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大草原の小さな家 その3


大草原の小さな家 その2からつづく

新しい実習生は、細身の三ツ井君、背の高い井上君、小柄な西浦君、オシャレなテンガロンハット風の麦わら帽を被った野田君、の4人です。
牧場から迎えに行ったのはもちろんいつものトラック。当然、荷物と実習生は荷台です。
そして交番の前を通る時は例によって「みんな、伏せろー」です。学生たちはよく理解できないまま荷台に寝ています。
交番を過ぎると急に開ける景色。こんなに青い海を、長野の大学から来た学生たちは見たことがあるでしょうか。感動したのか、疲れているのか、学生たちは無言で荷台で風に吹かれて海を見ています。

30分走って細いデコボコ道を抜けると突き当たりに突然牧場が現れます。
トラックから降りた実習生たちは急に顔が輝きます。

「広い!」

そうです。見渡す限り緑の草地。トラックを停めた駐車場代わりの広場の周りに牛舎、住宅、倉庫と作業場が集まって、その外側の放牧場、その向こうの丘とさらに遠くの防風林と海。

もしここがリゾートホテルなら最高級のロケーションです。
あるいはもし収容所だったら脱出逃亡不可能な場所。
それくらい人里離れた牧場です。

「あ、珍しい鳥がいる」

そうです、八重山地方と呼ばれる石垣、西表を含むこの辺りは、昆虫でも鳥でもカエルでも日本本土のものとは少しずつ種類が異なります。セミやカエルの声もちょっとずつ変わっているわけです。

(少しからかってやるか、ククク……)

「ああ、あの鳥ね」

「大きい鳥ですね、見たことないや」

「あれはね、ヤエヤマシソチョウと言ってね」

すました顔で静かにウソの説明を始めます。本当はムラサキサギという鳥です。羽を広げると1、5mくらいはある大きな鳥です。

「ハァ?シ、始祖鳥?!」

「プテラノドンの仲間なの。恐竜時代の生き残りね」

ムラサキサギは頭もクチバシも大きくプテラノドンに似てなくもない。生きたプテラノドン見たことないですけど。
もうヤケクソで恐竜も鳥類もごっちゃになってる。

「え?えええっ??!!そんなのいるんか…」

一番純朴そうな西浦君はすっかりだまされています。

ムラサキサギの鳴き声は「ギョエーッ、ギョエーッ」というけたたましい声です。それがいかも恐竜らしく見せています。“ジュラシック・ファームへようこそ”

生きた化石とも言われるイリオモテヤマネコが今も西表の森を歩き回っているし、特別天然記念物のカンムリワシも普通に頭の上を飛び回っている場所ですから、始祖鳥と言われてみればそれもありかなあ、と思うようです。まったく無知と言うか純真と言うか。

テッちゃんだけはニヤニヤしています。数ヶ月前に、もうその洗礼は受けています。
いえ、テッちゃんは、騙そうとしましたが「ウソだあ」とすぐ見破られました。

「……なあんちゃって、ウソだよー、ケケケケ」

「ええっ、なあんだ、信じてたのに」

それを聞いていたのか、いなかったのか、次は井上君、

「そこに見える島は何ですか?」

目の前に横たわる大きな島、すぐお隣の西表島です。石垣の最西端のここからは西表に一番近く、20kmほどしか離れていません。天気のいい日は島影がくっきりと見えます。手前の海岸道路に車が走っているのが蟻んこくらいの大きさに見えたり、小学校の体育館らしき建物もわかります。

「ああ、あれは台湾よ」

わざとサラリと言ってのけます。

「ヘエエエエーッ!台湾、こんなに近いんだ!」

「うん、那覇に行くより近いもんね」←これは本当です。

「そうですね、地図で見るとそうですね」

私は噴出しそうになるのを抑えて視線をそらしながら続けます。

「数年に1度は台湾のテレビ放送が見られるよ」←これも本当です。

「へえ、電波届くんだ」

ウソと本当のことを適当に取り混ぜて話すのが信憑性があってよいのです。

「でもこんなに近いか?泳いで行かれそうだな」

井上君と三ツ井君が話しているのを聞いて、私は笑いたくなるのをこらえて下を向いていました。
テッちゃんの方を見ると、やっぱりわざと顔を横に向けて、(クックックッ)と気付かれないように声を出さずに
笑っていましたが、私と目が合って途端に二人で噴出してしまいました。

「アッハハハハハ、んなわけないジャン、ハハハハハハ」

「えええ?」

「当たり前でしょ、台湾よりずっと手前の与那国島だって全然見えないわよ、地理オンチ!台湾まで何kmあると思っているのよ」

今までに初めて牧場に来た人たちにはこうやってだましてからかって遊ぶのが暇つぶしにいいのでした。

トイレに行ってたのか、テンガロン麦わら帽の野田君が遅れて来ました。

「みんな何見てるの?」

他の人たちが見ている海の方を見ます。

「…あの島さ」

「何、あの島」

「フフフ、台湾だってさ」

「ヘエエエエッ、台湾、こんなに近いんだ、知らなかったなあ」

プッ、ククククク・・・・・・・

また笑いをこらえる人数が増えました。

 →その4につづく   (この話は一部フィクションです)

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大草原の小さな家 その2

  →大草原の小さな家 その1からつづく

ここの牧場は、島の空港のある市街地から20kmくらい離れています。
5万人近くの島の人口のほとんどが島の中心地に集中しているので、市街地を外れると、ほとんどがサトウキビ畑。
島を一周する一本道の海岸道路からはサンゴ礁の海と 畑と 山の緑だけの景色が続きます。

その信号のない片側1車線の幹線道路を車で30分ほど走り、さらに防風林に挟まれた未舗装の細いデコボコ道に入って4km行くと、突き当たりにパッと開ける岬。(このデコボコ道は後に舗装されましたがそれは10年も先のことです。これはまだ水道も通ってなかった1980年代の話です。)
そのサンゴ礁の海に突き出した岬全体が牧場です。

街から遠く不便な場所ですが朝も夜も牛の管理をするので従業員は住み込みが原則です。

当時この牧場に住んでいるのは私たち夫婦、前出の山岳部出身のシマヤさん、農業は未経験だけど動物好きのヨシダさんが常駐していました。
ふだん牛にエサをやるだけのときはこのメンバーで充分なのですが、牛に食べさせる干草を大量に作る時や牛の群を移動させる時、牛をセリ市場に売るために運ぶ時などは人手が足りないので短期募集をします。
短期と言っても夏の1~2ヶ月だけとか、一ヶ月に3日だけ、なんて都合よく人を集められるはずがありません。
そこで、

「実習生」を受け入れます。ちょうど大学の夏休みに合わせて、母校の大学の農学系の数人の学生を実習生と言う形で受け入れてアルバイトしてもらうことにしました。

キャンプにいっしょに行ったミイちゃんも、親戚ではありますが実は実習生の身分で住み込みで数ヶ月間働いてもらっていました。

その年は夏休みよりだいぶ早くに一人の実習生が来ました。夫の大学の農学部の後輩のテツヤ君です。通称「テッちゃん」。
まじめで明るくハキハキした好青年です。この実習生のテッちゃん、まじめなのにいろいろなことをやらかしてくれたのです。

テッちゃんには私たち夫婦の住む家族用の住宅から10m離れた別棟の独身者用の建物に住んで自炊してもらうことにしました。そこは数年間シマヤさんが住んでいましたが事情があってこの年に石垣を離れることになり、テッちゃんの到着と同じ頃に退職したのです。

牧場では100頭近くの牛のほとんどが放牧です。放牧だから放っておけばいい、というわけではありません。柵の切れ目から逃げる牛や具合の悪い牛がいないか見回ることも必要です。

