アイ ハブ ア ハブ その1


  →大草原の小さな家 その9からつづく

さて、ついにカウボーイたちのキャンプ、今回はオオウナギ釣りキャンプの当日です。

早朝、隣の牧場(隣とは言え、約2km 離れています)のKさんが合流。

Kさんはこのキャンプから帰ったらすぐ東京に行く予定です。
以前から希望していた青年海外協力隊員募集に応募して、すでに一次試験に合格していて、東京での二次試験を受けるために上京するのです。

キャンプ参加者はKさん、テッちゃん、西浦君、野田君、三ツ井君、そして私たち夫婦、の7人になりました。

例によってトラックの荷台に実習生たちと荷物を積んで、

「交番だ、伏せろ…………………もう起きていいぞ」

のパターンのコースで港へ行きます。

西表行きの船に乗船すると、大きな荷物があるのでいつものようにデッキに。

荷物を運んでいるとカエルの入った袋がゴソゴソ動いているのを、観光客や島民の乗客がチラチラ見ているように思えたのは気のせいでしょうか。


西表では、以前幻の湖に行ったときと同じコース、マヤグスクの滝を登ります。

あれからウナギ釣りに付き合って何回も通っているので、もう今では私でもスイスイと登れます。
旱魃で水量が少ないこともあって、前回宙吊りになったゴルジュもあまり水が落ちてなくて、竪穴の中にも入れます。

滝の上の川を少し行くと、川のほとりが平らで広くなっている場所があります。

テントを張るにも、水を汲んで炊事するにも便利でいい場所です。ここを初日のキャンプ場にします。

荷物を下ろしてテントの準備。人数が多いのでテントは二張り。二張りくっつけて並べると場所が狭くなるので、もう一張りは対岸の川原。
ここにはちょうど中州があります。石伝いにぴょんぴょん渉り、対岸まで往復できて便利です。

テントが張れたら、私は炊事の準備、男たちはウナギ釣りの仕掛けをしに支流へ。

「大きいウナギを釣るぞー、フフフ」

これまでの経験から、流れの緩やかな深い淀みには大きなウナギが棲んでいることはわかっていました。
大きさにこだわらなければ必ず一匹は獲れます。

その予定で食糧は調味料とお米の他はわずかな行動食と初日の食事のおかずだけです。
二日目以降は獲れたウナギを食べる計画でした。

ここで大きいのが釣れなくても三日間キャンプする間には一匹は釣れるでしょう。

一日目の夕食は持って来た缶詰やソーセージなどのおかずで済ませて、二つのテントに分かれて寝に行きます。
食事した所に近い側のテントには、Kさん、テッちゃんと私たち。
対岸のテントには3人の若い実習生たち。


翌朝、起きてすぐウナギの仕掛けの見回りです。


「ワッ!かかってる!!大きいぞ」

初っ端からもう釣れてしまいました。

「これは今までの最高記録だ!ビール瓶より太いぞ―」

リーダー大喜び。

本当に大きい!
一匹で二十人分のおかずになります。
残り三日分のおかずの心配は必要なくなりました。

大きいウナギを釣るというキャンプの目的はもうこれでアッサリ達成してしまいました。
もし大きいのが釣れていなければ、その後場所を移動してまた釣れそうな所にキャンプするつもりでした。
早々と釣れてしまったのでキャンプ地を移す必要もないわけです。

「ようし、もうこのキャンプではウナギ釣りは終わりだ」

「あ、そうなの」

「今日は今からここで宴会だ」

「え?もう?こんな昼間から?」

「お祝いだよ、酒呑もう」

ウナギを肴にみんなでお祝いの酒盛りが始まりました。

ウナギの大きさ新記録樹立で、喜んで少し飲み過ぎています。

みんな酔っ払って川に入って泳ぎ始めました。

そのうち調子に乗って、川岸の崖に登り、高い岩から川に飛び込む競争が始まりました。

「おおい、ここから飛んでみろ」

「なんだよ、もっと高い所から飛べよ」

中学生みたいな遊びが始まりました。

男子はおとなになってもスポーツや遊びでは心が子どもに戻ってしまうのでしょうか。

ジャングルの中の高飛び込みはだんだんエスカレートして行きます。

「あら、あんな高い所から…。怖いっ」

危ないことにならなければいいですが…。

   →アイ ハブ ア ハブ その2につづく


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アイ ハブ ア ハブ その2


アイ ハブ ア ハブ その1からつづく


酔って調子に乗った若者たち(若くない人もいますが)の、岩からの飛び込み遊びはまだ続いています。

「よし、オレは一番高い所から飛び込むぞー、見てろよー」

どうぞ、お好きなように。でも危ないなあ。学校の遠足だったら担任が青くなって必死で止めるだろうな。

リーダーはとんでもない高い岩の上まで登って、酔ってフラつく身体を支えようとそばに生えている枯れ木の枝に寄りかかりました。
体重をかけられて枯れ木の枝は乾いた音を立てて見事に折れ、そこから真下にまっすぐ、飛び込んだ、というか、折れた枯れ枝といっしょに川に落ちました。

