ひ弱な野生児 その1



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カウボーイ募集中 その6からつづく

野鳥さんが来てくれたおかげで私も楽になって来ました。

ちょうど妊娠したことがわかった時だったので本当に助かりました。

暑い季節が来てお腹が大きくなった私はカウガールの仕事がだんだんきつくなってきました。

やせっぽちで寒がりだった私もお腹にいつもカイロを入れているみたいに

「暑い、暑い」

を連発していました。

仕事の合間の休憩時はクーラーの冷気を直接受けて体を冷やしていました。


牛舎の牛にエサをやるのも、一苦労です。

飼槽(コンクリート製のエサ箱)に新しいエサをやる前に、前回のエサの喰い残しを取り除き、竹ぼうきできれに掃くという作業があります。

普段はどうということもない軽作業なのですが、身重の時はこれが辛い。

特にかがんで飼槽の中の草の残りなどを拾うのが大きなお腹の身には苦しいのです。

「ふーっ、ふーっ」

「何やってるんだよ、早くやれよ」

「やってるわよ」

「モタモタしないで、もっとパパッとやれよ。ホウキで早く掃いてくれないとエサがやれないだろ。サッサとやれ、サッサと」

「ん――ん、もう頭に来た、もうこんなのいやだ!カウガールやめたっ!」


男である夫には妊婦の辛さがわかりません。

そういう私も以前は、つまり妊娠前にはこういうことが全然わかりませんでした、

妊婦さんが、ただ坂道をゆっくり歩いているだけなのにフウフウ言って、息が上がっているのを見てふしぎに思っていました。


(そんなにキツイかなあ、体重が3~4kgくらい増えただけでしょ)
とか、(普段からよほど運動不足なんじゃないの?)

くらいにしか思っていませんでした。

今もしそう思っている人がいたら1度妊娠してみるとわかります。

体重が重くなった、お腹が太った、だけではないのです。

体内にもう一人人間がいるのです。

胎児はへその緒を通じて呼吸しているわけです。

つまり妊婦は二人分の呼吸をしているのと同じです。

安静にしていても軽い運動をしている時と同じくらい酸素を使っているわけです。

それが運動をするとなればもっと酸素が必要になってちょっと動いてもハアハアしてしまいます。

おまけに平素から低血圧で貧血だった私は、お腹が大きくなってからは座っているだけで肩で呼吸するくらい息が上がって、酸欠状態でした。

これでエサやりの仕事をすれば、空気の薄い高地で動くみたいなものです。

それなのに「サッサと動け」などと言われたのでプッツン来てしまいました。


「来週の東京行きの切符 予約したから」

「ええっ?出産予定までまだ3ヶ月以上あるよ。だいぶ早くないか?」

「いい、少し早めに飛行機に乗らないと心配でしょ」

「まあ、そうだけど」


出産予定日まで1ヶ月未満の妊婦が飛行機に乗る場合、医師の付き添いがないと搭乗を断ることがある、と航空会社の

案内には載っています。

機内の気圧の変化で産気付いて、最寄の空港に緊急着陸、とか機内で出産となったらタイヘンです。

横浜の実家で出産を希望していたので早めに移動することにしました。

カウガールでこき使われる牧場から脱出です。


高齢出産で不妊治療の末にやっとできた赤ちゃんです。

二度目はもしかするともうないかも知れないと覚悟していました。

だから大事を取って、病院に近く、便利のいい実家に行って出産することにしたのです。


もう一つの理由は、離島でしかも牧場があまりにも僻地だから、ということです。

具合が悪くなっても野中の一軒家です。助けを呼べません。

救急車に来てもらうとしても離れた消防署から救急車は来るのです。

しかも病院まで20㎞。

出産後も近所の家のない牧場で夫婦だけで赤ちゃんを育てるということになるわけです。

初めての子育てで何もわからない新米の母親としてはちょっと不安だったのです。


一人で飛行機に乗ることになりました

預け荷物の中にベビーベッドがあります。

石垣島の知り合いがお下がりのベビーベッドをくれたので、産後すぐ使えるように実家に持って行くことにしたのです。

宅配便で送ると梱包や送料がめんどうですが、乗客の手荷物ならタダです。


「じゃあね、行って来るね」

「ああ、気をつけてな、元気な子をブリッと産んで来いよ」

「プリッと産んで来るわ」

行きは一人で飛行機に乗って、帰るときには赤ちゃんと二人になって帰ってくるのです。

「人間を増やして帰って来るなんて女は偉大だ」

妊娠したくても不可能な夫はつぶやきます。



離陸して数時間後には折りたたんだベビーベッドを荷物といっしょに持った私は羽田空港に降り立っていたのでした。

実家で世話になりながら出産の日を待ちます。

年末のはずの予定日が近づいても兆候がありません。

高齢出産のためでしょうか、


「全然陣痛もないし、子宮口も固いなあ。帝王切開にしましょうか」

「え!自然分娩は無理なんですか?」

「ううううん・・・それじゃあもう少し様子見ますかね、」


結局年内には陣痛も来そうもないようなので年明けてから入院して帝王切開することになりました。

「プリッと産むつもりだったのになあ」

「仕方ないさ、年明けたら時間作って子供の顔見に行くよ」


大晦日の朝になってついにその兆候が始まりました。

まだまだ先は長くなるでしょうが、一応その日に産院へ。

入院はしたものの、陣痛らしい陣痛も来ないし、子宮口も開かないし、お産は始まりません。


「こりゃ、やっぱり年末年始の休診日が開けてから帝王切開ですね」

「は、はい、よろしくお願いします」

産院で様子を見ながら年越しすることになりました。


元旦の食事はきれいなおせち料理。

「わあ、正月に入院というのもラッキーだったかな、フフフ」

などとのんきに暇そうにしていましたが、夜になると何度もトイレに行くことになりました。

妊娠中は便秘になる人が多いようです。ホルモンの関係か、運動できないせいか知りませんけど。

トイレに行ってどんなにがんばっても解消しません、便秘。

「ウ――ン」

苦しいものです、便秘。

赤ちゃんだけでなく、ウ○コまでプリッと出てくれません。


何度も大きいお腹でベッドを上がり下りしているうちに、

「パシャ」

あれ!・・・もしかして・・・破水?

