アイ ハブ ア ハブ その8


アイ ハブ ア ハブ その7からつづく

結局ジャンケンに負けた野田君が野戦病院に残って看病の手伝いをすることになりました。

「下山組のオレたち4人は明日の朝早く出発することにしよう」

「とりあえず今夜はもう休もう」

「じゃあ、僕たちは向こう岸のテントに帰って寝ます」

若い実習生の3人は向こう岸のテントに入って行きました。

テッちゃんはだいぶ落ち着いたように見えます。

「毒の痛みはもう弱くなってきました」

「よかったね、ひどくならなくて」

「痛いのが治まったら、足がだるくて重くて・・・」

「横になってていいよ」

テントの中で私はテッちゃんの足をマッサージし続けてあげました。
血液の循環がよくなったせいか、テッちゃんの調子は少しよくなって、安らかな表情になってきました。

「ああ、ありがとうございます。なんだか眠れそうな気がしてきました」

長い、長い一日でした。



次の朝、起きてきた対岸の実習生、あまり元気がありません。

昨夜の騒動で寝不足なのでしょうか。

「疲れた顔してるわね、よく眠れなかった?」

「あれから急にハブが怖くなっちゃったんです」

「それでテントにハブが侵入して来ないようにテント入り口のファスナーをぴっちりと閉めて寝たんです」

「そしたらテントの中は3人の吐く息がウナギ臭くてたまらなくて・・・」

そりゃあ、三日間ウナギを食べ続けた若い男たちが閉め切った狭いテントの中に何時間もいるというのは、それこそ拷問です。

朝食も摂らずに下山組はわずかな非常食だけ持って山を下りて行くことになりました。

「オレたちは一応、二泊したら戻って来るつもりだけど、もしかして何かがあって4、5日戻れないということもないとは言えないから」

「うん、雨天用の燃料はなるべく節約して使うわ。野田君に手伝ってもらって昼間のうちに薪をたくさん集めておくことにする」

「ハブに咬まれるなよ」

そう言い残して下山組は出発しました。川ではなく、テントの横の山の中へ。

4人の足音が小さくなって、やがてすっかり聞こえなくなると急に心細くなりました。応援部隊が帰って来るまでこの山奥に寝たきりのテッちゃんと私と野田君だけで過ごすのです。

残されている食糧は、7人が最後の朝と昼に食べる分の米とおかずだったので、3人が3~4日過ごすには間に合いそうです。

ガソリンコンロの燃料があまりないので、雨が降った時のために保存しておきます。
明るいうちに野田君と二人でせっせと薪集めです。

野田君も私もすっかりハブ恐怖症になってしまっています。

岩の上に小物をひょいと置いてあったのを手に取る時も、(その下にハブが隠れているかも知れない)と、おっかなびっくり触っています。

地面の太い木の枝を拾うのにもチョンと足で蹴って、ハブが隠れていないのを確認してから持ちます。ハブに取り囲まれているような気もして疑心暗鬼になっているようです。

でもこれは実は大事なことです。

キャンプに限らず、石垣で日常生活を送っている時も、ハブに咬まれる危険性はどこにでもあるのです。

夜行性のハブですが、昼間は日の当たらない石の陰や日陰の暗い草むら、ブロックの穴の中、地面に置かれた板の下や転がっているパイプの中、などに隠れていることがあるのです。

昼間でも、深い草むらにはズカズカとゴムぞうりで入って行かない事、地面の石やブロック、鉄パイプなどを持ち上げる時には触る前に靴でポンと蹴って見てからにする(もしハブが入っていればスルスルと逃げ出します。)・・・・ことが大切なのです。

まさかこんなジャングルの山奥でキャンプしていて仲間がハブに咬まれることになるとは・・・・。



  →アイ ハブ ア ハブ その9につづく


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  アイ ハブ ア ハブ その7


  →アイ ハブ ア ハブ その6からつづく


テントが流されそうになったほどの大雨が降ったのです。
マヤグスクの滝も相当な水量にちがいありません。
山肌を迂回して斜面を下りるしかありません。

しかも真っ暗な夜。
たとえなんとか下りられたとしても夜は定期船はもうありません。
石垣の病院には行かれません。
ふもとの診療所に行くだけです。
西表の診療所にはハブ用の血清が常備されているんでしょうか。

「どうにかしてヘリを呼んできましょうか」

離島の急患はときどき海上保安庁のヘリコプターで石垣島の県立病院に運ばれています。

「ヘリがどこに降りるんだ?」

ヘリコプターが離着陸するには広い平らな場所が必要です。
学校の校庭や大型スーパーの駐車場のような場所は山の中にはありません。
もう少し下流の方に行けば広くなった川原がありますが、そこまでもテッちゃんが歩いて行くのはムリです。

「病院に着いても入院してタダ寝てるだけだろう」

「それはそうだけど」

「無理して病院連れて行く意味あるかな」

「病院、行かなくてもいいんじゃないかな」



こう言うのには理由がありました。

数年前まで牧場の近くに老人が一人で住んでいました。

ある日その老人が足をハブに咬まれました。
老人はやっとの思いで牧場まで助けを求めに来ました。
老人の家には電話がなかったのです。
老人を病院に運んで入院となりました。

