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キャンプの後遺症 その1



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遭難アドベンチャー その7からつづく




「だいじょうぶか?」

「ううん、大丈夫じゃない・・・」

普段なら風邪を引いても一日寝たら翌日はもう元気になっている私ですが、今回は重症です。

高熱の他にはげしい下痢と嘔吐。

何を食べても水を飲んでも吐いてしまいます。

トイレと寝室の往復です。

「明日あたり病院に行った方が・・・」

「ウウウ・・・きもちわるいー!」

「どうした?」

タタタタタ・・・バタン!・・・

「アレ、またトイレ?」

「・・・・・・・」

ザーッ(水を流す音です)

「ああ、もうダメ・・」

「布団で寝てるよりトイレにいる時間の方が長いんじゃない?」

「トイレで横になりたいくらい」

「辛そうだな」

「ただの風邪じゃない・・・」

「ウウウウウウウウ、お腹が・・・、どいてっ!・・・も、もれるー」

ダダダダダ・・・・・バタン!

「重症・・・」

ザーッ

「ふうっ、もうフラフラ・・・」

トイレと寝室を往復して、というよりほとんどトイレにいて朝になりました。

(病院に行かなければ、こりゃ、死ぬな)


病院に行くといっても、このころは我が家のマイカーが壊れていて使えませんでした。

街に行くときは牧場のトラックを借りたり、牛のエサを買いに行くときに乗せてもらったりしていました。

今日は仕事でトラックを使うので借りることができません。

10m離れた従業員宿舎にヨタヨタとたどり着きました。

「や、野鳥さん、ジープ・・・貸して・・・くれませんか?・・・病院・・に行きたいんです」

「いいですけど、顔色悪いですね、だいじょうぶ?」

「はあ、今・・したく・・・して・・きま・・す・・・」

部屋に戻ると足がもつれてうまく歩けません。

上がり口でサンダルを脱ぐと床に手を付いてしまいました。

「ううう、ほ、ほ・・け・・ん・・しょう・・・と・・お・・さ・・い・・ふ・・」

3m先の引き出しまで四つん這いで行きました。

もう運転できる状態ではありません。

「オレはどうしても牛の仕事で抜けられないんだ」

結局、野鳥さんが運転して、アキちゃんもついて来てもらうことになりました。

診察室に付き添いが入る必要があったら女性がいた方がいいだろうということで。

座席でほとんど横になった状態で病院に着く間も頭がガンガン痛いのです。

診察の順番なんて待っていられません。

「救急でお願いします」

救急室に入るとそのまま点滴になりました。

診察はせいぜい15分くらいと思っていた野鳥さんとアキちゃんは、いつまで待っても私が出てこないので不安になっているでしょう。

でも、その私も起き上がることも、野鳥さんたちに声をかけることもできません。

点滴と言えばふつうは、

「・・・ポッタン・・・・・ポッタン・・・・・・ポッタン・・・」

と鍾乳洞の水滴のように、恐ろしく間のびして時間がかかるものだと思っていました。

ところがこの日の私の点滴は、全開、つまり、

「ポタポタポタポタポタ・・・」

すごい速さ。

どんどん生理的食塩水が身体に入っていきます。

それだけ脱水がひどかったのです。

あっと言う間に一本終わり、点滴のパックが新しい物に交換されます。

点滴の2度目のお代わりをしている時、アキちゃんが見に来てくれました。

「どうだったんですか?」

「悪いね遅くなって」

「こちらの患者さん緊急入院になります。ご家族の方ですか?」

「い、いえ」

「アキちゃん、ごめん、牧場に電話して、父さんに〝入院の準備持ってて来て〟と言ってくれない?」

入院の病室まで点滴したまま車椅子に乗せてもらって移動です。

野鳥さんとアキちゃんに帰ってもらい、交替に父さんが来ました。

「せ、先生、・・」

「だいぶ脱水がひどかったので急いで点滴をしました」

「そうだったんですか」

「始めの2リットルは全開でしたよ。通常こんなにスピードで点滴すると心不全を起こしちゃうんですけどね」

(へえ、初めて知ったわ)