 バッシャーン 

水の音はしましたが、実は落ちた場所は水中の浅い所に大きな岩がありました。

水面から岩までの水深は膝より浅かったのです。

高飛び込みをしたはずのリーダー、深く潜るどころか水面に浮いたままじっと動きません。

しばらく起き上がって来ません。胸を打ったようです。

「あれれ、だいじょうぶ?」


数分して、

「ううん、痛いよお、うううん……、おかあちゃーん……」

と岸に上がって、近くの乾いた大きな岩の上に転がって休んでいます。

「だいじょうぶ?」

「いたいよー」

「どうしよう、だいじょうぶかな」

「うーん」

「テントに行く?」

「・・・・・・・・」

「ねえ、どうしたの」


・・・・・・グー、グー、グー・・・・・・

「あ、眠っちゃったわ」

裸のまま岩の上でグウグウ寝てしまいました。眠れるくらいならたいしたことはない、ということでしょうか。


夜になるとみんな酔いも覚めておとなしく食事をしてテントで寝ることになりました。

「胸ぶつけたところ、まだ痛い?」

「うん、ちょっとね」

「病院行く?」

・・・って今日はムリですが。

「石垣に帰ってまだ痛いようならね」

港からバスと遊覧ボートを乗り継いで、滝を越えて一日がかりで着いた山の中ですから、ここから病院なんて行かれません。それに西表島には小さな診療所しかありません。こういう場所に来て大きな怪我をするのは命取りです。

痛いと言っていましたが眠れないほどではないのでそのうち治って来るでしょう。


その夜、雨が降りました。久々の雨です。

夜中になっても雨は降り続いています。大雨です。

テントの屋根はピンと張っておきましたが、今は雨水の水溜りができて重みでたわんでいます。

内側に漏れてきたらテントの中はタイヘンなことになります。寝られなくなってしまうのです。

テントの生地は防水とは言っても通気性がいいように、合成繊維ですがビニール地のように完全に水を漏らさない生地ではないのです。濡れた屋根は表面張力でかろうじて水が浸みて来ないだけです。テントの屋根は水の重みで垂れ下がって低くなっています。屋根の水溜りはだいぶ大きくなっているようです。

こんな時にうっかり内側から指一本でも触れば表面張力は破れてその地点からポタポタ雨漏りが始まり、止めることはできなくなります。起き上がる時も絶対に内側からテントの屋根に触ってはいけません。
こういうのを一触即発と言うのでしょう。

雨が続いて、実はもっと怖いことを心配する必要があったのです。

川は増水して来ています。真っ暗だし、テントの中にいて川は見えませんが、音からして相当の水かさです。

「おい、ヤバイぞ、このままじゃテントが流されるぞ」

テントは水に近い便利な所に張ったのでした。設置した時は何日も晴天が続いた旱魃の時です。
こんなに大雨が降ったら・・・・・・。

     私たち、どうなるの?



   →その3につづく


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アイ ハブ ア ハブ その3


アイ ハブ ア ハブその2からつづく

大粒の雨がテントの屋根に当たる音と川がゴーゴーと流れる音で、真っ暗な中でも尋常ではないことがわかります。

「こりゃ、危ない、移動するぞ」

リーダーはヘッドランプを点けてテントの外に飛び出して川の方に行きました。テントの入り口が開いたときにヘッドランプの灯りに照らされて外の風景がチラッと見えました。一瞬ですが川の水がテントのすぐそばにまで来ています。

私たちもテント内の荷物を急いでまとめます。散らばっている物を確認してリュックに入れます。

そうこうしているうちに川の対岸からリーダーが中州の途中から帰って来ました。

中州はもう水面に没しています。

「対岸の奴らにはテントをもっと高い場所に移せと言って来た、だいじょうぶだ」

「今度はこっち側の番だ、テントを移すぞ」

全員がヘッドランプか懐中電灯を点けて、テントを持ち上げてもっと川から離れた山際の場所にテントの位置をずらします。

「これでまずは一安心だな」

「ホントにだいじょうぶかな、もっと雨が降って増水したら・・・」

「そしたらまた移動だ」

「寝ていて気付かなかったらテントごと流される?」

「大人4人も入っていたら浮かないでしょ、流されないんじゃないですか」

「じゃあ、沈没?」

「その前に水がテントに入ってきた時点で寝てはいられないだろう、誰でも気付くよ」

いろいろ考えて、雨と川の音を聞いているうちにいつの間にか眠ってしまい、朝になっていました。


雨は上がっていましたが、昨日最初にテントを張った場所はすっかり川の底になっていました。

川の幅は二倍近くになっていて、昨夜の食事の後、洗わずに川辺に放置してあったプラスチックの食器類が流されて消えていました。
おとといみんなでたくさん集めておいた薪も雨に濡れて火が点きません。

この日は携帯ガソリンこんろを使って炊事をすることになりました。

珍しく三日間場所を移動せず、のんびりしたキャンプになりました。

これまで毎回の食事のおかずは初日に釣ったオオウナギです。

オオウナギの甘辛煮、オオウナギの唐揚げ、オオウナギの、・・・・・と調理法を変えてもウナギの味です。みんな飽きて来ていますが、持って帰るのも面倒なのでがんばって食べているのです。ご飯にウナギの煮付けとタレを載せてウナ丼のような物を作ったりもしましたが、やっぱり同じウナギの味です。ウナギのタレのついたウナダレ丼を食べてうなだれてしまいます。

キャンプ最後の夜、明るいうちに夕食を済ませます。
明日はテントを撤収して牧場に帰るのです。
残っている食糧はどんどん食べて荷物を軽くします。
今まで節約して使ってきた調味料もこの際ためらいなくじゃんじゃん使い切ってしまいます。
明日の朝食と昼食に食べる分と、非常用の食糧をわずかに残して、あとは最後の夕食の料理に使います。
今まではキャンプ延長となる非常事態に備えて少しずつ食糧も蓄える必要もありましたが、もう明日帰るという日になったのでその必要もなくなった、とこの時は思っていました。

