐ後は今修理真っ最中の金網です。

これ以上は下がれません。

やむを得ずモリを少し引っ込めて短く持ってみます。

私の後ろで柄の先が何かに当たりました。

「い、痛えなあ、あんまり下がって来るなよ。作業ができないだろう」

「だって・・・わ、もうダメ、コワイよーー!サイナラ・・・」

モリを投げ出して金網に飛び付きました。

そして高所恐怖症も忘れジャッキー・チェンのように垂直に駆け上り、柵の外に出てしまいました。

「あー、逃げるな!・・・わ、わ、イノシシが来るじゃないかあ」

修理どころではなく、地面のモリを拾ってイノシシを追い払っています。

男の大きい声に迫力負けしたのかイノシシが下がりました。

その隙に父さんはくるりと後ろを向いてしゃがんでまた針金とペンチを持ってドアを閉じる仕事を始めました。

と、

「痛いっ!」

 猛獣に背中を見せてはいけませんねえ。

離れたと思ったイノシシはまた寄って行って父さんのお尻を甘咬みしたようです。

イノシシの方でも、この人が自分に危害を与える敵とは思ってないので、本気で噛んだりはしません。

それでも尖った牙はまるでカミソリのように鋭い切れ味です。

触ればケガをします。

イノシシの方に向かうと奴らは退散します。

でもまた背中を見せてしゃがんで仕事を始めると寄ってきます。

これでは仕事ができません。

「おーい、何とかしてくれ」

そう言われても、もう一度中に入る気はしません。


でも何とかしなきゃ・・・。


イノシシ天国 その11 につづく


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イノシシ天国 その9

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→イノシシ天国 その8からつづく

何頭ものイノシシを飼うとなると、小さな檻の中というわけにはいきません。

雑草が生えた空き地に杭を打って金網で囲い、イノシシの放牧場を作りました。

イノシシが跳んだりよじ登ったりして逃げないように、金網は人の背くらいに高くしました。

イノシシも土の上で気持ちよさそうです。

雑草が良く茂っていた地面も鼻で根を掘ってミミズを食べたりするので数日後には雑草が一本もなくなり、ツルツルになってしまいました。

「すごいね、イノシシ」

「見事に草が無くなったな」

「今まで雑草の土地を畑にするのに草取りで苦労したのにね」

空き地を耕して家庭菜園を作る際、雑草取りが一番タイヘンだったのです。

「草は無くなったし、適度にイノシシの糞が溜まって栄養もいい。ここは次に畑にするのに持って来いだな」

「じゃあ、イノシシを入れる囲いをもう一ヵ所作らなきゃ」

「そうだな、隣接して作って、移動できるように間にドアを作ろう」

こうして第二放牧場も作りました。

イノシシを隣に移して、イノシシが耕してくれた土地に野菜を植えました。

草取りをしないで植えられるのはいいのですが、・・・なんか変。


「この土、おかしくない?イノシシの糞で栄養満点かも知れないけど、肥料というよりイノシシのウンコそのものっていう感じなんだけど」

確かになんだか土がネチョネチョした感じ。

熟成した堆肥は乾いた土のようにサラサラしたもののはずですけど。

「土と砂をもっと混ぜなきゃいけなかったのかな。混ぜ方が足りないのか」

・・・って、混ぜるとか、そういう問題じゃなくてこの土地はイノシシのウンコだらけ、というよりウンコそのものだろう!