すぐにナースコール。

「あらら、破水しちゃったのね。お腹に力入れたんじゃないの?できるだけ動かず安静にしていてね。破水は一度始まったら止めることはできないから」

さっきまでなかなか出て来なかったのを無理に出そうとしていたのは、ウ○コではなくて胎児だったのでした。

どうなっちゃうんでしょう。

助産師さんは宿直でいてくれましたが、帝王切開となれば執刀は医師でなければなりません。

「困ったわねえ、先生は今夜の産婦人科仲間の新年会に出かけられたのよ」

「えええっ!」

携帯電話が普及する前のことです。

お腹に心電図を見る線を着けられて監視体制に入りました。

「微弱な陣痛がある度に胎児の心音が弱くなるのが気になるのよねえ」

「何か異常でも?」

「そうかも知れないけど・・」


早く帰って来てくれないかな、先生・・・。

ひ弱な野生児 その2につづく




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カウボーイ募集中 その6 冷凍された恋人



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→カウボーイ募集中 その5からつづく

新しく来た「野鳥さん」はここの牧場の生活が合っていたようです。

ヨシダさんが辞めたあとの宿舎に入ってもらいました。

そこはデスク君が3日間過ごしていった部屋でもあるのですが。

実はヨシダさんが牧場に就職してから、古い倉庫を改造して人が住める小屋に作り直したのです。

牧場の住人が協力して自分たちで地面を掘ってパイプを通し、水道を引きました。

ブロックとセメントで流し台を作りプロパンガスのコンロ台も作って台所にしました。


このトタン屋根の倉庫、窓やドアは手作りなのでアルミサッシのように密閉はできません。

隙間だらけなのがかえって夏場は涼しく、時にはフクロウなどの野鳥が飛び込んで来ることもあります。


「野鳥さん」この小屋がすっかり気に入ったようです。



「ねえ、前から聞きたかったんだけど、どうして前の会社辞めてここに来たの?」

「一番の理由は、満員電車が耐えられなかったんです」

なるほど、都会の通勤ラッシュ時の混雑はすごいですからね。

この石垣島も街中はある程度車も人も行き交ってにぎやかですけど、牧場まで来れば人混みとは無縁です。


野鳥さんは、野鳥だけでなく野生生物一般や天体観測にも興味がある人でした。

この地域にしかいないカエルや虫の声に聞き入ったり、季節には浜辺でウミガメの産卵を調査したり、晴れた夜はは星の観察と、ここの環境は彼の趣味を満喫するのに最適でした。

夜は外は街灯も近所の家もなく真っ暗ですから星の観察には最適です。


体力も人並みにあるみたいだし、夜逃げはないでしょう。


野鳥さんが来てくれたおかげで私も少し楽になりました。

野鳥さんが来てすぐに私の妊娠がわかって、ヒロシ君にも無理を言って、あと一人従業員が見つかるまでもう少し長く働いてもらうことにしました。


「野鳥さん、本当に鳥が好きなんですね」

「ハイ」

寡黙な野鳥さん、必要なこと以外ほとんど話しません。

「人間と鳥、どっちが好き?」

「鳥ですね」

時々道路で車にはねられて倒れている野鳥の死骸を見つけることがあります。

そういう時は必ず拾って帰って野鳥さんにプレゼントします。

普段はあまり笑わない野鳥さんもその時だけは実にうれしそうです。

「それ、どうするの?」

「観察します」

野鳥さん、恋人のように鳥の死骸を優しく抱いて、柔らかい羽をなでています。

「観察した後は?」

うちの野生児の「カシラ」なら焼き鳥にして食べるというところです。

「しまっておきます」

「腐っちゃうよ」

「大丈夫です、冷凍しておきますから」

というわけで、野鳥さんの部屋にある冷蔵庫の冷凍室は野鳥の死体で一杯です。

「溜めておいてどうするの?」

「時々出して眺めます」

「それで抱いて寝たりするの?ククク・・・」

「そういう時もありますね」

へ?