初めは先輩の従業員である夫がいろいろと教えてあげています。

「テッちゃん、見回りの内容を教えておくからね」

「はい」

少し高い丘の上に立って、緑の地面に散らばる黒い牛の数を数えます。

「区画ごとに入れてある牛の数を数える」

「牛が歩き回って動くから数えにくいですねえ」

何回も数えなおしています。

「放牧場の草には牛が喜んで食べる草と、ぜんぜん食べない草があるんだ」

「ところどころに牧草以外の草も生えていますね。チガヤとかイバラとか」

「長いこと肥料をまいてないから牧草が雑草に負けてくるんだ」

「放置しておくとますます牛が食べない草がはびこって牧草の面積が減りますね」

「その通り。だからイバラやランタナみたいに牛の嫌いな草は見つけたらクワで掘って根っこから除去する」

「はい、がんばります」

「でもタイヘンだから、よく乾いたチガヤの株などはこうやって火を点けて燃やしてもいいよ

ポケットからライターを出した夫は薄茶色のススキのようなチガヤの株の根元に火を点けました。この年は雨が少なく、チガヤは水不足で枯れかかっていました。火が付くと乾燥したチガヤはメラメラ、パチパチと勢いよく燃え出してあっという間に燃え尽きて、同時に燃える物がなくなったので火は間もなく消えてしまいました。
チガヤの周りには、地面すれすれまで牛が食べつくしてゴルフ場の芝生のように短くなった草の一部があるだけです。燃える物は他にありません。

朝も夕方も亜熱帯の夏の牧場は清清しいというより、とにかく暑いのです。

西部劇の中で登場するカウボーイは、スエードのズボンやジーンズにフランネルかギンガムチェックのシャツを着てカッコイイと言うイメージですが、ここではそんな恰好では働けません。
Tシャツに薄手の綿のズボン、それも200mくらいの区画を一回り見回るだけでも汗びっしょりでシャツを一日何回も替えることになります。
北国の牧場でツナギの服やサスペンダー付きのズボンで作業しているのをテレビで見ましたが、暑い国では熱中症になります。

「農業機械も使うので本当は安全を考えて長袖長ズボンの地の厚い生地の方がいいんだけどな」

「厚いのは暑いですね」

「うん、オレなんか暑がりだからなるべく薄い生地のズボンだよ」

何度も洗濯して生地が透けて見えるほどになって、しかも放牧場の囲いの有刺鉄線にしょっちゅう引っ掛けてかぎ裂きを作っているのでズボンはボロボロです。どこの国のホームレスでもこんなにひどいズボンは履いていないと思います。

(あああ、『大草原の小さな家』の父さんのマイケル・ランドンはもっとカッコよかったと思うんだけどなあ・・・)

そういう私もローラ・インガルスのようなギャザーかフレアーのロングスカートに白いエプロンでるんるんと坂をスキップして下りてくる・・・・・・・・・・わけではありませんでしたから。

そして夏休みに入ると、テッちゃんより学年の下の学生が4人も実習に来ました。

この夏は実習生テッちゃんが大活躍というか大失態というか、とにかくよく活動した年でした。

  →大草原の小さな家 その3へつづく



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大草原の小さな家 その1

→前回 幻の湖 その5 からつづく


私たちは一年中キャンプばかりしているわけではありません。

普段はきちんと仕事をしています。牧場で働いているのです。

ここから南の島の牧場の生活の話がしばらく続きます。
興味のない方は数日後にまたご訪問ください。
またその頃に、さらにはげしくなるあぶないキャンプや厄介な事件を起こしてくれた実習生の話を書く予定ですので。

沖縄県の石垣島の端の方にある岬の牧場で、肉牛を飼っています。

日本では普通、牛の牧場というと乳牛か肉牛か、のどちらかです。
牛乳を搾るための牛は、それ専用に改良されたホルスタインなどの牛が使われます。
肉牛の場合は、和牛では黒毛和種というおいしい肉が取れる肉用牛が使われます。
この種類は牛肉にすると脂がのって柔らかくおいしいのですが、牛乳は搾れません。
自分の産んだ子牛に飲ませる分の乳を出すのもやっとです。

知らない人は牧場と言うと「新鮮なミルク」を連想しますがそれは乳牛の牧場だけです。

ここの牧場に来たばかりの頃、都会から引っ越してきたような奥さんが入れ物を持って、

「牛乳を分けてくださいませんか」

と言って来ました。突然のことで、(なんだろうか)、とふしぎに思いましたが、買い物にも不便な田舎なので料理に使う牛乳を切らしたのかとも考え、

「?・・・すいませんねえ、今、買い置きの牛乳はうちにはないんです」

「?・・・あ、ないんですか、・・・?・・・そうですか・・・」

と言って去っていきました。

あとで考えると、牧場だから絞りたての牛乳を分けてもらえると思ったのでしょう。

そう思うのも無理はありません。

それまで都会で何年も教師だけをやってきた私も、結婚して牧場に来るまではそういうことは知りませんでした。

ここは肉牛の牧場だから毎朝毎夕の乳搾りの仕事はありません。

では何が仕事か、というと、牛の世話です。

毎日エサをやって水を飲ませることです。

牛というのは大量に食べて飲むのです。牛飲馬食とはよく言ったものです。

エサの中心は草、あとは JA(当時は農協と言いました)やエサ会社から買う家畜用飼料です。

水は牧場の近くの谷からポンプで汲み上げ長いパイプで引いて来てありますから水汲みの仕事はありません。そこまでやっていたら体が持ちません。

数年に一度ポンプのモーターが故障して水が出ないことがありました。その時は、人間がすっぽり入るくらいの大きなポリペールを牛舎に置いて、そこに軽トラックでドラム缶に入れた水を運んで飲ませました。
直径80cmはあろうかというポリバケツの化け物のようなペールでも、牛が3頭も顔を突っ込むと、大きな牛の頭で一杯になります。

犬のようにペロペロと舌を使うのではなく水面に直接口を付けて、

「ブチュー、ズズズー」

と吸って

「ガブッ、ガブッ、ゴブッ」

と飲みます。
コップの水をストローで吸うように、ペールの水面は見る見る低くなり底を尽きます。
牛舎にいる何十頭もの牛を満足させるには軽トラで何回も往復して水を運ばなければなりません。
それだけで一日が終わっちゃいます。

モーターが故障することは滅多にないですからいつもはこんなことはありません。

普段は牛舎の牛たちは「ウォーターカップ」という公園の水飲み場のような所で自分で水の栓を開けて飲みたい時に勝手に飲んでいます。
栓を開けるのは手で蛇口を捻るのではありません。牛はそんなに器用ではありません。

正面に付いたレバーを下に押すと水が出るような仕組みになっています。
鼻先でグイと強く押すとシャーッと勢いよく水が出て半球型のボウル状の流しに水が溜まります。これを、
「ズズズー、ゴブッ、ゴブッ」

と好きなだけ飲めるわけです。

レバーを押すと水が出るというのは敢えて教えなくても自然に覚えてくれます。

この便利なウォーターカップは広い放牧場にもいくつも設置してあって、放牧の牛たちもそれを使って水を飲んでいます。放牧場と牧草の畑を合わせると55ヘクタール、一般的にわかりやすく言うと、縦1km、横500mの大きさとほぼ同じと考えていいでしょう。

この面積に100頭近い牛のほとんどが放牧され、その牛の面倒を住み込みの数人の従業員がみているのです。
牛の群れを移動させたり、街に売りに行ったり、投げ縄のようなもので子牛を捕まえて目印のタグを装着したり(今では昔の西部劇のように焼印を押すのはありません)、そういうことをするのが仕事です。

そうです、私たちは南の島のカウボーイたちなのです。

幼い頃に白黒テレビで見たウェスタンのドラマ、カッコイイ西部の男たち、何でも手作り家事を上手にこなす優しいお母さん、想像していた素敵なカントリースタイルの牧場のカウボーイの暮らし・・・・・・・・




とは、ちょっとちがっていたのでした。何事も経験して見ないことにはわからないもんです。



 →大草原の小さな家 その2につづく

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幻の湖 その5

 
幻の湖 その4からつづく

今回のキャンプは精神的なショックがたくさんあって、フラフラになりながら何とか険しい道を登っていました。
(魚、猿、ミノムシ、と来て、次はどうなるんだろう・・・)