イノシシのお便所で作った野菜、さぞおいしいことでしょう。

結局、ほうれん草や小松菜を植えましたが育ちがあまりよくありませんでした。

ネチョッとした土なので野菜も地中に充分に根を張れなかったのでしょうか。


「中世ヨーロッパでは三圃(さんぽ)式農業をやってたのよねえ」

「散歩式農業?」

「お散歩するわけじゃないよ、作物を植えるのと休耕地にブタを放すのと3箇所の畑で順番に行うから、無駄なく土地が使えるってことでしょ」

「それ式にうまく回るはずだったのになあ。どうしてかな」

我が家のさんぽ式農業は失敗でした。

でもイノシシはまた茂った草でいっぱいの土地に移されてうれしそうです。


そして5月の晴れた日、イノシシの囲いの近くに例年のようにポールを高く立ててこいのぼりを上げました。

結婚9年目で産まれた長男のために実家から送られたこいのぼりを揚げました。

牧場は広いので大きなこいのぼりを揚げるのに充分な土地があります。

海から吹く風はいつも強く、こいのぼりは毎日元気よく泳ぎっ放し。

牧場の住人以外に見てくれる人がいないのが残念ですが。


「今日は特に風が強いなあ」

「コイノボリもすごい勢いで泳いでるわねえ・・・って、アレ?!一匹足りない!」

一番上の真鯉が消えています。

風が強すぎて金具が外れて飛ばされたのでしょう。

「どこか近くに落ちてるんだわ、捜してくる」

今までにも風の強い日に金具が外れてこいのぼりが飛んで行ってしまったことは何度かありました。

ですが、だいたいすぐ近くに落ちていました。

今回は相当離れた所まで捜しに行きましたが見つかりません。



さんざん捜しても見つからずにあきらめて元のポールの所に戻ってきました。

ふとイノシシの囲いに目をやると、イノシシの足元に泥にまみれたコイノボリが落ちています。

「あああ、見つかったけど、イノシシのウンコと泥でグチャグチャだあ」

長い棒で手繰り寄せて、外の水道まで持って行き、ホースでジャージャー流してようやく黒い真鯉の鱗模様が現れました。

水できれいに洗いましたが、もうこのコイノボリは使い物にならないことがわかりました。

汚れただけでなく、イノシシの牙でズタズタになっていたからです。

イノシシにしてみれば、突然空から大きな変なものが降ってきて自分の領地に落ちて来たわけですから、敵と思って攻撃したのでしょうか。

コイノボリは縁起物ですから、まさか真鯉抜きで残りの鯉だけを揚げるというわけにもいきません。

それ以来毎年5月になってもコイノボリを揚げられませんでした。

数年後に実家の両親にお願いして代わりの新しい鯉を送ってもらうまでは。

またあるとき、庭に放し飼いにしてあったたくさんのニワトリ、そのうちの1羽が金網の隙間からか、金網の上から跳び込んだのか、イノシシの囲いの中に入ってしまいました。

イノシシはすぐにニワトリの近くに集まって来て襲いました。

ニワトリはかわいそうに抵抗むなしく、イノシシのエサになってしまいました。

あっという間のできごとでした。

「!!・・・・」

「・・・・・・・・」

お.恐ろしい・・・・・・。

「やっぱり猛獣だね」

このころになると、一番大きなオスのイノシシは人間の大人よりもずっと大きく、体重もあってそばに近寄るのも怖い存在になっていました。

囲いの中に入って世話をするなんて不可能です。

鋭い牙は凶器です。



「イノシシの囲いでちょっと困ったことがあるんだ」

「え?」

またいやな予感が・・・。



イノシシ天国 その10につづく


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イノシシ天国 その8

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→イノシシ天国 その7からつづく


場所は牧場の中でも住宅からいちばん遠い東の端の区画でした。

100m四方くらいの四角い放牧場で、一辺は道路に面しています。

あとの三辺は森や藪に接していて、昼間はそのどこかにイノシシは隠れています。

夕方になって雨がポツポツ降ってきました。

1歳にもならない鉄兵を負ぶって傘を差して道路に立って日暮れを待つ私。

手には双眼鏡とトランシーバーを持って。

こんな姿、通りがかりの人が見たらどう思うでしょう。

荷物を持っていないから家出人には見えないかもしれませんが。

子守で散歩しているにしては双眼鏡とトランシーバーという持ち物はいかにもおかしいでしょう。

幸い夕暮れ時の田舎道は誰も通りません。

背中の鉄兵はお散歩と思っているのか、機嫌は悪くないようです。

周りが薄暗くなって目を凝らすと、

(あ、イノシシだ!)