変わった人です。こういう純粋な人はこの牧場ではからかいの対象になります。

「あのさあ、チベットの方では、鳥葬っていうのがあるんだって」

「はい、聞いたことがあります」

「人が死ぬと山の上に亡骸を置いて、その肉を鳥に自由に啄ばんでもらうんだってね」

「ええ」

「どう?そういうの、鳥が大好きなら自分もそういう葬式にしてもらいたい?」

「そうですね、いいですね」

はあっ?まじめな顔して言わないでよ、野鳥さん。



野鳥さんは自然やアウトドア以外にはあまり興味がなく、娯楽やオシャレにお金も使いません。

「東京の会社ではいいお給料だったんでしょ。こっちの方が給料安くて困らない?」

「東京にいた時より給料は半分くらいになりましたけど、貯金は東京にいた時より多くできますね」

そうかも知れません。ここではお金を使うことがないからです。

店も、自動販売機さえないのです。



野鳥さんの部屋にはテレビもありません。

「テレビ見たくないんですか?」

「はあ、別に」

ラジカセはありました。CDもいくつか置いてあります。

「どんな音楽聴いているの?」

CDを見てみると、

『日本のカエルの声全集』

『クジラの歌』

『日本の虫の声、スズムシ、コオロギ、クツワムシ、ウマオイ、・・・』


「何だ、これ・・・動物の声ばっかり・・・」


その時、部屋の中を鳥か何かがスーッと飛んで行きました。

「!・・・今の何?」

「フクロウですね」

「飼っているの?」

「自然に入ってきて居ついたのでそのままにしてあります」

「かわいいの?」

「ええ」

うれしそうです、野鳥さん。長く住んでいてほしい人です。



次回につづく


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カウボーイ募集中 その5 趣味は野宿(?)



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カウボーイ募集中 その4からつづく


デスク君に夜逃げされてしまいました。

「逃げられたよー」

「夜逃げだ、いや、昼逃げだ」

「それはどうかな。気が付いたのは昼間だけど、夜中のうちか明け方に逃げたのかも知れない」

「そんなにいやだったのかな、牧場の仕事」

「いやなら就職希望しないだろう。体が続かなかったんかなあ」

「まだ石垣島からは出てないはずだよ」

「車で逃げるったって今日はフェリーは出ないぞ」

石垣にフェリーが入港するのは週1~2回でした。次に入港するまで数日間ありました。

「港で待ってたらやって来るぞ、きっと」

「止めとけよ、そんなにいやな者を無理に引き止めても仕方ないだろう」

「そうだね」

夜逃げと言っても牧場にとって実害があったわけではないのです。

金品の持ち逃げをしたわけではないですし。

デスク君にしても3日間分の給料をもらわずに行ってしまったし、石垣までのフェリー料金を払って来た上に、また帰るフェリーの切符を買うわけです。

厳密に言うと、石垣に来る往路分のフェリー代に相当する額のお金は、本社から支度金として給付されていたのでした。

でも引越しにもお金はかかったでしょうし、デスク君としては何も得はなかったのでした。

本社は支度金を払ったのが無駄になってしまいました。

これは面接した本社の役員がデスク君の体力を見抜けなかったためと思うしかありません。

雑誌の募集広告に美辞麗句並べ立てたせいではないと信じてます。




「今頃どうしてるかなあ」

「港の近くにいたら見つかると思って車でグルグル逃げ回っているのかな」

「次のフェリーが出るのは来週だな」

「それまで港からなるべく遠い民宿にでも泊まってるんじゃないか」

「どっちにしても車を持って島からは出られないよ」

牧場の者も牛のエサを買いに行ったり、セリ市場に牛を出荷するための申し込みに農協に出かけたり、と何日に1度かは街に行きます。

どこかで会うかも知れないのです。

見つかるのを心配して、フェリーが出航するまでハラハラして隠れているのでしょうか。



「そうだ、履歴書の連絡先っていう欄に実家の電話番号が書いてあったな」

「電話してみよう」

デスク君のお母さんが電話に出ましたが何も聞いてないそうです。

かえって心配させてしまいました。


翌週にはフェリーが入港していました。たぶんこの船に車を積んで帰って行くのでしょう。

あとで牧場の宿舎をよく見たら、デスク君に貸した牧場の作業用のツナギ服がありません。

ふつうなら出て行く時に脱ぎ捨てて行くはずです。

おそらく、夜中か夜明け前に目が覚めて、着替える間もなく慌てて車を出して行ったのでしょう。朝のエサやりの時刻が来る前に。

思えば気の毒なデスク君です。

前の会社は辞めてしまい、家財道具と希望と夢を持って、正社員で雇ってもらうことになって喜んで来たのに。

わずか三日で夢破れて夜逃げせざるを得なくなったのです。

どんな傷心の思いで牧場を出て行ったのでしょう。


ちょうどデスク君が到着した日に産まれた子牛がいました。

記念に、とデスク君の名前を子牛に付けてやりました。

でもこの子牛はなぜかひどい虚弱体質で、1ヶ月もしないで死んでしまったのです。

名前のせいではないと思いますが。


デスク君と同じ頃に、本社で面接した人がいました。

ヒロシ君は旅の途中で、従業員の決まるまでの間だけ、という約束でしたから、本来ならデスク君とこの方と二人の従業員に来てもらう予定でした。

東京の人で会社勤めをしていたのですが、動物が好きで野外活動にも興味のある人です。

今度は大丈夫でしょうか。

履歴書を見ると、動物の専門学校を卒業していますし、馬の牧場で働いた経験もあるようです。

あとで聞きましたが野鳥の会にも入っているそうです。

趣味のところに「野宿」と書いてあります。

野宿ですよ、野宿

キャンプでなく野宿・・・。


デスク君のフェリーが出て行って、入れ替わるようにその人は来ました。

車は持って来ていません。

衣類や本などの荷物は事前に宅配便で送って来ていました。


「どうぞ、よろしくお願いしまーす」

(どうか今度こそ逃げられませんように・・・))