今まで病気の牛に点滴をするとき、ゆっくり落とすと時間がかかるという理由で1本の点滴を5分間くらいで済ませたことがあったのです。

超スピードで点滴された牛は、気持ちがいいのか悪いのか、貧血気味な顔になってボーッとしていました。

「なあに、牛は身体が大きいから大丈夫だよ。体重が500㎏もあるんだから」

と言われてそうかな、と思っていましたが、今考えるとかわいそうだったかな、とも思います。

私の方は、ハイスピード点滴は終わって通常のペースではありますが、まだ点滴は続きます。

食事が全く取れないのですから仕方ありません。

「先生、何の病気ですか?」

「病名はですね・・・」

「はい」

「わかりません」

「はあ?」

「原因不明です」

「えええ!」


キャンプの後遺症 その2につづく



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遭難アドベンチャー その7



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遭難アドベンチャー その6 からつづく

二人の遭難の体験談はまだ続きます。

一晩経って、救助を待っていてもいっこうに来ないから、もうオレたちはダメかと諦めかけたよ。

こんな所でエンジントラブルになるとは思っていないだろうな。

すぐ近くのカノカワに行くって言って来たから。

まさか仲ノ神島まで通信機も積んでいないこの舟で来ているとは思いもしないだろうし。

海上保安庁の捜索の船やヘリを出してくれたとしても、西表の海岸を見るだけでこっちにまでは来ないだろう。

ましてこんな島の裏側。

来てくれたとしてもオレたちに気付かず引き返してしまうに決まってる。

ああ、O橋に電話して聞いてくれたら・・・。

「もしかすると仲の神島に行っているかも知れないですよ。あんな島に行って大物を釣りたいと、ボクには話してくれてました。そうだ、仲の神島を捜索してください」

って教えてくれるだろうけどなあ。


そんなこと思いつくはずがありません。

四級小型船舶の免許でそんな遠くに行かれるはずがないんですから。

衣類も水も食糧も通信機器も持たないでよくまあ遠くに行ったものです。

無謀としか言いようがないですね。


二日目になって遠くからこっちに向かって来る船が見えたんだ。

うれしかったねえ。

神様に見えたよ。

ボートにちょうど長い竹竿があったから、白いビニール袋を結び付けて思いっ切り振りまくったんだ。


このにわか作りのSOSの白旗はダイビング船からよく見えたそうです。

長い竿の先に白いビニールを括り付けて必死で振っている小舟を発見してくれたのは、西表のダイビング船でした。

ちょうどダイビングのお客さんを乗せて、熱帯魚の多いその島に来ていたのです。

しかも島の裏側へ案内している途中でした。

その辺りはいつも行くダイビングの場所というわけではなく、その日はたまたまその島の裏側を選んだのです。

まったくの偶然だったのです。

なんと運の強い。

地獄に仏、いえ、神様です。

仲の神島に、本当に神様がいました。

「ダイビングチーム うなりざき」という神様のダイビング船が。


こうして親切なダイビング船に助けられ、曳航してもらってウフバマへ到着したというわけです。

昨日からの一通りの体験談を聞いていると、カノカワの方からTさんの船が帰ってきました。

「カノカワにも居なかったぞ」

「はい・・・」

「アレ?何?帰ってるじゃないか」

「はあ」

「どこにいた?」

「ナカノオガン・・・」

「ナカノオガン?!」

「そんな所まで捜そうとは思いもしなかったよ!」

「はい、すみません」

そりゃそうです。

もし、海上保安庁がヘリを飛ばしても西表の海岸周辺をていねいに捜索して、何十キロも離れた島まで捜しに行くことはなかったでしょう。

私たちはTさんの船に乗せてもらい、エンジンの故障したボートはTさんの船に曳航されて大原港まで行くことになったのでした。

私はこの数日のうちにウフバマまで何回往復したことでしょう。

「おばちゃん、ここを泳いで行ってくれたんだね」

アーちゃんとみほちゃん、船の上から海岸線を見て、あらためての私が泳いだ距離を知って感心しています。

「アンタの奥さん、助けを呼びに来たとき、一生懸命走って来たんだね。脚の後ろ側や背中にも砂がいっぱい飛び散っていたよ」

「そうみたいですねえ」

ゲントクおじいさんんの言葉に言葉少なに答える父さん。

船はあっという間に港に到着。

いやあ、船は速い!

ダイビング船の人や駐在さんやTさんには後日ですが相当のお礼をしておきました。

特に「ダイビングチーム うなりざき」のスタッフの方々は命の恩人ですから。

お客さんを乗せてお仕事中だったのに、壊れた舟をウフバマまで引っ張って来てくれたのです。

実名出しちゃっていのかな。

良いことしてくれた話だからいいでしょう。

往きも帰りも舟でドア・ツー・ドアのように快適なキャンプだったはずが精神的にも肉体的にもとっても疲れたキャンプになってしまいました。


すっかり落ち着いてからようやくスーやンともゆっくり話ができました。

「よくあんな距離を泳いで行ってくれたね」

「二人もたいへんだったろうけど、私たちももう食料がほとんどなくなってピンチだったんだもの」

「実はね・・・」

「はい?」

「テントに置いていったボクの荷物」

「うん」

「あのリュックの中に少し非常食が入っていたんだ」

「そうだったの」

他人のカバンの中まで探そうとは思いませんでしたから知らなかったのです。

「それだけじゃなくて、実は・・・」

「ボクのケイタイも入ってたんだ」

「ええっ?じゃあ、泳がなくても電話すればよかったの?」

結果的には命の恩人は私でなくて、助けてくれたダイビング船ということになりましたが。

それでも、駐在さんの奥さんがおにぎりを作ってくれたのはありがたいことでしたし、Tさんの舟を出してもらわなければ、壊れた舟だけウフバマに戻って来ても全員帰れなくて困ったことになったはずでした。

この時私は知りませんでしたが、当時の離島では携帯電話が通じる範囲が小さく、このウフバマでもスーやンの持っていた携帯の会社のは圏外だったのです。

今でもここの海岸で使えるのは1社のみ。

それも30㎞南にある波照間島の中継所から来る電波を頼りにするものでした。

しかしですよ。

波照間島から障害物のない海上を電波が渡ってこられるのなら、絶海の孤島の仲ノ神島にも電波は届いたのでは?