「もしもし、聞こえますか?今、イノシシが西から東に横切って行きました。ドーゾ」

当時は無線通信の際は会話の交替ごとに「over」という意味で「ドーゾ」をつけるのが一般的でした。

「そうか、オスかメスか?ドーゾ」

「多分、両方。だって2頭見えたから。ドーゾ」

「イノシシは今どの辺りにいるんだ?ドーゾ」

モリを構えて放牧場の中央辺りにいるはずの父さんですが、草の陰に身を隠して姿勢を低くしているので、そちらからはイノシシがどこに居るのか見えないようです。

鉄兵は同じ所に立っているのが飽きてきたのか、背中で手足を大きく動かしてバブバブ言っています。

「あ、こっちに来た。・・・と思ったけど、またそっちに移動した。ドーゾ」

「そっちってどこだよ、どこにいるんだよ、ドーゾ」

放牧場より一段高い道路にいる私からは、イノシシは見えますが、草の高さより実を低くしてかがんでいる父さんの姿は見えません。

父さんからは私の姿は見えてもイノシシは見えません。

「アレ?見失った。ドーゾ」

「双眼鏡で見てくれよ。ドーゾ」

「もうこんなに暗くなって見えないよ。ドーゾ」

雨はまだショボショボ降っています。

背中の鉄兵は退屈してスヤスヤ眠ってしまいました。

子どもを負ぶっていつまで雨の中を見張りしているんでしょう。

「イノシシ見えなくなっちゃった。もうムリじゃない?ドーゾ」

「まだ見えてるよ。ドーゾ」

父さんはマサイ族並みに視力がすごく良かったのでした。

「もう疲れたから帰ってもいい?ドーゾ」

「もう少しがんばってほしいんだけどなあ、ドーゾ」

「どうぞ、って言ったから帰ります。ドーゾ」

「おいおい、ちょっと待ってくれよ。ドーゾ」

「ほら、どうぞ、って言ったじゃない。ドーゾ」

「わかったよ、今日はもうこれ以上はムリだな」

やれやれまたくたびれもうけでした。

でも、獲れなくて内心ほっとしました。

生け捕りとは言ってもモリで突いたらイノシシも大怪我です。

ちょっと残酷だし。

マサイ族スタイルのイノシシ狩りも失敗でした。

でもそんなに無理して獲らなくてもうちにはもうすでに大きなイノシシがオス、メス、2頭飼っているのでした。

数ヶ月前に和歌山の父さんの実家に帰省した時、山に近い所でイノシシをたくさん飼っている人がいました。

そこで売ってもらったのです。

そこから車で大阪の空港まで運び、飛行機に乗せて石垣まで連れて来たのでした。

鍵のかかる檻に入れてペットとして預けるのですが、この料金が人間様並みだったのです。

このときはまだ安売り切符など一般的でなく、せいぜい往復割引の10%引きくらいしかありませんでしたから痛い出費でした。

「家にもう2匹いるんだからこれでいいじゃない?」

「いや、あれは本土のイノシシだろう、こっちのイノシシとかけ合わせしてみたいんだよ」

石垣や西表にいる野生のイノシシはリュキュウイノシシという種類で、本土のいのししとは大きさや毛の色など少しちがいます。

瞳の色や黒目の大きさもちょっとちがうのですが人種のちがいくらいなものでしょう。

どっちを外国人と言っていいのかわかりませんが。

(外国人じゃなくて外国猪でした。)

巨大ネズミ捕りや草の陰からモリで突くのでは獲れませんでしたが、その後も西表でワナで獲ったり、オスとメスから子どもが産まれたりして少しずつイノシシの頭数は増えて行きました。