「あ、はい、はじめまして、よろしくお願いします」

デスク君のことは言わないわけにはいきません。どうせいずれ分かることでです。

「もう一人従業員が来ているはずだったんですがね・・・」

「そうだと聞いていました。もう働いていますか?」

「実は、先週来たんですけどね・・・今はもういないんです」

「は?」

「着いて三日で夜逃げしちゃったんですよ」

 「え・・・!!・・・」 

「野鳥の会」の新人従業員の方、口を開けたまま固まってしまいました。

デスク君が体力的に無理だったことなどすぐに説明しました。

理解してもらったとは思いますが、「野鳥さん」にとってはだいぶショックだったようです。

「あなたは夜逃げしないでくださいよ」

「ええ、まあ、夜逃げはできませんねえ」

それはそうです。

車を持っていませんし、送って来たたくさんの荷物を持って徒歩では逃げられません。

それとも山へ逃げて「野宿」するでしょうか。

いえいえ、牧場の生活や仕事はそんなに辛いことばかりではありません。動物や自然が好きな人ならきっと気に入るはずです。


カウボーイ募集中その6につづく



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カウボーイ募集中 その4 夜逃げだあ!



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→ カウボーイ募集中その3からつづく




やっと来てくれます、新しい従業員。

フェリーが到着しても迎えには行かなくても済みそうです。

自前の車に荷物を積んで自分で運転して来るのです。

港からの道順を電話で説明してありますから信号もなくほとんど一本道、迷うことはないでしょう。


新米カウボーイ君、若くて身なりもきちんとした人でした。

ワンボックスカーにどっさり積み込んだ荷物。

当時は本土から車を積んで石垣まで来るフェリーの便がありました。

車1台に付き、運転手一人分の運賃は無料でした。

車にできるだけ荷物を積んでくれば引越し料金の節約になります。

車の運搬料金はかかりますが、飛行機代も今ほど安くはなかったのでフェリーの利用はお得でした。




「はじめまして、よろしくお願いします」

「こちらこそ」


ずいぶんと腰の低いおっとりとした方のようです。


「すごい荷物ですね」

「アパートは引き上げて来たものですから」

完全に移住するつもりですね。

「ずいぶんと田舎で驚いたでしょう」

「そうですね。ところで自動販売機はどこにありますか?」

「販売機?」

「はい」

「・・・・・・・」

ヒロシ君と私は顔を見合わせてしまいました。

「販売機なんかないですよ」

「ない?・・・ないんですか?!」

「ジュースの自販機ならここから4km行ったところに村があってそこの小さな売店の前にあります」

「ハァーッ?!・・・4km?!」

「タバコはその売店に売ってますが夜は閉まっちゃいます。タバコを自販機で買うなら隣の村まで行かないと」

「そうね、ここからだと10kmはあるかな」

「・・・!・・・ジ、ジ、ジュ、・・・10km・・・!!・・・」

新米君、固まっています。

「あれ?面接のときにオーナーから聞いてなかったですか?」

「・・・は、いえ、田舎で不便とは言われてましたけど」

新米君、急に表情が暗くなったような・・。

いや、すぐ慣れるでしょう。


「さっそくですが、見学をかねて見回りに行ってもらいましょう」

「・・・ハイ、着替えて来ます」

「これを使ってください」

牧場に備え付けのデニムのツナギ服を貸してあげました。Mサイズですが細身の彼なら入るでしょう。

車の荷物を下ろすのは後回しにしてまずは明るいうちに牧場を見てもらいましょう。

見回りに付き添うのは私です。


放牧場は丘を開墾して作られたので斜面を上り下りしますし、放牧場の中には林も池もあります。

海も見えるし、ゆっくり散歩するにはいい景色です。


歩き出して何分も経たないうちに新米君、息があがってしまいました。

「ハァッ、ハァッ、・・・」

「だ、だいじょうぶですか?」

「ハァッ、ハァッ、・・・ハ、ハイ・・・」

「どこか具合が悪いんですか?」

「いえ、ボク、ハァッ、・・・今までずっと、・・・ハァ、ハア、・・・デスクワークばかりだったもんですから・・・ゼェ、ゼェ、ゼェ・・・」


あれれ、まだ何も仕事してないのに息も絶え絶えですねえ。

続くかなあ・・・。


午後は牛の群れを追う仕事でした。

新米カウボーイ君、ここでは仮に「デスク君」と呼ぶことにしておきましょう。

デスク君は群れの真横について牛たちと平行に走る役だったのですが、ずっと遅れています。

群れの移動が終わって牛舎で落ち着いたころヨタヨタとたどり着きました。

「遅いぞ、もう終わっちゃったよ」

「・・・すみません・・・ ゼェー、ゼェー ・・・」

「本当にだいじょうぶなの?心臓かどこか悪いんじゃないの?」

「いえ、どこも悪くないです。運動不足だっただけです」


トラックで乾燥草の梱包を運ぶ時もただみんなが通ったあとからついて来るのがやっとでした。


その後何の仕事でも力が出ず、ヘナヘナになっているようです。


