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大草原の小さな家 その1

→前回 幻の湖 その5 からつづく


私たちは一年中キャンプばかりしているわけではありません。

普段はきちんと仕事をしています。牧場で働いているのです。

ここから南の島の牧場の生活の話がしばらく続きます。
興味のない方は数日後にまたご訪問ください。
またその頃に、さらにはげしくなるあぶないキャンプや厄介な事件を起こしてくれた実習生の話を書く予定ですので。

沖縄県の石垣島の端の方にある岬の牧場で、肉牛を飼っています。

日本では普通、牛の牧場というと乳牛か肉牛か、のどちらかです。
牛乳を搾るための牛は、それ専用に改良されたホルスタインなどの牛が使われます。
肉牛の場合は、和牛では黒毛和種というおいしい肉が取れる肉用牛が使われます。
この種類は牛肉にすると脂がのって柔らかくおいしいのですが、牛乳は搾れません。
自分の産んだ子牛に飲ませる分の乳を出すのもやっとです。

知らない人は牧場と言うと「新鮮なミルク」を連想しますがそれは乳牛の牧場だけです。

ここの牧場に来たばかりの頃、都会から引っ越してきたような奥さんが入れ物を持って、

「牛乳を分けてくださいませんか」

と言って来ました。突然のことで、(なんだろうか)、とふしぎに思いましたが、買い物にも不便な田舎なので料理に使う牛乳を切らしたのかとも考え、

「?・・・すいませんねえ、今、買い置きの牛乳はうちにはないんです」

「?・・・あ、ないんですか、・・・?・・・そうですか・・・」

と言って去っていきました。

あとで考えると、牧場だから絞りたての牛乳を分けてもらえると思ったのでしょう。

そう思うのも無理はありません。

それまで都会で何年も教師だけをやってきた私も、結婚して牧場に来るまではそういうことは知りませんでした。

ここは肉牛の牧場だから毎朝毎夕の乳搾りの仕事はありません。

では何が仕事か、というと、牛の世話です。

毎日エサをやって水を飲ませることです。

牛というのは大量に食べて飲むのです。牛飲馬食とはよく言ったものです。

エサの中心は草、あとは JA(当時は農協と言いました)やエサ会社から買う家畜用飼料です。

水は牧場の近くの谷からポンプで汲み上げ長いパイプで引いて来てありますから水汲みの仕事はありません。そこまでやっていたら体が持ちません。

数年に一度ポンプのモーターが故障して水が出ないことがありました。その時は、人間がすっぽり入るくらいの大きなポリペールを牛舎に置いて、そこに軽トラックでドラム缶に入れた水を運んで飲ませました。
直径80cmはあろうかというポリバケツの化け物のようなペールでも、牛が3頭も顔を突っ込むと、大きな牛の頭で一杯になります。

犬のようにペロペロと舌を使うのではなく水面に直接口を付けて、

「ブチュー、ズズズー」

と吸って

「ガブッ、ガブッ、ゴブッ」

と飲みます。
コップの水をストローで吸うように、ペールの水面は見る見る低くなり底を尽きます。
牛舎にいる何十頭もの牛を満足させるには軽トラで何回も往復して水を運ばなければなりません。
それだけで一日が終わっちゃいます。

モーターが故障することは滅多にないですからいつもはこんなことはありません。

普段は牛舎の牛たちは「ウォーターカップ」という公園の水飲み場のような所で自分で水の栓を開けて飲みたい時に勝手に飲んでいます。
栓を開けるのは手で蛇口を捻るのではありません。牛はそんなに器用ではありません。

正面に付いたレバーを下に押すと水が出るような仕組みになっています。
鼻先でグイと強く押すとシャーッと勢いよく水が出て半球型のボウル状の流しに水が溜まります。これを、
「ズズズー、ゴブッ、ゴブッ」