少し行くと道が急に平坦になり、明るく開けた広い河原に出ました。
岩場とは言っても大きく平らな岩で、ほとんどデコボコのない、実に歩きやすい岩の道です。

もうヘビをつかむ心配もないし、またいで通る倒木もチクチクするアダンの刺もない広い空間。
スタスタと自由に歩ける空間。

注意すべき点は強いて言えば川の流れで侵食されて岩に開いた穴があります。そういう穴を「ポットホール」と言うのだそうです。
たまにそこに足を取られる人がいることくらいです。
普通はそんな大きな穴が地面にぽっかり開いていれば気付きます。ふつうは・・・。

頭上に広がる青空。川の流れの音。鳥の声。

向こう岸の木々も澄んだ深緑色をしています。

「大自然てきれいなんだ、タイヘンなこともあったけど、やっぱり来てよか…っ…ワアッ!!」

その時私のすぐ後ろを歩いていた人、(たぶん I さんかO先生)が信じられない光景に目を白黒させていたのでした。

「ヘッ?!消えた!今ここを歩いていた人が、目の前の人が突然消えたよー」

前を行く人たちもその声に慌てて駆け寄ります。みんな集まりました。
ただ一人いないのは、







そうです、わたしです。

見事にポットホールに落ちたのでした。

人間が完全に入るくらいの直径がありました。マンホールに落ちたようにスポンと落ち込んでしまったのです。
リーダーは心配して穴を覗き込みます。

「オーイ、だいじょうぶかあ」

「だめだ、水がにごって何も見えない」

「もしや、川に流されて下流の方に行ったのでは・・・?」

そうだとしたら、大きな岩の床の下を通ってずうっと下流です。


実際には私は、よそ見をして歩いていて、後ろ向きに背中から穴に落ちたので、はまり込んで動けなくなってしまっていたのです。

幸い、リュックがクッション代わりになってどこも怪我はありません。

でも両手両足を空に向けたまま起き上がれません。

仰向けになって手足をバタバタさせてもがいていました。

まるで引っくり返った亀です。

ミノムシの次はカメでした。

「だずげでー・・・ブクブクブク・・・ぐるじいいい・・・ボゴボゴボゴ・・・」

高所恐怖症の私は閉所恐怖症になりそうです。

またもやメンバーに笑われ、助けられることになったのでした。


その後もどこをどう通ったのか覚えていないほど憔悴し、ただ前を行くひとの足元ばかり見て歩き続けていました。
それでもいつかは目的地に着くものです。
3日目についに発見、幻の湖。

苦労してたどり着いた『幻の湖』は、・・・・・・。

「ヤッホー、やっと着いた」

「やった!ついに幻の湖だ」

「あれ?」

「なに、これ」

「これが幻の湖なの?」

「なんかの間違いじゃない?」

「でもこれしかないよね」

「これだよね」

「これかぁ・・・」

憧れの湖、見て驚きました。

「これがウワサに聞く湖か。なんて小さな濁った沼だ」


それは湖と言うより、沼と言うより、池と言うより、



・・・・・・大きめの水溜り。

きれいでも何でもない、ただの茶色い池でした。

何がまぼろしなんでしょう。珍しくもない泥の沼。

山の中にひっそりと静かに存在するという所に幻の湖の価値があるのでしょうか。

それとも本当には美しい湖などはないので『まぼろし』と言われるのでしょうか。

夢の湖は夢のままで終わりました。

今のようにインターネットが普及していれば事前に資料を集めておいて幻の湖の写真も手に入れておいたかも知れません。でも当時は、行ったことのある人がどこの誰かもわからす、様子を聞こうにも聞くこともできないまま出発しましたからこういうことになるのでした。

とりあえず、目的の湖はこの目で確かめることができました。

「せっかくここまで来たんだから記念写真でも撮ろうよ」

「じゃあ、湖に入るか」

「えええっ、この濁った水に?」

「濁った温泉と思えばいいんじゃない?」

「その温泉て、何に効くんだ?」

「高所恐怖症」

「ん?え?」

「閉所恐怖症」

「あ・・・」

「ヘビ恐怖症」

「あああ、こらあ!」


あまりきれいには見えない濁った池でしたが全員首まで浸かりました。

得意の「服のまま入水」です。

水は暖かくはないのですが、真夏に汗をかいて歩き続けてきた身には気持ちの良い水浴びです。

みんなでにごり湯の露天風呂に入っているような雰囲気で記念写真をパチリ。

まあ、誰も怪我もなく、無事に帰還できたキャンプはそれだけで大成功です。

翌年のキャンプでは困ったことが起きて帰れなくなったことがありましたから。

その話はまたの機会に。

  →次の話「大草原の小さな家」につづく

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幻の湖 その4


その3からつづく

今まではキャンプで、猿になったり、ヤギになったり、魚になったりして来ましたが、今回はついにミノムシになったようです。
空中にザイルロープ一本でぶら下がったまま、ザイルは振り子のように揺れています。ザイルの先で私は木から糸で下がっているミノムシのように、何もできずにクルクルと回っているしかありませんでした。

今まで遊園地やディズニーランドで経験したどの絶叫マシーンもこの恐怖には勝てないでしょう。
テレビで見るバンジージャンプも恐ろしいと思いましたが、何の覚悟も心の準備もないまま、いきなり空中に飛び出した恐怖は言葉では言い表せません。
登山用ザイルが一人の体重で切れるはずはありませんが、命綱一本で岩から吊り下がっているというのは高所恐怖症の私には死ぬほど怖いのです。私はトビ職には絶対になれないと再確認しました。
ザイルにしがみついてキャァキャァ叫んでいるその頭上から私の名を呼ぶ声が聞こえます。
天国からお迎えの天使の声ではありません。ミイちゃんです。

ああ、そうだ、岩の上には何人も男の人がいたんだ。
ミイちゃんが私を呼ぶ声に続いて、

「ヨーイショッ、ヨーイショッ、ヨーイショッ・・・」

力強い男性コーラスのような声に合わせてグイッ、グイッ、とザイルが引き上げられていきます。それとともに私の体が上に持ち上がって行って、岩の上にいる人たちの顔が見えてきます。

初めに心配そうに覗き込んでいるミイちゃんの顔が目に入りました。彼女はずっと私の名を呼び続けてくれていました。
続いてその後ろでロープを引いているシマヤさん、

あれ?ロープを引きながら楽しそうに笑っている。
あ、その後ろで一緒に引いてくれているほかの男性たちも声を出して笑っている。

な、な、なんだ、私が死にそうな恐怖感を味わっている時にミノムシ状態の姿を見て、みんな大笑いしていたのか。
でもまあ、助けていただいたのですから、不満は言いません。

ようやく滝の上に上がって命拾いしたと、ホッとして落ち着いて見ると、滝の上に先に着いていた人たちはみんなでお腹を抱えてゲラゲラ笑っています。私のすぐ後ろには最後に登って来たリーダーがもう追いついて来ていっしょになって大笑いしています。
「アハハハハハ、お前、ミノムシみたいだったな、ワッハッハッハッハッハ」

この滝登りで、すっかり心のエネルギーを使ってしまいました。その後はなんとかみんなの後をついていくだけでした。
滝の上には川に沿って岸を進むと、岩だらけになっている所があります。急な傾斜地ではすでにヘトヘトになっている私はそばにある木の枝枝でも根っこでも蔓でも、手当たり次第につかんで登っていました。