距離的にも同じくらいですし。

利用可能な携帯電話を持って行ったらこんなことにならなかったのです。

誰も遭難すると思って海に行くわけではないのですから仕方のないことです。

どうにか船着場まで行って全員そろって石垣に帰ることができました。

エンジン故障のボートはいずれ石垣の修理屋さんに持って行かなければならないのですが、今回はとりあえず西表に置いておくことにします。

Tさんに頼んで適当な川の中にあとで入れておいてもらうことにしました。次回に西表に来るまで台風が来たとしても、マングローブの林に囲まれた小さな川の中なら安全です。

これが失敗の元。

舟が予想もしない大被害に遭うと気が付くのは1ヶ月も先のことです。

「やあ、どうせ来月またO橋君と西表にキャンプに来るんだ。食器なんか持ち帰らないでも置いとけばいいんだ」

O橋君、よほど無人の海岸のキャンプが気に入ったのでしょうか、ひと夏に2回も来るなんて。

この舟にキャンプ用具の食器やアルミの鍋類なども置いていくことにしました。

翌日の飛行機を予約してあったスーやンも今日中に石垣行きの定期船に乗らないと家に帰れなくなってしまいます。

やっぱり今回も穏やかなキャンプではなかったのでした。

何事もない生活がいいのなら、始めからキャンプになんか行かなければいいということになりますけど。

石垣で一晩泊まって翌日スーやンやアーちゃんたちも帰って行きました。

「おばちゃん、すごいね」

という言葉を残して。

この二日後、今度はアキちゃんという女の子が遊びに来ました。

彼女は学生時代に牧場に来てから何回も長期の休みのときに来てくれています。

就職してからも休みをとって子供たちともいっしょに遊んでくれています。

夏の牧場はいわゆるリピーターで千客万来です。

普段は遊び相手のいないさびしい場所がこのときだけにぎやかになって子ども達も喜んでいます。

スーやんもアーちゃんも帰ってしまった翌日、私は熱を出してしまいました。

始めは疲れが出たのか、風邪か、と思ってエアコンのない蒸し暑い部屋でがまんして寝ていたのですが。

アキちゃんが来た日には相当悪くなっていました。

普通の病気ではなかったのです。


キャンプの後遺症 その1につづく



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遭難アドベンチャー その6



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遭難アドベンチャー その5 からつづく


Tさんは私一人を浜に下ろすと、駐在さんとゲントクおじいを乗せたまま、カノカワ方面に船を出しました。

「ヘリコプターの捜索か・・・エライことになっちゃったな」

この島の近くの海上で父さんとスーやんは小さな舟で漂っているのでしょうか。

そんなに遠くには行っていないはずなのですが。

舟を見送ってしばらくはまぶしい砂浜でアーちゃんたちと立ったまま海を見ていました。

「おばちゃん、意外と早かったね」

「うん、がんばって泳いだよ。それにハイミダのキャンプ場で車に乗せてくれた親切な人がいてね」

「子どもたち泣かなかったよ」

「ありがとうね、めんどう看ててくれたんだね。ビスケット食べたわ。助かったよ」

そんな話をしていると、沖の方にまた別の船影が見えてきました。

Tさんの船ではありません。

第一、方向がちがいます。

水平線の向こうから始めに大きくてきれいな船が見えました。

ダイビングに使う二階建ての船です。

ダイビングのお客さんを何人も乗せて相当遠くまで行かれる船です。

その後ろから続いて現れたのはもっとずっと小さなボート。

ちょうどうちの舟くらい。大きさも形も色も船首に描かれた模様までもがそっくりな・・・。見覚えのある・・・。

「あ、うちの・・・ボート・・・?」

まぎれもなくうちの舟です。

「アレ、なに、なんで??」

いったい、どうなってるの?