と好きなだけ飲めるわけです。

レバーを押すと水が出るというのは敢えて教えなくても自然に覚えてくれます。

この便利なウォーターカップは広い放牧場にもいくつも設置してあって、放牧の牛たちもそれを使って水を飲んでいます。放牧場と牧草の畑を合わせると55ヘクタール、一般的にわかりやすく言うと、縦1km、横500mの大きさとほぼ同じと考えていいでしょう。

この面積に100頭近い牛のほとんどが放牧され、その牛の面倒を住み込みの数人の従業員がみているのです。
牛の群れを移動させたり、街に売りに行ったり、投げ縄のようなもので子牛を捕まえて目印のタグを装着したり(今では昔の西部劇のように焼印を押すのはありません)、そういうことをするのが仕事です。

そうです、私たちは南の島のカウボーイたちなのです。

幼い頃に白黒テレビで見たウェスタンのドラマ、カッコイイ西部の男たち、何でも手作り家事を上手にこなす優しいお母さん、想像していた素敵なカントリースタイルの牧場のカウボーイの暮らし・・・・・・・・




とは、ちょっとちがっていたのでした。何事も経験して見ないことにはわからないもんです。



 →大草原の小さな家 その2につづく

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大草原の小さな家 その2

  →大草原の小さな家 その1からつづく

ここの牧場は、島の空港のある市街地から20kmくらい離れています。
5万人近くの島の人口のほとんどが島の中心地に集中しているので、市街地を外れると、ほとんどがサトウキビ畑。
島を一周する一本道の海岸道路からはサンゴ礁の海と 畑と 山の緑だけの景色が続きます。

その信号のない片側1車線の幹線道路を車で30分ほど走り、さらに防風林に挟まれた未舗装の細いデコボコ道に入って4km行くと、突き当たりにパッと開ける岬。(このデコボコ道は後に舗装されましたがそれは10年も先のことです。これはまだ水道も通ってなかった1980年代の話です。)
そのサンゴ礁の海に突き出した岬全体が牧場です。

街から遠く不便な場所ですが朝も夜も牛の管理をするので従業員は住み込みが原則です。

当時この牧場に住んでいるのは私たち夫婦、前出の山岳部出身のシマヤさん、農業は未経験だけど動物好きのヨシダさんが常駐していました。
ふだん牛にエサをやるだけのときはこのメンバーで充分なのですが、牛に食べさせる干草を大量に作る時や牛の群を移動させる時、牛をセリ市場に売るために運ぶ時などは人手が足りないので短期募集をします。
短期と言っても夏の1~2ヶ月だけとか、一ヶ月に3日だけ、なんて都合よく人を集められるはずがありません。
そこで、

「実習生」を受け入れます。ちょうど大学の夏休みに合わせて、母校の大学の農学系の数人の学生を実習生と言う形で受け入れてアルバイトしてもらうことにしました。

キャンプにいっしょに行ったミイちゃんも、親戚ではありますが実は実習生の身分で住み込みで数ヶ月間働いてもらっていました。

その年は夏休みよりだいぶ早くに一人の実習生が来ました。夫の大学の農学部の後輩のテツヤ君です。通称「テッちゃん」。
まじめで明るくハキハキした好青年です。この実習生のテッちゃん、まじめなのにいろいろなことをやらかしてくれたのです。

テッちゃんには私たち夫婦の住む家族用の住宅から10m離れた別棟の独身者用の建物に住んで自炊してもらうことにしました。そこは数年間シマヤさんが住んでいましたが事情があってこの年に石垣を離れることになり、テッちゃんの到着と同じ頃に退職したのです。

牧場では100頭近くの牛のほとんどが放牧です。放牧だから放っておけばいい、というわけではありません。柵の切れ目から逃げる牛や具合の悪い牛がいないか見回ることも必要です。