『溺れる者はワラをもつかむ』と言います。
ワラではないにしても、よく見ないと安全でない物もつかんでしまいます。

つかんだ枝が枯れ枝で、途端にポキンと折れて、ズルッとこけます。

「わあっ」

慌てて近くの丈夫そうなツルをつかむと、今度はそれが、切れはしませんがズルズルッと長く延びてまた自分の体が下にずり下がってしまいます。

「わあ、みんなに置いて行かれるぅ!」

最後尾の自分よりずっと前を歩く I さんに追いつこうとスピードを上げて両手両足を懸命に使って前進しようとしました。もう恰好なんてかまっていられません。猿は猿でも岩伝いに器用にピョンピョンと身軽に飛び移るニホンザルではなく、半分這って半分猫背で立って進む類人猿のようになっているのが自分でもわかりました。類人猿はリュック背負っていませんが。

枝でも何でもどんどんつかんで。
やっと I さんに並びそうに近づいてきました。

そのとき、つかんだ枝に一瞬ですが違和感を感じました。

(あれ?何だ?この枝、感触がちがう・・・)

伸ばした手元を見ると、握っていた細い枝は、

ぐにゃり
と柔らかく動きました。

!・・・ヘ、ヘ、ヘ・・ビ・・・

驚きの表情で口を開けたままですが声が出ません。

3秒後に息を吸ってやっと溜めておいた声が出ました。すごい声が。

「ギャアーオーワーギャー!!」

だいぶ前を歩いていたリーダーにもこの声は聞こえたようです。

「ナンダ!ど、ど、どうした!」

「ハア、ハア、ヘビ・・つかんだ」

「ハブか?」

「ううん、ちがう、ヘビだった」

石垣や西表ではヘビに出会ったらそれが毒のあるハブか、それ以外の毒のないヘビかをまず瞬時に確認します。一番確実なのは頭の形を見ることです。

ハブはアゴの両脇に毒を貯める袋があるので、エラが張ったようにアゴが外側に張り出し、頭が三角に見えます。それに対して毒のないヘビは頭から胴体まで流線型をしています。

息が止まって、叫び声を上げるまでの短い時間にそれはすかさず見ていました。

「何だ、ハブじゃないのか、驚かすなよ、ビックリした」

ハブではなかったので少し気が落ち着いてきた私はやっと息が戻りました。

「ハブだったらどうする?」

「捕まえるさ」

生きたハブは買い取ってくれる所もありましたが、こんな山の中では引き取ってくれる所まで持って帰るのはタイヘンです。売らなくても自宅で強い酒に漬けてハブ酒を作ったこともありました。ハブ酒はみやげ物屋などの店で買うと何千円もします。大きなハブなら1万円以上する物もあります。

「キャンプに来てハブ獲ってどうするの?生きたまま持ち帰れないでしょ」

「じゃあ、食べる」

「えええええっ」

また歩き出すと、隣に I さんがいてニヤニヤしていました。

「ねえ・・・・」

「なんですか」

「もしかして、さっき、私がヘビつかんで尻餅ついたの・・・見た?」

「はい、つかんでからスローモーションで転びながら叫ぶまで3秒くらい間が空きましたね」

しっかり見られていました。

幻の湖 その5につづく

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幻の湖 その3


  →幻の湖 その2 からつづく
マヤグスクの滝は、下の方は傾斜の緩やかな階段状になっています。
途中までは滝の水を浴びながらでも1段ずつゆっくり登っていけばいいのですが、上の方に近づくと垂直のような急な壁です。

「ウーン・・・」

滝を見上げて高所恐怖症の私はしばらく突っ立っていました。

元山岳部のシマヤさんがザイルを持って登り始めました。スルスルとなんなく滝の上まで着いて、登るのが苦手な私のような初心者のために上からザイルを垂らしてくれました。

小柄な I さんやO先生も自力で登っていきました。ミイちゃんも以前からフリークライミングをやって見たいと言っていただけあって、ザイルの世話にならずがんばって登っています。

とうとう私の番です。

「何やってんだよ、早く登れよ」

リーダーは他のメンバーが登ったのを見届けてから一番最後に行くことになっています。

「あああ、仕方ない、行くか」

ザイルがあるんだし、上には何人もいるからいざとなったら助けてくれるでしょう。

上から下がっているザイルの端を腰に巻いて命綱にします。
お腹の周りにザイルを巻いて普通に固結びに縛ったのでは、ほどけたり、締まり過ぎたりしてお腹が苦しくなってしまいます。

こういう時は登山家は「もやい結び」という結び方を使います。

舫い(もやい) と言うくらいですから元々は船を繋ぐ時の結び方です。登山家でも船乗りでもない私ですが、もやい結びは身についています。牧場で牛を牛舎の柵に繋ぐ時にはこの繋ぎ方をします。
牛の力で引っ張ってもはずれない、それでいて解いて別の場所に移動する時にはワンタッチではずせるように、結び目が固く締まり過ぎない便利な結び方です。

もやい結びで命綱のザイルを身体に結び付けて滝の階段を登り始めます。

上に行くにしたがってますます恐怖感が強くなっていきます。滝の水は雨が少ない時期とはいうもののの、すごい水量で音を立てて落ちています。両手で岩にしがみつき、一歩ずつ上がって来ましたが、絶壁に近い岩をこれ以上は登れないと思いました。かと言って、戻るわけにも行かず、立ち往生のまま、泣きたくなります。

「何を止まってんだよ、どんどん登っていけよ」

「コ、コワイヨ――ッ!!」

階段状の滝の上まで来ると、その上は幅の狭い竪穴の洞穴のような岩を大量の水が垂直に落ちています。こういうのを登山用語で「ゴルジュ」と言うらしいです。ここのゴルジュは渇水時には穴の中を通って登れるそうですが今日はそこまでは水は少なくないのです。

岩のデコボコに指をかけて身体を支えていますがチビリそうです。

滝の水はバケツの水をかけられたように勢いよく頭に当たります。
姿勢よく上を向いて登っていけば楽なのでしょうが、岩に身体を貼り付けるようにして、スパイダーマンのようにしがみついているのでちっとも進みません。

足元を見ると、上から落ちてくる滝の水は後頭部を直撃し、額に巻いていた鉢巻タオルが吹っ飛んで滝つぼに沈んでいきました。

「わあ、前が見えない!息ができない!キャー、メガネが取れるーっ!」

一人で騒ぐ私に他の人たちは呆れていたのかも知れません。でもこの時は自分の今の状態に頭が真っ白だったのです。

興奮していつの間にか私は両手を放してザイルにつかまっていました。その途端、重心が岩から離れ、体が浮いて、足がツルンと滑り、私はザイルにぶら下がったまま空中に飛び出してしまいました。

「ひぇえーっ!!!!!!」

宙ぶらりんのまま、ザイルだけを頼りにしっかり握っていましたがそのままザイルロープのよじれと水圧でクルーリ、クルーリと回転しています。遊園地のコーヒーカップに乗っているように景色がぐるぐる回っています。

「ゴ、ゴワイヨーオ・・・・ヒーッ」

これが楽しいキャンプなんでしょうか?



その4につづく

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幻の湖 その2


幻の湖 その1からつづく
石垣港からは、前回と同じく西表の船浦港行きの早朝の便に乗ります。
船浦港からはバスで浦内川(ウラウチガワ)の河口まで行きます。

ここから川をジャブジャブと歩いて遡って行くわけではありません。
他の観光客の人たちといっしょに、ここで遊覧ボートに乗り込むのです。

川の両側のマングローブや異国的な亜熱帯ジャングルの景色に観光客たちは

「わあ、すごーい」

などと歓声を上げていますが、私たちは今からもっとすごい所に入って行こうとしています。
ここはまだまだ入り口にさしかかった所です。

数十分後、遊覧ボートは大きな岩の手前で止まり、乗客はここで降ります。
この黒くて平らな岩はその外観から軍艦岩と呼ばれ、ここより上流は岩だらけで船は入れず、終点になります。

船を降りる時に船長は乗客の人数を数えています。来た時と同じ数の乗客がそろわないと帰りの船を出発させることができないからです。

「こっちのお客さんたちは帰りの船には乗らないんだね」

オシャレな旅行者の服装とは明らかにちがうキャンパーの恰好の私たちに船長は声をかけました。
そうです、他のお客さんたちのように1時間後の帰りの船には乗りません。片道切符です。

