大草原の小さな家 その3
→大草原の小さな家 その2からつづく
新しい実習生は、細身の三ツ井君、背の高い井上君、小柄な西浦君、オシャレなテンガロンハット風の麦わら帽を被った野田君、の4人です。
牧場から迎えに行ったのはもちろんいつものトラック。当然、荷物と実習生は荷台です。
そして交番の前を通る時は例によって「みんな、伏せろー」です。学生たちはよく理解できないまま荷台に寝ています。
交番を過ぎると急に開ける景色。こんなに青い海を、長野の大学から来た学生たちは見たことがあるでしょうか。感動したのか、疲れているのか、学生たちは無言で荷台で風に吹かれて海を見ています。
30分走って細いデコボコ道を抜けると突き当たりに突然牧場が現れます。
トラックから降りた実習生たちは急に顔が輝きます。
「広い!」
そうです。見渡す限り緑の草地。トラックを停めた駐車場代わりの広場の周りに牛舎、住宅、倉庫と作業場が集まって、その外側の放牧場、その向こうの丘とさらに遠くの防風林と海。
もしここがリゾートホテルなら最高級のロケーションです。
あるいはもし収容所だったら脱出逃亡不可能な場所。
それくらい人里離れた牧場です。
「あ、珍しい鳥がいる」
そうです、八重山地方と呼ばれる石垣、西表を含むこの辺りは、昆虫でも鳥でもカエルでも日本本土のものとは少しずつ種類が異なります。セミやカエルの声もちょっとずつ変わっているわけです。
(少しからかってやるか、ククク……)
「ああ、あの鳥ね」
「大きい鳥ですね、見たことないや」
「あれはね、ヤエヤマシソチョウと言ってね」
すました顔で静かにウソの説明を始めます。本当はムラサキサギという鳥です。羽を広げると1、5mくらいはある大きな鳥です。
「ハァ?シ、始祖鳥?!」
「プテラノドンの仲間なの。恐竜時代の生き残りね」
ムラサキサギは頭もクチバシも大きくプテラノドンに似てなくもない。生きたプテラノドン見たことないですけど。
もうヤケクソで恐竜も鳥類もごっちゃになってる。
「え?えええっ??!!そんなのいるんか…」
一番純朴そうな西浦君はすっかりだまされています。
ムラサキサギの鳴き声は「ギョエーッ、ギョエーッ」というけたたましい声です。それがいかも恐竜らしく見せています。“ジュラシック・ファームへようこそ”
生きた化石とも言われるイリオモテヤマネコが今も西表の森を歩き回っているし、特別天然記念物のカンムリワシも普通に頭の上を飛び回っている場所ですから、始祖鳥と言われてみればそれもありかなあ、と思うようです。まったく無知と言うか純真と言うか。
テッちゃんだけはニヤニヤしています。数ヶ月前に、もうその洗礼は受けています。
いえ、テッちゃんは、騙そうとしましたが「ウソだあ」とすぐ見破られました。
「……なあんちゃって、ウソだよー、ケケケケ」
「ええっ、なあんだ、信じてたのに」
それを聞いていたのか、いなかったのか、次は井上君、
「そこに見える島は何ですか?」
目の前に横たわる大きな島、すぐお隣の西表島です。石垣の最西端のここからは西表に一番近く、20kmほどしか離れていません。天気のいい日は島影がくっきりと見えます。手前の海岸道路に車が走っているのが蟻んこくらいの大きさに見えたり、小学校の体育館らしき建物もわかります。
「ああ、あれは台湾よ」
わざとサラリと言ってのけます。
「ヘエエエエーッ!台湾、こんなに近いんだ!」
「うん、那覇に行くより近いもんね」←これは本当です。
「そうですね、地図で見るとそうですね」
私は噴出しそうになるのを抑えて視線をそらしながら続けます。
「数年に1度は台湾のテレビ放送が見られるよ」←これも本当です。
「へえ、電波届くんだ」
ウソと本当のことを適当に取り混ぜて話すのが信憑性があってよいのです。
「でもこんなに近いか?泳いで行かれそうだな」
井上君と三ツ井君が話しているのを聞いて、私は笑いたくなるのをこらえて下を向いていました。
テッちゃんの方を見ると、やっぱりわざと顔を横に向けて、(クックックッ)と気付かれないように声を出さずに
笑っていましたが、私と目が合って途端に二人で噴出してしまいました。
「アッハハハハハ、んなわけないジャン、ハハハハハハ」
「えええ?」
「当たり前でしょ、台湾よりずっと手前の与那国島だって全然見えないわよ、地理オンチ!台湾まで何kmあると思っているのよ」
今までに初めて牧場に来た人たちにはこうやってだましてからかって遊ぶのが暇つぶしにいいのでした。
トイレに行ってたのか、テンガロン麦わら帽の野田君が遅れて来ました。
「みんな何見てるの?」
他の人たちが見ている海の方を見ます。
「…あの島さ」
「何、あの島」
「フフフ、台湾だってさ」
「ヘエエエエッ、台湾、こんなに近いんだ、知らなかったなあ」
プッ、ククククク・・・・・・・
また笑いをこらえる人数が増えました。
→その4につづく (この話は一部フィクションです)
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