初めは先輩の従業員である夫がいろいろと教えてあげています。

「テッちゃん、見回りの内容を教えておくからね」

「はい」

少し高い丘の上に立って、緑の地面に散らばる黒い牛の数を数えます。

「区画ごとに入れてある牛の数を数える」

「牛が歩き回って動くから数えにくいですねえ」

何回も数えなおしています。

「放牧場の草には牛が喜んで食べる草と、ぜんぜん食べない草があるんだ」

「ところどころに牧草以外の草も生えていますね。チガヤとかイバラとか」

「長いこと肥料をまいてないから牧草が雑草に負けてくるんだ」

「放置しておくとますます牛が食べない草がはびこって牧草の面積が減りますね」

「その通り。だからイバラやランタナみたいに牛の嫌いな草は見つけたらクワで掘って根っこから除去する」

「はい、がんばります」

「でもタイヘンだから、よく乾いたチガヤの株などはこうやって火を点けて燃やしてもいいよ

ポケットからライターを出した夫は薄茶色のススキのようなチガヤの株の根元に火を点けました。この年は雨が少なく、チガヤは水不足で枯れかかっていました。火が付くと乾燥したチガヤはメラメラ、パチパチと勢いよく燃え出してあっという間に燃え尽きて、同時に燃える物がなくなったので火は間もなく消えてしまいました。
チガヤの周りには、地面すれすれまで牛が食べつくしてゴルフ場の芝生のように短くなった草の一部があるだけです。燃える物は他にありません。

朝も夕方も亜熱帯の夏の牧場は清清しいというより、とにかく暑いのです。

西部劇の中で登場するカウボーイは、スエードのズボンやジーンズにフランネルかギンガムチェックのシャツを着てカッコイイと言うイメージですが、ここではそんな恰好では働けません。
Tシャツに薄手の綿のズボン、それも200mくらいの区画を一回り見回るだけでも汗びっしょりでシャツを一日何回も替えることになります。
北国の牧場でツナギの服やサスペンダー付きのズボンで作業しているのをテレビで見ましたが、暑い国では熱中症になります。

「農業機械も使うので本当は安全を考えて長袖長ズボンの地の厚い生地の方がいいんだけどな」

「厚いのは暑いですね」

「うん、オレなんか暑がりだからなるべく薄い生地のズボンだよ」

何度も洗濯して生地が透けて見えるほどになって、しかも放牧場の囲いの有刺鉄線にしょっちゅう引っ掛けてかぎ裂きを作っているのでズボンはボロボロです。どこの国のホームレスでもこんなにひどいズボンは履いていないと思います。

(あああ、『大草原の小さな家』の父さんのマイケル・ランドンはもっとカッコよかったと思うんだけどなあ・・・)

そういう私もローラ・インガルスのようなギャザーかフレアーのロングスカートに白いエプロンでるんるんと坂をスキップして下りてくる・・・・・・・・・・わけではありませんでしたから。

そして夏休みに入ると、テッちゃんより学年の下の学生が4人も実習に来ました。

この夏は実習生テッちゃんが大活躍というか大失態というか、とにかくよく活動した年でした。

  →大草原の小さな家 その3へつづく



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大草原の小さな家 その3


大草原の小さな家 その2からつづく

新しい実習生は、細身の三ツ井君、背の高い井上君、小柄な西浦君、オシャレなテンガロンハット風の麦わら帽を被った野田君、の4人です。
牧場から迎えに行ったのはもちろんいつものトラック。当然、荷物と実習生は荷台です。
そして交番の前を通る時は例によって「みんな、伏せろー」です。学生たちはよく理解できないまま荷台に寝ています。
交番を過ぎると急に開ける景色。こんなに青い海を、長野の大学から来た学生たちは見たことがあるでしょうか。感動したのか、疲れているのか、学生たちは無言で荷台で風に吹かれて海を見ています。