→イノシシ天国 その9につづく


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イノシシ天国 その7

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イノシシ天国 その6からつづく

巨大ネズミ捕り型のイノシシ捕獲作戦は失敗でした。

1匹だけなら獲れたんでしょうが。

鴨取り権兵衛みたいに一網打尽を考えていたわけではないでしょうが、2匹いっぺんに獲ろうとするものだから。

二兎を追う者・・・じゃなかった、

「二猪を追う者は一猪をも得ず」

発音してみましょう。

(ニチョヲオウモノハ イッチョヲモエズ)、

なんか、口の中がねちょねちょしてきたような気がします。


それからもイノシシ狩りにはまだ熱が冷めず、放牧場の見回りに行く度に、

「あそこの放牧場にも来てるな、地面を鼻で掘ったあとがある」

「放牧場で何の見回りしてるのよ、イノシシの足跡見るのも仕事なの?」

「当たり前だろ、牧草の生え具合を見るついでに、草の根をあらされてないか確かめるんだよ」

「イノシシが牛の害になる、と?」

「そう、大事な牧草の根をかじられる」

有害鳥獣なので捕獲する大義名分が立つということですね。


そして、冬の冷たい雨の続く季節になったころになりました。

「見つけたぞ、イノシシの通り道」

「あ、そう」

「森から藪の中の一箇所を通って東の5区の放牧場に出入りしてる」

「また檻でガシャーンですか?」

「いや、あそこは車は乗り入れない方がいい」


その日から、今は牛を入れていないその区画の放牧場も毎日見回りの中に加えられました。

ある日の夕方、

「いた、いた!何匹もいるぞ」

日が暮れかかっていた時刻に見回りから帰ってきて騒いでいます。

「ようし、草に隠れて待ち伏せして獲るぞ」

今度は魚を突くときに使う長い柄の付いたモリを持ち出しました。

柄の先に強力なゴムが付けてあってこれを引いて一気に放すと勢いよくモリは飛んで行き、魚を獲れるのです。

水中でもかなりの威力ですから、地上ではイノシシでも近づけば獲れます。

新婚旅行で無人島に12日間行ったときには、実際にこれで森の中でイノシシを獲ったという経験もありますから、あながち荒唐無稽な話ではないのです。

「暗くなる前に草に隠れていた方がいいな」

「今日行くの?気を付けてね」

「アンタにも手伝ってもらうんだよ」

「えええっ!だって鉄兵がいるのに」

まだ乳飲み子です。

「鉄兵は家に置いていくか、・・・」

ムリです。

親がちょっとでも見えなくなると不安がって部屋を這い出して来てしまいます。近所に預ける家もありません。

「どんな仕事よ?」

「放牧場の上の道路にいて見渡してほしいんだ」

「見てるだけ?」

「イノシシの群れがどの辺りに移動したか見て草に隠れているオレに教えてもらいだいんだ。コレで・・・・」

「あ、トランシーバー」


親戚の人にもらった小型のトランシーバーです。

障害物がなければ500mくらいは電波が通じます。

牧場が広いので牧区の端にいる人に連絡したいときは使えると思ったのですが。

牧場があまりにも広くて途中に障害となる丘があったり、相手が電源をオフにしていると呼び出せないという欠点もあって、あまり使いませんでした。

一度使ったのは、家から見える林道の上で何人かで酒を飲んでた時に、家に居る私に

「つまみを持って来てくれ」と言ってきたときでした。

まだ携帯電話が普及する前のことです。

舗装道路の上でただ見張っているだけの仕事ということなので、仕方なく鉄兵をオンブして行くことにしました。

日が沈む頃になるとショボショボと雨も降ってきました。

この雨の中を行くの?

赤ん坊負ぶって?

・・・変なイノシシ狩り・・・。


イノシシ天国 その8につづく


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イノシシ天国 その6

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→イノシシ天国 その5からつづく

頑丈な檻にイノシシを誘い込んで扉を閉めて生け捕り、とアイデアはいいのですが。

「そばで待ち構えていたら、イノシシが寄って来ないでしょ」

「少し離れた所に車を停めて中でじっとしているよ。窓も閉めて人間の臭いがしないようにして、クフフ・・・」

男の人ってどうしてこういうことに夢中になるんでしょうか?うちだけかな?

