私の黒いランドセル その2

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私の黒いランドセル その1からつづく

兄と姉に踏まれそうになりながらもくるみちゃん、健康に育っていきました。

産まれる前は、妊娠の数ヶ月前にかかった奇病のことが気になっていたのですが。

「これまでかかった病気はありますか?」

と、妊娠が分かった時に産婦人科の先生に聞かれ、

「最近、ええっと、なんだっけかな、変わった名前の病気、・・・・あ、そうだ、『レプトスピラ』にかかって入院しました。もう治りましたけど」

「レ、レプトスピラ?!」

「は、はい、そうですけど・・・」

「それは日本での話ですか?」

「はい、・・・(?)」

「うーむ、珍しいですねえ」

レプトスピラ、やっぱり日本で罹るのは珍しいことなんだわ。

そんな熱帯ジャングル特有の病気になっていたのに影響なく、無事に産まれて健康に育ってくれました、たくましい末っ子くるみさん。

外で遊びたがる上の二人の子どもに付き合って、まだ産まれて二週間くらいしか経っていないのに公園にお付き合いです。

一人で置いていくわけには行かないので。

たしか。一人目の時は寒い季節ということもあって1ヶ月は外に出さなかった気がします。


抱いていても、親としては走り回る兄姉の方ばかり注意して見なければなりません。

胸の抱っこ紐の中の赤ちゃんの顔などちっとも見ていません。

抱かれている赤ちゃんの方でも遠くの兄ちゃん、姉ちゃんを見るお母さんの、顔ではなくあごの下ばかり見ることになるわけです。

私も顔でなくてアゴだけ見て「お母さん」と思われたくはないですけど。



 季節が夏から秋に変わり、くるみの首がやっと据わるころ、父さんが私たちを迎えに来ました。

そして出発の前日、父さんは用事があって横浜の親戚の家に泊まっていました。


「明日は必ず羽田空港に遅れずに来てよ」

「飛行機が出発するのは昼1時だったな」

「うん、それまでに間に合うように早めに羽田空港で待ち合わせしようよ。12時には空港に来てほしけど」

と言ったものの、実は心配でした。

なにしろ、初めてのデートでディズニーランドに行ったとき、寝坊して待ち合わせに2時間も送れてきた人です。

「昼までに、ランドセル買って行かれるだろう」

「ランドセル?・・・って、今十月だよ、早過ぎない?」

「早くたっていいじゃないか、鉄兵に早く買ってやりたいんだよ」

「でもさあ、ランドセルって、二月ごろにならないとデパートでも表に出して売ってないと思うよ」

そうです、二月~三月になるとどの店もランドセルが目立つ所にたくさん並べられています。

でもそれ以外の季節にはほとんど売れないのでしょう。

店頭には見られません。

「それに二月になれば石垣でもたくさん売っているし、安売りもすると思うよ。種類も多いだろうし」

「いやいや、都会の大きな店ならきっと売ってるよ。せっかく東京に来たんだからいいのを買ってやりたいんだよ」

「あのさあ、ランドセルって都会の工場で作ってるんだから、どこで買ったって同じと思うけど。何も今買わなくても・・・」

「買ったっていいじゃないか」

「はいはい、どうぞ」

言い出したら聞かない父さんです。

大体売っているでしょうか?十月に入学用品なんて。

それに出発の日の朝の慌しい時に買いに行かなくてもよさそうなもんですが。

当日の空港へは子ども3人と私、それに私の両親が車で送ってくれました。



「遅いねえ」

「やっぱり時間通りに来ない」

「間に合うのかねえ」

「あ、おとうさんだ!」

「ああ、良かった、間に合った」

「おーい、買って来たぞー、ランドセル」

いれいな新品箱入りのランドセルを脇に抱えてうれしそうにこちらに来ます

「あ、ほんとに買ってきた」

「横浜駅前に『そごう』ってデパートあるだろう」

「うん」

「あそこなら大きいから売ってるんじゃないかと思って行って見た」

「ああ、あそこね」

何年か前に、知り合いと待ち合わせにそのデパートを利用したことがありました。

めったに都会で買い物をしない父さんもそれで覚えていたのでしょう。


「そしたら開店が十時なもんで開くのを待って入ったんだ」

「よく売ってたわね」

「ああ、学用品の売り場に黒いのは一つしかなくてそれを買った」

現品限りっていうのですね。

もしかして売れ残り?