少しずつケチケチと使ってきた野菜ですが、今夜はふんだんに入ったソーメン炒め。

無事にみんな怪我もせず、あまり疲れもしないキャンプが終わろうとしていました。
誰もが数時間後に起きる信じられない災難のことはこの時には考え付きもしませんでした。

   →その4につづく


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アイ ハブ ア ハブ その4



アイ ハブ ア ハブ その3からつづく

食事が済んだら早々と食器洗いです。早くしないと谷は真っ暗になってしまいます。
夜には夜行性の危険な生き物が活動します。暗くなったらテントや焚き火からあまり離れず、のんびりとくつろぐ、というのがジャングルでの賢い夜の過ごし方です。

片付けが済んで、私は川原で顔を洗っていました。
ブルーグレイの空の下で、川の水はまだライト無しでやっと見える程度です。男たちはリーダーに誘われてテントの中で残った酒を飲み始めています。これで誰かハーモニカでも吹けば本当にカウボーイのキャンプです。

今回は大怪我をする人もなく、疲れるようなこともなく、計画通りに進んだ平和なキャンプだった、と思っていました。

中洲にはススキが茂っていました。
私は顔を洗いながら暮れ行く群青色の空に映えるススキの穂のシルエットを見ていました。

そのススキの中を通る人影が見えます。テッちゃんです。

水でも汲みに行くのでしょうか、対岸に渉っていきます。

と、途中で何かわめきながら引き返して来ました。忘れ物?・・・・・・ちがう!

「イタタタ、イテエ、イテエ・・・・。」

「どうしたの?」

「ヘビ・・・に・・・・咬まれた・・・」

「はあっ?タイヘン!」

この地域でヘビと言えば毒を持つハブをまず考えます。

西表や石垣にいるのは「サキシマハブ」という種類です。沖縄本島にいる猛毒のハブとはちがって、咬まれてもすぐに命にかかわるということはありません。本土のマムシより毒性は弱いと言われます。それでも咬まれたら痛みと腫れは一級です。

「イタタ、イタタタ・・・・、初めはカニに、・・・足を挟まれたかと・・・思ったんだけど・・・、ヘビだ・・・細いしっぽがチョロリと見えた・・・。」

ヘビに咬まれたらそれが毒ヘビかどうかを真っ先に確かめなければなりません。

咬まれた痕が人間の歯形のような形なら、毒のないヘビなので消毒さえしておけばあまり心配はありません。
毒ヘビの場合、針のように鋭い二本の牙をプスリと刺して毒液を注入するわけですから、牙の痕がポツポツと二つあれば毒ヘビということです。

テッちゃんの足をその場で見ようとしても暗くて傷が見えません。

ちなみに、ここでは毒ヘビ=ハブですが、いろんな種類の毒ヘビがいる地帯ではヘビによって毒の種類がちがって、当然血清も異なりますから、もしヘビに咬まれたら、即刻そのヘビを捕まえて種類を確かめます。咬んだヘビに逃げられるということは命に逃げられることになるわけです。

テントにいる人たちは酒を飲んでにぎやかに笑っています。中洲でのこの異変にはまったく気付いていません。テントまで走って呼びに行きます。

「みんな来てえ!テッちゃんがヘビに咬まれた!」

ヘビという言葉に一同がシンとなったが、次の瞬間全員がテントから飛び出して来ました。

テッちゃんはようやくテントまで足を引きずり歩いてたどり着いたところでした。

「テッちゃん!ホントか?!ハブなのか?」

毒ヘビではないことにかすかな期待があったのです。でもライトを点けてテッちゃんの足を見たら、ハブに咬まれたのは一目瞭然でした。足の甲にポツポツと二つの牙の痕があるのがハブに咬まれた何よりの証拠です。

それを確かめるまでもなくテッちゃんの足はすでに腫れ始めています。

「ああ、・・・・・咬まれてる・・・・・」

辺りはすっかり暗くなって、互いの顔の表情も見えませんが、みんなの顔から血の気が引いていくのは、一斉に洩れた絶望的なため息の声でわかりました。



   →アイ ハブ ア ハブ その5につづく


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アイ ハブ ア ハブ その5


アイ ハブ ア ハブ その4からつづく

テッちゃんは、夕食の後、川向こうにトイレ(大きい方)に行こうとしていたのでした。

電池が弱くなって暗くなったライトを照らして草むらの中を歩いたものだから、よく見えずに夜行性のハブを踏んだらしいのです。

とりあえずテッちゃんを座らせました。足は見る見る腫れ上がり、足の甲全体が赤くふくれてパンパンになっています。

「どうしよう」

「とにかく毒を出さなきゃ」

傷口から毒を吸い出すという応急処置はだれでも思いつくでしょう。

リーダーは少しの間考えていたようですが荷物から自分の十徳ナイフを出しました。

十徳ナイフ、アーミーナイフとも言います。手のひらサイズの折りたたみナイフで、はさみ、ドライバー、のこぎり、栓抜きなど、何種類もの道具が折りたたまれて入っています。いつも野外活動には持って行っていました。十徳ナイフの道具の中で一番よく切れる“メス”を取り出したのです。ハブに咬まれた所にわざと傷をつけてそこから早く毒を出すというわけです。


 (この時は黙って冷静に見えたリーダーでしたが、あとで聞いたら、実はこれは迷ったそうです。)

「だって、もし動脈にでも傷をつけたりしたら大出血になるだろう」

「よく決断したわね」

「うん、目の前でテッちゃんがズキズキ疼く足の痛みに呻いて入るのを見て、何もせずにはいられなかったんだ」


小さいけれどよく切れるメスを握って近づくリーダー。

「少し切るぞ、テッちゃん、いいか?」

咬まれた跡のすぐ近くに、長さ1、5cm、深さ5ミリの×印に切りました。医師法違反も何もあったもんじゃないですが背に腹は代えられません。深山幽谷のこのテントが野戦病院になってしまいました。