「ハイ、山でキャンプします」

「縦断か、気をつけてな」

船を降りて少し歩くと有名な「マリユドゥの滝」と「カンピレーの滝」に着きます。
ここまではサンダルやワンピース姿の観光客でも歩いて来れる楽な道です。

普通はここまで来たら、滝のそばの河原でお弁当を食べて休憩してから引き返して、船着場で1時間ほど待っていたさっきの船で川を下って港に帰る、と言うのが一般的な観光コースです。

一般的な観光客でない私たちは河原で昼食、と言う所まではいっしょですが、そこから先がちがいます。


観光客が時間になって元来た道を帰るのと反対に、川に沿って登って行きます。

「あの人たちはまた船で帰って行くんだね、今夜は民宿かホテルに泊まるんだろうね」

そういうのもいいかなあ、とチラと考えながら遊覧ボート乗り場からはどんどん遠ざかっていくのでした。

この辺りは多くの人が歩いて来た登山道になっていて、子どもでもハイキング気分で通れる歩きやすい道です。この登山道を道なりに進んで行けば、島の反対側の村まで出られるのです。

しかし今日は幻の湖を目指す一行の私たちですから、この登山道も途中までで横道に入ります。

「あ、ここだったね」

1時間以上歩いたところで浦内川の本流にイタジキ川という支流が流れ込んでいる場所に出ました。

何年か前にこの西表縦断をしたことがあります。この支流を少し上がると、「マヤグスクの滝」に出合います。この滝は西表で一番美しい滝と言う人もいるくらいです。

「おーい、こっちだぞー」

前回のキャンプに続いてリーダー役を務める夫が迷わずイタジキ川を登って行きます。

川の水は多くないので水に浸かって進むわけではないのですが、その分大きな岩をいくつも超えながら苦労してよじ登っていかなければなりません。

「フウーッ、きついよー」

「お前の荷物が一番軽いんだぞ、がんばれ」

「何よ、この岩・・・、すごい大きさ」

フウフウ言いながら登っていますが、もっときつい行程がその先にあることには思いは及びません。この時はただ、重力に逆らっていることを実感しているだけでした。

普段が運動不足なのか、ハアハアと息を切らせながらようやくマヤグスクの滝の前に着きました。

「ワーッ!すごい!きれいーっ!カンゲキー!」

マヤグスクの滝は初体験のミイちゃん、大感激です。確かにこの滝はきれいです。自然が作ったすばらしい姿をしています。

階段状の岩が何段も続き、その階段に沿うように流れ落ちる水が集まる滝つぼは円形のプールのようです。思わず泳ぎたくなります。
岩の階段は下から上に行くに従って、少しずつ幅が狭くなり、台形のピラミッドのような形になっています。上から順に流れて来る水はシャンパンタワーのように岩を伝わって下りて来ています。

「ハァーッ、ホンマにきれいやわー」

兵庫から来た、いつもは電子機器の仕事の I さん、関西弁で感動。

無口なシマヤさんと獣医のO先生は無言で感動。

「何回見てもきれいな滝だわねえ」

「そんなに何回も来てるかぁ?」

「へへっ、二回目でした」

こういう場所でキャンプしたいなあ・・・、と思っていると、

「よし、今日はここでキャンプにしよう」

・・・(♪ヤッター!)・・・


滝つぼの周りは広くて平らな岩盤になっています。ここでテントを張り、"ウナギ釣りの仕掛けをしに行く"、と"夕食の支度をする"、の二つのうち、好きな方を選んで分かれます。

どっちも興味がないけど私は必然的にご飯炊きになります。

毎回行こう行こうと熱心に誘うのはもしかしてこの仕事のため?




明るいうちに早めに食事を済ませて、まだ初日で余力を残しての一泊目です。

滝の音を聴きながら硬い岩の上で寝るのもいいものです、・・・・・・・・たまには。


翌朝、何と一匹だけ小さなウナギが釣れました。おかずにしてみんなで一食分です。

ウナギと言っても、西表の川で釣れるウナギは店の鰻丼に入っているようなウナギとは種類がちがいます。

ここで言うウナギは「オオウナギ」という、普通のウナギとはまったく別の種類のものです。どちらかと言うとナマズの方に近いかも。小さくてもオオウナギです。大きいウナギという意味ではありません。

以前にテレビ番組で、西表の無人の浜に住む老人が山奥の川でビール瓶くらいの太さのオオウナギを釣って食べるというドキュメンタリーを見たのです。偶然にもこの老人は夫が学生時代に西表でキャンプした頃に知り合って、当時は一緒に酒を飲んだ間柄だったのです。

「ようし、オレもでっかいオオウナギを釣るぞー、一升瓶くらいの日本一のオオウナギを!」

とその時から大きなウナギを釣る目標ができたのでした。

この番組のビデオは何百回繰り返して見たことでしょう。番組内で老人の話すセリフも一言一句間違えずに言えるまでになりました。


オオウナギを食べて精力つけて、出発します。

「今からどっちに行くの?」

「この上だよ」

滝の上を指差すリーダー。

「どこから登るの?」

「ここをそのまま」

「真っ直ぐ?」

「そう、真っ直ぐ」

「まっすぐ・・・」

見上げると階段状の美しく優雅なマヤグスクの滝はこっちに来て登ってみろ、と言わんばかりにドドドドと音を立てて水を落とし続けています。

「ハアーッ、また滝・・・・」

でも今度は前回の滝のように普通に濡れながらもスイスイと登って行かれる代物ではなかったのです。
   →幻の湖 その3 につづく

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幻の湖 その1


  →キャンプへGO その13からつづく


「"幻の湖"って知ってる?」

川を何時間も流されて、ダニに全身咬まれたあのキャンプから帰って、
まだ2週間も経ってない頃でした。またまた夫がキャンプに行きたそうな雰囲気です。

「まぼろしの湖ねえ、・・・ううううんんん、聞いたことあるような気もするけど」

「西表にあるんだけど、地図には載ってないんだ」

「ふうん」

それがどうした、と私は思っていますが、夫はもう『行きたい』と顔に書いてあります。

「今度、I が遊びに来るだろう」

I さんというのは夫の大学時代の友人が就職した職場での同僚です。
アウトドアが好きで石垣や西表が気に入ってすっかりリピーターになっています。

I を連れてキャンプしようと思うんだけど、この幻の湖、行ってみたいんだよ」

「あ、そう」

と、ここでいやな予感が。

「行こうな、キャンプ」

「いえ、私は・・・」

「行こう、いっしょに。楽しいぞ――」

うれしそうに誘いますが、前回のキャンプもそう言われて同行して、タイヘンなキャンプだったわけです。

その記憶もまだ生々しい今、ルンルンとはなれませんねえ。

「だって、この前のキャンプさあ・・・」

「あれは前々日に大雨が降ったから川が増水してああなった」

「うん、でも川を何時間も泳いで・・・」

「あの時は島を横断するという目的だったからな」

「横断じゃなくて縦断なら登山道があるよ。」

そうです。ハイキングコースで一泊か一日でもできるくらいの歩く道があります。これでもジャングルの中の道ですから、充分に探検気分が味わえます。

「そんな、道のある所を歩くだけなんて小学生の遠足みたいなのはおもしろくない」

「はあ」

「道のない所をルートを探しながら行くのが楽しいんじゃないか」

「そうかな」

「よし、I が来るのが○日の○○時だから、この日の朝の船で西表の船浦港に着いたとして・・・」

あれ、まだ行くと決まってないのにすっかり計画に入ってしまっています。

「ちょ、ちょ、ちょっと、私は・・・」

「アンタは軽い荷物にしてあげるよ」

あああ、またワイルドキャンプですか、ハアアァッ・・・。



地図にない場所にどうやってたどり着けるのでしょう。

「行く、行くって、その"幻の湖"って、地図にないって言ったよね。どこにあるかわからない湖にどうやって行くのよ」

「場所はわかってる」

「え?」

「航空写真で見た」

「はあ」

「だいたいの場所は地図に照らし合わせてわかる」

「道は航空写真に写ってないよね」

「道なんかあるもんか」

「そうでした、そうでしたね」


兵庫県にいる I さんが石垣に来るのに合わせてキャンプの支度です。

今回は、前回の6人のメンバーのうち、イトマンと隣の牧場のKさんが抜けて、代わりに I さんとシマヤさんが加わります。

シマヤさんは私たちの牧場の住み込み従業員の一人です。自然と農業を愛する無口な独身。彼は夫の卒業した大学の山岳部の後輩です。頼れる人員が一人増えました。

これで、キャンプ参加者は、獣医のO先生、ミイちゃん、シマヤさん、I さん、私たち夫婦、の6人になりました。

私以外は自由参加ですから、行きたくない人は行かなくてもいいわけですから、これで参加する人はよほどキャンプが好きなのでしょう。
特に前回いっしょに川を泳いだミイちゃんも、喜んでウキウキしているように見えます。