30分走って細いデコボコ道を抜けると突き当たりに突然牧場が現れます。
トラックから降りた実習生たちは急に顔が輝きます。

「広い!」

そうです。見渡す限り緑の草地。トラックを停めた駐車場代わりの広場の周りに牛舎、住宅、倉庫と作業場が集まって、その外側の放牧場、その向こうの丘とさらに遠くの防風林と海。

もしここがリゾートホテルなら最高級のロケーションです。
あるいはもし収容所だったら脱出逃亡不可能な場所。
それくらい人里離れた牧場です。

「あ、珍しい鳥がいる」

そうです、八重山地方と呼ばれる石垣、西表を含むこの辺りは、昆虫でも鳥でもカエルでも日本本土のものとは少しずつ種類が異なります。セミやカエルの声もちょっとずつ変わっているわけです。

(少しからかってやるか、ククク……)

「ああ、あの鳥ね」

「大きい鳥ですね、見たことないや」

「あれはね、ヤエヤマシソチョウと言ってね」

すました顔で静かにウソの説明を始めます。本当はムラサキサギという鳥です。羽を広げると1、5mくらいはある大きな鳥です。

「ハァ?シ、始祖鳥?!」

「プテラノドンの仲間なの。恐竜時代の生き残りね」

ムラサキサギは頭もクチバシも大きくプテラノドンに似てなくもない。生きたプテラノドン見たことないですけど。
もうヤケクソで恐竜も鳥類もごっちゃになってる。

「え?えええっ??!!そんなのいるんか…」

一番純朴そうな西浦君はすっかりだまされています。

ムラサキサギの鳴き声は「ギョエーッ、ギョエーッ」というけたたましい声です。それがいかも恐竜らしく見せています。“ジュラシック・ファームへようこそ”

生きた化石とも言われるイリオモテヤマネコが今も西表の森を歩き回っているし、特別天然記念物のカンムリワシも普通に頭の上を飛び回っている場所ですから、始祖鳥と言われてみればそれもありかなあ、と思うようです。まったく無知と言うか純真と言うか。

テッちゃんだけはニヤニヤしています。数ヶ月前に、もうその洗礼は受けています。
いえ、テッちゃんは、騙そうとしましたが「ウソだあ」とすぐ見破られました。

「……なあんちゃって、ウソだよー、ケケケケ」

「ええっ、なあんだ、信じてたのに」

それを聞いていたのか、いなかったのか、次は井上君、

「そこに見える島は何ですか?」

目の前に横たわる大きな島、すぐお隣の西表島です。石垣の最西端のここからは西表に一番近く、20kmほどしか離れていません。天気のいい日は島影がくっきりと見えます。手前の海岸道路に車が走っているのが蟻んこくらいの大きさに見えたり、小学校の体育館らしき建物もわかります。

「ああ、あれは台湾よ」

わざとサラリと言ってのけます。

「ヘエエエエーッ!台湾、こんなに近いんだ!」

「うん、那覇に行くより近いもんね」←これは本当です。

「そうですね、地図で見るとそうですね」

私は噴出しそうになるのを抑えて視線をそらしながら続けます。

「数年に1度は台湾のテレビ放送が見られるよ」←これも本当です。

「へえ、電波届くんだ」

ウソと本当のことを適当に取り混ぜて話すのが信憑性があってよいのです。

「でもこんなに近いか?泳いで行かれそうだな」

井上君と三ツ井君が話しているのを聞いて、私は笑いたくなるのをこらえて下を向いていました。
テッちゃんの方を見ると、やっぱりわざと顔を横に向けて、(クックックッ)と気付かれないように声を出さずに
笑っていましたが、私と目が合って途端に二人で噴出してしまいました。