翌日病院に見舞いに行くと、老人はももまで腫れ上がった足をむき出しにして寝ていました。

足首、ふくらはぎ、太ももの周囲に油性ペンで十ヶ所くらい一周ぐるりと線が描かれてありました。
この線のところの周囲の長さを看護師さんがメジャーで測ります。

足の腫れは反対側の脚の膝まできていましたが、そこから先は腫れていません。

そして日を追うごとに腫れは引いていきました。
その間、特に治療というのはなかったのです。
特効薬もないし、血清も打たないし、栄養点滴して安静に寝ているだけです。


「そうだね、ここで寝てても入院して寝てても同じだよ」

というわけでこの野戦病院にテッちゃん入院となりました。

「で、いつまでこの山の中にいるんだ」

「テッちゃんが歩けるようになるまで」

「全員が付き添う必要はないね」

「それどころか、さっきの夕食のときに食糧と燃料をほとんど使い切っちゃったわよ」

「一人だけテッちゃんの看病と世話する人を置いて行こう」

「ああ、牧場の仕事もあるし。そうだ、お前残ってテッちゃんの看病してくれ、看護婦さんだ」

「ええっ、私一人?心もとないなあ」

「じゃあ、もう一人誰かヘルプしよう。あとの者は一度下山しよう」


牧場の仕事、食糧などの追加調達の他に、
どうしても翌日は石垣に帰らなければならないわけがあったのです。

Kさんは数日後に東京へ行って青年海外協力隊の二次試験を受けることになっていたのです。

Kさんが石垣を出発するのは翌々日の午後です。
見送りをすると、もうその日は西表の山に登ってくるのは無理です。

今まで何年もお隣の牧場仲間でやってきた間柄ですからやはり見送りには行きたいのです。


テッちゃんの足の痛みは毒を搾り出したことで少し治まってきたようです。

「それじゃあ、明日下山する人を決めよう」

「まずKさんは帰らなきゃね」

「オレも下山組だな」

「もちろんですよ。リーダーは滝を迂回するルートに詳しいからいっしょに下りてもらわないと」

「実習生の3人のうち誰か一人残ってあとは下山だ」

「ボ、ボク下山します」

「あ、僕も」

「いえ、ぼくが・・・」

「ああ、ああ、相談して決めてくれ」

テントの横で3人、ゴショゴショと話し声が聞こえたと思ったら、

「じゃーん、けーん、ぽーん」

「やったーっ!」

「くっそー」

騒いでいます。

じゃんけんして笑って騒ぐぐらいだから深刻な状況は脱したということでしょう。







  →アイ ハブ ア ハブ その8につづく


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アイ ハブ ア ハブ その6


アイ ハブ ア ハブ その5からつづく


口のしびれたリーダーに替わって他の人が毒の吸出しをすることになりました。交替はしたものの、うまく吸い出せないでいます。

「やあ、こうした方がいい」

と、力のあるKさん、両手でテッちゃんの足をギュウギュウ押して傷口から毒を搾り出しています。

「イタタタ・・・・」

「え?テッちゃん、だいじょうぶ?いたい?」

「いや、・・・・やってください・・・・うううう・・・」

テッちゃんの足はもう足首の上のふくらはぎ近くまで腫れて、足の指やくるぶしのシワはなくなってしまいました。
足が普段の二倍くらいの大きさにふくれ上がって、ふくらはぎから先がスキー靴のようです。

Kさんはなおも力を入れて雑巾をしぼるように両手で足をつかんで絞り上げます。
傷口から血液とリンパ液の混ざった汁が滲み出てきます。
二人がかりで足首と指先を持って絞り上げると一番よく毒が出ました。
知らない人が見たら拷問していると思うでしょう。(これが楽しいキャンプなんでしょうか?)

しばらく絞っていると汁が出なくなってきました。
傷がふさがってきたのです。
大出血を恐れるどころか、もう一度メスで切って毒を出しやすくすることになりました。

このメスは実によく切れます。十徳ナイフはスイス製の高い製品でしたが、この中のメスだけは一度も使ったことがありませんでした。使うチャンスがなかったのです。

テッちゃんの足の荒療治の間、3人の実習生たちは上からライトを照らす役目、つまり照明係をしていました。

何時間経ったでしょう。切ってしぼって毒を出したおかげでテッちゃんの足の腫れは膝の上よりは行かずに止まってくれました。ここで絞るのは終わりにします。まずは一安心。

さてこれからどうしようか、ということになりました。ここは大きな滝を登って来た山奥です。浦内川の軍艦岩まででも丸1日かかります。

「この足じゃ歩けないよなあ」

「だいいち靴がはけないよ」

大きく腫れ上がって象のようになった足が入る靴はありません。

「ボクがおんぶして山を下りる」

と、力持ちのKさん。

「いや、マヤグスクの滝の巻き道、人を担いで行くのはムリだよ」

昨日の雨で川が増水しているので、登って来た時のように谷スジを歩くことはできません。

テッちゃん、無事におうちに帰れるんでしょうか。



  →アイ ハブ ア ハブ その7につづく


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アイ ハブ ア ハブ その5


アイ ハブ ア ハブ その4からつづく

テッちゃんは、夕食の後、川向こうにトイレ(大きい方)に行こうとしていたのでした。

電池が弱くなって暗くなったライトを照らして草むらの中を歩いたものだから、よく見えずに夜行性のハブを踏んだらしいのです。

とりあえずテッちゃんを座らせました。足は見る見る腫れ上がり、足の甲全体が赤くふくれてパンパンになっています。

「どうしよう」

「とにかく毒を出さなきゃ」

傷口から毒を吸い出すという応急処置はだれでも思いつくでしょう。

リーダーは少しの間考えていたようですが荷物から自分の十徳ナイフを出しました。

十徳ナイフ、アーミーナイフとも言います。手のひらサイズの折りたたみナイフで、はさみ、ドライバー、のこぎり、栓抜きなど、何種類もの道具が折りたたまれて入っています。いつも野外活動には持って行っていました。十徳ナイフの道具の中で一番よく切れる“メス”を取り出したのです。ハブに咬まれた所にわざと傷をつけてそこから早く毒を出すというわけです。


 (この時は黙って冷静に見えたリーダーでしたが、あとで聞いたら、実はこれは迷ったそうです。)

「だって、もし動脈にでも傷をつけたりしたら大出血になるだろう」

「よく決断したわね」

「うん、目の前でテッちゃんがズキズキ疼く足の痛みに呻いて入るのを見て、何もせずにはいられなかったんだ」


小さいけれどよく切れるメスを握って近づくリーダー。

「少し切るぞ、テッちゃん、いいか?」

咬まれた跡のすぐ近くに、長さ1、5cm、深さ5ミリの×印に切りました。医師法違反も何もあったもんじゃないですが背に腹は代えられません。深山幽谷のこのテントが野戦病院になってしまいました。

「ウウウウウウ・・・・・」

テッちゃんは口数少なく呻いています。

「テッちゃん、痛いか?」

「いえ、・・・毒が・・・腫れてる方が・・・」

メスで切られた傷の痛みなんか気にならないくらい毒による傷みがはげしいようです。

 足首を紐でしばって毒がそれ以上は上部に回らないようにして、まずリーダーが口で傷口の毒を吸い取ります。チューッと吸って、ペッと吐き出します。何十回か繰り返してから他の人に交替しました。

「なんか、口がおかひい」

リーダーの唇が腫れています。

「口ろ中がひびれてきた」

毒を吸いだす時は口の中に傷のある人、虫歯のある人は止めた方がいいと言われています。でも傷はなくても口の中は全体が粘膜だから毒を吸収するのです。

  →アイ ハブ ア ハブその6につづく


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アイ ハブ ア ハブ その4



アイ ハブ ア ハブ その3からつづく

食事が済んだら早々と食器洗いです。早くしないと谷は真っ暗になってしまいます。
夜には夜行性の危険な生き物が活動します。暗くなったらテントや焚き火からあまり離れず、のんびりとくつろぐ、というのがジャングルでの賢い夜の過ごし方です。

片付けが済んで、私は川原で顔を洗っていました。
ブルーグレイの空の下で、川の水はまだライト無しでやっと見える程度です。男たちはリーダーに誘われてテントの中で残った酒を飲み始めています。これで誰かハーモニカでも吹けば本当にカウボーイのキャンプです。

今回は大怪我をする人もなく、疲れるようなこともなく、計画通りに進んだ平和なキャンプだった、と思っていました。

中洲にはススキが茂っていました。
私は顔を洗いながら暮れ行く群青色の空に映えるススキの穂のシルエットを見ていました。

そのススキの中を通る人影が見えます。テッちゃんです。

水でも汲みに行くのでしょうか、対岸に渉っていきます。

と、途中で何かわめきながら引き返して来ました。忘れ物?・・・・・・ちがう!