「ウウウウウウ・・・・・」

テッちゃんは口数少なく呻いています。

「テッちゃん、痛いか?」

「いえ、・・・毒が・・・腫れてる方が・・・」

メスで切られた傷の痛みなんか気にならないくらい毒による傷みがはげしいようです。

 足首を紐でしばって毒がそれ以上は上部に回らないようにして、まずリーダーが口で傷口の毒を吸い取ります。チューッと吸って、ペッと吐き出します。何十回か繰り返してから他の人に交替しました。

「なんか、口がおかひい」

リーダーの唇が腫れています。

「口ろ中がひびれてきた」

毒を吸いだす時は口の中に傷のある人、虫歯のある人は止めた方がいいと言われています。でも傷はなくても口の中は全体が粘膜だから毒を吸収するのです。

  →アイ ハブ ア ハブその6につづく


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アイ ハブ ア ハブ その6


アイ ハブ ア ハブ その5からつづく


口のしびれたリーダーに替わって他の人が毒の吸出しをすることになりました。交替はしたものの、うまく吸い出せないでいます。

「やあ、こうした方がいい」

と、力のあるKさん、両手でテッちゃんの足をギュウギュウ押して傷口から毒を搾り出しています。

「イタタタ・・・・」

「え?テッちゃん、だいじょうぶ?いたい?」

「いや、・・・・やってください・・・・うううう・・・」

テッちゃんの足はもう足首の上のふくらはぎ近くまで腫れて、足の指やくるぶしのシワはなくなってしまいました。
足が普段の二倍くらいの大きさにふくれ上がって、ふくらはぎから先がスキー靴のようです。

Kさんはなおも力を入れて雑巾をしぼるように両手で足をつかんで絞り上げます。
傷口から血液とリンパ液の混ざった汁が滲み出てきます。
二人がかりで足首と指先を持って絞り上げると一番よく毒が出ました。
知らない人が見たら拷問していると思うでしょう。(これが楽しいキャンプなんでしょうか?)

しばらく絞っていると汁が出なくなってきました。
傷がふさがってきたのです。
大出血を恐れるどころか、もう一度メスで切って毒を出しやすくすることになりました。

このメスは実によく切れます。十徳ナイフはスイス製の高い製品でしたが、この中のメスだけは一度も使ったことがありませんでした。使うチャンスがなかったのです。

テッちゃんの足の荒療治の間、3人の実習生たちは上からライトを照らす役目、つまり照明係をしていました。

何時間経ったでしょう。切ってしぼって毒を出したおかげでテッちゃんの足の腫れは膝の上よりは行かずに止まってくれました。ここで絞るのは終わりにします。まずは一安心。

さてこれからどうしようか、ということになりました。ここは大きな滝を登って来た山奥です。浦内川の軍艦岩まででも丸1日かかります。

「この足じゃ歩けないよなあ」

「だいいち靴がはけないよ」

大きく腫れ上がって象のようになった足が入る靴はありません。

「ボクがおんぶして山を下りる」

と、力持ちのKさん。

「いや、マヤグスクの滝の巻き道、人を担いで行くのはムリだよ」

昨日の雨で川が増水しているので、登って来た時のように谷スジを歩くことはできません。

テッちゃん、無事におうちに帰れるんでしょうか。



  →アイ ハブ ア ハブ その7につづく


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  アイ ハブ ア ハブ その7


  →アイ ハブ ア ハブ その6からつづく


テントが流されそうになったほどの大雨が降ったのです。
マヤグスクの滝も相当な水量にちがいありません。
山肌を迂回して斜面を下りるしかありません。

しかも真っ暗な夜。
たとえなんとか下りられたとしても夜は定期船はもうありません。
石垣の病院には行かれません。
ふもとの診療所に行くだけです。
西表の診療所にはハブ用の血清が常備されているんでしょうか。

「どうにかしてヘリを呼んできましょうか」

離島の急患はときどき海上保安庁のヘリコプターで石垣島の県立病院に運ばれています。

「ヘリがどこに降りるんだ?」

ヘリコプターが離着陸するには広い平らな場所が必要です。
学校の校庭や大型スーパーの駐車場のような場所は山の中にはありません。
もう少し下流の方に行けば広くなった川原がありますが、そこまでもテッちゃんが歩いて行くのはムリです。

「病院に着いても入院してタダ寝てるだけだろう」

「それはそうだけど」

「無理して病院連れて行く意味あるかな」

「病院、行かなくてもいいんじゃないかな」



こう言うのには理由がありました。

数年前まで牧場の近くに老人が一人で住んでいました。

ある日その老人が足をハブに咬まれました。
老人はやっとの思いで牧場まで助けを求めに来ました。
老人の家には電話がなかったのです。
老人を病院に運んで入院となりました。