うちの舟は二階建ての大きなダイビング船に曳航されて突然帰って来ました。

スーやんと父さんはダイビング船の方に乗っていました。

岸に近づくと、腰までの深さまで所で舟は止まりました。

二隻を繋いでいたロープをはずすと、父さんたちは腰まで海に浸かったまま、ダイビング船の人に深々とお辞儀をしてお礼を言っているようでした。

この間、私とアーちゃん、みほちゃんは、状況がまだ把握できず、ポカンとして見ていました。

ダイビング船は元来た方に向きを変え、また沖に去って行きました。

ダイビング船を見送った後、父さんはボートをロープで引っ張りながら、海の中をザブザブと歩いてこちらに来ます。

真っ先に鉄兵ときりんの方に駆け寄って行きました。

そして2人をしっかりと抱きしめていました。

「もう一生会えんかと思ったよー」

スーやんはその横で黙ってうつむいていました。

このときは少し離れた所にいた私たちには見えませんでしたが、父さんは子供たちを抱きしめたまま泣いていたそうです。

「ここでずっと待ってたんか?」

「そんなわけないでしょ。心配したんだから」

「ゴメンヨ、心配かけて・・・」

「スーやん・・・」

まだ昼前だったので、まさかもう助けを呼びに行って捜索が始まっているとは思っていなかったようです。

「朝暗いうちに助けを呼びに行ってきたんだよ」

「へ?歩いてか?」

「泳いだんだよ。潮が引いてからは歩いたけど、小潮だから深くてタイヘンだったよ」

「で、ハイミダからはどうしたんだ?砂浜もずっと走って行ったのか。髪の毛に砂がいっぱい付いてるぞ」

「ゲントクさんに電話して駐在さんとTさんの舟に乗せてもらって来たんだよ」

「駐在も来たのか」

「ここへ来るまでも舟が見えなかったからカノカワの方を捜索しに行ったところだわ」

「カノカワ?そんな方には行ってない」

「え?どういうこと?」

「お。うまそうだな、オレにもくれよ」

質問には答えず、きりんがパクパク食べていたおにぎりを見て言いました。

「いったいどこに行っていたのよ!」

「ナカノカミシマ」

「えええええっ!!」

驚くのは当然です。

「仲の神島」(ナカノカミシマ)はここから南西に20キロあります。

「中御神島」(ナカノオガン)とも呼ばれ、西表からははるかに霞んで見える絶海の孤島です。

緑がなく、岩山だけの島。

小さな島で川も池もありません。

もちろん人も住んでいません。

カノカワ方面に捜索に行ってくれている駐在さんたちが帰って来るのを待つ間にいきさつを聞くことにしました。

以下は二人から聞いた話です。
  
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・

昨日の昼前だった。

晩のおかずに魚を獲って来ようと軽い気持ちで出かけたんだ。

夕方までには帰るつもりだったから、オレたちパンツ一丁で来てしまった。

始めは遠くない所で魚釣ってたんだけど、大したものは釣れなかった。

そのうちに近くを漁船が通ったんだ。

これが仲の神島の方から来た船で、大物を釣って帰って来たっていうんで、そうか、よーし!と闘志が湧いてきて行くことにしたんだ。

だけど、仲の神島に来てちょうど島の裏側に回ったところでエンジントラブル、帰れなくなっちゃった。

このままでは漂流して海流に乗って太平洋の大海原に流されて行くと思ったね。

それでとっさに島から遠くに離れないうちに錨を下ろして停泊することにしたんだ。

数時間で帰るつもりだったから、食料も服もなかったよ。

水は、スーやんの持っていたペットボトルに5百㏄だけ。

水はすでに飲み切って、太陽はガンガン照り付けるし、上半身裸で、光を遮る屋根もないだろう。背中が焼けて焼けて。

このまま救助を待っても救助隊が来る前にオレたち干物になるのかと、辛かったよ。

もし助けが来なかったら、島に上陸しようと思ったね。

海鳥を捕まえて食べて、雨水を溜めて飲んで生き延びるんだ、と考えたよ。

この仲の神島は魚がよく獲れるんだ。

五十キロ、百キロ釣れるのは当たり前。

台湾の漁船も島の近くまで来ることもあるらしい。

だけど、一度海が荒れたら何週間も船は近づかない。

それほど絶海の孤島なんだ。

一度漁船が少し離れた所を通るのが見えた。

思い切って飛び込んで泳いでそばまで行って助けを求めようと一瞬思ったけど、そうしなくてよかった。

漁船はこっちには気づかずに、追いつけるどころか速いスピードで行ってしまった。

泳いで行っていたらオレだけが流されていたところだったよ。

始めに釣った小さな魚をデッキに並べて干して、これもいざという時の食糧になるかも知れないと、干物を作ってたんだ。


  →遭難アドベンチャー その7につづく


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遭難アドベンチャー その5



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→遭難アドベンチャー その4からつづく


始めの砂浜では10分ほど休憩してすぐまた出発します。

一体あとどれくらい泳げばいいのでしょう。

来た時は舟でしたから1時間くらいでしたが、港からウフバマまで歩いたことはありません。

迷うということはないですが、何時間かかるか先が見えない旅というのは不安なものです。

ようやく「トウフ岩」が見えてきました。

「あ、この岩、来るときに見た!」

見覚えのある岩に出会えてうれしくなりました。

港から来るときに舟から見えたトウフのような四角い大きな岩。

ここで半分は来たということです。

また砂浜が見えてきました。そして滝も。

でもまた岸からずうっと上の方です。

水が飲めないのなら上陸しても意味がないので横目で見てそのまま泳ぎ続けることにしました。

干潮に近づいて水深はますます浅くなって来ています。

膝より少し上の深さで、泳ぐには浅く、歩くには深すぎる厄介な水深です。

歩いたり、泳いだり、交互にやってみているうちに「南風見田(ハイミダ)」のキャンプ場に着きました。

まだ9時前です。

予定より早く干潮になる前に到着してしまいました。

朝5時ころに出発したとして4時間足らずで泳ぎ切れました。

新記録!いえ、あまりこんな記録作ってもうれしくはありません。

上陸して、まずは水の流れる岩を見つけると、飛び付いて思い切り飲みました。

ガブガブのみまくって、次に頭から水をかぶり、体中を真水で洗いました。

真夏の午前9時といえば太陽はもうジリジリと照りつけて暑い時間帯です。

浜から上の方に上がって人を探しました。

テントはいくつかありますがシーンと静かで人の声はしません。

まだ寝ているのか、朝早くから海にでも行っているのかでしょう。

一つのテントからラジオの音がします。

「おはようございます」

「はーい」

おそるおそる声をかけると若い男の人が出てきてくれました。

よかった、人に出会えた。

「この近くに公衆電話はありませんか」

この時にはまだ携帯電話という物は一般的ではありませんでした。

持っている人もなかったわけではありませんがそれほど普及もしていませんでした。

まして沖縄の離島では圏外になるところが多かったのです。

離島のあちこちにも中継局が次々と設置されるのはそれから数年たってからです。

「ここのキャンプ場に電話はないですねえ。どうかしたんですか?」

電話がないとなると、まだ数キロ先の村まで歩かなければならないのです。

「実はウフバマでキャンプしてまして・・・。舟で魚を獲りに行った二人が遭難したらしいんです」

「え?」

「まだ向こうのテントに女子高校生と小さい子がいるんです」

「ええっ!」

「それで、食料も無くなって助け呼ぼうと渡し一人で泳いで来たんです」

「え―――っ?!」

「はあ、大富(一番近い村)まで歩くか」

「あの・・・ボク・・・」

「はい?」

「僕、クルマ持ってるんですよ。公衆電話のあるところまで送ってあげましょう」

「ホ、本当ですか?!あ、あ、あ、ありがとうございますううう」

親切な人に出会えました。

このキャンプ場は昔から長期滞在の人が多かったのです。

バイクや車を持ち込んでいる人も少なくはなかったのでした。

テントのある浜から少し離れた所に車を停めてあったようです。

そこまでいっしょに歩いて行きました。

すでに足ヒレをはずしてゴムぞうりに履き替えていたのですが、歩くたびに、ビショビショに濡れた脚の後ろ側に砂が跳ね上がっていくのがわかりました。

車に乗せてもらうのも砂や海水でシートを汚すのが気が引けました。

公衆電話で短パンのポケットからビニールに厳重に包まれたテレフォンカードとメモを出して電話です。

「もしもし、ゲントクさん?」

通じました。

西表でいつもお世話になっているゲントクおじい。

老人ですが逞しく、山でイノシシを獲るワナの作り方や海で巻き網で魚を獲る方法を教えてくれたアウトドアの大先輩です。

ゲントクおじいは自分の軽トラックを運転してすぐ来てくれました。

ゲントクさんが来てくれたので、親切なキャンプ場の人には丁重にお礼を言ってここで別れました。

「どうした?」

「ゲントクさん、昨日ウフバマから舟で魚を獲りに行ったきり帰って来ないんです」

「燃料切れかエンジントラブルだろうな。駐在に行ってみよう」

田舎の島では駐在所のおまわりさんは住民の生活といつもかかわっています。

ゲントクさんが連れて行ってくれた駐在所には駐在さんと奥さん、それに駐在さんの小さい子たちが4人くらいいました。

沖縄県はどこも子沢山でうれしくなります。

「たぶん、油切れだろう。船を頼もう」

すぐに駐在所から近くで船を持っている知り合いに電話してウフバマまで行ってもらうことになりました。

「よかった、ウフバマに子どもたちを置いて来ているんですよ。女子高校生二人と。昨日から食べる物もほとんどなくて」

「まあ、タイヘン!じゃあ、何か食べ物を持って行ってあげなきゃ」

駐在の奥さんが奥の住宅の方に入って行って数分後に戻ってきたときにはおにぎりを持って来ていました。

「ご飯が炊いてある分だけで急いで作ったの」

駐在の奥さん・・・。ここでも親切な人に会いました。仕事とは言え、ここまでしてもらおうとは思いもしませんでした。

船の準備に少し時間がかかりました。

それはそうです。

急に言われたのですから。

船を出してくれるのはゲントクさんの知り合いのTさん。

この船にゲントクさん、駐在さん、私、が乗って、4人でウフバマに向かいました。

苦労して泳いで来た道のりもエンジン付きのボートで戻るとなんと速いことか。

トウフ岩も、見えたと思ったらもう通り過ぎていきます。

ウフバマの海岸に着くと、高校生と子どもたちが波打ち際まで出てきて飛び上がって手を振ったりバンザイしたりして喜んでいるのが見えます。

(ワーイ、おかあさんがかえってきたー)と言っているにちがいありません。

もう11時になっていました。

船から下りて、まずはもらって来たおにぎりを渡しました。

子どもたちは波打ち際で立ったままムシャムシャと食べ始めました。

釣りに出た二人はやはり帰って来てはいません。

来る途中もカノカワの方を気をつけて見ていましたが、うちの舟らしき物は見えませんでした。。

「カノカワの方に行ったかも知れんな」

「はい、カノカワの方に行くと言ってました」

「カノカワを捜索しても見つからなかったら海上保安庁に連絡してヘリをたのむか」

本当に大きな騒ぎになってしまいました。


  つづく


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遭難アドベンチャー その4



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おすすめは、 「アイ ハブ ア ハブ」


 →遭難アドベンチャー その3からつづく


『すまん、すまん、遅くなったなあ』

『燃料切れになっちゃって、カノカワから何時間もかかって岩伝いに歩いて来たんだよ』

そう言って岩陰から二人がひょっこり現れるんじゃないかと、海岸の西の方も気をつけて見ていましたが、期待むなしく夜は更けていきます。

どうして帰ってこないのでしょう。

舟が座礁して動けなくなった?