「イタタタ、イテエ、イテエ・・・・。」

「どうしたの?」

「ヘビ・・・に・・・・咬まれた・・・」

「はあっ?タイヘン!」

この地域でヘビと言えば毒を持つハブをまず考えます。

西表や石垣にいるのは「サキシマハブ」という種類です。沖縄本島にいる猛毒のハブとはちがって、咬まれてもすぐに命にかかわるということはありません。本土のマムシより毒性は弱いと言われます。それでも咬まれたら痛みと腫れは一級です。

「イタタ、イタタタ・・・・、初めはカニに、・・・足を挟まれたかと・・・思ったんだけど・・・、ヘビだ・・・細いしっぽがチョロリと見えた・・・。」

ヘビに咬まれたらそれが毒ヘビかどうかを真っ先に確かめなければなりません。

咬まれた痕が人間の歯形のような形なら、毒のないヘビなので消毒さえしておけばあまり心配はありません。
毒ヘビの場合、針のように鋭い二本の牙をプスリと刺して毒液を注入するわけですから、牙の痕がポツポツと二つあれば毒ヘビということです。

テッちゃんの足をその場で見ようとしても暗くて傷が見えません。

ちなみに、ここでは毒ヘビ=ハブですが、いろんな種類の毒ヘビがいる地帯ではヘビによって毒の種類がちがって、当然血清も異なりますから、もしヘビに咬まれたら、即刻そのヘビを捕まえて種類を確かめます。咬んだヘビに逃げられるということは命に逃げられることになるわけです。

テントにいる人たちは酒を飲んでにぎやかに笑っています。中洲でのこの異変にはまったく気付いていません。テントまで走って呼びに行きます。

「みんな来てえ!テッちゃんがヘビに咬まれた!」

ヘビという言葉に一同がシンとなったが、次の瞬間全員がテントから飛び出して来ました。

テッちゃんはようやくテントまで足を引きずり歩いてたどり着いたところでした。

「テッちゃん!ホントか?!ハブなのか?」

毒ヘビではないことにかすかな期待があったのです。でもライトを点けてテッちゃんの足を見たら、ハブに咬まれたのは一目瞭然でした。足の甲にポツポツと二つの牙の痕があるのがハブに咬まれた何よりの証拠です。

それを確かめるまでもなくテッちゃんの足はすでに腫れ始めています。

「ああ、・・・・・咬まれてる・・・・・」

辺りはすっかり暗くなって、互いの顔の表情も見えませんが、みんなの顔から血の気が引いていくのは、一斉に洩れた絶望的なため息の声でわかりました。



   →アイ ハブ ア ハブ その5につづく


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アイ ハブ ア ハブ その3


アイ ハブ ア ハブその2からつづく

大粒の雨がテントの屋根に当たる音と川がゴーゴーと流れる音で、真っ暗な中でも尋常ではないことがわかります。

「こりゃ、危ない、移動するぞ」

リーダーはヘッドランプを点けてテントの外に飛び出して川の方に行きました。テントの入り口が開いたときにヘッドランプの灯りに照らされて外の風景がチラッと見えました。一瞬ですが川の水がテントのすぐそばにまで来ています。

私たちもテント内の荷物を急いでまとめます。散らばっている物を確認してリュックに入れます。

そうこうしているうちに川の対岸からリーダーが中州の途中から帰って来ました。

中州はもう水面に没しています。

「対岸の奴らにはテントをもっと高い場所に移せと言って来た、だいじょうぶだ」

「今度はこっち側の番だ、テントを移すぞ」

全員がヘッドランプか懐中電灯を点けて、テントを持ち上げてもっと川から離れた山際の場所にテントの位置をずらします。

「これでまずは一安心だな」

「ホントにだいじょうぶかな、もっと雨が降って増水したら・・・」

「そしたらまた移動だ」

「寝ていて気付かなかったらテントごと流される?」

「大人4人も入っていたら浮かないでしょ、流されないんじゃないですか」

「じゃあ、沈没?」

「その前に水がテントに入ってきた時点で寝てはいられないだろう、誰でも気付くよ」

いろいろ考えて、雨と川の音を聞いているうちにいつの間にか眠ってしまい、朝になっていました。


雨は上がっていましたが、昨日最初にテントを張った場所はすっかり川の底になっていました。

川の幅は二倍近くになっていて、昨夜の食事の後、洗わずに川辺に放置してあったプラスチックの食器類が流されて消えていました。
おとといみんなでたくさん集めておいた薪も雨に濡れて火が点きません。

この日は携帯ガソリンこんろを使って炊事をすることになりました。

珍しく三日間場所を移動せず、のんびりしたキャンプになりました。

これまで毎回の食事のおかずは初日に釣ったオオウナギです。

オオウナギの甘辛煮、オオウナギの唐揚げ、オオウナギの、・・・・・と調理法を変えてもウナギの味です。みんな飽きて来ていますが、持って帰るのも面倒なのでがんばって食べているのです。ご飯にウナギの煮付けとタレを載せてウナ丼のような物を作ったりもしましたが、やっぱり同じウナギの味です。ウナギのタレのついたウナダレ丼を食べてうなだれてしまいます。

キャンプ最後の夜、明るいうちに夕食を済ませます。
明日はテントを撤収して牧場に帰るのです。
残っている食糧はどんどん食べて荷物を軽くします。
今まで節約して使ってきた調味料もこの際ためらいなくじゃんじゃん使い切ってしまいます。
明日の朝食と昼食に食べる分と、非常用の食糧をわずかに残して、あとは最後の夕食の料理に使います。
今まではキャンプ延長となる非常事態に備えて少しずつ食糧も蓄える必要もありましたが、もう明日帰るという日になったのでその必要もなくなった、とこの時は思っていました。