原則としてこの牧場では食事は各自が自炊です。

独身男性のカウボーイは簡単な物を作って食べています。

夜になって、疲れ切ったデスク君、どうしているかと、彼の部屋に行ってみました。

そこは私たち家族用の住宅から一番遠い建物です。部屋の前に停めたワンボックスカーには荷物がまだ入ったままです。

荷物を下ろす余裕もなかったみたいです。

車内には布団や着替えの入ったケースが見えます。

その他に、ゴルフバッグ、衛星放送のアンテナや釣り道具も見えます。

仕事の合間にゴルフや釣りを楽しもうと思っていたのかも知れません。

でも今はとてもそんな状態ではありませんね。



部屋は明かりは点いていますが静かです。

「どうですか?ご飯は食べましたか?」

何か作って持って来てあげようかと思って声をかけましたが返事がありません。

具合が悪いんでしょうか。

そっとドアを開けてみると、部屋に上がったまま倒れこむようにして作業着のまま眠っています。

よほど疲れたのでしょう。

晩ご飯も食べていないようです。

車から小さな電気炊飯器とわずかな食器とタオルケットだけは部屋に置いてありました。


「ご飯、食べませんか?」

「・・・、ん?・・・んん、んん、・・・」

バタッ。

ちょっと目を開けて頭を起こしましたがまた寝てしまいました。

布団も敷かずに。

いえ、布団はまだ自分の車の中に置いたままです。

無理に起こすのもかわいそうなのでそのまま寝かせてあげました。



翌日、朝のエサやりの時刻になってもデスク君は起きてきません。

昨日の疲れで起きられないのでしょう。

「すみませんが仕事の時間なんで起きてください」

「ハ、ハッ、ハイ!!」

呼びに行くと、デスク君、目を覚まして飛び起きました。

昨夜見たのと同じ作業服のままです。

二日目は前日にもましてヨタヨタのヘロヘロでした。

彫りの深い顔に濃い眉毛、色白のデスク君、会社ではモテたかも知れません。

今は顔色はよくないし、目の下にクマができてしまっています。


夜になって歓迎会をかねてみんなで食事です。

二日目もまだ同じツナギ服の作業着です。

着替える体力も残っていないのかも。

飲みながら打ち解けて話そうとするのですが、デスク君、元気がありません。

「スミマセン、ボク、お役に立てなくて・・・」

「いや、最初は誰でも慣れないから。そのうちにできるようになるさ」

「スミマセン、・・・本当にスミマセン・・・スミマセン・・・」

デスク君、なんだか涙ぐんでいるようです。


1人前に働けないのが申しわけなく、歯がゆくて泣いているのだと誰もが思っていました。

「また明日からがんばろうな」

「・・・ハイ、スミマセン・・・スミマセン・・・」



翌日もやはり朝のエサやりの時刻には起きて来ません。

「かわいそうだな。疲れているみたいだし、もう少し寝かせてやるか」

しかし昼になっても起きてこないようです。

「様子を見てくるわ」

部屋に行くとデスク君は部屋にいません。

出かけているようです。

タバコかジュースの自販機を探しに行ったのでしょうか。

それともインスタント食品を買いに言ったのでしょうか。

「一言くらい言って出かければいいのに」

ここの牧場ではプライベートタイムであっても、出かけるときには必ず誰かに言ってから行きます。

牧場内でハブに咬まれて動けなくなったとか、街に行って来る途中で車が故障したとしても誰も気付きません。

携帯電話がなかった当時は、連絡のつけようがありませんでしたから。

5km四方に公衆電話もなければ滅多に他の車も通りません。

僻地で生活するにはそれなりのルールがあるのです。


都会の会社勤めを辞めて仕事しながらリゾート気分で暮らすはずだったデスク君。

牧場のカウボーイ仕事に疲れて、黙って街へ行って気分転換しているのでしょうか。

もしかして

『続きそうもないから今月で辞めさせて』なんて言ってきたら何と言って引き止めるべきか、を考えていました。


夕方近くなってもまだ戻ってきません。

「夕方のエサやりに間に合わないじゃないの」

部屋に入ってみてブツブツ言いながらぼんやり見ているうちに気付きました。

あ、炊飯器がない!

タオルケットもない!

旅行カバンもない。

車からデスク君が下ろしたいくつかの品がなくなっているのです。

元々殺風景な部屋でしたが彼の自前の荷物が一切ないのです。元からあった古い小さなテーブルなどはそのまま置いてあります。


ということは・・・・・・・・





「夜逃げだあっ」 


いえ、昼間ですから「昼逃げ」と言うんでしょうか。

昼でも夜逃げとはこれいかに。

なぞ掛けをやっている場合じゃありません。

逃げられたー。


→カウボーイ募集中 その5につづく



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カウボーイ募集中 その3

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カウボーイ募集中 その2からつづく


広い牧場のカウボーイと言うと、どんな仕事ぶりか想像してみてください。

業務の中心は朝夕のエサやりと放牧牛の管理です。

中にはこんな風に思った人はいませんか?