「ところでいくらだった・・・・」

「おい、鉄兵、ちょっとこっち来て見ろ」

私の質問は聞こえないようです。

「ねえ、いくらだったの、って聞いてるの!」

「消費税入れて四万二千円」

「え、えええええっ!!」

高級ブランドのハンドバッグじゃあるまいし、高すぎます。

普通は売り出しの時に二万円以下で買えます。

安売りの時期には一万円以下で売っているのをみたことがあります。

「その値段で普通のランドセルが三つ買えるじゃないの!」

「そうか、ランドセルってこんなもんじゃないのか」

箱を開けると『高級牛革使用』のラベルが。

どこが高級なのか見ただけではわかりません。

別に高そうにも見えない普通のランドセルです。

言われなければ四万円とは思えません。

女房にブツブツ言われても、意に介さず、買った本人は満足そうです。

「鉄兵、ちょっとこれ背負ってみろよ」

五歳児にしては小さい身体の鉄兵の背中に『高級ランドセル』が身体より大きくはみ出してピカピカ光っています。

「おお。似合うぞ、歩いて見ろ」

羽田空港のコンコースを端から端まで、季節はずれのランドセルを背負った幼児が歩きます。

目を細めてうれしそうに眺める鉄兵の父親。

と思いきや、父さんは目を真っ赤にして涙を拭いています。

よく泣く人です。

「ランドセルを持って学校に行くまでよくぞ育ってくれたなあ。鉄兵がランドセル背負って歩く所を見たかったんだ。これだけでも四万円の価値はあるさ。鉄兵、生まれて来てくれてありがとう」