少しずつケチケチと使ってきた野菜ですが、今夜はふんだんに入ったソーメン炒め。

無事にみんな怪我もせず、あまり疲れもしないキャンプが終わろうとしていました。
誰もが数時間後に起きる信じられない災難のことはこの時には考え付きもしませんでした。

   →その4につづく


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アイ ハブ ア ハブ その2


アイ ハブ ア ハブ その1からつづく


酔って調子に乗った若者たち(若くない人もいますが)の、岩からの飛び込み遊びはまだ続いています。

「よし、オレは一番高い所から飛び込むぞー、見てろよー」

どうぞ、お好きなように。でも危ないなあ。学校の遠足だったら担任が青くなって必死で止めるだろうな。

リーダーはとんでもない高い岩の上まで登って、酔ってフラつく身体を支えようとそばに生えている枯れ木の枝に寄りかかりました。
体重をかけられて枯れ木の枝は乾いた音を立てて見事に折れ、そこから真下にまっすぐ、飛び込んだ、というか、折れた枯れ枝といっしょに川に落ちました。

 バッシャーン 

水の音はしましたが、実は落ちた場所は水中の浅い所に大きな岩がありました。

水面から岩までの水深は膝より浅かったのです。

高飛び込みをしたはずのリーダー、深く潜るどころか水面に浮いたままじっと動きません。

しばらく起き上がって来ません。胸を打ったようです。

「あれれ、だいじょうぶ?」


数分して、

「ううん、痛いよお、うううん……、おかあちゃーん……」

と岸に上がって、近くの乾いた大きな岩の上に転がって休んでいます。

「だいじょうぶ?」

「いたいよー」

「どうしよう、だいじょうぶかな」

「うーん」

「テントに行く?」

「・・・・・・・・」

「ねえ、どうしたの」


・・・・・・グー、グー、グー・・・・・・

「あ、眠っちゃったわ」

裸のまま岩の上でグウグウ寝てしまいました。眠れるくらいならたいしたことはない、ということでしょうか。


夜になるとみんな酔いも覚めておとなしく食事をしてテントで寝ることになりました。

「胸ぶつけたところ、まだ痛い?」

「うん、ちょっとね」

「病院行く?」

・・・って今日はムリですが。

「石垣に帰ってまだ痛いようならね」

港からバスと遊覧ボートを乗り継いで、滝を越えて一日がかりで着いた山の中ですから、ここから病院なんて行かれません。それに西表島には小さな診療所しかありません。こういう場所に来て大きな怪我をするのは命取りです。

痛いと言っていましたが眠れないほどではないのでそのうち治って来るでしょう。


その夜、雨が降りました。久々の雨です。

夜中になっても雨は降り続いています。大雨です。

テントの屋根はピンと張っておきましたが、今は雨水の水溜りができて重みでたわんでいます。

内側に漏れてきたらテントの中はタイヘンなことになります。寝られなくなってしまうのです。

テントの生地は防水とは言っても通気性がいいように、合成繊維ですがビニール地のように完全に水を漏らさない生地ではないのです。濡れた屋根は表面張力でかろうじて水が浸みて来ないだけです。テントの屋根は水の重みで垂れ下がって低くなっています。屋根の水溜りはだいぶ大きくなっているようです。

こんな時にうっかり内側から指一本でも触れば表面張力は破れてその地点からポタポタ雨漏りが始まり、止めることはできなくなります。起き上がる時も絶対に内側からテントの屋根に触ってはいけません。
こういうのを一触即発と言うのでしょう。

雨が続いて、実はもっと怖いことを心配する必要があったのです。

川は増水して来ています。真っ暗だし、テントの中にいて川は見えませんが、音からして相当の水かさです。

「おい、ヤバイぞ、このままじゃテントが流されるぞ」

テントは水に近い便利な所に張ったのでした。設置した時は何日も晴天が続いた旱魃の時です。
こんなに大雨が降ったら・・・・・・。

     私たち、どうなるの?



   →その3につづく


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アイ ハブ ア ハブ その1


  →大草原の小さな家 その9からつづく

さて、ついにカウボーイたちのキャンプ、今回はオオウナギ釣りキャンプの当日です。

早朝、隣の牧場(隣とは言え、約2km 離れています)のKさんが合流。

Kさんはこのキャンプから帰ったらすぐ東京に行く予定です。
以前から希望していた青年海外協力隊員募集に応募して、すでに一次試験に合格していて、東京での二次試験を受けるために上京するのです。

キャンプ参加者はKさん、テッちゃん、西浦君、野田君、三ツ井君、そして私たち夫婦、の7人になりました。

例によってトラックの荷台に実習生たちと荷物を積んで、

「交番だ、伏せろ…………………もう起きていいぞ」

のパターンのコースで港へ行きます。

西表行きの船に乗船すると、大きな荷物があるのでいつものようにデッキに。

荷物を運んでいるとカエルの入った袋がゴソゴソ動いているのを、観光客や島民の乗客がチラチラ見ているように思えたのは気のせいでしょうか。


西表では、以前幻の湖に行ったときと同じコース、マヤグスクの滝を登ります。

あれからウナギ釣りに付き合って何回も通っているので、もう今では私でもスイスイと登れます。
旱魃で水量が少ないこともあって、前回宙吊りになったゴルジュもあまり水が落ちてなくて、竪穴の中にも入れます。

滝の上の川を少し行くと、川のほとりが平らで広くなっている場所があります。

テントを張るにも、水を汲んで炊事するにも便利でいい場所です。ここを初日のキャンプ場にします。

荷物を下ろしてテントの準備。人数が多いのでテントは二張り。二張りくっつけて並べると場所が狭くなるので、もう一張りは対岸の川原。
ここにはちょうど中州があります。石伝いにぴょんぴょん渉り、対岸まで往復できて便利です。

テントが張れたら、私は炊事の準備、男たちはウナギ釣りの仕掛けをしに支流へ。

「大きいウナギを釣るぞー、フフフ」

これまでの経験から、流れの緩やかな深い淀みには大きなウナギが棲んでいることはわかっていました。
大きさにこだわらなければ必ず一匹は獲れます。

その予定で食糧は調味料とお米の他はわずかな行動食と初日の食事のおかずだけです。
二日目以降は獲れたウナギを食べる計画でした。

ここで大きいのが釣れなくても三日間キャンプする間には一匹は釣れるでしょう。

一日目の夕食は持って来た缶詰やソーセージなどのおかずで済ませて、二つのテントに分かれて寝に行きます。
食事した所に近い側のテントには、Kさん、テッちゃんと私たち。
対岸のテントには3人の若い実習生たち。