キャンプ前日、I さんが到着、彼にはキャンプの持ち物は重々に伝えてあったので勘違いな品は持ってきていません。アウトドア大好きで、それに今までにもうちに何度か遊びに来ているからキャンプの内容はわかっています。

翌日、また朝早くトラックの荷台に荷物といっしょに乗り、石垣港に向かいます。今回はシマヤさんが同行するのでトラックは石垣港近くの駐車場に置いていきます。

「幻の湖。どんな湖なんだろうね」

「どうしてまぼろしなのかな」

「七色に変わるとか?」

「そんなにきれいなのか?」

「ほんとは存在しなかったりして」

「それはないでしょ、航空写真に写っているんだから」

「空から見えても歩いて行くと絶対にたどり着けない湖だったりして」

「そんなバカな、実際に行った人もいるんだから」

適当なこと言い合って、何となく期待と不安がふくらんでいきます。

幻の湖、あるんでしょうか。

どっちにしてもこのキャンプ、スイスイと楽に進むはずがありません。

何が起こったかと言うと・・・。

  →幻の湖 その2 に続く→


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キャンプへ GO その13


        →その12からつづく
何時間も川を泳いで、と言うか、流されて下って来た私たちにとって、この遊覧船はまさに渡りに船ででした。
船長は、リュックを背負って川に浮いている私たち6人のキャンプの一行を見ても、それほど驚いたようでもありませんでした。少なくとも遊覧船の乗客よりは。

もしかすると、今までこういうことをするキャンパーに時々出会ってきたんでしょうか。

「このすぐ上の船着場で待ってな、帰りに乗せてあげるよ」

「やったー!助かったあ!」

もう泳がなくてもすむ。 

歩くより泳ぐ方が好きな元水泳部の私でも、もうこれ以上泳ぐのはたくさんでした。
他の人たちももちろん大喜びです。

すぐ上の船着場というのはさっき私たちが横目で見て通った古い桟橋です。期せずして桟橋上陸となりました。

もと来た道、じゃなくて川を、また泳いで戻り、よじ登るようにして桟橋に上がります。

靴や靴下を脱いでサンダルに履き替えて遊覧船が戻ってくるのを待ちます。

「ちょっと上がってみるか」

遊覧船が上流の方へ行って観光客にマングローブなどを見せてから、戻って来るまでだいぶ時間があります。
上陸して桟橋に続く川沿いの林の奥に入って見ることにしました。
ジャングルと言うよりは昔ここで人が生活していたことを匂わせる土地でした。

「誰かが植えたんだろうね、シークヮーサーがあるよ」

「あ、実が成ってる」

「食べてみよう」

シークヮーサーと呼ばれる柑橘類(和名は「ヒラミレモン」)の木が何本も植えられてあって、主のないまま成長を続け、実がいくつか成っています。何年も手入れがされていないと見えて雑木に囲まれています。

「わあ、スッパイ」
「ほんとにシークヮーサーだ」

かつては人が歩いた道だったと思われるところを進んで行くと、林の奥に屋敷の跡が見えました。

「昔は誰か住んでいたんだね」

「ここなら周りに大きな木があって台風の時も安全だし、川も近いし、快適そうだね」

「買い物が不便だけど」

「電気も来てないじゃん」

「土地は肥えていそうだな」

今が明治か大正時代ならここは確かに住むのに快適な場所だったでしょう。

昨日までゴリラの葉っぱのベッドで寝て原始人のようなキャンプを続けていた私たちは、今の自分たちが原始時代にいるような気がして、ここに住んでもよさそうだ・・・などど無責任な発言をしています。傾く地面で炊事をして、ゴロリとした大きな石を椅子にして腰を下ろして食事をしていたキャンプの後ではどんな廃屋も御殿に見えます。

そうこうしているうちにまた遠くからエンジン音が…。上流に行っていた遊覧船が帰って来ました。

桟橋から遊覧船に乗せてもらいます。きれいな服装の観光客に見られながら乗船した私たちはそのままデッキに移ります。クーラーの効いた下の船室は空いていましたが、濡れた身体で中に入っていく気はしません。これ以上ジロジロと見られたくもないし、乗せてもらっただけでもありがたいので、汚れて敗残兵のようになった私たちは荷物といっしょにデッキで風に吹かれていました。

船から見る川は静かできれいな水面です。その水面を船の舳先は割って波を作って進んで行きます。
あっという間に港に到着。

船長に丁重にお礼を言って港の売店に入ります。ここで石垣行きの切符を買って、次の定期船の時刻まで時間があるので、売店のベンチで一休み。アイスクリームも売っています。クッキーやせんべいも。

「お、お、おいしい・・・ぅぅぅぅ」

原始時代には絶対なかったおいしい物です。



牧場に帰って、リュックの荷物を出します。ミイちゃんに持ってもらったお米の残り、ビニール袋に入れてきっちり口を縛ってあったはずなのに、どこかに穴が開いていたのでしょう。米がすっかり水を吸っています。袋の口を開けて匂いを嗅ぐと、

「ク、臭っっ!!」

米は川の水を吸って、あの気温の中、何時間も置かれて腐ってしまっていました。

私の荷物には鍋しかありませんから濡れて腐る物はないはず。でも一応見てみよう、と出すと、アルミの丸いコッヘルがあちこちボコボコになっています。

「あ、滝で岩の滑り台をした時だ」

リュックを背当てクッションの代わりに使って滑っていたのでコッヘルが凹んでしまいました。


お湯のシャワーを浴びて、

「ああ、原始時代からタイムマシンで戻ったみたいだ」

などと天国気分を味わっていた時、体の異変に気付きます。

「なんか体中痒い」

「ん?・・・この黒いポツポツは何?」

ポリポリ・・・・・・??・・・・・・!!・・・!!!

「キャッ、ナニ!何これ・・・ダニ??!・・・えええええええっ

湿った地面に木の枝を敷きつめて寝た時に付いたのでしょう。西表の山にはイノシシに付くダニがいます。木の葉の裏にでもダニが居たのを知らずに寝て身体に付いてしまったにちがいありません。
小さいものは黒ゴマくらいの大きさ、大きいのはアリの頭くらいになっています。