ちょっと爺臭いなあ。

死期の迫った老人のようなセリフです。

子どもの成長にはよほど思い入れがあるようです。

後日談ですが、この高級ランドセル、値段の通り普通のランドセルの三倍は長持ちしました。


その話はまた後日。

後日談ですから。


→私の黒いランドセル その3につづく

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私の黒いランドセル その1

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キャンプの後遺症 その4からつづく

キャンプの他、目の前の海や牛舎で子どもたちを遊ばせる生活をしているうちに3人目の子どもができました。

二人目の時と同様に何の努力もしないのに自然に妊娠したのでした。

一人目の時とえらい違いです。


三度目の出産も実家のある横浜で迎えます。

5歳の長男、2歳の長女を連れて里帰りです。

またまた計画的に帝王切開になります。

予定された出産日の数日前に父さん立会いのために牧場の仕事は休みをもらって来ました。


産院に来て前回と同じく子どもを連れて手術室に入ります。

今回は子どもが二人います。

帝王切開の手術の立会いに親子3人が入室って・・・・ちょっと(?)・・・・ですよね。

父さんは2歳のきりんを肩車して、5歳の鉄兵を抱っこして入って来ました。

それくらいの高さに上げてやらないと手術台の私の顔は子どもには見えません。

広い手術室の、入り口から一番遠いところに手術台はあります。

そして入り口ドア付近に父子3人が静かに心配そうにこちらを見ているはずです。

少し離れていますけど見えるんでしょうか。

麻酔が効いてきて私はもう身体を動かすことはできません。

先生や助産師さんの話す声は聞こえます。

   ・・・・・・・・・・

産声が聞こえて無事に産まれたようです。

「女の子ですよ、お父さん、アラ、写真撮らないの?」

個人経営の産院ですから、産科の先生はもちろん、助産師さんも前と同じ方です。

助産師さんはベテランで、いかにも「婦長さん」と言う感じの女性です。

「3人目ともなると写真も撮らないのね」

いえいえ、そうじゃないんです。

父さんは二人の子を肩車と抱っこしていてそれだけでもう精一杯。

カメラなんか出す余裕はありません。


3番目の子は奇を衒う(てらう)ことなく「くるみ」という当たり障りのない名前を付けました。

これは私の意見でした。


退院してから約2ヶ月は実家で静養させてもらいました。

夏の暑い時期だったので、赤ちゃんと私と子どもたちは、実家で唯一エアコンのある、二階の7畳ほどの洋間で過ごして泊まっています。

ベビーベッドを置いてそこに産まれたばかりの「くるみ」を寝かせ、休みます。

ヤンチャ盛りの上の二人は静かに赤ちゃんを眺めている・・・・・・・はずはありません。

ベビーベッドの周りをドタバタ、ドタバタ、走り回ります。

「もう、ちょっと、静かにしなさいよ、ベビーベッドの周りを回るんじゃない!」

「キャハハハ」

ドタンバタン。

今度は二人は追いかけっこをしながらベビーベッドの上に上がって1m四方も無い狭いベッドの中で、赤ちゃんの周りを小さな円を描きながらクルクル回り始めました。

「こ、こらあ!!ベビーベッドの中で走るな!!!」

そのうち走っていたきりんがベッドの上でつまずいて倒れました。

「あああっ!赤ちゃんの上に!」

わずかの差で難を逃れた新生児。

「はああ、危なかった」

かわいそうな「くるみちゃん」。

しかし、たくましく育つものです。

一人目の時は、寝かせている間は物音がしないように神経を使って、そおっと歩いたものでした。

「この子が寝ている間にささっと食事を済ませてしまおう」と、音も立てず、タクワンを噛む音にも気を使ったのでした。

途中で目を覚ました気配がすると夫婦二人とも箸が一瞬止まりました。

そしてベビーサークルの中につかまり歩きを始めた子を入れました。

テーブルの上の料理をいたずらされないようにしたのです。

それもいやがってサークルから出してくれ、と言わんばかりに柵を両手でつかみ、動物園のゴリラか何かのようにガタガタ揺すります。