翌朝、起きてすぐウナギの仕掛けの見回りです。


「ワッ!かかってる!!大きいぞ」

初っ端からもう釣れてしまいました。

「これは今までの最高記録だ!ビール瓶より太いぞ―」

リーダー大喜び。

本当に大きい!
一匹で二十人分のおかずになります。
残り三日分のおかずの心配は必要なくなりました。

大きいウナギを釣るというキャンプの目的はもうこれでアッサリ達成してしまいました。
もし大きいのが釣れていなければ、その後場所を移動してまた釣れそうな所にキャンプするつもりでした。
早々と釣れてしまったのでキャンプ地を移す必要もないわけです。

「ようし、もうこのキャンプではウナギ釣りは終わりだ」

「あ、そうなの」

「今日は今からここで宴会だ」

「え?もう?こんな昼間から?」

「お祝いだよ、酒呑もう」

ウナギを肴にみんなでお祝いの酒盛りが始まりました。

ウナギの大きさ新記録樹立で、喜んで少し飲み過ぎています。

みんな酔っ払って川に入って泳ぎ始めました。

そのうち調子に乗って、川岸の崖に登り、高い岩から川に飛び込む競争が始まりました。

「おおい、ここから飛んでみろ」

「なんだよ、もっと高い所から飛べよ」

中学生みたいな遊びが始まりました。

男子はおとなになってもスポーツや遊びでは心が子どもに戻ってしまうのでしょうか。

ジャングルの中の高飛び込みはだんだんエスカレートして行きます。

「あら、あんな高い所から…。怖いっ」

危ないことにならなければいいですが…。

   →アイ ハブ ア ハブ その2につづく


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大草原の小さな家 その9


大草原の小さな家 その8からつづく


今回でキャンプに行くのは何回目になるでしょう。

1回目 新婚旅行(無人島でしたが)
2回目 友人の家族とおとなしく常識的なファミリーキャンプ
3回目 イトマン川に流される
4回目 幻の滝(マヤグスクの滝で宙吊りアトラクション)

5回目以降はもう数えていません。

たぶん10回は超えているかと…。


キャンプ出発の日が近づくとカウボーイのリーダー、ウキウキしだします。
キャンプを一番楽しみにしているのもこの人かも知れません。

実習生が来るたび、友人が遊びに来るたびにキャンプに誘っています。
と言うより、キャンプに行きたくて友人を呼んでいると言った方がいいのです。

本土から我が家に遊びに来る知り合いはアウトドア大好き人間がほとんどです。


「みんな、準備はできたか?」

「はい、荷物は自分の着替えと寝袋、割り当ての食糧と食器、これだけでいいんですよね」

「長袖、長ズボンもだぞ、夜寝るときはブヨの大群に襲われるかも知れないし」

「は?ブヨ?」

「それから、靴下。湿った道を歩くからヒルに足元を食い付かれると思う。」

「え?ヒル?!」

「ズボンの裾は靴下の中に突っ込んで肌を露出させないことだ」

「は、はあ……」

「あ、それから懐中電灯は一人1個必ず持てよ。夜はハブがいるからな」

「ハブ?!!!」

「キャンプでハブに咬まれたら終わりだな。アハハハハ」

「う、……」

キャンプ、とても楽しそう ですねえ。


出発前日になるともう一つ準備があります。

「夜になったら、カエル獲りに行くのに、二、三人付き合ってくれよ」

「何するんですか」

「ウナギ釣りのエサだよ」

そうです、この数年は例のオオウナギ釣りにすっかりハマッテしまい、
いつしかキャンプの目的は毎回大きなウナギを釣ることになっていました。

何度も試しているうちに、エサは生きたカエルが一番いいという結論に達しました。
あの番組のビデオで名人のおじさんが言っていた通りでした。

キャンプに行ってから現地でカエルを捕まえていたのでは遅いのです。
出発の前にたくさん獲って生きたまま持って行きます。

夜遅く、実習生たちを乗せてトラックはカエルの多い田んぼに向かって行きました。
田んぼ近くでは道路の方にまでカエルが出て来て獲りやすいのです。

今日は荷台ではなく助手席の、しかも外のステップに実習生は立っています。
昔のバスガールみたいです。

トラックが走り、運転手のリーダーがカエルを見つけると停まって、
ステップで外の手すりにつかまっていた人はピョンと降りてカエルをすばやく捕まえて袋に入れて、
またサッとステップに飛び乗ります。

これを繰り返して、袋に一杯獲ったカエルは元気に袋の中で跳ねています。

夜更けに帰って来ると、カエルで動いている袋を明日持つ人に預けることになりました。

「え?誰が持つんだよ」

「リュックに入れるのか」

「そしたらカエルが死んじゃうだろう」

「カエルは肥料袋に入れたまま口を縛ってそのまま肩に担ぐんだよ」

「えええっ」

「そうだ、Kさんもいるんだった、交替で持つことにしよう」

隣の牧場のKさん、今回もキャンプに参加。
Kさんはもうすぐ牧場のアルバイトを退職して島を離れる予定です。
これがお別れのキャンプになります。

白い目の粗い合成繊維の肥料袋の中のカエル、少し透けて見えています。

袋は全体が跳ねているように動いています。

すごく 楽しそう なキャンプですね。

    
  →次回 アイ ハブ ア ハブ その1につづく



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大草原の小さな家 その8

大草原の小さな家 その7 からつづく


「行こう、行こう、キャンプ、なっ!」

「はい、そうですね」

実習生は、まあ、牧場で汗かいて仕事するよりはキャンプの方がラクかなあ、
くらいの気持ちで参加することにしたのでしょう。

一番キャンプを楽しみにしているのはもちろん、カウボーイのリーダーである、うちの夫。
当然キャンプのリーダーになります。


今回のキャンプは誰が行くのかな。

牛舎で牛をロープで捕まえようとしていた夫に聞きに行きました。

ロープで、と言っても西部劇でよく見るように馬に乗って投げ縄でするのではありません。
だいいち馬で牛を追うなんてしません。
ジープかオフロードバイクです。

竿の先にロープで作った輪を引っ掛けて牛の後ろからそおっと近づいて、ひょい、と牛の角に輪をかけます。
次に竿を抜いてロープを力強く引くと輪が締まり角から抜けなくなって、牛は「お縄」となります。

「ホントにみんなキャンプに行くのね」

アウトドアにはあまり興味がないヨシダさんが留守番を買って出てくれるのはわかっていましたから、
ここで言うみんなとは、テッちゃんを含めた実習生全員と、私たち夫婦のことです。