それから数日は食べ物を撒いてイノシシを安心させる作戦です。

次に手製の檻を現地に移動。

今度は扉を開けた状態でこの檻の中にエサを撒きます。

これも、最初は警戒していたようですが、何日かすると安全とみたのでしょう、エサを食べるようになりました。

その次にはすぐそばに見張り用の車を置いて、それにも馴らさなければなりません。仕事にも準備があります。

なにぶんにも用意周到。

「アルト借りるぞ」

私がいつも街のスポーツセンターにアルバイトに行くときに使っていた軽自動車で、スズキの赤いアルトのことです。

斜面の下まで乗って行ってイノシシ捕獲までそこに置いておくということです。

実はこの時にはもう鉄兵が生まれていてプールのインストラクターのアルバイトは辞めていました。

妊娠と同時に退職したのでした。

街に買い物に行く時は牧場のトラックを借りれば済むことだし、まあ、いいでしょう。

無人のアルトを檻の近くに停めて2日くらいして、イノシシを安心させてからいよいよ張り込みです。

イノシシは夜行性ですから、まだ活動していない日暮れ前から車に乗っていなければなりません。

早めに食事を済ませて停めたままのアルトに乗りに行きます。


「クチュクチュもいっしょに行くか?」

「面白そうですね、行きましょう」

クチュクチュさんというのはニックネームです。

ヒロシくんが辞めた後に牧場の仕事を手伝ってくれている、元キャンパーの青年です。

キャンパー出身の人というのは大体がアウトドアの遊びが好きです。

クチュクチュと二人で車の中で夜明かしすることになりました。


翌朝、手ぶらで戻って来た二人。

「獲れなかったの?」

「檻のすぐ近くまで来た」

イノシシの方もまだ完全に油断しているわけではないようです。

また翌日も同じように張り込みです。二日ほどして、

「昨夜は檻の中に入ってガツガツとエサを食べてた!ウッフッフ・・・」

「その時にロープを引いてガシャーンじゃなかったの?」

「いや、そう思ったけどさ、そばにもう一匹いたんだよ。あれはツガイだな」

「へえ!」

「もう少し馴らして安心させて、二匹同時に檻に入ったところを“ガシャーン”だ」

欲張りですねえ。

「一匹ずつじゃダメなの?」

「一回、ガシャーンってやっちゃったら、あとのやつが逃げて二度と来なくなっちゃうだろ」

それもそうです。一網打尽を狙っているわけですね。


次の日、

「惜しいなあ、二匹目が入ろうとすると、もう一匹が出ちゃうんだよ」


そして一週間後、

「イノシシどう?」

「わからん、寝ちゃった」

そりゃあ、何日も車の座席で、しかもすぐ飛び出せるように靴を履いたまま寝ているのでは疲れも取れません。


そのうち、

「今日は一晩中起きてたけど、イノシシ来なかったなあ」

「イノシシもお休みがあるのかしら」

「なんか、疲れたなあ」

久しぶりに部屋でぐっすり眠って、また張り込み再開しましたが、それっきりイノシシは来なくなってしまいました。

どうしたのでしょう。

同じ場所にそう毎日通っていては危険だと判断したのか、もっといい餌場を見つけたのか、それとも鉄砲を持った猟師に山で獲られてしまったのでしょうか。

もしそうだとしたら、おいしいエサを毎日喰わせていた苦労は何だったのか。

獲った人はよく太ったイノシシだ、とさぞや喜んだことでしょう。


「もう檻のガシャーンはやらないの?」

「だってあそこにはもうイノシシ来ないもん」

「じゃあ、アルトは元の位置に戻しておいてね」

今まで何度「ロープを引いて“ガシャーン”だ」のセリフを聞いたことでしょう。

でも、本物の「ガシャーン」の音はついに聞けませんでした。

その後、トラクターで苦労して運んだ重い鉄製の丈夫な檻は邪魔にもならないのでしばらくそこに置かれたままになっていました。

周りに草も生えてきましたが、次に飼われるイノシシのために数ヶ月そこで出番を待っていることになるのでした。



イノシシ天国 その7につづく


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イノシシ天国 その5

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イノシシ天国 その4 からつづく


イノシシをワナで獲るのにも狩猟免許が必要になります。

もちろん父さん、免許を取りに行きました。

「狩猟免許ってどんなこと勉強するの?」

「興味ある?」

「ないけど」

「興味あるだろ?教えてやるよ」

獲っていい動物や禁止されてる動物、猟をしてよい期間や時間帯などももちろん覚えます。

その他に動物の写真のついたカードを何枚も出してきて、

「これを全部覚えるんだよ」

タヌキやキツネ、イタチ、カワウソ、イノシシ・・・。