かわいそうになって檻から出してやります。

子どもの代わりにテーブルを、テーブルとほぼ同じ大きさの柵の中に入れて料理を子どものいたずらの手から守ることにします。

「これで坊やは部屋を自由に歩き回れて、しかもテーブルの上のお皿はいじられないで済むわ」

「それはいいけど、柵でテーブル囲っちゃって、オレたちどうやってご飯食べるんだよ」

「うーん、柵の隙間からお箸を突っ込んで」

「こうか?」

「うん、でもすごく食べにくいね」

幼い子が二人も上にいるとそんなことはしていられません。

くるみちゃん、まわりでお兄ちゃんとお姉ちゃんがバタンバタンとプロレスごっこしていても平気でスヤスヤ眠っています。

やはり末っ子は強い。

私の黒いランドセルその2 につづく

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キャンプの後遺症 その4

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キャンプの後遺症 その3からつづく


「うーん、うーん、どうするかなあ」

一生懸命考えています、ボートを浮かばせる方法。

「そうだ!これだ」

いい考えが思いついたようです。

「今度の大潮の干潮の時に西表に行って穴を修理するんだ」

月に二回の大潮の日の干潮時は河口の岸は干上がって地面が露出します。

それだから舟底が地面に着いて、生えていたマングローブの根が突き刺さり、穴が開いたのでした。

だから同じように干潮時には水が無くなって穴の修理ができると言うわけです。

大潮は満月と新月の前後です。

その時の干潮は昼に一回、夜中に一回です。

牧場の仕事があるので西表に行くのは休日の日帰りでしかできません。

次の大潮を待って父さんは休暇を取って西表に一人で修理に行くことになりました。

弁当持参で。

大潮の干潮はお昼頃の時間帯です。

潮が引いている間にすばやく穴を塞ぎます。

そして夕方の満潮近くまで待って舟が浮いて来るか確認します。

潮が上がって来るに連れて舟はゆっくりと、じわじわと、プカプカと、ではなくてブクブクと沈んで行きます。

「あれえ?!浮かばないの?まだ穴が開いていたのか」

石垣に戻る定期船の最終便の出発時刻が近づいています。

これに乗らないと今日中に石垣に帰れなくなってしまいます。

ゲントクおじいさんの家に泊めてもらうことはできますが、牧場の仕事を優先します。

この日の次の干潮は夜中ですから、修理の続きは二週間後の大潮を待たなければならないのです。

二週間後の大潮の日、また休みを取って西表に向かいます。

別の場所の穴を見つけて修理して、満潮の時に浮かぶか確認します。

ダメならまた2週間後に来て修理の続き。

なんと気の長い話でしょう。

それでも3回ほど通って修理完了。

ついに舟は水面に浮かびました。

さっそく石垣まで修理屋さんに曳航してもらうことになりました。

「こりゃあ、エンジンは丸ごとはずして回収しましょう。分解掃除して直すより、中古のエンジンを探して取り替えた方が時間も費用もかからないですよ」

ということで、ボディだけ牧場に運びました。

手ごろなエンジンが見つかるまで、エンジンのないボートは牧場のサイロ脇の空いた土地に置かれることになりました。

結果的に、それ以後何年もの間、動かないボートは飾り物のように同じ場所に置かれたままになるのでした。

海には出られませんが、子どもたちの格好の遊び場になっていました。

中古のエンジンが見つからないと海に出ることができませんが、私は内心その方が良かったと思っていました。

行方不明になって泳いで助けを求めに行くのはもうゴメンですから。


私の黒いランドセル その1 につづく

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キャンプの後遺症 その3

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→キャンプの後遺症 その2からつづく




キャンプの後遺症、実は私のマラリアもどきの病気だけではなかったのです。

退院して徐々に体力が回復してきたころのことです。

また懲りずにキャンプの準備が始まりました。