翌日病院に見舞いに行くと、老人はももまで腫れ上がった足をむき出しにして寝ていました。

足首、ふくらはぎ、太ももの周囲に油性ペンで十ヶ所くらい一周ぐるりと線が描かれてありました。
この線のところの周囲の長さを看護師さんがメジャーで測ります。

足の腫れは反対側の脚の膝まできていましたが、そこから先は腫れていません。

そして日を追うごとに腫れは引いていきました。
その間、特に治療というのはなかったのです。
特効薬もないし、血清も打たないし、栄養点滴して安静に寝ているだけです。


「そうだね、ここで寝てても入院して寝てても同じだよ」

というわけでこの野戦病院にテッちゃん入院となりました。

「で、いつまでこの山の中にいるんだ」

「テッちゃんが歩けるようになるまで」

「全員が付き添う必要はないね」

「それどころか、さっきの夕食のときに食糧と燃料をほとんど使い切っちゃったわよ」

「一人だけテッちゃんの看病と世話する人を置いて行こう」

「ああ、牧場の仕事もあるし。そうだ、お前残ってテッちゃんの看病してくれ、看護婦さんだ」

「ええっ、私一人?心もとないなあ」

「じゃあ、もう一人誰かヘルプしよう。あとの者は一度下山しよう」


牧場の仕事、食糧などの追加調達の他に、
どうしても翌日は石垣に帰らなければならないわけがあったのです。

Kさんは数日後に東京へ行って青年海外協力隊の二次試験を受けることになっていたのです。

Kさんが石垣を出発するのは翌々日の午後です。
見送りをすると、もうその日は西表の山に登ってくるのは無理です。

今まで何年もお隣の牧場仲間でやってきた間柄ですからやはり見送りには行きたいのです。


テッちゃんの足の痛みは毒を搾り出したことで少し治まってきたようです。

「それじゃあ、明日下山する人を決めよう」

「まずKさんは帰らなきゃね」

「オレも下山組だな」

「もちろんですよ。リーダーは滝を迂回するルートに詳しいからいっしょに下りてもらわないと」

「実習生の3人のうち誰か一人残ってあとは下山だ」

「ボ、ボク下山します」

「あ、僕も」

「いえ、ぼくが・・・」

「ああ、ああ、相談して決めてくれ」

テントの横で3人、ゴショゴショと話し声が聞こえたと思ったら、

「じゃーん、けーん、ぽーん」

「やったーっ!」

「くっそー」

騒いでいます。

じゃんけんして笑って騒ぐぐらいだから深刻な状況は脱したということでしょう。







  →アイ ハブ ア ハブ その8につづく


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アイ ハブ ア ハブ その8


アイ ハブ ア ハブ その7からつづく

結局ジャンケンに負けた野田君が野戦病院に残って看病の手伝いをすることになりました。

「下山組のオレたち4人は明日の朝早く出発することにしよう」

「とりあえず今夜はもう休もう」

「じゃあ、僕たちは向こう岸のテントに帰って寝ます」

若い実習生の3人は向こう岸のテントに入って行きました。

テッちゃんはだいぶ落ち着いたように見えます。

「毒の痛みはもう弱くなってきました」

「よかったね、ひどくならなくて」

「痛いのが治まったら、足がだるくて重くて・・・」

「横になってていいよ」

テントの中で私はテッちゃんの足をマッサージし続けてあげました。
血液の循環がよくなったせいか、テッちゃんの調子は少しよくなって、安らかな表情になってきました。

「ああ、ありがとうございます。なんだか眠れそうな気がしてきました」

長い、長い一日でした。



次の朝、起きてきた対岸の実習生、あまり元気がありません。

昨夜の騒動で寝不足なのでしょうか。

「疲れた顔してるわね、よく眠れなかった?」

「あれから急にハブが怖くなっちゃったんです」

「それでテントにハブが侵入して来ないようにテント入り口のファスナーをぴっちりと閉めて寝たんです」

「そしたらテントの中は3人の吐く息がウナギ臭くてたまらなくて・・・」

そりゃあ、三日間ウナギを食べ続けた若い男たちが閉め切った狭いテントの中に何時間もいるというのは、それこそ拷問です。

朝食も摂らずに下山組はわずかな非常食だけ持って山を下りて行くことになりました。

「オレたちは一応、二泊したら戻って来るつもりだけど、もしかして何かがあって4、5日戻れないということもないとは言えないから」

「うん、雨天用の燃料はなるべく節約して使うわ。野田君に手伝ってもらって昼間のうちに薪をたくさん集めておくことにする」

「ハブに咬まれるなよ」

そう言い残して下山組は出発しました。川ではなく、テントの横の山の中へ。

4人の足音が小さくなって、やがてすっかり聞こえなくなると急に心細くなりました。応援部隊が帰って来るまでこの山奥に寝たきりのテッちゃんと私と野田君だけで過ごすのです。

残されている食糧は、7人が最後の朝と昼に食べる分の米とおかずだったので、3人が3~4日過ごすには間に合いそうです。

ガソリンコンロの燃料があまりないので、雨が降った時のために保存しておきます。
明るいうちに野田君と二人でせっせと薪集めです。

野田君も私もすっかりハブ恐怖症になってしまっています。

岩の上に小物をひょいと置いてあったのを手に取る時も、(その下にハブが隠れているかも知れない)と、おっかなびっくり触っています。

地面の太い木の枝を拾うのにもチョンと足で蹴って、ハブが隠れていないのを確認してから持ちます。ハブに取り囲まれているような気もして疑心暗鬼になっているようです。

でもこれは実は大事なことです。

キャンプに限らず、石垣で日常生活を送っている時も、ハブに咬まれる危険性はどこにでもあるのです。

夜行性のハブですが、昼間は日の当たらない石の陰や日陰の暗い草むら、ブロックの穴の中、地面に置かれた板の下や転がっているパイプの中、などに隠れていることがあるのです。

昼間でも、深い草むらにはズカズカとゴムぞうりで入って行かない事、地面の石やブロック、鉄パイプなどを持ち上げる時には触る前に靴でポンと蹴って見てからにする(もしハブが入っていればスルスルと逃げ出します。)・・・・ことが大切なのです。

まさかこんなジャングルの山奥でキャンプしていて仲間がハブに咬まれることになるとは・・・・。



  →アイ ハブ ア ハブ その9につづく


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アイ ハブ ア ハブ その9


  →アイ ハブ ア ハブ その8 からつづく

テッちゃんは動けないのでテントの中でじーっとしています。
看病といってもこれと言ってすることもないのです。
ご飯を作って運んであげることぐらいです。
トイレだけはテッちゃん何とか一人で歩いて行っています。