「それがさあ、井上だけ行かないって言うんだよ」

「へえ、なぜ?」

「コンタクトレンズの洗浄があるから水道のない所に泊まるのはダメだ、って言うんだよ」

「レンズはハードかな、ソフトかな。ハードなら大丈夫なんだけどな」

「じゃあ、それ、教えてやってくれよ。オレは視力1,5でコンタクトには縁がないから、そういうのわからないんだよ」

実習生がいつもいる部屋に行ってみるとちょうど井上君がいました。

「コンタクトだからキャンプ行かないって?行こうよ、キャンプ。
コンタクト、ハードなの?それだったら山の中でも付けはずしは大丈夫だよ。
私もコンタクトしたまま何度もキャンプに行ったことあるから。川の水もきれいだし…」

「いえ、そうじゃなくて、…いいんです、行かないです」

「え?何で?…」

「はあ、まあ、…」

「あ、そういうことか、要するにあまり行きたくないわけか」

井上君、照れ笑いしています。
後ろで聞いていたヨシダさんもニヤニヤしています。

結局この二人が留守番になってくれてキャンプ不参加となりましたが、
結果的にはこの人たちにとってそれがよかったことになったのです。

今回のキャンプは、今までの“ロープで宙吊り”とか、“川に流されそうになった”とか

そういう笑える失敗ではない、非常に痛い目に遭ったキャンプになったのでした。

出発前はそんなことになるとは、もちろん誰も予想もしなかったのです。


→大草原の小さな家 その9につづく


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大草原の小さな家 その7



大草原の小さな家 その6からつづく

牧場の夏の仕事で一番タイヘンだけど、大事なのが干し草作りです。

干し草作りと聞いて思い浮かぶ情景は・・・、

刈った草を人の身長ほどもある巨大なフォークで荷馬車に歌でも歌いながら山盛りに積んで、
馬に引かせてゴトゴトと、牛小屋に向かって夕日の中を進む。
山盛りに積んだ干し草の、さらにその上に家族が腰を下ろして荒野の中の細い一本道を揺られて行く。



なあんてことは忙しい現代の牧場にはありません。

そんな悠長なことをしていたら何百回も往復しなければならなくて、五十回くらい日が暮れてしまいます。



「今日は草を刈るからな、午後はがんばってくれよ」

草はカマで刈るのではありません。

1枚の牧草の畑でも1辺が長い所では200mはあります。
カマで刈るなんて、そんなことをしたら百回くらい日が暮れてしまいます。

午前中トラクターで牧草地をダダダーッと走って2時間ほどで刈ってしまいます。

ここでしばし休憩。

半日ほど日に当てて草を乾かします。
真夏の亜熱帯の強烈な日射しに照らされて夕方にはカラカラの干し草になっています。十分に干しておかないと腐って冬まで貯蔵できません。

春や秋には二日がかりで干して、刈った草を一晩牧草地にそのままにしておきます。
もちろん天気予報を見て雨が降りそうもないときだけです。
そういうときは干し草の香りが風に乗って数百mも離れた住宅の方にまで漂ってきます。
香ばしいというか、お日さまに当ててふっくらした布団のような、太陽の香りです。

次にまたトラクターで畝を作ります。
畝は幅約1m、長さは畑の1辺、つまり数百m。

畝を作ったらまた別の部品をアジャスターで取り付けたトラクターが走って
干し草を一抱えほどの大きさの束にしていきます。

稲刈りのコンバインのように畝に沿って干し草をかき集めて、
1辺が50cmほどの四角いかたまりにして細紐でしばってズッシリ重い草の小包のような物ができます。

トラクターに取り付けた機械の後ろから紐で縛られた直方体の干し草のかたまり(「梱包」と呼んでいます)が
ポトン、ポトンと、まるで固い「ウ○コ」のように地面に落とされていきます。

ここまでは全部機械でやります。
もしこれを全部手作業でやったら、200回くらい日が暮れて……(あ、しつこいですね、すみません)

人間はトラクターを運転、操作するだけです。

では何が人手がいるのか、というと、


地面に落ちたウ○コ…じゃなくて梱包をトラックで牛舎の近くの草専用の倉庫に運ぶのですが、
トラックの荷台に積む仕事が大変なのです。

数mおきに転々と落ちている梱包を拾って荷台に積みます。
広い草地で刈った大量の草はトラック何十台分もあります。

荷台には牛を運ぶ時のために鉄の柵が取り付けてあります。
これは簡単には取り外せないようになっていますから、開けられるのは後ろのフタだけです。
トラックにできるだけたくさん積んで移動しないと、
何百回も往復しなければならず、300回くらい日が…。ハイ、すいません。

荷台の横に付けた柵は1mくらいの高さがあります。
地面からすると柵の上までは3mはあります。

この柵越しに15kgほどはある梱包を投げ入れるのです。

上手に放り入れないと柵に撥ね返って戻ってきてしまいます。
ものすごく重いバスケットボールを使ってシュートするみたいなものです。

運動神経のよさそうな若い実習生でも、重いものを持つということは普段からやっていないと見えて初めはコツがわからず、なかなか入りません。

何年もやっていて慣れている従業員のヨシダさんやうちの夫、数ヶ月やってきたテッちゃんなどは
重い梱包をポンポンと玉入れのように投げ入れています。

トラックを運転して、働く人のスピードに合わせて少しずつ移動していく役は私が担当。

夕方陽が傾いてもまだ暑さは変わりません。
夏の石垣、これがまた日が長いのです。日没が夜8時頃です。

ジリジリ照る夕日を浴びて、トラックの荷台は草で山盛りにしていきます。
その山盛りの草の上にさらに実習生と従業員を乗せてゆっくりトラックは倉庫へと移動します。

デコボコでおまけに斜面を上がり下がりして進むトラックの荷台で揺られている実習生たち、風に吹かれてなんだか満足そうです。

草を満載したトラックは倉庫ですべて下ろして空にするとまた草地へ。

これを20回か30回か繰り返しているうちに本当に日が暮れました。
トラックのライトの灯りを頼りにまだ仕事は続きます。
暗くても熱射病になりそうな暑い日中に働くよりは楽です。

「あ、梱包の上に何かいる!」

フクロウです。

少なくなった梱包の上に止まってネズミかヘビかカエルをねらっているのでしょう。

トラックが近づくと音もなく飛び立っていきました。

真っ暗になってやっと広い草地のすべての梱包が運び終わり、この日の仕事は終了です。

シャワーを浴びていつもはバラバラに食事をしていた牧場のカウボーイたち、
こういうときは集まって庭か屋上でビアガーデンが始まります。

「みんな、今日はご苦労さんだったな」

「いえいえ、たくさん働いてビールがおいしいです」

「ところで来週、西表にキャンプに行かないか?
 週一回は休日という約束だったけど、今までほとんど休みなしで仕事してもらっていたからさ」

「西表ですか、行ってみたいです」

「キャンプ、楽しそうですね」

(楽しそう…だって?あらら、だいじょうぶかなあ)