今度は私は参加しません。

行くのは,夏の初めにマイボートで「楽々キャンプ」に行った。O橋君と父さんです。

男二人のキャンプですから荷物は少なくて済みます。

コッヘルやキャンプ用の食器など、かさばる物は持参しなくても向こうにストックしてあるのです。

そうです、エンジンが壊れてそのまま川の中に繋留してあるうちの舟、その舟のキャビンの中にしまってあるのです。

西表の舟のところまでは軽い荷物で行って、そこで荷物を舟からリュックに移すだけでいいのです。

キャンプの好きな男性二人、西表に渡り、川の中の舟の所までワクワクしていったことでしょう。

そして舟のつながれてある場所まで来たとき、二人は我が目を疑ったのでした。

そしてしばらく声も出ず、たじろぎもせず立ち尽くすことになるのでした。

「あ!・・・・・・・・」

「あっ!・・・・・・・」

「ボートが・・・・・・・・・!」

「沈没している・・・・・・・!」

「なんで?・・・・・・・・・」

「どうして?!・・・・・・・」

「・・・・・マングローブだ」

「?は?」

ボートは川の中に入れておいてもらったのですが、そこは川の両側からマングローブが生い茂っていました。

熱帯のジャングルの河口近くによくある、水中から生えている植物です。

幹の下の方にタコ足のように根が広がったおもしろい形をしています。

海に近い河口ですから、満潮の時は海水が上がってきて水位が増え、真水と混ざり合います。

そして干潮の時には水位が下がって岸の近くの川底は干上がります。

マングローブの根元は空中に露出してしまいます。

このマングローブの根っこというのは木のように堅いのです。

根だけでなく、下に落ちて芽が出た種もあります。

この芽も堅く伸びてきて天を向いています。

ボートはこの堅い根や芽の上に乗ってしまったのでした。

おそらく雨水が溜まってずっしり重くなっていたのでしょう。

潮が引いた時、舟の重さでグラスファイバー製の船底はマングローブの根が刺さって穴が開いてしまったのです。

そして次の満潮で水位が上がってくると穴から水が入り、当然ボートは沈んでしまいます。

積んであったキャンプの食器などとともに。

これで仲良し男二人のルンルンキャンプに行くはずだったのに。

もうキャンプに行く気力がすっかり失せて力がなくなってしまいました。

がっかりした気持ちで行く傷心のキャンプというのはどういうものでしょう。

そんな状態でもせっかく準備して行ったのですからキャンプは実行するのです。

使う予定だった食器類は沈んだボートの中なのでどうしようもありません。

幸いO橋君が予備に持っていた1~2人用の小さめのコッヘルの組み合わせがあったのでなんとかなりました。

ボートが沈んで、気持ちも沈んだキャンプでしたが、帰って来てからは、あの沈没したボートをどうやって救出するか、父さんは毎日考えていました。

「舟は石垣島まで曳航して修理屋さんに直してもらうしかないな。エンジンは海水に浸かってしまったのでおそらくもうダメだ。それ以前に沈んだ舟を引き上げて水の上に浮かばせなきゃならないし」

「でも舟底に穴が開いているんでしょ」

「そうなんだよ、その穴を塞がないと浮かばないんだ」

「水中に沈んだままで穴の修理ができる?」

「できないよ、水面に浮かばせた状態じゃないと」

「どうやって浮かばせるの?」

「穴を塞いで」

「どうやって穴を塞ぐの?」

「浮かばせてから」

「どうやって・・・・・・」

と、これじゃ永久に引き上げできません、うちの沈没船.



→キャンプの後遺症 その4につづく


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キャンプの後遺症 その2

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キャンプの後遺症 その1からつづく


病名がわからないのは不安です。

「何かの感染症だと思います」

「何に感染したんでしょう?」

「それがわからないんです。一応、今、調べています。この病院では検査できない項目があるので、検体を福岡の検査機関の方に送っていますからまだ時間がかかると思います」

検体、って何だ?血液か?