「ところで、テッちゃん、昨日はトイレに行こうとして咬まれたんでしょ。その後どうしたの?」

「あ、ウンコ、止まっちゃいました」

暗くなってから動き回るのはいやなので明るいうちに夕食、片付けなどを済ませます。

明るいうちに夕食を摂るなんていうところがますます『病院に入院』しているみたいです。
野戦病院ですけど。

まだまだ日が高いのにもうすることがありません。

「それじゃあ、ボクはもう向こうのテントに行きます。おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい・・・」

・・・・・って、まだ早すぎるよ。

この日、野田君はテントに入ったきり、翌朝明るくなるまで出てきませんでした。

朝日の当たる時間帯になると夜行性のハブはもう出てきません。


テッちゃんはトイレ以外、ずっとテントの中で過ごし、することもなく退屈そのもののようでした。
私は、薪集め、水汲み、食事の支度、片付けと、一日中何かとすることがあって適度に忙しくしていました。

暇な時間があっても、景色を眺めたり、散策したりもできて決して退屈はしません。健康というのは本当にありがたいと思いました。

景色のよい大自然の中のキャンプも、健康であればこそ楽しめるというものです。

野戦病院に入院中のテッちゃん、テントの中で暇つぶしに読む物さえありません。
誰も本の一冊も持って来ていません。キャンプ中に読書なんて暇はないと誰しも思っていました。

あるのは、昨日まで炊事の焚き付けに使ってきて最後に残った古新聞の20cmほどの切れ端だけ。
この小さな切れ端を、テッちゃん端から端まで読んでいます。たった1枚の新聞の切れ端を、表を読んで、裏を読んで、また表を読んで。古新聞をこんなに丁寧に読んだことは今までなかったでしょう。

古新聞に飽きると(とっくに飽きていますが)、テントの小さな出入口からわずかに覗く空の“一部”を見ています。
三角形に切り取られた空をぼんやり眺めていると時々野鳥が横切るのが見えます。

ほんの一瞬チラッと目に入るだけですが、いつも牧場で見ているのと同じ種類の鳥が多いので、鳴き声と羽の色で判断して野鳥の好きなテッちゃん、次々と鳥の名前を当てています。


三日目の朝食後、私もすることがなくテントで寝転がってウトウトしていました。

三日間雨が降らずにいたので川の水は減ってきていました。浅くなった川の中を、ザッ、ザッ、ザッと誰か歩いてくる音がします。

「なんだ?何が来たんだ?」

こんな朝っぱらから応援隊が来るとは思っていませんでした。


「よかった、生きてたかー

「あ、来てくれたの、早いね」

「石垣から朝一番の船で西表に渉って急ぎ足で登って来たんだよ」

「それにしても速いじゃないの。ここまで一日がかりで来た所なのに」

「石垣にいてもあんたらのことが心配で、心配で」

こっちは山の中でも“退屈なくらい”何事もなく平和に過ごしていたのですが、下山した人たちは、とくに心配性のリーダーは連絡もつかない山に残してきたメンバーのことを気遣って不安な時間を送っていたのでした。

この頃はまだ携帯電話が普及していませんでした。持っている人もいましたがほんの一部の人たちでした。
まして完全に圏外の場所です。
衛星電話は一般化されていない頃のことです。


以下は後で聞いて分かった話です。

朝早くに山を下りていった下山組はもう昼前には石垣に着きました。

「食糧や燃料も準備するけど、まずはハブの血清だ、病院へ急ごう」

   
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「先生!先生!」

「どうしたんですか」

「この病院にハブの血清はありませんか?」

「ハブ?うちは動物病院だけど・・・・」

O先生が答えます。


O先生は、『キャンプへ GO』や『幻の湖』の章で登場した獣医さんです。

「ですから牛用の血清があるんじゃないか、と思って」

「牛が咬まれたの?」

「いえ、実習生が西表のジャングルでキャンプしてて咬まれたんです。今テントで寝てるんで血清があれば持って行ってやりたいんです」

「ええっ?!そ、そんな、命にかかわること・・・簡単に薬なんか出せませんよ!!ちゃんと人間の病院に行ってくださいっ!」

「やっぱりダメか」


   (当然です。普通はハブに咬まれたら救急車です)

リーダーは夜になると恐ろしい夢を見てうなされたのでした。



  →アイ ハブ ア ハブ その10につづく


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アイ ハブ ア ハブ その10


  →アイ ハブ ア ハブ その9からつづく

ハブの血清は獣医のO先生に断られてあきらめましたが、リーダーはどうしてもテッちゃんのことが心配で、ろくに眠れません。
そして夢にうなされるのです。


「グスン・・・、テッちゃん、短い人生だったなあ。こんな山の中でハブに咬まれて死んじゃうなんて・・・」

「ホントに・・・クスン、クスン・・・。実家に知らせて家族に来てもらわなきゃね。シクシク・・。」

「ああ、両親が来るまでは遺体が腐らないようにしておかなきゃな」

「こんな山の中じゃドライアイスも氷もないけど」

「とりあえず川の中に遺体を沈めておくんだ。遺体が浮かんで来ないように重い石を載せておけよ」
 

!!とんでもない縁起の悪い夢を見たものです。

翌日の午後、出発するKさんを空港に見送りしました。

実家の農業を手伝っていたり、農業自習でアメリカの農場にも居たことのあるKさんなら協力隊の試験も合格することでしょう。

空港でKさんとお別れした後、燃料や食糧も買い込んで、また次の日から西表です。
今度はいつものようにウキウキしたキャンプの準備気分ではありません。
もしキャンプに残っている人たちに何かあったとしても、すぐには助けを呼べる場所ではなく、連絡も取りようがないのです。