これはみんなにも被害があるでしょう。

「ミイちゃん!いっしょにシャワー入ろう」

「やですよ」

「そうじゃなくて、背中にダニが付いているかも知れないから」

「えええっ!いやだああ!取ってくださいー」

手足のダニは自分ではがせますが、お尻や背中に付いたのは人に取ってもらわないといけません。
体中に付いたダニをシャワー室でお互いに取り合いっこして駆除しました。


翌日、イトマンを石垣空港に送って行きました。空港では飛行機に乗る前にイトマンは奥さんに電話をしていました。

「予定の飛行機で帰るから、迎えに来て。それと、迎えに来る時、机の引き出しにあるスペアのメガネ持って来て」


イトマンが帰ってから数週間して、どうしているかと思って電話してみました。

「おもしろかったけどさ、あれから"滝"という言葉を聞いただけでゾオッとしてね、体が拒否反応して不愉快になるんですよ」

気の毒に。

「ダニはだいじょうぶだった?」

「あの後、四、五日気が付かなくて」

「うん」

「風呂で、何となく腕を見たらすごく大きな痣のようなホクロがあって」

「うんうん」

「こんな所に、こーんな大きなホクロがあったかな?!と思ったらブドウの粒のように大きくなったダニだったんですよ」

数日間も血を吸い続けたダニは大きく成長してよく太ったのでしょう。

「それで、痒いし、赤く腫れていたし」

「それまで気付かなかったの?」

「奥さんはね、ボクのダニを見てそれ以来、1週間以上は同じ部屋で寝てくれなかったよ」

最後の最後まで気の毒なイトマンでした。

それからも時々イトマンと話をしましたが、必ずキャンプの話になって大笑いするのですが、"またいっしょに行きましょう"と言いませんでした。


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キャンプへ GO その12

 その11 からつづく

何時間川を流れていたでしょうか。
みんなリュックを浮き輪代わりにしたり、キャンプで寝る時に使う、発泡ウレタンのマットにビート板のようにつかまったり、いろいろ工夫して疲れないように浮いていました。

私も、流木につかまって浮いてみましたが、これはあまり浮力がなくてかえってじゃまなので手放しました。
滝登りよりは力も要らないし楽は楽ですが、それでも何時間も水に浮いているのは腰が痛くなります。
まあ、海で遭難した人のことを思えば、流されていればいつかは目的地に着くし安心です。
確実に下流に進んでいるのですから。
ワニやカバに襲われる心配もないですし。

と思ったら、

「あれ、なんかあまり進んでない気がする」

「なんだか、ただ浮いているみたい」

「流れ、止まってない?」

そうです、川幅が広く傾斜の緩やかな川は、河口に近づくとだんだん流れが遅くなり、ほとんど止まっているように見えました。

もしかすると潮も関係しているのかも知れません。
海の近くなると、満潮時には海水が川の方に逆流して来るくらい高低差のない河口です。

今回は山のキャンプで、海は関係ないと思い、潮の満ち干は気にしていませんでした。
これではますます到着地まで時間がかかってしまいます。


「おいおい、定期船の最終に間に合わないぞ」

「急げーっ」

「速く進めえー」

ウレタンマットを持った人はバタ足を始めました。

今までは手足を動かすよりは何もしないで川の流れに身を任せた方が抵抗なく進んでいましたが、ほとんど動かない水の中では人間が泳いだ方が速いのです。

バシャバシャやっていると数分で疲れてしまいます。
時々足が着かないか、と身体を起こしてみますがもちろん背が立たず、また泳ぎだします。

港まではまだまだ遠く、船に間に合うんでしょうか。

「あれ、あそこ、水の色が違う」

「あ、島だ」

「わあ、上陸できる」

川の中に中州が現れました。

やっと陸上で休憩できます。リュックは水を吸って重くなっていましたし、陸上では浮力がなくなった分、足が地面に着いて立つと身体が重く感じます。

それでも人間は陸棲の動物です。楽になった感じがします。

ここでリュックを下ろし、中の水を捨てて軽食タイムです。
手も足もふやけてシワシワになっていました。
出発してから初めての長い休憩ですが、最終便の時刻が迫っているのでゆっくりはできません。

「さあ、またがんばろう」

河口を目指して泳ぎだし、数十分すると川岸に木製の古い桟橋が現れました。
もう何年も使われていないようです。昔はこの岸近くにも家があって生活していたのでしょう。

人が住まなくなって何年経つのか、桟橋のすぐ上はジャングルのようです。
この桟橋に上がって休憩したかったし、できれば古い村の跡も見てみたかったですが、今はそんな時間はありません。