燃料切れになって近くの岸に舟を寄せて上陸した?

何かアクシデントがあったにちがいありません。

でも仮にそうだったとしても、二人で海岸を歩いて、または海の中を腰まで浸かってザブザブと進んででも帰って来るはずです。

夜中になってもカノカワから帰って来ないというのは、・・・遭難?!

浜辺で暗い海を見ながら、みほちゃんとアーちゃんと相談しました。

「アーちゃん、あの二人は明日の朝まで帰って来ないかも知れないね」

「おばちゃん、どうしたらいい?」

「うーん、もし、今夜中に帰らなかったら、一番近い村まで助けを呼びに行く」

「一番近くって、大原港のちょっと手前でしょ」

「来る時はボートで1時間はかかりましたよね」

「全員で歩いていくの無理です」

「私が一人で行く。子どもたちはあなたたちに預けて行くからお願いね」

「それはいいですけど、おばちゃん、だいじょうぶ?」

「岸の岩伝いに歩くか、海を泳ぐか、とにかく何としても人のいる場所までたどり着いて助けを呼ばなきゃ。朝早く出れば昼までには着くと思う」

半日もかからないで村まで行けるとは思いますが、必ず救援隊を連れてすぐ折り返して来るという保証はありません。

何かがあってその日は戻れないということもあるかも知れません。

「すぐ助けを呼んで戻って来るつもりだけどね。もしもその日のうちに助けが来ないということがあっても、ここを動いたらダメよ」

「うん」

「万が一、その間に台風が来たりしたら、その時はテントを森の中に移して、台風が通り過ぎるまでじっとして待っているのよ」

「うん、わかった」

夏はいつ台風が来るかわかりません。

まして天気予報も知ることができません。

都会育ちの女子高校生二人と幼児とを無人の海岸に残して行くのも心配ではあります。

「夜は絶対に草むらの中を歩いたらダメよ、ハブがいるからね」

「はい、わかってます」

一応打ち合わせはして、あとは夜が明けるのを待って出発です。

この期に及んで、まだ私は水平線の向こうを見ていました。

時々小さな灯りが横切るのが見えます。

漁船が漁に出るのでしょう。

その度に、もしかするとうちの舟ではと、かすかに期待していたのでした。

 暗い水平線を見ながら考えていました。

もしも夫が最後まで帰って来なかったらどうなるんだろう。

牧場の住宅は、住み込み従業員とその家族のための管理棟なのです。

従業員が行方不明になったら、家族は退去しなければならないでしょうか。

もし、そうなった場合には、飼っている動物、ヤギ、ニワトリなどは誰かに引き取ってもらうことにして・・。

引越しの荷物整理だけでも一ヶ月はかかるだろうな。

転居先が見つかるまでは私が牧場の仕事をするという条件で管理棟に置いてもらうことにするか。

その後、いずれは親子3人で本土に戻る方がいいだろうか。

いやいや、しばらくは捜索を続けるから、この島の付近には滞在しないといけないのにどうしよう。

スーやんはどうなる?