そして心配でろくに眠れないうちに夜が明けて、すぐ出発となったのです。


船の中にいるときも、西表の川沿いに山を登っているときも、リーダーの頭の中は
『テッちゃんたちのことが心配・・・・』

・・・・・・・・とにかく   『心配』 ・・・・・・・

  の二文字でいっぱいなのです。

だんだんキャンプの場所に近づいて来ますが、今日は全然ワクワクではなく、胸の中は、もやもや、ドキドキ・・・・。

「あ、ヘリコプターだ」

「ホントだ、何でこんな山の上に」

ヘリコプターがこれから登ろうとしている山の上に向かって飛んでいます。
一行の頭の上をバラバラと音を立てて低空飛行するヘリ。

「う、・・・このヘリ、テッちゃんの遺体を運ぶヘリにちがいない」

リーダーは確たる根拠はないけど直感でそう思ったのです。

「どうやって下界に連絡してヘリを呼んだんだろう?」


実は、このヘリ、ウリミバエという害虫を根絶するために沖縄県の事業でウリミバエの不妊虫を空から撒いていたのでした。

このウリミバエ、瓜類の作物に卵を産みつけ、実をダメにしてしまう害虫で、沖縄県の野菜が他府県に出荷できない要因になっていました。

ウリミバエの不妊虫、つまり「交尾しても幼虫が生まれない特殊なウリミバエを増殖して、それを大量に放虫することでこれ以上ウリミバエが産まれないようにする、という計画です。

何十年もかかって地域ごとにこの事業が行なわれて、最後に1990年から三年間、石垣島や西表島にも大量のウリミバエ不妊虫が放出され、1993年についにウリミバエは根絶されました。

おかげで石垣島産のゴーヤなどの瓜類の野菜も自由に島外に持ち出せるようになったのです。
このキャンプの頃はウリミバエ根絶事業真っ盛りだったわけです。


牧場の近くにもよくこのヘリが飛んでいたものでした。

ちょっと考えればわかりそうなものですが、頭がテッちゃんのハブのことでいっぱいだったリーダー、もうそれ以外には思いつきません。

そして険しい山道もすごいスピードで登りきってしまい、あんなに朝早い時間にキャンプ地に到着したのでした。



 →アイ ハブ ア ハブ その11につづく

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アイ ハブ ア ハブ その11


アイ ハブ ア ハブ その10 からつづく

テッちゃん、まだ十分に歩けはしませんが、元気に生きていました。

「よかった、無事だったか」

「何が?」

キャンプに残った方は、ここでは何の刺激もないし、することもなく平和で退屈だったわけで、下山組の人の心配がわかりません。

「来る途中にヘリコプターが上を飛んでてさあ」

「うん」

「心配したんだよ」

「はあ?・・・?」

テッちゃんも含めてテントの私たちはキョトンとしています。


この日、応援隊の持って来てくれたふんだんな食糧のおかげで久々にゆったりした気持ちで食事ができました。

みんなが来てくれてにぎやかにもなったし、急に心強くなりました。

「テッちゃん、どうだ、足の具合は?」

テッちゃんの足の腫れは徐々に引いてきていました。

「靴は無理でもゴムぞうりなら履けるくらいになりました。ゆっくりなら歩けます。」

「そうか、よかった」

「これで下山できますね」

この二日間、川向こうのテントで一人で寝ていた野田君もうれしそうです。

「今夜はもう一晩ここに泊まろう。明日の朝早くに出発だ、いいな、テッちゃん」


翌朝は朝食が済んだら片づけをする前にまずテッちゃんが一人で先に出発します。
まだ少しずつしか歩けないし、しかもぞうり履きなので時間がかかります。

「テッちゃんは荷物も持たなくていいよ、空身で行きな」

「じゃあ、お先に」

一歩一歩山道を下りて行きました。
とにかく他の人たちより先に行かないと、すぐ追いつかれてしまいます。

「テッちゃんにはすぐ追いつくよ、オレたちはゆっくりしてから出かけよう」

朝食ものんびり食べて休憩、そしてテントの撤収。
テッちゃんの荷物もみんなで分担して持ちます。

健脚ならふもとまで一気に下りて行かれますが、テッちゃんのスピードに合わせて、途中で一泊する予定です。

待ち合わせの場所は、今夜のキャンプ地であるマヤグスクの滝の下の広い川原ということにしました。


川に沿って下りて、少し下流まで来たときです。

「あれっ、見たことある物が・・・」

川岸の草に何か白っぽい丸い物が引っかかっているのを見つけました。

四日前に流されたプラスチックのキャンプ用食器でした。

「あ、またあった」

流された食器は下りる道すがら全部回収しました。

昨日応援部隊が登って来たときは山の中を通ってきたので気が付かなかったのでしょうか。

それとも頭上のヘリに気を取られて下を見ていなかったのか。


午後までかかってキャンプ予定地の川原に到着です。

今日はここまででストップ。一泊です。


翌朝、テッちゃんの足はさらに回復していました。

「また荷物なしで先に出発してね」

「はあい、じゃあ、お先に行かせてもらいます」

「来た時の道なので迷うはずはないと思うけど、念のためにテッちゃんが通過した証拠に目印をつけて行ってもらうことにしよう」

「木の枝や小石を使って地面に通過した時刻を表すんだよ。それを確認しながら行けば安心だ」

オリエンテーリングみたいなものです。

「わかりました」

テッちゃん、数日前にハブに咬まれたとは思えないくらい元気に歩いていきます。


地面の時刻の目印によると、テッちゃんはずいぶんと足が達者になったようです。

私たちは追いつくどころかどんどん離されて行っているように感じます。


下流の軍艦岩に着きましたがそこにテッちゃんの姿がありません。

「あれ?テッちゃん、道間違えたのかな」

「そんなはずはないよ、すぐそこまで目印が順調に付いていたの見ただろう」

「追い抜いちゃったのかな」

「まさか」

「この辺をよく探してみよう」

「オーイ、てーっちゃーん」

「せんぱーい、テツヤせーんぱーい」

もう1時間も探しています。テッちゃんどうしたんでしょう?