とにかくただごとではないようです。

点滴のおかげで命拾いはしましたが、吐き気と下痢は止まりません。熱もあるし、頭もガンガン痛みます。

「とりあえず、抗生物質を投与します。改善がなければ別の種類の抗生物質に切り替えてみましょう。そのうちどれかが効くでしょう」

そういう治療法なのね。

獣医のO先生も心配してくれています。

「熱が下がらないって、それって新種のマラリアか何かじゃないの?」

昔は石垣島にもマラリアという病気はあったのです。

ですがマラリアを媒介するハマダラ蚊という虫はジャングルの中に棲んでいるので街中にいればハマダラ蚊にも刺されず、マラリアに罹ることもなかったのです。

でも戦時中に強制疎開で移住させられて、多くの市民がいつもは人の行かない山に中に移り、次々とマラリアに罹ってしまいました。

栄養失調で体力のない老人や子どもたちを始め、バタバタと倒れていったのです。

戦後日本国内でのマラリアは撲滅されました。

と言ってもマラリア患者がいなくなってマラリアの病原体がなくなった、というだけで、蚊が絶滅したわけではないのです。

ハマダラ蚊そのものは石垣島や西表島の山の中に生息しているのです。

マラリア病原体は持っていませんが。

「もしかしてマラリアかなあ」

「そんなはずはない。マラリア患者がいないのにあるわけがない」

抗生物質を替えながら点滴を続けてどうにか下痢は治まってきました。

でも食事が取れません。

「ご飯が食べられないうちは退院するのは無理ですね」

と、看護師さん。

それはそうだ。家で一日中点滴はできません。。

「家でオレが点滴してやろうか」

牛が病気になると獣医さんにもらった薬を点滴するのもカウボーイの仕事です。

町に近い農家なら獣医さんに来てもらうかも知れませんが、僻地の牧場ですから獣医さんの順番を待つより自分でした方が早いのです。

牛は皮膚が硬く厚いので針を軽く刺したのでは通りません。

なにせ牛革ですから。

注射針だけを頸静脈の所をねらって、勢いよく強く、プスリと突き刺します。

刺さったらそれに点滴チューブを繋げます。

そういう牧場での点滴の情景が頭に浮かびました。

「い、い、いいです。入院でいいです」

毎日様子を見ながら点滴が続いて、1週間以上経ったある日、突然熱が下がり、流動食が取れるようになりました。

「抗生物質が効いたみたいですね」

「熱も下がって気分もよくなってきました」

「それはよかった」

「それで何の病気だったんですか?」

「まだ検査の結果が来ていません。でもこの薬で効くということがわかったのでこのまま点滴を続けましょう」

まあ、治療法があってよかったです。

十日目になって、頭痛も消え、食事が取れるようになりました。

「もうだいじょうぶですね。今日退院してもいいですよ」

「ありがとうございます」

やっとお家に帰れます。

「結局、退院までに病名はわからなかったですね」

「でもまあ、治っちゃったんだから、退院してもいいでしょう」

そういうもんか。まあ、治ったんだからいいか。

家に戻りましたがまだフラフラします。

病院にいなくてもいいというだけで、体調はまだ充分ではありません。

日常生活もやっとです。家事もこなすのが苦しいくらいです。

2週間ほどして病院から連絡がありました。

「検査の結果、病名が判明しました」

「何だったんですか?」

「レプトスピラです」

何?それ。恐竜みたいな名前。

病院で見せてもらった医学書のコピーには説明が書かれてありました。

「亜熱帯のジャングルの川や池の水から感染する。病原体が消化器官に入れば激しい下痢や嘔吐を引き起こして、脳に入れば脳炎を起こす可能性がある。生命に危険がある」

ひぇーっ、こわい。マラリアに当たらずとも遠からずだったわけです。

「山の中の水を生で飲んだり、水の中に入ったとき、傷口や皮膚から侵入する」

そうか、あの時だ!西表の川で一日中子どもたちを遊ばせていたときです。

足の傷やブヨに刺されて掻いてできたカサブタから侵入したのかも知れません。

よくまあ,子どもたちが感染しなかったものです。

「オイ、この本に載ってるぞ」

と父さんが出してきて見せたのは、うちにある「臨床獣医ハンドブック」でした。

家畜の病気の症状や治療法が書かれています。

狂犬病と並んで、イヌの病気のページに載っていました。

「ネズミなどの尿に出た菌が池や川に入って感染する。イヌに限らず、ネコ、ブタ、キツネなどにも感染する」

とあります。

おまけにそこにある治療薬の名前は病院で私が点滴されていた抗生物質と同じ物でした。

まあ、治ったんだからいいです。

そうだ、今度牧場に来た若者をだますのに使おう、この病気の名前。

「あの珍しい大きな鳥は何ですか?」

「アレは古代からこの島に住む翼竜で、レプトスピラというの」


→キャンプの後遺症 その3につづく