「アッハハハハハ、んなわけないジャン、ハハハハハハ」

「えええ?」

「当たり前でしょ、台湾よりずっと手前の与那国島だって全然見えないわよ、地理オンチ!台湾まで何kmあると思っているのよ」

今までに初めて牧場に来た人たちにはこうやってだましてからかって遊ぶのが暇つぶしにいいのでした。

トイレに行ってたのか、テンガロン麦わら帽の野田君が遅れて来ました。

「みんな何見てるの?」

他の人たちが見ている海の方を見ます。

「…あの島さ」

「何、あの島」

「フフフ、台湾だってさ」

「ヘエエエエッ、台湾、こんなに近いんだ、知らなかったなあ」

プッ、ククククク・・・・・・・

また笑いをこらえる人数が増えました。

 →その4につづく   (この話は一部フィクションです)

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大草原の小さな家 その4


大草原の小さな家 その3からつづく

プテラノドンが飛んでるなどとバカなことを言ってると、

「何やってるんだ、仕事行くぞー」

さっそくカウボーイのボス、つまり牧場の管理責任者である夫の声。

実習生たちは作業着に着替え、持ってきた荷物の中から出した長靴に履き替えて出動です。
暑いので野球帽を被り、野田君だけはお気に入りの麦わら帽子着用。
まずは放牧場の見回り。これは先輩のテッちゃんが教えながら行きます。

「牛、みんな真っ黒なんですね」

黒毛和種ですからね。白黒ぶち模様のホルスタインとはちがいます。

「数えても判らなくなっちゃうよ」

牛の耳には『耳標』と呼ばれるタグが付いていてその番号を見れば識別できますが、すぐそばまで行かないと見えません。

「毎日観察していると牛の体型や角の形なんかで区別できるようになるよ」

そうです、毎日見ていると牛の姿も人間と同じように一頭ずつ個性があるのです。
トラクターの運転より牛の観察が得意なヨシダさんは遠くから見た牛のシルエットだけで
「あの牛は76番です」と言い当てます。牛も動物好きの人にはなつくのか、側に寄っても牛は安心して草を食べています。

「……43、44、45、46、…あれ?ずっと向こうの牛に誰か乗ってる!」

「あ、ホントだ、人が乗ってる」

ヨシダさんです。一番おとなしくて人によく馴れているお気に入りの牛の背中に乗って牛の頭数を数えています。これで目線が高くなり、遠くの牛の姿もよく見えて数えやすくなります。

特に具合の悪い牛もなく健康なようです。柵も点検して壊れそうな箇所を直していきます。

放牧場の境目の柵はよく見ておかないと柵の切れ目から牛が逃げてしまいます。

朝は牛舎で牛のエサやりと放牧牛の見回りが終わると住宅の方に戻って朝食、その後長い休憩です。
亜熱帯の夏は強烈な日射しと気温で昼間は外で長時間は働けません。
熱射病になっちゃいます。

そして夕方陽が西に傾き始める頃にようやく夕方の仕事開始。それでも涼しくはなりませんが。炎天下よりはましです。太陽が真上にある間はひたすら身体を休めないと持ちません。

その分、夏場は午後8時を過ぎないと暗くならないので遅くまで労働することになるからです。

仕事に慣れて数日経ったころ、いつものように日中の暑い時間帯は部屋で休憩していました。
実習生たちも休憩時間なのですが、若くて元気のある学生たちですから長い休憩は要らないようです。この時間帯にサンゴ礁の浜に下りることもあるし、仕事時間外なのに熱心に放牧場の見回りを自主的にしている人もいます。
まじめなテッちゃんです
私たち夫婦は力を温存しないと夜まで続かないので昼寝です。