      
    ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


  牧場の中の事務所で暇そうにタバコを吸っている放牧牛の管理人、つまりカウボーイ。

  壁には放牧場の地図が貼ってある。

  大きなガラス窓からは緑の放牧場と点在する牛たちの姿が見渡せる。

  丘の上にまで牛は草を食べながら歩いて行っている。

  草の上に散っている牛たちとその向こうの珊瑚礁の海とをぼんやりと眺めていた。

  時計を見てカウボーイはおもむろに立ち上がり、帽子をかぶった。

  散歩がてらに外の見回りに行く時間だ。

  牛の群れの方に向かってゆっくり歩き出す。

  一通り点検して帰って来てノートにチェックを入れる。

  何も異常がなければこれでその日の勤務はおしまい。

  しかし今日は具合の悪そうな牛がいた。

  牛舎に連れて来て様子を見なければ。

  無線で従業員を呼ぶことにしよう。
 
  ロープを持って走ってくる従業員。

  「あの牛だ、すぐ捕まえてくれ」

  「はい、わかりました」


    ・・・・?・・・・



ちがう、ちがう。


ロープを持って走って来て牛を捕まえるのは、ア、ナ、タ。

カウボーイです。



カウボーイ志望の紳士は、カシラに案内されて牧場や牛舎のエサやりを見学していました。

夕方の仕事が終わり、私たちはセメントまみれの軍手も長靴も脱いでやっと開放されます。

夜はお近づきの印に牧場のみんなといっしょに飲みながら食事をしようということになりました。

あまり変化も刺激もない牧場のカウボーイたちの暮らしですから、こんな時は楽しみなのです。


「どうですか、牧場に来て見ての感想は」

「はあ、・・・・・・」

「広いだけで何もない所でしょ」

「はあ、・・・・・・」

「やれそうですか?牧場の仕事」

「いやあ、・・・・・」

「想像とちがいましたか?」

紳士の真新しいポロシャツにいい生地のチノパンツに真っ白いソックスは牧場の官舎の古い畳には不釣合いに見えました。

「昼間、ここへ来たとき、みなさん作業なさってましたよね」

「ああ、セメント練ってた仕事ね」

「アレを見て、やっぱり僕には無理だと直感的に思いましたよ」

「そうですか」

(ずいぶん早いですね)