父ちゃんと同い年だというのにまだ結婚もしていない。

気の毒に。

親御さんに何と報告したらいいんだろう。


・・・などと考えを巡らしていました。

夫が遭難したというのに何と冷静な判断。

あ、まだ遭難と決まったわけじゃないんですけど。

でも夜中まで待っても帰って来なかったので、もう助けを呼びに行くしかありません。

「夜が明けたらと思ったけど、村まで何時間かかるかわからないからもう出発するわね」

まだ暗いうちに焚き火の明かりで準備していました。

「おばちゃん、気をつけてね」

「うん、子どもたちを頼んだよ」

無人島から救援を求めに行くみたいです。

まあ、実際にそれに近い状態でした。

浜に残った私たちの方ももう食糧がないのですから。

水着の上に短パンを履いて、そのポケットに最低限必要な物を入れます。

テレホンカードと西表の知り合いの人の電話番号のメモを濡れないようにビニール袋にしっかりくるんで厳重にヒモで縛ります。

「おばちゃん、これを持って行って」

みほちゃんが非常用のビスケットを自分のカバンから出して来てくれました。

「これは非常用にあなたたちが持っていれば?」

「実は他にもお菓子を少し持っていたの。私たちの分もまだちょっとあるから」

「ありがとう、もらって行くね」

小さなビスケットのパックをポケットに詰め込みました。

泳いでいく私までも遭難しないとも限りません。

それにしても、さすがに女子高校生。

お菓子を忘れずにキャンプに携帯するなんて。

飲み水は持たなくてもいいだろうと判断しました。

来る途中に岸に滝が見えたのを覚えていたからです。

上陸すれば、滝と、海に流れ込む川があるはずです。

港からここまでにそんな川が2ヶ所くらいありました。

あとでそれは甘い考えだと判るのですが、この時には気付きませんでした。



足ヒレ、シュノーケル、水中メガネ、の三点セットを持ってザブザブと暗い海に入って行きます。

水深は腰の深さ。

海岸からあまり離れない距離で港の方向に向かって泳ぎ出します。

空は暗くても岸の方を見ると、山の輪郭が夜空にうっすらと見えています。

学生時代の水泳部の合宿では一日に一万メートルは泳いでいました。

記録を出すためにかなりのスピードで。

でも今はスピードよりも最後まで泳ぎ切ることです。



泳ぐうちにだんだん潮が引いて浅くなって来ました。

今日は大潮ではないので干潮になっても海面にリーフは現れません。

干潮時にリーフの上を走って渉るという作戦は使えません。

小潮だから朝の干潮は午前九時頃のはずです。

夜明け前に泳ぎ始めたから途中で膝下の水深になるかも知れません。

そうすれば海の中を歩けます。



泳ぎ続けるうちに夜が明けてきました。

この期に及んでもまだ時々後ろを振り返り、ボートが帰って来ていないか確かめていました。


どれくらい泳いでいたのでしょう。

いつの間にか空はすっかり明るくなって朝になっていました。

亜熱帯の夏の太陽は、日の出からすぐに高い位置に昇って照り付けてきます。

今までずっと岩場が続いていましたが、ここへ来て砂浜が見えてきました。

数十メートルに渡って白い砂浜が見えています。

上陸して休憩することにしました。

波打ち際に腰をを下ろし、みほちゃんにもらったビスケットをかじりました。

のどが渇いて水が飲みたくなって水を探しましたが、滝は大きな岩の転がった海岸よりずっと上の山の方にありました。

小屋ほどもある大岩をよじ登って水を飲むために滝の所まで行く気力はありませんでした。

目的地はまだまだ先です。



→遭難アドベンチャー その5につづく


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 遭難アドベンチャー その3



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遭難アドベンチャー その2からつづく


「そろそろアーちゃんたちが着く時間だ」

撤収して舟はまた川を下り、海に出ます。

今日はもう波も静かです。

大原港に着くともう高校生のアーちゃんとその友だちのみほちゃんが待っていました。

この二人とは数ヵ月ぶりの再会です。

春休みを利用して二人はアーちゃんのおばあちゃんを伴って遊びに来たことがあるからです。

おばあちゃんというのは私にとっては姑の姉にあたります。

つまり正確にはアーちゃんは私の夫の従妹、ではなくて従妹の娘です。

関係を説明するとややこしくなるし、親戚にはちがいないので、ここでは従妹ということにしておきます。

半分、いえ、十分の一くらいはフィクションですから。

千葉から羽田空港に、そして飛行機に乗り、石垣空港に着くとすぐ西表行きの定期船に乗り換えてここまで半日かけて来てくれました。

これで子どもを入れて7人の参加者全員そろってボートは出港です。

昨日は上陸をあきらめたウフバマに再度向かいます。

海面から突き出した四角いトウフ岩を通り過ぎ、時々見える小さな白い砂浜。

陸の上の方に滝が見えます。

1時間も乗っているとようやく目的地のウフバマ到着です。

「わあ、きれい!」

「ホントだあ、すごい、白い砂浜」

千葉や湘南の海岸の黒っぽい砂浜とはちがう砂の色です。

「海の色がちがうよね」

ボートはゆっくり岸に近づきます。

砂浜に乗り上げてしまうと後で舟を出す時に動かなくなってしまう可能性があるので、ある程度浅くなった所で繋留します。

今は小潮の時期なので干潮でも海は膝くらいの深さはあります。

リュック、魚を獲る道具、氷と缶ビールとペットボトルのジュースが入ったクーラーボックス、と次々に荷物を下ろして岸に運びます。

重いクーラーボックスも海面に浮かばせれば楽に運べます。

「ああ、自家用のボートで来ると楽だわ」

子どもたちは抱いて連れて来なくても、ひもの付いた浮き輪をはめて泳がせて引っ張ってやればこれも楽チンです。

定期船も通わない、道路もない、誰も来ない、この海岸は無人島のようなものです。

ここで魚や貝を獲って、毎日新鮮な魚介類の食事の食べ放題のキャンプが始まりました。

持参した食糧は米と調味料。あとは自給自足の予定でした。

人が来ない無人島のような海ですから、魚はたくさん獲れて食べ切れなくて困るくらいだろうと勝手に解釈していました。

それで食べる物はあまりたくさんは持って来ていません。

キャンプ3日目、明日はもう帰るという日になると食べる物が乏しくなってきました。

思ったほどには大漁というわけではなかったのです。

朝のご飯を食べるともう食糧がほとんどありません。

「海岸近くではそんなに大きな魚は獲れないな」

「もうお米もないよ」

「よしっ、沖に出て大物を釣って来よう。今日が最後のチャンスだしな」

こういうときもボートがあると便利です。

「スーやん、釣りに行こうや」

「おお、行こう、行こう」

「晩のおかず獲って来てね、待ってるよ」

「まかしとけ。カノカワの方に行ってみるかな。野菜のおかずだけ作っておいてくれ」

カノカワはここよりもっと西の岬を回った所にある、湾になっている場所です。