山の中に棲息していそうな動物を見て瞬時に判断しなければいけないのです。

試験では動物の写真をパッと見せて、

「今の動物は何でしたか?」

と言うのがあるらしいです・

その練習で何十枚もの動物のカードをめくって見ています。

試験のための勉強というより、子どもが絵を見て楽しんでいるようにも見えます。

西表に行ってゲントクおじいさんの手伝いをするだけなら別に免許がなくてもいいと思うのですが。

自分の手でイノシシを獲りたいのでしょう。

しかも地元で。


 石垣の山の中にもイノシシはたくさんいます。

牧場の裏山にも住んでいて、冬の猟期には猟犬を荷台に乗せた狩人たちの軽トラが牧場の前の道路を山に向かって走るのをよく見かけます。

うちは猟銃もないし、持つつもりもありません。

それでもイノシシを自分で獲りたいというからには牧場の山の中にワナを仕掛けるつもりなんでしょうか。

 実は、山の中まで行かなくてもイノシシは見られます。

牧場で牛が歩き回っている放牧場にもイノシシは現れるのです。

牛は牧草の地面から上の部分の青々と師や所を食べます。

イノシシは地面を鼻で掘って草の根やミミズを食べるのが好きですから、イノシシが出現した放牧地の地面はほじくり返された跡でボコボコです。

「うーん。これはイノシシを捕まえないと牧場の牧草がやられる。よしっ、イノシシ狩りだあ」

・・・って、20万坪もある広大な牧場のうちで1平方mくらいの牧草の根っこがほじられても大して影響ないと思うんですけど。

それに、根で増えていく牧草はすぐ伸びて復元するはずです。

要するにイノシシを捕まえたいだけでしょう。

「やみくもにワナをかけてもダメなんだ。イノシシの通り道を見つけなきゃ。まずは見回りだあ」

普段は放牧牛の見回りなんて喜んでやるような仕事ではないはずなのに、こうなると見回りもウキウキして出かけているように見えます。

気のせいでしょうか。

動物はいつも同じ道を通るという習性があるようです。

それで「けもの道」というのができるのでしょう。

家畜の牛でも、放牧場で自由に動き回れるのに、水飲み場に行くのに同じ道筋を使います。

広い放牧場にはいつも牛たちが休んでいる木陰から水飲み場までの間に牛たちが通った細い道ができています。

身体の大きな牛ですが、四本の脚は身体の下にあって歩いた跡は細い1本の線のようになっています。

ファッションモデルの人がまっすぐなラインの上を歩くように牛も歩いているのでしょうか。

「見つけたぞ、イノシシの通り道。いっしょに見に行こう」

「いいよ、めんどくさい」

「すぐそこだよ」

家のすぐ前の海に向かった斜面を下りたところが、あまり広くはないけど森に囲まれた平坦な放牧場になっています。

この周りの森から放牧場に出入りしていると思われる箇所がありました。

藪の一部にちょうどイノシシが通ったような穴があります。

「ここを通って出たり入ったりしてるんだ。この近くで捕まえられるかな」

どうやって獲るつもりでしょう。

「まずはエサで馴らそう」

芋のしっぽやその他イノシシが喜びそうな食べ物を夕方撒いておきます。

イノシシは夜行性なので夜にならないと活動しません。

翌朝見に行くと、食べたあとがあります。

「よしっ、生け捕りにするぞ」

その日からイノシシを捕まえる道具の製作が始まりました。

建築用コンクリートの中に入れて使うような太い鉄筋を組み合わせて丈夫な檻を作り始めました。

「ずいぶんごつい檻だわねえ」

「これくらいにしなきゃ壊されるよ。猛獣といっしょだからな」

「この檻にどうやってイノシシを入れるの?」

エサを撒いて中に入ったときにガシャーンと鉄の扉が下りる。イノシシは閉じ込められる」

ネズミ捕りの巨大な物と考えればいいわけだな。

「扉はどうすると閉まる仕組み?」

「ロープを持っていて、イノシシが入ったのを見届けて、素早くロープを引いて止め金をはずす。扉が上から落ちて『ガシャーン!』だ」

そんなの、うまくいくんでしょうか。

イノシシ天国 その6につづく


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イノシシ天国 その4

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イノシシ天国 その3からつづく


そのうちにトン吉はすっかり飼い主になついて、ひもをはずしてもどこまでもついて来るようになっていました。

夜に父さんが魚を獲ろうと海に行くと、トン吉もついていきます。


「トン吉、ついて来るんじゃない、帰りなさい」

「ブーブー」

「遊びに行くわけじゃないんだ」

「ブヒ」

「今から海に潜って魚を獲るんだよ」

「ブ」

「トンちゃんは潜れないでしょ」

「ブフ」