しばらく経ってからガラス戸を叩いて呼ぶ声がします。
テッちゃん、走ってきたのか、息せき切っています。

「先輩!…ハァッ、ハァッ…、お願いします、ハァッ、ハァッ…すぐ…来てください!」

「どうした?テッちゃん」

テッちゃん泣きそうな顔してます。

「乾いたチガヤに火を付けていて、…ハァッ、…風で火が…ハァッ…山に…移って……」

 「なにぃ?!!!山火事ぃ??!!」 
 

慌てて外に出て後ろの山を振り返って見ると、山と放牧場の境い目の辺りから煙が上がっています。
この日は風があって、しかもだいぶ前から晴天が続いて乾燥していました。

「こりゃ、エライこっちゃ!……、みんな準備しろ、山火事だ!」

昼寝中だったり、くつろいだりしていた実習生たちを起こして回ります。

「みんなで何とかして消すんだ!!」

大変なことになりました。実習生と私たち、従業員入れても8人しかいません。この人数でバケツリレーで山火事消えるんでしょうか。

  →その5につづく



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大草原の小さな家 その5


  →大草原の小さな家 その4 からつづく

(山火事…って、どうなっちゃうの?!)

従業員と実習生と、慌てて軽トラの停めてある広場に全員集合.
午前の仕事が終わってシャワーを浴びてくつろいでいたところだったので、みんなあたふたと作業着を着ながら走って来ます。
長靴もちゃんと履けずにガポガポしながら寄ってきた人を見て、

「あ、オレサンダルで来ちゃった。替えて来るわ」

上着のボタンを掛け違えている人も。みんな相当焦っています。消防士さんはこういうときも冷静なんでしょうか。


軽トラの荷台にドラム缶や大型ポリペールを積んでそれに水を溜めます。水道の蛇口からホースで入れるだけでは間に合いません。広場には牛に飲ませる水を溜めておく小さなコンクリのプールが作ってありました。
ここからも水をドラム缶に入れていきます。その間に牛舎や風呂場などを走り回ってありったけのバケツ、洗面器など、水の汲めるものなら何でもかき集めます。それとボロ布や捨てていいようなボロ毛布、ほうきも。

軽トラの荷台に水を積んで、人間は乗り切れないのでバイクと3tトラックで煙の上がっている山に向かって出動です。

放牧場の奥まで軽トラを乗り入れてバケツリレーがスタートです。

広い牧草地に火が付いてメラメラ、パチパチとどんどん燃え広がって行きます。
これ以上広がらないように燃えている最先端に行って水をかけます。同時にボロ布やバスタオルの古いのを濡らした物、ホウキも使って炎を叩いて消します。とにかくどんな手を使っても延焼をくい止めなければ。
風で煙がこちらに向かう場所ではゴッホン、ゴッホン。草地を走り回って小さな炎は長靴でも踏みつけて消します。

放牧場の火はそれ以上は広がらないと見ましたが、この時には山の中に火が入り始めていました。
煙に巻かれながら夢中でバケツリレーを繰り返します。軽トラの荷台の上でドラム缶からバケツで水をくみ出して下の人に渡す役目のヨシダさん、全身ずぶ濡れです。バケツを運ぶ私たちも煙で顔が真っ黒。シャツもズボンも靴もススで黒く汚れています。

荷台のドラム缶が空になってまた水を運んで来ます。何十杯、何百杯バケツリレーをしたでしょう。
完全消火とは行かないまでも、山の火ももう燃え広がる心配もないくらいになりました。

「ああ、よかった、もうすぐ消えるな」

「これだけ水をかけたからあとは自然鎮火するんじゃないか?」

みんなホッとしてやっと手を休めました。

すると、遠くから

「カーン、カーン、カーン…」

「ん?何?」

「もしや、…」

「消防車?」

誰が呼んだんでしょうか。たぶん煙を見たのでとんで来たんでしょう。
これだけの煙ですから近くを車で通った人が通報したにちがいありません。

消防車の人たちは山の際まで乗りつけてホースを伸ばして山の中に踏み入っていきます。

「ああ、もうほとんど消えてるな」

とは言うものの、ホースから噴出する水。大量ではなく細い水の線ですが的確に赤く燃え残っている木の幹に水を命中させて消しています。ドラム缶何本分の水も使わず鎮火しました。消防車が到着する前にもう私たちがほとんど消火していましたから。