魚が集まりそうな所です。

気軽に二人とも上半身裸のまま、ボートは沖に出ると西に走っていき、すぐに見えなくなりました。

野菜のおかずと言っても材料の野菜がありません。

海岸のテントの後ろの森に野生のパパイヤの木が生えていました。

青いパパイヤの実は野菜として使えます。

川をむいて種を取り、千切りにして炒めて食べるのは沖縄ではありふれたおかずです。

あとはメインディッシュになる魚が帰って来るのを待つだけです。

「おじさんたち、遅いですね」

夕方になっても帰って来ません。

魚が獲れるまでは帰れないと思ってがんばっているのでしょうか。

それとも、獲れて獲れて喜んで調子に乗って獲り続けているのでしょうか。

どちらにしても夕方には帰って来るはずなのですが。

どうしたのでしょう。

浜辺にみんなで一列に腰を下ろして水平線を見つめていました。

「あ、あれかな」

「あの船かな」

海の向こうに船の影が見えます。

近づくかと思いきや、水平方向に通り過ぎて行って見えなくなってしまいました。

どこかの漁船だったのでしょう。

しばらくするとまた船の影が・・・。

これもちがいました。

何度も何度も期待してはがっかりすることの繰り返しです。

ついにまぶしい水平線に太陽が沈んでいきます。

海を見ていたみんなの顔が、空の色に赤く染まっていました。

「早く帰らないと暗くなる・・」

気が付くときりんがすぐ横で

「カアタン、オナカスイタ」

そう言いますが、食べる物がありません。

「パパイヤチャンプル(パパイヤ炒め)しかないよ」

砂糖と醤油で味付けしたパパイヤ炒めだけを少しだけ食べて日除けテントの下のブルーシートにコロンと転がって眠ってしまいました。

鉄兵も、おなかがすいた、と言ってきましたがやはりパパイヤ炒めしかありません。

食べて水を飲んで寝てしまいました。

すっかり暗くなってしまいました。

「おじさんたち、とうとう晩ご飯までに帰って来なかったね」

「うん、そうだね」

夜になってもまだ帰って来るのを待って海岸で海の向こうを見ていました。


遭難アドベンチャーその4につづく



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遭難アドベンチャー その2



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→遭難アドベンチャー その1からつづく


「スーやん」は父さんの高校時代の友人でプロのカメラマンです。

同級生ながら彼は独身。

身軽なこともあって、石垣に今まで何回も遊びに来ています。

登山やキャンプに慣れたスーやんがいっしょなのは心強いです。

牧場近くの海から荷物をボートに積んで西表に向けて我々家族とスーやんと出航です。

途中で波があれることも想定に入れて、ライフジャケットを着用。

と言ってもジャケットは2着しかありません。

本当は人数分ないといけないのですが、ルール違反はいつものこと。

舟から放り出されたときに一番心配な4歳の鉄兵にまず着せます。

大人用のジャケットは鉄兵の膝まであります。

もちろんゆるゆるです。

「これじゃすっぽ抜けちゃうよ」

海に落ちた時に脱げてしまっては意味がありません。

「よし、脱げないようにしっかり装着だ」

舟に積んであったロープでライフジャケットの上から胴体をぐるぐる巻きにしてしまいました。

「これで脱げないよ、安心だ」

なんだか簀巻きにされているようでもあります。

もう1着はきりんに着せたいところです。

でも2歳にもなっていない身体はあまりにも小さ過ぎます。

ジャケットは私が着け、きりんは私が背中にしっかり括り付けることにしました。

こういうことを考えてオンブ紐を持ってきました。

これで、もし海に落ちてもしばらくは親子で浮いていられます。

ライフジャケットさえあれば海岸近くまで泳いで進む自信はありました。

なんてったって元競泳選手。


デッキの上で簀巻き状態の男の子、小さい子を負ぶって日除けの手ぬぐい頬かむりの母親。

帽子は波しぶきとスピードのある風に飛ばされそうでデッキでは使えません。

甲板の端にいると、揺れたときに落ちそうで怖いので、舟の中央に寄って子どもとくっついて体育座り。

あれ、この光景・・・テレビか何かで見た覚えがある。

「ボートピープルだ」

かつて中国やベトナムから小舟に乗って亡命する家族は身を寄せ合って、こんな恰好だったとニュースや映画で見た記憶がありました。

おまけにうちで言うキャンプは汚れるのを覚悟で最初から汚い古い服装で来ています。

楽しいキャンプに行く途中なんですけどね。


「西表に近づいたぞー」

どうにか海を渡り切ったようです。

牧場からはすぐ目の前に見える西表島ですが、石垣島との間には石西礁湖と呼ばれる海峡があります。

「湖」という名が付いていますが、ここには北上する強い海流があります。

油断すると流されます。

西表では海岸線に沿って島の南に回ります。

石垣島とは反対側です。

定期船の出入りする大原港を右手に見てさらに海岸に沿って港や村から離れたキャンプ予定の無人の海岸に向かいます。

岩の岸が続き、時々小さな白い砂浜が見えます。

「あの浜?」

「いや、まだまだ先、もっと大きな浜だよ」

だいぶ港や集落から遠いようです。

「あれがトウフ岩だよ」

岸の近くに直方体の巨岩が見えます。

トウフのように四角い岩です。

「このトウフ岩まで来てやっと半分かな」

「これじゃ子連れで歩いて来るのはきついわ」

もしこのボロボロの恰好でそうしていたら、満州から命からがら引き上げて来た親子に見えていたでしょう。


ようやくこれがそうでは、と思われる白い長―い砂浜の海岸が見えました。

「これがウフバマね」

「そうだけど・・・・・」

うれしそうじゃありません。

「上陸できる?」

「ダメかも知れない」

先週の台風の余波で波が荒れています。

もう1日経てばもう少し静かになったかも知れませんが今は岸に白い波が打ち寄せているのが見えます。

「もうちょっと近づいて見るか」

「気を付けてね」

舟はスピードを落として上陸する予定の海岸にゆっくり寄って行きます。

岸はすぐそこになりました。

波は近くで見るともっと大きく荒く、このまま進んだら舟が転覆するか制御不能で岩にぶち当たるかだというのは素人の目にも明らかでした。

「こ、こわい」

「もどろう」


せっかく目的の浜まで来て、岸まであと数mという所まで近づいたのですが、ここは安全第一です。

命あってのモノダネです。

ボートは海岸に沿って元来た方向に引き返すことになりました。

港の近くまで来て、舟はまたゆっくりスピードを落としていきました。

千葉から来る従妹の高校生のアーちゃんとその同級生のみほちゃんは1日遅れて到着の予定です。

明日、西表の港まで来てそこで待ち合わせる計画です。


「どうせ明日はアーちゃんたちを大原港に迎えに来なきゃいけないんだ。いっそ今日はどこか港の近くで泊まることにしよう」

と言っても、民宿に泊まるとか、船着場のベンチとか、そういう文明の匂いのする所に泊まるはずがありません。