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<番外編> リアルタイムお寝坊キャンプ

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更新が遅れております。

現在の我が家、夫と娘たち、それに先月から来ている和歌山の釣り好きの甥っ子とで西表のカノカワにキャンプに行っています。

懲りずに・・・。


夫と、今年高校卒業した甥っ子は休みに関係なく1週間も前に出発しています。

学校がある娘たちはGWに入ってから追いかけて行きました。

石垣港までは私が送って行きましたが、そこからは子供二人で行きます。

石垣港~~上原港――連絡バス――白浜~~船浮海運の米蔵さんの舟~~クイラ川上流の船着場

と、ここまでは子ども二人で。

クイラの船着場で父と甥っ子が待っていて合流。

そこから山を一つ越えてカノカワの海岸まで歩いて行くのです。

潮は大潮、朝8時の満潮を逃すと米蔵さんの舟はクイラ川に入れません。

父たちは朝5時に起きて、キャンプ地のカノカワを出発して、9時前にクイラ船着場に到着して娘たちを待ち受ける・・・・・・はずでした。

「父さんは必ず、早く行って待ってるから、安心して来なさい。朝6時40分の上原行きの船に乗り遅れるなよ」
と言ってましたし。


当日の朝、満潮に間に合わせるために、5時に娘たちを起こして連れて行きました。

私は4時半に起きて、注文のおにぎりどっさり作って。


自分たちのわずかな衣類の他は、キャンプ用食器、水中メガネ、シュノーケル、フィン、の他、あとから追加で持ってきてくれと頼まれた、酒一升、冷凍の肉、米4kg、野菜、塩漬け冷凍のカエルの肉(大ウナギ釣りのエサです)、お菓子、塩1kg、小麦粉1kg、手作り油味噌1kg(ご飯のおかずです)、父さんの冬用ウィンドブレーカーと長袖シャツ(暑いと思って寝袋を持って行かなかったら、意外と今年は海岸は涼しいらしい)、60cmのモリの先、父さんの水中メガネとシュノーケル(持って行ったのは水が漏れるそうで)  等等々 ・・・。

子どもが背負えるか?と思うほどの重いリュックを二人とも持って行きました。

先行メンバーは父さんと甥っ子の2名ですからテント代わりのブルーシート、魚釣り道具、コッヘル、などのキャンプ道具と1週間分の米と調味料だけで荷物は精一杯。


電線も電話線も通ってないカノカワからどうして連絡が来たか、というと。


この17日間という長丁場のキャンプのために、父さんは大嫌いなケイタイを買ったのです。


自分の体重ほどもあるのでは?と思われるリュックを担いだ娘二人は、石垣港から6時40分発の上原行きの船に乗って行きました。

見送って自宅に戻ると早速ケイタイに父さんのケイタイからメールの着信。

そして電話も。

電話とは珍しい。

いつもは1日に1回だけ時刻を決めて電源入れてメール交換です。

コンセントのない場所に長期間いるので、ケイタイのバッテリーを長持ちさせるために一日中ほとんどスイッチをOFFにしているのです。

↓着信メール

(野生児出身の父さんは文字入力の仕方を知らないので、甥っ子が口述筆記、じゃなくて口述キー入力)

<寝坊した 6時出発のはずが今起きた (このときすでに7時半)
 米蔵さんのケイタイに連絡してくれ
 クイラの船着場に10時半に着く 
 それまでそこを動かず待つように子どもたちに伝えてくれるように
 米蔵さんの船には子どもを降ろしたら帰ってもらってくれと>

電話受けた米蔵さんも戸惑っていました。

「あんな山奥に子ども二人置いとけないんじゃないの?」

でも10時半まで待つと潮が引いて船は出られなくなってしまいます。

クイラ川には熊はいないから大丈夫でしょう。

イノシシはいますが、じっとしている人を襲ってくることはありません。

痴漢も追いはぎもいないと思います・・・たぶん。


クイラ上流は山の中で、ケイタイの電波は届きません。

結局、「無事に着いた」と連絡があったのは、合流して山を越えて南海岸に出た11時ころでした。

クイラの山越えは思ったより短く、米蔵さんの船が去って行くエンジン音がまだ聞こえている9時頃には合流できたということですが。



 娘たちも、前日の昼間は学校の遠足があって疲れていたのに。


 おまけに遠足の日の夜は裏山の林道を歩き、森の奥に入って、学校の行事のホタル観察会に行って来たし、

 (八重山のホタルの短い発光期間に合わせてこの日しか予定は取れなかったのです。)

 
 出発の前日荷物のパッキングで夜中までかかって、寝たのが午前1時過ぎ。

 朝起きるのが辛そうでしたが何とか予定の便の船に乗れました。





それにしても、ですよ。





腕時計にも、ケイタイにも、「アラーム機能」ってもんが付いているでしょうが!! 


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