消防士の人たちも落ち着いたものです。

「これでだいじょうぶですよ」

「責任者の方はどなたですか?」

「は、はい、私です」

「放牧場で野焼きする時は気をつけてくださいね」

「はい、すみません、ご迷惑をかけました」

「火入れをする時は届けを出してくださいね。それから燃やす時は風下から、かつ一箇所から火を付けて少しずつ燃やしてくださいよ」

……だそうです。

「あ、それから」

「はい」

「あとで始末書を書いてもらいますので、消防署に来てください」

「はい」

「それから、奥さん」

「は、はい」

「これでまた本を書くネタができましたね、フフフ」

あらら、分かってたのね。

そうです、実はこの2年前にノンフィクションを書いて出版したのでした。
新婚旅行で無人島へ行って自給自足で12日間暮らして、最後に森でイノシシを獲って帰ったこと、都会育ちが牧場で初めて体験してビックリの「ど田舎」の暮らし、などを書いたものです。石垣島や沖縄県内では結構売れて増刷を4刷りまでしました。その後映画化もされましたが、こちらはさっぱりでした。でも島の人には本がおもしろいと評判でした。(自分で言うのもなんですが)

この時は本が書けるぞ、と喜んでいたわけではありません、もちろん。

消防車も帰って行き、疲れた身体で片づけをしていました。

草地は広い範囲で燃えた跡が黒いこげ跡になっています。

ぼんやりとこげ跡を歩くのは野田君。

「どうしたの」

「麦わら帽子が…」

「どこに脱いだの?」

「軽トラを降りて、火からずうっと遠くに置いといたんですけど」

大事なテンガロン麦わら帽、ここなら火が届かないだろうと思っていた場所に確保したはずなのに。

「燃えちゃいました」

気の毒に、どこにあったかわからないくらいにきれいサッパリ灰になってしまいました。

         →その6につづく

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大草原の小さな家 その6


大草原の小さな家 その5からつづく

消防車が来たその夜、消えたとは思ってもちょっとまだ心配です。

「もう完全に消えたかな?」

「消えたでしょう。消防士さんも言ってたじゃない」

「うん、だけど、火事の時、一度消えたと思っても、布団なんかまた後で燃え出すこともあるらしいじゃないか」

「それは聞いたことがある」

「見に行こう」

「今?!」

「そう、今」

「こんな夜中に?}

「今見なきゃ意味ないだろ」

「そうでした、そうですね」

夜遅く、街灯もない真っ暗なデコボコ道を夫婦で軽トラに乗って火事跡の現場に。

懐中電灯を照らして山に入って行きます。
いつも見慣れていた牧場内の山ですが、夜に見るとまた不気味。
放牧場から山に入ってすぐ、

「あ、まだ火が残ってる」

鎮火しても焼け残った木の幹に小さな赤い色が光っています。
色が青でないからホタルと見間違えたのでないことは確かです。

周りは水浸しですし、燃え移ったり、広がることはないでしょうけど。
焦げ臭いにおいと煙臭いのがまだ消えてはいません。

「まあ、一応は大丈夫ということかな」

ちょっと気になるところはあるものの、なんとか眠ることはできました。

翌日からは、

「風のある日は火を付けるなよ、山に近い所は要注意!」

「はい、わかりました」

実習生たちは放牧場で牛の食べない迷惑な潅木を見つけても火を使わずに駆除しています。
つまり、クワ、ナタ、カマを使って人海戦術で伐採です。

「固ったいナ、この木」
「根っこまで取らないとまたすぐ生えてくるぞ」
「クワを使えよ」
「それも固いよ、土がガチガチで」
「もっと思い切り振り下ろして」
「えーい!」

   ……ガキッ!