「大阪の会社ではああいう仕事を出入りの業者の若い人たちにさせて、僕はそれを監督する役割だったんですよ」

なるほど、年齢や雰囲気からしてそれくらいの地位、役職でしょう、当然です。

「それがここで働く場合、その若い人たちと同じことを今度は自分がやることになるのか、と思ったら・・・」

「うん、ちょっとできないですよね」

プライドだけでなく、今までの仕事の経験や実績と関係なく新米カウボーイから始めるわけですからキツイものがあります。

「申し訳ないですが、このお仕事は僕にはできないです」

「そうでしょうね」

「でも見学に来て見てよかったです」



納得して都会に帰って行かれました。

会社でまた元気で働いていらっしゃるのでしょうか。


他にも見学に来た人は何人もありました。

ちょっと勘違い?という人もあったし、カウボーイをやるだけではもったいないような技術や資格や経験を持っている人もいました。

そういう方はそれに相応しい職種の知り合いの社長に紹介してあげました。


ついにヨシダさんが退職して私たち夫婦以外には従業員はヒロシ君だけになってしまいました。

少ない人数でこの広い牧場の管理は大変です。

牛の数も子牛も入れると200頭近くあります。

毎月セリ市場に子牛を出荷するのも手が掛かります。

カウボーイも交代で休みを取りたい時があります。

そういう時も牛はエサを食べていますから残りの人数で仕事をします。


夏になれば膨大な量の草刈りもあるのです。


春の草刈りシーズンを目の前にしてやっと一人見つかりました。

もう牧場オーナー(他府県にいます)の社長と面接して採用が決まったそうです。

引越しの準備をしてフェリーに荷物と自前の車を乗せて来るというのです。

オーナーが会って話して採用したのならまちがいないでしょう。

そう思っていたのですが、これがまじめではあるが『大変な人』だったのです。

人は見かけではわからないものです。



カウボーイ募集中その4につづく



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カウボーイ募集中 その2

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カウボーイ募集中 その1からつづく


「こんなに来ちゃったよ、募集」

「そんなにカウボーイなりたい人いるのかね」

「あんな文章書くからだよ」

「ねえ、これ見て。この人、ちょっと勘違いしてるかもよ」

「どれどれ?・・・31歳、独身・・・てふつうじゃん」

「ちがう、就職希望の理由」

↓こんな風に書いてありました。

『上級公務員の試験を受けようと思っています。仕事をしながら受験勉強ができたら、と考えております』


「なんだ、これえ」

「牧場の仕事してクタクタになって勉強するの?へえ、そんな時間あると思ってるのかね」


「これもすごいぞ」

『東京で会社に勤務して7年になりますが、業務に忙殺されそうに感じるようになり・・・(中略)・・・静かな自然に囲まれて心を癒されたいと・・・(以下略)・・・』

「なんだよ、コイツ、牧場は保養所じゃないぞ!!」

あんな美辞麗句の募集広告を出したからでしょうか。

「これじゃまともな従業員が集まるかどうかわからないぞ」

「別の募集の宣伝をする?」

「そうだ、キャンプ場に貼り紙をしよう、住み込み牧場従業員募集、って」


石垣島には公営のキャンプ場があります。

当時は年間通じて使用料は無料でした。

海岸に面していて、屋根付きの炊事場、トイレに水道、お湯までは出ませんがシャワーも使えるのです。

夏場は家族連れや学校、グループ単位で訪れる人でにぎわっています。

さすがに冬場は海では寒くて泳げませんし、天気も悪いのでキャンプする気になりません。

一般市民は来ませんが、冬もキャンプしている人たちがいます。

日本中を旅行しようとバイクにテントと寝袋を積んで来ている若者たちです。

都会の生活に疲れ、あるいは新しい自分を探そうと、故郷を離れて別世界のような自然の中で暮らそうと長期滞在している人たちもいます。

どちらにしても初めから何泊しようと決めている人は少ないようです。

何泊してもタダですから。

キャンプ場というより無料宿泊所のように考えている人もいるようです。

何ヶ月も、いえ、何年も住み着いている人もいました。

共同であるべき炊事場に私物を拡げて占領する人もいて問題になったこともありました。

長くキャンプ場にいる人の中には、仕事を見つけてキャンプ場からバイクで職場に通う人もいました。

キャンパーには変わった人もいますが、自然が好きだし、旅先で誰とでも友達になれる気さくな若者も多かったのです。

そういう若者が来てくれたら、という望みを託してキャンプ場に貼り紙をしました。

今度はシンプルに、

「住み込み従業員募集」と。


この「住み込み」というのがミソです。


質素な従業員用の社宅でもキャンプ場のテントよりずっと快適です。

住宅があって給料がもらえて海や山の見える場所で働けるのです。


数日後に、貼り紙を見たと言って訪ねて来た若い男性がいました。

「東京からフェリーで石垣に着いてすぐキャンプ場に行ったんです。そしたら貼り紙が目に付いたので。」

学校を卒業してサラリーマンを2~3年やった後、思うところがあって旅に出たそうです。

「ヒロシと言います。よろしくお願いします」

高校野球で有名な学校で野球部に所属していたと言うだけあって、礼儀正しい青年です。

数ヶ月間でもよい、ということで働いてもらうことにしました。

このヒロシ君がアルバイト従業員に加わりましたが、まだ人手不足なのでカウボーイは募集中です。

「夢の保養牧場へのお誘いの文句」に魅かれて何人も連絡してきました。

  *****************

『わたくし、今は大阪の会社に勤めておるのですが、このたび退職して是非とも御社の業務に住み込みで・・・』

「ちょ、ちょっと待ってください」

相手は若者というより年上の落ち着いた話し方の人。

たぶん年齢からしても会社ではそれなりの地位や役職なのでしょう。

いかにも「上司」という感じがします。

『こちらを引き上げてさっそく移り住む準備の方を・・・』

「ま、ま、そんなに急がなくても・・・」

『いえ、もう決めたいと思いますので』

「いえ、あの、まずはとりあえず会社の方は休暇を取ってください」

『は?』

「遊びがてら、試しにこちらに見に来てからでもいいんじゃないですか?」

『そうですね、じゃあ、そうします』

ということで、見学に来ることになりました。

飛行機の着く時刻に石垣空港へ夫が迎えに行きました。

その間にヒロシ君とヨシダさんと私は牛舎の前の広場でスコップを使ってセメントを練っていました。

夏に来る実習生や荷物用のプレハブを地面に固定するために、コンクリートの土台を作っていたのです。

僻地の牧場のカウボーイは何でも自分たちでするのです。

セメントの粉と水と砂利を混ぜて固さを調節して地面に作った木枠の中に流し込んでいきます・

練っていると生コンがペチョッと撥ねて作業服や顔や髪、メガネにまで飛び散ってきます。



そうしているとそこへ空港へ迎えに行った牧場のトラックが帰って来ました。

トラックはセメント仕事をしている私たちの正面に停車しました。

「おう、みんなご苦労だな。見学の人をお連れしたよ」

助手席から降りて来たのは件の、会社の中間管理職風の中年の男性。

きれいな服、きれいな靴、きれいな髪型の都会の紳士でした。

「こんにちわー」

「コンチワー」

灰色のセメントまみれの作業服の私たち。

服も私たちの方はボロボロです。

ヒロシ君のシャツの肩のところが有刺鉄線に引っ掛けてビリビリに破れています。

片方の肩が丸出しになってしまって、まるでタイやビルマのお坊さんの袈裟みたいになっています。

「あ、は、はじめまして。よろしくお願いします」

汚い恰好の私たちを見て、紳士は少し面食らったようです。

「さあ、この辺で休憩にしようや」

セメント仕事は一休みです。

紳士も着替えて牛舎や放牧場の見学です。

「今日はこの牧場の宿舎に泊まっていってくださいね」

「ありがとうございます、牧場長さん」

「いえ牧場長なんてもんじゃないです。管理の責任者ですが」

「じゃ、なんとお呼びすればいいでしょう」

「そうですねえ・・・」

カシラがいいんじゃないかしら?」

「カシラ?!シャレのつもりか」


『カウボーイ』は日本語で『牧童』というのだそうです。

以前に国勢調査があった時、職種欄にそう書くように指示がありました。

カウボーイの責任者は『牧童頭』だそうです。

「ボクドウガシラだからカシラと呼べば?」

「なんか、極道って呼ばれているみたいだなあ」


カシラの案内で牛舎の見学に行った紳士、新品のようにきれいな運動靴に履き替えていました。

本当にあの人カウボーイやるのカシラ。





  →カウボーイ募集 その3 につづく



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カウボーイ募集中 その1 広告にだまされて(?)