桟橋を横目で見ながら河口に向かって真っ直ぐに泳いで行きます。

すると、遠くからエンジン音が・・・。

「船だ!」

「こっちに来る!」

川を遡って近づく船が見えます。私たちを迎えに来てくれたのでしょうか。
そんなはずはありません。

観光客に川のマングローブを見せるための遊覧船です。ちょうど港を出て川を遡って来る途中、私たちが下って来るのに偶然出会ったのでした。

何でもいいからうれしいのです。

「ワーイ!乗せて―――っ」

みんなで手を振って大声で呼びました。船に気付いてもらおうと思って。
いえ、そんなにしなくても船長は気付きます。

船がすぐそばに来ると、デッキにいた観光客達はいっせいにこちらを見ています。

そりゃ、驚いたことでしょう。原始の南国ムード漂うマングローブの川を遊覧していたら、上流からリュックを背負った人間が何人も固まって泳いできたのですから。

カバが泳いでいた方がまだ驚かなかったかも知れません。

観光客たちが集まって船の片側に寄って、珍しそうにこちらを眺めています。
船が人の重さで傾かないか心配です。

船がすぐ横を通り過ぎる所まで来ました。船長の顔もはっきり見えます。

「乗せてくださーい」

「アンタたち、そこで何してるの?」

こういう場合、何と答えたらよいのでしょう。

          →その13につづく




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キャンプへ GO その11


   →その10 からつづく

ミイちゃんと私、いつもなら夕飯のおかずに川エビを獲るのですが、

今日は川からだいぶ上の方に上がってテントを張ったので、エビが獲れるほどの水の流れからは程遠くなってしまいました。

それにもう辺りは薄暗くなって来ています。

急いで炊事に必要な水を汲まなければなりません。

湿った土や岩の上を気を付けて水のある場所まで下りていきます。

急斜面の岩に張り付いてチョロチョロ流れる水をペットボトルやコッヘルに受けて何とか必要な水を確保しました。
そのままそこで米も洗います。

この間にもウナギ釣りの好きなリーダー、ウナギの居そうな所まで下りていって仕掛けに行きます。

「何でわざわざ支流に入り込んで、こんなジメジメした地面の、しかも水辺から遠い場所まで来てキャンプ地を決めたかと思ったら、そういうことか」

「そう、ウナギが居そうな川を見つけたから」


水を汲んでテントの所まで戻るともう暗くてライト無しでは見えません。
ヘッドランプを頭に巻いてその灯りで炊事します。

食事の時もちろん全員ヘッドランプや懐中電灯の光で自分の皿を照らしながら食べます。

キャンプ最後の夜なので持ってきた食材をほとんど全部使って混ぜて作った炒め物と、残っていたスープの素も全部使って汁を作ります。

食事が済んでも食器洗いはもうできません。

真っ暗だし、食器を洗えるくらいの水の流れる川までは遠いのです。

洗い物は明日の朝に回して、食べたら休憩。

ゴリラのベッドを何人もが作るともうほとんど場所がありません。

残るはぬかるみのように濡れた地面だけ。

「オレが寝る場所は、と・・・。ここか、いいや、こういう時こそこれが役に立つんだ」

リーダーが出してきたのはハンモック。二本の丈夫な木にハンモックの端の紐を結び付けて、

これなら地面がどんなにビショビショでも、デコボコでも大丈夫。

「そういえば昨日もそれで寝てたよね、揺れるのによく眠れるわねえ」

「慣れれば寝られるさ。体の下を風が吹き抜けて涼しいんだ」

ハンモックとゴリラのベッドのおかげで湿ったキャンプ場でもなんとかみんな眠れました。


四日目、今日は夕方の最終便の船が出るまでには、どうしても港に着いていなければなりません。

翌日はイトマンが飛行機で沖縄本島に帰ることになっていたからです。

炊いたご飯の残りと梅干、塩などを小さな食品用のビニール袋に詰めて行動食にして、出発です。

また滝を下り、川をザブザブと下って行きます。

食糧も減り、荷物も軽くなって、私は調子に乗って、苔の生えたヌルヌルした岩の上を、
流れる水といっしょに流されるようにリュックごと滑り降りて行きました。

「わーい、流れるプールだあ、気持ちい―い!」

時々はリュックを傾けて、空のコッヘルに溜まった水を捨てないと重くなって行きましたが。


午後にはようやく大きい川に出ました。川幅は広く、緩やかにゆっくり流れています。

増水していた川の水は、山で三泊していた間に、すっかり引いていました。

それでも河口が近いのか水深は背の立たない部分がほとんどです。

たまに足が着いても川床は軟らかい赤土のドロドロなので足がめり込んで歩けません。

川の両側は水から生えたマングローブでおおわれていて、ここも歩くことはできません。

どこまでも続くように見える川を泳いで下るしかないのです。


「おーい、みんな泳げるよなあ」

幸い、カナヅチの人はいませんでした。

川を泳いで、というより、浮いて流されて下流に向かいました。

リュックは空気が入っていて意外と水に浮きました。
浮き輪を着けたようにみんなプカプカと浮かんで、一丸となって流されて行きました。

「どこまで流れるんだろうね」

「川の終わりまでさ」

「海まで行くの?」

「その前に港があるでしょ」

「全員が流れているけどさ、……」

「うん」

「これって、外から見てる人がいたらおかしいだろうね」

「ハハハ、いないだろうけど」

いえ、この姿見られることになるのです。大勢の人に。


     →その12に つづく

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キャンプへ GO その10


   →その9からつづく

二日目のキャンプ地は昨日より地面は乾いて、「ゴリラのベッド」を作らなくても充分快適に眠れそうです。

少し傾斜して水平になっていないことが気にならなければですが。

川で水浴びしてサッパリしてなおさら熟睡できそうです。


「O先生も川で洗いませんか、シャンプーもリンスもまだ残っていますよ」

「いいです!」

都会育ちのO先生は自分のリンスを持って来ているのでしょうか。


焚き火の周りには酒を注いだコップを持って何人かが炎を眺めながらチビチビとやっています。

酒を飲まない私は輪に入ってもお茶しか飲む物がありませんが、オレンジの火を見ていると不思議と心が落ち着くものです。

原始時代はこうして一日の終わりを焚き火の周りで迎えて火のそばで寝たのでしょう。

この場ではリーダーだけでなく全員が原始人の気持ちです。

みんな火を見つめて、静かに何を思っているのでしょう。


酒が回った人も、そうでない人も、一人、また一人と自分の確保した、木下の寝床に行きます。

斜面の地面はビニールシートを敷いて寝てもやっぱり傾いています。

頭を高い方に向けて寝ますが、今度は左右どちらかが低くてそちらに身体が寄ってしまいます。

夜中に寝返り打ったはずみに何かに頭が当たって目を覚ますと、だいぶ離れて寝ていたはずのミイちゃんの顔が目の前にあってビックリ。

ズリズリとまた身体をずらして高い方に移動します。

どんな所でも雨さえ降らなければ寝られるものです。


三日目の朝が来ました。

身体の節々が痛く、腕や足が筋肉痛です。

焚き火の炎はとっくに消えて燃え残りばかりですが、まだかすかに灰が温かい所を見ると、最後の人、おそらくリーダーは夜遅くまで火の番をしていたんでしょう。


昨夜のエビの味噌汁を温めて、朝食を済ませるとまた撤収。

もうだいぶ山の上、標高の高い場所にいるはずです。
沢歩きより、かわいた山道が続きます。

川を登り詰めている間は一本道、ただひたすら沢を上がればよかったのですが、乾いた林の中では木に囲まれて方角がわからなくなってしまいました。

本当に私たちは帰れるんでしょうか。

地図を見ても今居る所の目印がなければ意味がありません。

登山道があるわけでなく、上へ上へと歩きやすい所を探して道なき道を登っていきます。

高い丘の上に出ました。

どうもここら辺が一番高い場所のようです。


島に渡って初めにボートで入った川は、島の北に流れ込むナカラ川という川でした。

その川筋を登って来て頂上辺りに来たということは、現在地も見当が付きます。

予定ではその後、そこから南東に流れるナカマ川の上流に出て、また川に沿って下りれば島の反対側のナカマ川の河口に出ます。
そこからは石垣へ行く船の出る港も近いはず。


「ここがこの辺では一番高いと思うんだけどな」

そこは確かに丘か山の頂のようで、下りて行く道はあっても、上に登る道はありません。

ここに来るまで深い林の中を歩き、時には茂みを掻き分けて通って来ました。
高い所なら見晴らしがよく、海岸線も見えて方向がわかると思ったのです。

しかしそこもまた高い木に囲まれて景色が見えません。

「何も見えないじゃん」

「誰か一番高そうな木に登ってそこから見るしかないな」

「ボクが行きます」

と、東京都出身、元体操部のO先生、スルスルと近くの高い一本の木に取り付いて器用に登り始めました。

あれよ、あれよ、と見ているうちにテッペンまで登り詰めてしまいました。
キャンプの一行にもう一人の猿飛佐助がいたのでした。

寒がりで、濡れるのが嫌いな「ヤギ」で、納豆が食べられないO先生。

誰にでも特技はあるものです。

いえ、O先生はもうすでに獣医師という立派な資格を持っていたのでした。

木の上で周囲を見回したヤギ先生、じゃなくてO先生、

「あ、わかった、港はこの方角だ、定期船が走ってる」

やっと目指す帰りの方向がわかりました。
O先生、ありがとう。

方向がわかれば、あとはただその方に山を下りるだけです。

道はなくとも下に下りていけば必ず水が流れる所に出ます。

その水をたどって行けば川に出てあとは下流の港に着けます。


キャンプも後半になりました。

ほどなく小さな川があり、小さな滝を下りることになりました。

上がって来るときにいくつもの滝を登って来た、ということは、別のルートにしてもまた滝や川を下りて行く覚悟をしなければならないということです。

滝を下りるのは登るのと同じくらい気を使います。
でも落ちても下は川、それほど怖がる必要もないのかも。

と思っているうちに苔でヌルヌルした岩に足を載せて滑って、落ちるようにして下りていました。

「エーイ、もうこうなったら破れかぶれだわ」

落ちるのも下りるのもこのくらいの高さの滝ならたいした違いはないと思い、濡れた岩をプールの滑り台のようにお尻で滑って下りて行きました。

「ああ、ラクチン」

リュックを背負っているから滑りすぎて背中から落ちてもリュックがクッションになってくれて痛くありません。


このまま下っていけば今日中にも下山できそうにも思えましたが、なかなかそうはいきません。

午前中に降りる方向を探して時間がかかったためか、まだだいぶ上流の方で夕方になってしまいした。

日が暮れる前にキャンプできる場所を探さなければなりません。

ナカマ川の本流に来ていることは間違いないと思えます。


川の両側は岩場ばかりでキャンプできそうな場所がなかなか見つかりません。

川に別の支流が流れ込んでいる所に来ました。

「ちょっとここで待っててくれ、この川の上の方に行って見て来る」

荷物を置いてまたリーダーの斥候です。



しばらくして、

「あった、あった、この上に行こう」

リーダーの言うことを信用してみんなついて行きます。

リーダーの見つけてきたキャンプ地は昨日よりさらに急な傾斜地で下がじめじめと湿っています。

川のすぐそばは水に濡れているし、岩ばかりなのである程度の広さを確保すると、川から数十m離れた所になってしまいます。

「ええっ?!ここでキャンプ?」

「もう仕方ないよ、これ以上は進めない」

確かにもう薄暗くなってきています。

早くテント設営、水汲み、寝床の準備、と仕事をしないと真っ暗になってしまいます。

またゴリラのベッド作りです。

今夜は多めに木の枝、木の葉を敷き詰めないと下から湿気が上がってきてしまいます。

とても快適なキャンプ場所とは言えませんが、文句を言っている場合ではありません。

この大量の木の枝のベッドに寝たおかげで、あとでエライ目に遭うのですが、それがわかるのはキャンプが終わって家に帰ってからです。
イトマンはそのことに気付いたのは私たちよりさらに数日後だったのでした。

                   その11につづく→

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野生児の妻

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