その8につづく


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大草原の小さな家 その6


大草原の小さな家 その5からつづく

消防車が来たその夜、消えたとは思ってもちょっとまだ心配です。

「もう完全に消えたかな?」

「消えたでしょう。消防士さんも言ってたじゃない」

「うん、だけど、火事の時、一度消えたと思っても、布団なんかまた後で燃え出すこともあるらしいじゃないか」

「それは聞いたことがある」

「見に行こう」

「今?!」

「そう、今」

「こんな夜中に?}

「今見なきゃ意味ないだろ」

「そうでした、そうですね」

夜遅く、街灯もない真っ暗なデコボコ道を夫婦で軽トラに乗って火事跡の現場に。

懐中電灯を照らして山に入って行きます。
いつも見慣れていた牧場内の山ですが、夜に見るとまた不気味。
放牧場から山に入ってすぐ、

「あ、まだ火が残ってる」

鎮火しても焼け残った木の幹に小さな赤い色が光っています。
色が青でないからホタルと見間違えたのでないことは確かです。

周りは水浸しですし、燃え移ったり、広がることはないでしょうけど。
焦げ臭いにおいと煙臭いのがまだ消えてはいません。

「まあ、一応は大丈夫ということかな」

ちょっと気になるところはあるものの、なんとか眠ることはできました。

翌日からは、

「風のある日は火を付けるなよ、山に近い所は要注意!」

「はい、わかりました」

実習生たちは放牧場で牛の食べない迷惑な潅木を見つけても火を使わずに駆除しています。
つまり、クワ、ナタ、カマを使って人海戦術で伐採です。

「固ったいナ、この木」
「根っこまで取らないとまたすぐ生えてくるぞ」
「クワを使えよ」
「それも固いよ、土がガチガチで」
「もっと思い切り振り下ろして」
「えーい!」

   ……ガキッ!

「あら、深く入って抜けなくなっちゃった」
「しょうがないな、なんとかしろよ」
「ようし、ぬわーっ、!!!」

……ボキッ!!…

「あ」
「あ!」
「あああっ!!」

「折れた…」

「折れたんじゃなくて、折った、って言うんだよ、そういうの」

まったく、深く地面に刺さったクワを力任せに起こそうとするもんだから、丈夫な鉄のクワの刃が根元からボッキリ折れてしまいました。

農学系とは言ってもカマやクワの使い方なんて、実家が農家の三ツ井君以外は全然わかっていません。

「ああ、もう!」
「仕方ない、これは後でオレが溶接で修理して使えるようにするよ」
「すいませーん」

と言いながら実習生は顔が笑っています。


昼の休憩が終わる頃に実習生たちは中央広場に集まって先輩の指示を待っています。
住宅のすぐそばの家庭菜園をいじっていると、暇そうに実習生たちが寄ってきます。
先輩の従業員が来るまで手持ち無沙汰なようなのでまた遊んであげることにしました。

「それ、なんですか?」
「ヘチマよ、実は若いうちに食べるのよ」
「タワシを食べるんですか?!」
「タワシじゃないよ、沖縄では、まだ未熟な実を汁や炒め物で食べるのよ」←本当です。
「へええ」

「これは…?」
「あ、それはね、石垣島のサクランボです」(ウソ、本当は唐辛子です)
「へええ、これが」

次のセリフを言う前に実習生は赤い実をプチッともいでパクッと口の中へ。

「あ、それ…」

次の瞬間、奥歯で ジャリ と噛んだ音がして………

  「ギャーオー!!!」 


プテラノドンみたいな叫び声が出ました。

そりゃそうです。島唐辛子と言って、小粒でも辛さは一級。
タイ料理でも使われている一番辛い唐辛子。
タイ語では“プリック・キイ・ヌー”直訳すると“ネズミの糞の唐辛子
形がネズミの糞と似ています。

ひぃっ!ひぃっ!

口の中の火事を外の手洗い用の水道で消しています。

「やっぱりな、サクランボって言うのはおかしいと思ったんだよな」

引っかからなかった人は笑っています。
そういえば以前の従業員だったシマヤさんも農学部出身だけど同じ手に引っかかりました。
そして、その後忘れた頃に、

「まだ緑の実は辛くないんだよ」

と、私が言い終わるか終わらないうちに青い実を摘んで、止める間もなく、

「パクッジャリワオー」

となって、プテラノドンの口から火が吹いていました。

          →その7につづく


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大草原の小さな家 その5


  →大草原の小さな家 その4 からつづく

(山火事…って、どうなっちゃうの?!)

従業員と実習生と、慌てて軽トラの停めてある広場に全員集合.
午前の仕事が終わってシャワーを浴びてくつろいでいたところだったので、みんなあたふたと作業着を着ながら走って来ます。
長靴もちゃんと履けずにガポガポしながら寄ってきた人を見て、

「あ、オレサンダルで来ちゃった。替えて来るわ」

上着のボタンを掛け違えている人も。みんな相当焦っています。消防士さんはこういうときも冷静なんでしょうか。


軽トラの荷台にドラム缶や大型ポリペールを積んでそれに水を溜めます。水道の蛇口からホースで入れるだけでは間に合いません。広場には牛に飲ませる水を溜めておく小さなコンクリのプールが作ってありました。
ここからも水をドラム缶に入れていきます。その間に牛舎や風呂場などを走り回ってありったけのバケツ、洗面器など、水の汲めるものなら何でもかき集めます。それとボロ布や捨てていいようなボロ毛布、ほうきも。

軽トラの荷台に水を積んで、人間は乗り切れないのでバイクと3tトラックで煙の上がっている山に向かって出動です。

放牧場の奥まで軽トラを乗り入れてバケツリレーがスタートです。

広い牧草地に火が付いてメラメラ、パチパチとどんどん燃え広がって行きます。
これ以上広がらないように燃えている最先端に行って水をかけます。同時にボロ布やバスタオルの古いのを濡らした物、ホウキも使って炎を叩いて消します。とにかくどんな手を使っても延焼をくい止めなければ。
風で煙がこちらに向かう場所ではゴッホン、ゴッホン。草地を走り回って小さな炎は長靴でも踏みつけて消します。

放牧場の火はそれ以上は広がらないと見ましたが、この時には山の中に火が入り始めていました。
煙に巻かれながら夢中でバケツリレーを繰り返します。軽トラの荷台の上でドラム缶からバケツで水をくみ出して下の人に渡す役目のヨシダさん、全身ずぶ濡れです。バケツを運ぶ私たちも煙で顔が真っ黒。シャツもズボンも靴もススで黒く汚れています。

荷台のドラム缶が空になってまた水を運んで来ます。何十杯、何百杯バケツリレーをしたでしょう。
完全消火とは行かないまでも、山の火ももう燃え広がる心配もないくらいになりました。