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おすすめは、 「アイ ハブ ア ハブ」


赤ちゃん礼讃 その9からつづく

病院で公衆の面前で大泣き(私ではなく夫が)して喜んだ妊娠でしたが、牧場に帰ると、相変わらずカウガールです。

妊娠中でも身体を使っての仕事です。

「軽い運動をして動いていた方がお産が軽くなるんだよ」

「そうらしいわね」

「牛だってそうだよ、放牧場の牛を見てみろよ、牛舎の牛より楽に出産してるだろう」

そうなのです。

よくテレビや映画で見るのは、牛舎で獣医さんや飼い主が、夜中でもお産の近づいた母牛のそばで見守っています。

分娩が始まると数人で子牛の脚をゆっくり引っ張りながら出産の手伝いをしています。

こういうのは長いこと牛舎で飼っていて運動不足になった牛、または胎児が大きく育ち過ぎてしまったばあいです。

食べるためによく太らせるのではなく健康な子牛を産ませるために緑の草原にほとんど1年中放牧しているここの牧場では母牛は自然に産みます。

お産が近づくと一人で、というか一匹で森の中に入って行って産むのです。

実に軽くプリッと産みます

翌日の見回りに行って、

「そろそろ分娩の日だけどなあ」

と思って見ると、いつの間にかもう産んでいます。

「牛のようにプリッと産んでくれよ、プリッと」

「うん、これだけ働いてるんだからだいじょうぶだよね」


このころにはやっと新しい従業員とアルバイトの人が来てくれて少しは私も楽になりました。


この従業員が定着するまでは苦労がありました。

話せば長いことながら・・・。

      ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


テッちゃんが実習を終わって大学に帰ってしまってヨシダさんももうすぐ退職するということになって、いよいよ募集を急いでいました。


田舎で働きたい人、移住したい人たちを対象にした雑誌に募集の広告を出しました。

ところが、ミスプリントがあって、

「市街地から約20㎞」と書いたはずが、「市街地から㎞」

「放牧場55haの広さ」が「放牧場ha」
と載っています。


気が付いたときは雑誌が発行されたあとでした。

「ありゃ、まちがえてるよ。これじゃ、街にも近くて、放牧場の見回りもすぐ終わるように思われるよ」

「でも仕事内容はそのままだし、あとは事実だけを書いてあるからいいんじゃないの?」

たしかに事実だけを書きました。

こんな風に。↓

“冬でも気温10度以下にならず暖房が要らない”

“肉牛ばかりなのできつい乳搾りの仕事はない”

“牧場の目の前のサンゴ礁の海で魚や貝が獲れ、自然に生えてくるパパイヤやグァバの実などとともに食卓にのぼる”

“1年中薄着でよいので衣料費がかからない”

“真夏の昼間の2~3時間は暑さのためにお昼寝タイム”

“夏は日没が午後8時ごろなので、夕方のエサやりが終わってもまだ日は高い”


  って、どれも事実ですよ。

この他にも、

“炎天下で干し草運びをしていると頭がクラクラしてしまう”

とか、

“台風になると通り過ぎるまで電気も電話も不通になり、陸の孤島どころか孤島の孤島になってしまう”

とも書きましたよ。

でも読む人はいいところばかり目に焼きついてしまうんですね。

あとで、

「ウソを書いているとは言わないけど、うまいこと書いて。あれじゃパラダイスみたいに聞こえるよ。ペンの暴力、策略だよ」

と人に言われました。


↓最後に書いた文句が余計だったかな。


都会に比べたらここは僻地で不便だが、それだけに島に残された自然は美しい。空の広さ、エメラルドグリーンの海、水平線に太陽が沈んでから1秒ごとに変化する夕焼けには、毎日何度も仕事の手を休めて感動してしまう。”

“太陽の光あふれる大草原で、珊瑚礁の海をバックに約200頭の放牧牛を追うカウボーイになりたい人、連絡を待っている”


(うーむ、なかなかいい文章だわ)

これにだまされて、じゃなくて釣られて、じゃなくて引っかかって、いえ、誘われて履歴書を添えての応募が100通もあったのです。


  →カウボーイ募集 その2 につづく



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赤ちゃん礼讃 その9

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赤ちゃん礼讃 その8からつづく


いい知らせなのに喜ばないんでしょうか、おかしいですね。


ドラマでは、待ちに待った初めての妊娠を告げられると、夫というものは、

―――『ホントか?!ヤッター!!オレもパパになるんだ。ハハハハハ。』

と笑いながら妻を抱き上げる。

妻もキャァキャァと笑いながら人前もはばからず、二人でクルクル回って喜ぶ・・―――

んじゃないのかなあ・・・・などと勝手に想像していました。


何度やってもVサインが通じないので仕方なく、人ごみをかき分けて夫の近くまで行きました。

夫はまだまじめな顔をして待合室の隅に立っていました。


充分に近づいて耳元に口を近づけて、しかしはっきりと、

「あのね、尿検査では妊娠プラスだって。でもまだエコーにも映らないくらい胎児が小さいんだって」

診察のときに言われたとおりのことを告げました。

どんな反応するかなあ、と笑顔で待っていました。

次の瞬間、彼は頭にかぶっていたタオル地のキャップを脱いで目に当てました。

そのまま数秒間。



あれ?どうしたの?


一度は満開になった自分の笑顔をどう納めようかな、と考えていました。

次にキャップをはずして現れた彼の顔・・・。

「わ、目が真っ赤」

えええっ、いつの間にトラホームか結膜炎になっちゃったの?!

タイヘンだあ、この病院にも眼科があるから連れて行くか・・・。

・・・?・・・ちがう・・。

結膜炎でもトラホームでもありません。

涙で濡れていました。彼は泣いていたのです。

「人前もはばからず」と言うのは想像通りでしたが、公衆の面前でこんなにポロポロと泣かれるとは思いもしませんでした。

とにかくこの人ごみからはずれよう、ああ恥ずかしい。

周囲を気にしながらも彼の袖を引っ張って待合室の外側の方へと移動し始めました。

でも彼は周りを気にすることなく、ワーワー泣いています。

「わーん、ワア―――ン、ワア――――ン・・・・・」

チョ、ちょ、ちょっと泣きすぎだよ。

いっしょにいるのが恥ずかしくなって、私は他人の振りをしてスススーッと離れていきました。


あまり堂々とワンワン泣くものだから、待合室の大勢の人が見ています。

人ごみの中から聞こえる声、

「気の毒に。あの人、まだ若いのに奥さん亡くしたんだねえ」

(・・・!!・・・・ えええええっ?・・・私は生きてますよー、今日はめでたい日なんですよっ!)

まあ、病院で大泣きしていたらたいていはそう思うでしょうけど。



カウボーイ募集中 その1 につづく

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