帰ろうとしないので仕方なくトン吉を浜に置いて、ザブザブと海に入っていきます。

トン吉、しばらく浜から沖に向かう父さんの方をじっと見ていましたが、さびしくなったのかついに
父さんの後を追うように海の中へ泳ぎだしました。

「こ、こらあ、トンちゃん帰りなさい!」

「ブゥ、ブフッ、プフッ・・・、ゴボッ、ブッ、ゴボッ・・・プフーッ」

丸っこい身体で器用に泳ぐものです。

でも後からイノシシがついて来ているのにゆっくり魚なんか獲っていられません。

魚獲りは止めてすぐに帰って来てしまいました。


 トン吉はすっかり私たちの子どもになってしまいました。

そしてまたまた牧場にお客様です。

今度は映画の助監督のカナメさんです。

カナメさんは以前に私たちのことを主人公にした映画を撮った時の助監督をした人です。

2ヶ月以上かかった映画の撮影が終わって、何十人もの撮影隊が解散した後も気の合った人たちとは親交があります。

助監督だったカナメさんもその一人です。

カナメ助監督は石垣島の牧場を舞台にした映画の撮影が終わった後、助監督から監督になってテレビ番組の制作などをしていました。

今回も石垣島を舞台にした推理ドラマの撮影で来ていました。


「撮影が無事に終わったんで、スタッフと別れて僕はもう一泊することにしました」

「じゃあ是非うちの牧場に泊まっていってくださいよ」

「いいですねえ、今夜は久々にいっしょに飲みましょう」

その日は撮影の時の思い出話などしながら旧交を深めたのでした。


トン吉は、いつもかわいがってくれる父さんがお客さんとばかり親しくして、自分を構ってくれないのでちょっとさびしそう。


夜になって、ドアを閉めようとすると、トン吉はあわてて入ろうとします。

「ダメダメ、トンちゃんはお外で寝るの!」

「ブヒーブヒー」

「ダメなの」

「ブヒ・・・」

「そこで寝なさい」

「ブブッ」

外側のドアノブにトン吉の紐をつなぎ、ドアを締めておやすみなさい。


 翌朝早めに目が覚め、そっとドアを開けてトン吉の様子を見ます。

「トンちゃん、さびしかった?」

「・・・・・」

「あれ?トンちゃん?」

トン吉がいない!

ドアノブから紐がはずれたようです。

お客様はまだおやすみだけど、父さんには一応知らせなきゃ。

部屋に戻って伝えようとすると、なぜか静かに寝ているはずのカナメさんの寝室から何かの気配が・・・。

獣の臭いもするような気が・・・。

(まさか!)


カナメさんの寝ている枕元にトン吉はちょこんと座っています。

狭い部屋なので布団を敷いた頭の所に机が置いてありました。

トン吉はその机の下に潜り込んでじっとしていたのです。


「トンちゃん、ダメでしょ、出てきなさい」

「ブヒブヒ、ブヒィー」

首輪の紐を引っ張り合いしていると、酔って深い眠りだったカナメさんも騒がしくて目を覚ましてしまいました。

「な、何?」

「い、いえ、イノシシが、す、すみません」

「は?あ、そう・・・」

まだ覚醒していません、カナメさん。

トン吉を引っ張り出そうとしていて、もう一つタイヘンなことを発見しました。

カナメさんの布団の頭の方にトン吉が大きな「ウ○コ」をしていたのです。

(やばい!これはまずい!)

「ん?どしたの?」

「はあ、あの、今片付けます、すみません、まだ寝ててください」

「はいはい、ムニャムニャ・・・」

幸いカナメさんはまだ半分眠っています。

トン吉を連れ出し、「ウ○コ」も処理しました。

イノシシの「ウ○コ」は、草食動物の牛や馬のとはちがって、色、形、大きさが人間のそれによく似ています。

雑食だからです。

いつも栄養のあるものを食べさせているからか、すごく臭い!

草食の牛、馬、ヤギの糞はそんなに臭くありません。

 それにしても頭のすぐ上で臭い「ウ○コ」をされたのに気付かずにぐっすり眠っていたカナメさんもたいしたものです。

ドアが開いてトン吉が入ってきたのに朝まで気付かなかった私も他人のことは言えませんけど。

しかし、昨夜はしっかりドアを閉めたはずなのにどうして開いてしまったんでしょう。

もしかするとトンちゃんが鼻で開けたのでしょうか。


ようやく落ち着いたころカナメさんも気持ちよくお目覚めです。


「ああ、よく寝た」

「朝ごはんできてますよ。外の木の下のテーブルで食べましょう」

「いいねえ、牧場を見ながら緑に囲まれての朝ごはん」

「え、ええ、そうですね」

「すがすがしい草の香りだ、こういう所での食事は最高だね」

「はあ」

こうしてイノシシが我が家に住み着くことになったのです。


父さんのイノシシへの興味はまだ終わりません。



イノシシ天国 その5につづく

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