キャンプ家族ですから。

「どこか波の静かな・・・・」

「浜?」

「川だ」

舟は港に近い川に入り、静かに遡って行きました。

上流に行くと川幅は狭く、両側は木に囲まれて緑一色になりました。

「ここがいい、今日のテントを張る所」

舟を岸に付けて上陸すると林の中はほぼ平らな場所です。

「木陰で涼しそう」

さっそくいつものようにテントを張ってキャンプの準備です。

海で魚を獲って食べるのは、明日アーちゃんたちと合流してからのお楽しみとなりました。

川辺でのキャンプもなかなかいいもんです。

テントを張るとさっそく子どもたちは川でのお遊びです。

まだ一人で歩けないきりんは岸の木に捕まらせて水に入れ、水遊びの好きな鉄兵は岩の上を流れる川を滑り台のように流されて喜んでいます。

何度も水中滑り台を繰り返して遊んでいます。

きりんも浮き輪にはめて流れの静かな淵に浮かんで喜んでいます。

お腹が空くと上がって来て昼食を取り、休む間もなくまた川で遊びたがる鉄兵。

室内でパズルや絵本ばかりで過ごしていたのと同じ子どもとは思えません。

やはり自然の中で遊ぶのは楽しいのでしょうか。

暗くなりかけてやっと上がって来ます。

夕食を食べて焚き火のオレンジの火を見ているうちにおとなしくなったと思ったら、いつの間にかテントに入ってタオルケットにくるまって眠っていました。

「あら、もう寝ちゃった」

「川で長いこと遊んでいたからね、疲れたんだろう」

「まだ8時よ」

いつもなら宵の口、でも林の中のキャンプでは暗くなったら眠くなるのです。

原始人には昼夜逆転はなかったことでしょう。

林の中は木に囲まれているので日陰ですが風がなく、そういう場所は夜になると天気によっては困ることがあります。

ブヨの襲撃です。

蚊より小さく、でも刺されると猛烈に痒くなります。

眠っていられません。

雨が近づくような蒸し暑い夜に大量発生して人間を襲います。

頭の中、首筋、手、足と衣服から露出している部分すべて攻撃の対象になります。

「か、痒いヨー」

もがいても何しても襲われ続けます。

「寝袋に入れ」

肌を露出しないように靴下を履き、タオルで頭や首をガードして寝袋、タオルケットなどに潜り込んでいるしかありません。

子どもたちも寝袋に頭まで押し込んで多少息苦しいのもガマンです。

夜半過ぎにはブヨの大群の襲撃は終わったようでした。

翌日はまた、お腹が空いてご飯を食べに上がって来る以外はずうっと川遊びです。

健全な子どもの生活です。

このまま川のキャンプをしていたら、安全で楽しいバカンスだったはずなのに。

ああそれなのに、それなのに・・・。


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→ひ弱な野生児 その10からつづく


お昼寝がいやで鉄兵は保育所をやめてしまいました。

また牧場で一人で遊ぶ毎日です。

妹のきりんは外で遊ぶのが好きなのでよく海に二人を連れて行って遊ばせました。

牧場から歩いて五分、誰もいない珊瑚礁の白い砂浜は子どもが遊ぶのにはもってこいの場所です。

遠浅で波も静かなので小さい子でも安心です。

「毎日海で遊びたーい」

そうでしょう、海岸では、泳がなくても砂浜で遊ぶだけでも気分が晴れます。

室内ではすぐきょうだい喧嘩が始まるのに、海に来るとどうしてこんなに和やかに何時間も遊べるのでしょう。

毎日、一日中海で過ごしたいと言えば、そうです、海岸のキャンプです。


「今年はウフバマにキャンプに行くぞ」

またキャンプ好きの仲間が集まって、今度は西表の無人の海岸でのキャンプです。

「鉄兵もきりんも連れて行ってやりたいな。いっしょに行こう」

「ウフバマへ?」

「そう、ウフバマの海岸」

「む、無理よ」

西表島の南海岸でウフバマというところがあります。

漢字で書くと「大浜」となるようです。

道路がありません。

もちろん電気もなく近くに人は住んでいません。

「大浜」というだけあって何㎞にもわたってきれいな白い砂浜が続きます。

ここへ行くには、港から手前の海岸道路の終点まで車で行って、そこからは約5㎞のごつごつした大岩の上、道なき道を何時間も歩いて行きます。

そうでなければ大潮の干潮の時に潮が引いた一時間くらいの間に海の中に現れる珊瑚礁の道を急いで歩いて渉るしかありません。

月に二回の満月と新月の大潮の時は干満の差がはげしいので、干潮時には珊瑚礁の「リーフ」と呼ばれる地面の盛り上がりが海面に露出して、海上に歩ける道が出現します。

この道なら歩きやすく荷物を持っても楽に通れます。

でも干潮の間に通り終わらないと潮が満ちてきて道は海中に没します。

どちらにしてもまだつかまり立ちが出来る程度のきりんと4歳の鉄兵の歩ける行程ではありません。

「船で行くんだよ」

「チャーター?」

西表の港から小さいエンジンつきボートを頼んで川を登ってキャンプに行ったことは何回もありました。

ウフバマ海岸にでもお金を払えば送ってくれます。

「いや、金がかかるだろ、うちのボートでだよ」

これより十年以上前ですが、中古のレジャーボートを買って牧場の近くの海でよく釣りをしたりして遊んだことがありました。

小型船舶の4級免許も持っていたカウボーイなのでした。

でも最近はあまり舟を使うことがありませんでした。

「西表まで行って大丈夫なの?」

「うん、さっそく来週はO橋君が遊びに来るだろ。

彼とオレとでまずは試運転だ」

O橋君というのは数年前に牧場に実習生で来た後輩です。

その後もここが気に入って毎年のように遊びに来ています。

4級小型船舶の免許では外洋に出てはいけないことになっています。

海岸から何㎞以上離れないという条件があります。

石垣から西表までは途中に竹富島、小浜島があります。

できるだけそれぞれの島の海岸から離れ過ぎないように気をつけて、島伝いに進んで行けば問題はないということです。

男二人なら何とかやっていけるでしょう。

O橋君たちを送り出して数時間後、港から出る高速船に比べるとずいぶんと時間がかかりますが、無事に西表島の海岸に着きました。

O橋君のケイタイから

「西表に着いたよー」

という声が聞けたのは感動でした。

二人がウフバマから無事に帰って来ました。

「いやあ、自家用の舟で行くのは快適だな、荷物もたくさん持って行かれるし。なにしろ電気も何もない無人島みたいな海岸で、冷たいビールが飲めるんだから。マイボート最高!」

石垣から自分の舟で行くというので、アイスボックスに氷の塊と缶ビールを入れて運んで行ったのです。

4~5日なら大きな氷の塊も溶けずにあります。

そりゃ楽しかったことでしょう。

「そうだ、来月は、和歌山のスーやんと、千葉の従妹のアーちゃんたちも来るんだ。」

「そうだったわね」

「みんなでオレの舟で行こう。楽しいぞー、ワッハッハッハ」

そうです、楽しそうです。

これがあの恐ろしい遭難キャンプになるとは誰が想像できたでしょう。


遭難アドベンチャー その2 につづく

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