 →アイ ハブ ア ハブ その12 につづく

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アイ ハブ ア ハブ その12



アイ ハブ ア ハブ その11からつづく

もうかれこれ1時間もみんなでテッちゃんを探しています。

「もしかして先に一人で船に乗って帰っちゃったとか?」

「そんなばかな、財布も何も持たず手ぶらなんだから」

さんざん名前を呼んで探し回った頃、大きな岩の陰からヒョコッと現れたテッちゃん・・・!

「な、な、なんだ、どこにいたんだよ」

「いやあ、意外と早くに着いちゃって、みなさんが来るのを待つ間に散歩して、それから休憩してたんです、すみません」

かなり大きな声で呼んだのに気が付かなかったということは、待ちくたびれて岩の上で眠っちゃったんでしょうか。

それにしてもずいぶんと治りが早いものです。

1週間前にハブに咬まれた人とは思えません。
もしかするとジャングルの野戦病院に入院したのがよかったんでしょうか。
西表の山の空気が自然治癒力を高めてくれたのかも・・・。

でもみなさんがもしハブに咬まれたときはテントの病院ではなく普通の病院に行かれた方がいいと思います。もちろん動物病院ではなく人間の病院です。


テッちゃんの回復に反比例するようにリーダーの元気がありません。

「どうかしたの?テッちゃんならもうだいじょうぶだよ」

胸が痛むよ

「ああ、後輩をキャンプに連れて来て怪我させちゃったから?」

「え?」

「そうだよね、実習のために石垣に来てもらったのに、休暇中にキャンプに来てこんな山奥でハブに咬まれるなんて」

「うん」

「それに治療のためとは言え、ナイフでテッちゃんの足を傷つけたわけだし」

「あの、それは・・・」

「今は歩けるようになったとは言っても、まだ牧場の力仕事は無理だしね。あと数日は・・・」

「ちがうんだ、胸を岩にぶつけた所が痛いんだよ」

「はあ?」

そうだったのか。後輩をキャンプに連れて来てタイヘンなことになったから責任を感じて「胸が痛む」のではなかったのです。本当に胸が痛かったのでした。

キャンプに来てすぐ新記録のオオウナギが釣れて、うれしくて昼間から酒盛りをしたのでしたっけ。

そこで調子に乗って高い所から川に飛び込み、(というか、酔っ払って落ちたように見えましたけど)、水中の岩に胸をぶつけてしばらく呻いていたのでした。

テッちゃんのハブの一件で忘れていました。

「まだ痛むの?だいじょうぶかな」

「まあ、歩けるし、荷物も持てるし・・・」

と言いながら重いリュックを背負って立ち上がると、

「イテテテ、う――ん、胸が痛いよー」

今度はリーダーが病院に行ったほうがいいみたいです。

ジャングルのテントの病院ではなくて街の普通の病院に。


  →アイ ハブ ア ハブ その13につづく



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アイ ハブ ア ハブ その 13


いつも更新を楽しみにしていてくださる方のために、今回から最新記事をトップに表すことにしました。

アイ ハブ ア ハブ その 12 からつづく

その日、やっと全員そろって牧場に戻ることができました。

一週間ずっと牛にエサをやって留守番していてくれたヨシダさんと、キャンプに参加しなかった井上君が笑顔で出迎えてくれました。

「お帰りなさい」

「お帰りなさーい」

すごくうれしそうにニコニコ、と言うかニヤニヤしてるように感じます。

「ハブに咬まれたんだって?災難だったなあ、クククク・・・」

「たいへんでしたねえ、ふふふ・・・」

疲れてボロボロになった私たちにねぎらいの言葉をかけてくれるのはいいんですが、

『オレたち、キャンプに行かなくてヨカッター!』

とその顔にしっかりと書いてありました。

ニ、三日後、テッちゃんはまだ靴は履けないのでまだサンダル履きです。

でも日常生活にはほとんど支障がないほどにまで回復していました。

腫れも自然に引いていました。

メスで切った傷はカサブタになっていました。


結局テッちゃん、病院には一度も行きませんでした。

その代わり1ヶ月くらい経ってからリーダーが診察を受けることになりました。

          ******************

「先生、高い所から落ちて、胸を強く打ったんです。1ヶ月も経つのにまだ痛むんです。微熱もありますし」

「骨折かヒビだと思いますが。
 時間が経っているのでレントゲンには写らないですよ。
 微熱は炎症のためでしょう。
 薬を出しておきますから飲んでください」

抗生物質をもらってきて飲み続けていました。

「どう?まだ痛いの?」

「うん、薬は飲み終わっちゃった」

「薬がなくなったらまた来なさいって言われたんでしょ」

「めんどうくさいよ、病院なんて」

「だって薬がないんじゃ・・・」

「うちにあるのでいいよ」

「同じ種類の抗生物質はないわよ」

「あるよ、牛用のが」

「ええっ?!家畜用の薬を飲むの?」

「成分が同じならいいんじゃないか」

「牛の・・・クスリ・・・」

「体重に比例して量を加減すればいいなだよ、効果はいっしょだ」


やっぱり動物病院でよかったのかも・・・・


赤ちゃん礼賛 その1につづく

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