「ああ、よかった、もうすぐ消えるな」

「これだけ水をかけたからあとは自然鎮火するんじゃないか?」

みんなホッとしてやっと手を休めました。

すると、遠くから

「カーン、カーン、カーン…」

「ん?何?」

「もしや、…」

「消防車?」

誰が呼んだんでしょうか。たぶん煙を見たのでとんで来たんでしょう。
これだけの煙ですから近くを車で通った人が通報したにちがいありません。

消防車の人たちは山の際まで乗りつけてホースを伸ばして山の中に踏み入っていきます。

「ああ、もうほとんど消えてるな」

とは言うものの、ホースから噴出する水。大量ではなく細い水の線ですが的確に赤く燃え残っている木の幹に水を命中させて消しています。ドラム缶何本分の水も使わず鎮火しました。消防車が到着する前にもう私たちがほとんど消火していましたから。

消防士の人たちも落ち着いたものです。

「これでだいじょうぶですよ」

「責任者の方はどなたですか?」

「は、はい、私です」

「放牧場で野焼きする時は気をつけてくださいね」

「はい、すみません、ご迷惑をかけました」

「火入れをする時は届けを出してくださいね。それから燃やす時は風下から、かつ一箇所から火を付けて少しずつ燃やしてくださいよ」

……だそうです。

「あ、それから」

「はい」

「あとで始末書を書いてもらいますので、消防署に来てください」

「はい」

「それから、奥さん」

「は、はい」

「これでまた本を書くネタができましたね、フフフ」

あらら、分かってたのね。

そうです、実はこの2年前にノンフィクションを書いて出版したのでした。
新婚旅行で無人島へ行って自給自足で12日間暮らして、最後に森でイノシシを獲って帰ったこと、都会育ちが牧場で初めて体験してビックリの「ど田舎」の暮らし、などを書いたものです。石垣島や沖縄県内では結構売れて増刷を4刷りまでしました。その後映画化もされましたが、こちらはさっぱりでした。でも島の人には本がおもしろいと評判でした。(自分で言うのもなんですが)

この時は本が書けるぞ、と喜んでいたわけではありません、もちろん。

消防車も帰って行き、疲れた身体で片づけをしていました。

草地は広い範囲で燃えた跡が黒いこげ跡になっています。

ぼんやりとこげ跡を歩くのは野田君。

「どうしたの」

「麦わら帽子が…」

「どこに脱いだの?」

「軽トラを降りて、火からずうっと遠くに置いといたんですけど」

大事なテンガロン麦わら帽、ここなら火が届かないだろうと思っていた場所に確保したはずなのに。

「燃えちゃいました」

気の毒に、どこにあったかわからないくらいにきれいサッパリ灰になってしまいました。

         →その6につづく

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大草原の小さな家 その4


大草原の小さな家 その3からつづく

プテラノドンが飛んでるなどとバカなことを言ってると、

「何やってるんだ、仕事行くぞー」

さっそくカウボーイのボス、つまり牧場の管理責任者である夫の声。

実習生たちは作業着に着替え、持ってきた荷物の中から出した長靴に履き替えて出動です。
暑いので野球帽を被り、野田君だけはお気に入りの麦わら帽子着用。
まずは放牧場の見回り。これは先輩のテッちゃんが教えながら行きます。

「牛、みんな真っ黒なんですね」

黒毛和種ですからね。白黒ぶち模様のホルスタインとはちがいます。

「数えても判らなくなっちゃうよ」

牛の耳には『耳標』と呼ばれるタグが付いていてその番号を見れば識別できますが、すぐそばまで行かないと見えません。

「毎日観察していると牛の体型や角の形なんかで区別できるようになるよ」

そうです、毎日見ていると牛の姿も人間と同じように一頭ずつ個性があるのです。
トラクターの運転より牛の観察が得意なヨシダさんは遠くから見た牛のシルエットだけで
「あの牛は76番です」と言い当てます。牛も動物好きの人にはなつくのか、側に寄っても牛は安心して草を食べています。

「……43、44、45、46、…あれ?ずっと向こうの牛に誰か乗ってる!」

「あ、ホントだ、人が乗ってる」

ヨシダさんです。一番おとなしくて人によく馴れているお気に入りの牛の背中に乗って牛の頭数を数えています。これで目線が高くなり、遠くの牛の姿もよく見えて数えやすくなります。

特に具合の悪い牛もなく健康なようです。柵も点検して壊れそうな箇所を直していきます。

放牧場の境目の柵はよく見ておかないと柵の切れ目から牛が逃げてしまいます。

朝は牛舎で牛のエサやりと放牧牛の見回りが終わると住宅の方に戻って朝食、その後長い休憩です。
亜熱帯の夏は強烈な日射しと気温で昼間は外で長時間は働けません。
熱射病になっちゃいます。

そして夕方陽が西に傾き始める頃にようやく夕方の仕事開始。それでも涼しくはなりませんが。炎天下よりはましです。太陽が真上にある間はひたすら身体を休めないと持ちません。

その分、夏場は午後8時を過ぎないと暗くならないので遅くまで労働することになるからです。

仕事に慣れて数日経ったころ、いつものように日中の暑い時間帯は部屋で休憩していました。
実習生たちも休憩時間なのですが、若くて元気のある学生たちですから長い休憩は要らないようです。この時間帯にサンゴ礁の浜に下りることもあるし、仕事時間外なのに熱心に放牧場の見回りを自主的にしている人もいます。
まじめなテッちゃんです
私たち夫婦は力を温存しないと夜まで続かないので昼寝です。

しばらく経ってからガラス戸を叩いて呼ぶ声がします。
テッちゃん、走ってきたのか、息せき切っています。

「先輩!…ハァッ、ハァッ…、お願いします、ハァッ、ハァッ…すぐ…来てください!」

「どうした?テッちゃん」

テッちゃん泣きそうな顔してます。

「乾いたチガヤに火を付けていて、…ハァッ、…風で火が…ハァッ…山に…移って……」

 「なにぃ?!!!山火事ぃ??!!」 
 

慌てて外に出て後ろの山を振り返って見ると、山と放牧場の境い目の辺りから煙が上がっています。
この日は風があって、しかもだいぶ前から晴天が続いて乾燥していました。

「こりゃ、エライこっちゃ!……、みんな準備しろ、山火事だ!」

昼寝中だったり、くつろいだりしていた実習生たちを起こして回ります。

「みんなで何とかして消すんだ!!」

大変なことになりました。実習生と私たち、従業員入れても8人しかいません。この人数でバケツリレーで山火事消えるんでしょうか。

  →その5につづく



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