「あら、深く入って抜けなくなっちゃった」
「しょうがないな、なんとかしろよ」
「ようし、ぬわーっ、!!!」

……ボキッ!!…

「あ」
「あ!」
「あああっ!!」

「折れた…」

「折れたんじゃなくて、折った、って言うんだよ、そういうの」

まったく、深く地面に刺さったクワを力任せに起こそうとするもんだから、丈夫な鉄のクワの刃が根元からボッキリ折れてしまいました。

農学系とは言ってもカマやクワの使い方なんて、実家が農家の三ツ井君以外は全然わかっていません。

「ああ、もう!」
「仕方ない、これは後でオレが溶接で修理して使えるようにするよ」
「すいませーん」

と言いながら実習生は顔が笑っています。


昼の休憩が終わる頃に実習生たちは中央広場に集まって先輩の指示を待っています。
住宅のすぐそばの家庭菜園をいじっていると、暇そうに実習生たちが寄ってきます。
先輩の従業員が来るまで手持ち無沙汰なようなのでまた遊んであげることにしました。

「それ、なんですか?」
「ヘチマよ、実は若いうちに食べるのよ」
「タワシを食べるんですか?!」
「タワシじゃないよ、沖縄では、まだ未熟な実を汁や炒め物で食べるのよ」←本当です。
「へええ」

「これは…?」
「あ、それはね、石垣島のサクランボです」(ウソ、本当は唐辛子です)
「へええ、これが」

次のセリフを言う前に実習生は赤い実をプチッともいでパクッと口の中へ。

「あ、それ…」

次の瞬間、奥歯で ジャリ と噛んだ音がして………

  「ギャーオー!!!」 


プテラノドンみたいな叫び声が出ました。

そりゃそうです。島唐辛子と言って、小粒でも辛さは一級。
タイ料理でも使われている一番辛い唐辛子。
タイ語では“プリック・キイ・ヌー”直訳すると“ネズミの糞の唐辛子
形がネズミの糞と似ています。

ひぃっ!ひぃっ!

口の中の火事を外の手洗い用の水道で消しています。

「やっぱりな、サクランボって言うのはおかしいと思ったんだよな」

引っかからなかった人は笑っています。
そういえば以前の従業員だったシマヤさんも農学部出身だけど同じ手に引っかかりました。
そして、その後忘れた頃に、

「まだ緑の実は辛くないんだよ」

と、私が言い終わるか終わらないうちに青い実を摘んで、止める間もなく、

「パクッジャリワオー」

となって、プテラノドンの口から火が吹いていました。

          →その7につづく


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大草原の小さな家 その7



大草原の小さな家 その6からつづく

牧場の夏の仕事で一番タイヘンだけど、大事なのが干し草作りです。

干し草作りと聞いて思い浮かぶ情景は・・・、

刈った草を人の身長ほどもある巨大なフォークで荷馬車に歌でも歌いながら山盛りに積んで、
馬に引かせてゴトゴトと、牛小屋に向かって夕日の中を進む。
山盛りに積んだ干し草の、さらにその上に家族が腰を下ろして荒野の中の細い一本道を揺られて行く。



なあんてことは忙しい現代の牧場にはありません。

そんな悠長なことをしていたら何百回も往復しなければならなくて、五十回くらい日が暮れてしまいます。



「今日は草を刈るからな、午後はがんばってくれよ」

草はカマで刈るのではありません。

1枚の牧草の畑でも1辺が長い所では200mはあります。
カマで刈るなんて、そんなことをしたら百回くらい日が暮れてしまいます。

午前中トラクターで牧草地をダダダーッと走って2時間ほどで刈ってしまいます。

ここでしばし休憩。

半日ほど日に当てて草を乾かします。
真夏の亜熱帯の強烈な日射しに照らされて夕方にはカラカラの干し草になっています。十分に干しておかないと腐って冬まで貯蔵できません。

春や秋には二日がかりで干して、刈った草を一晩牧草地にそのままにしておきます。
もちろん天気予報を見て雨が降りそうもないときだけです。
そういうときは干し草の香りが風に乗って数百mも離れた住宅の方にまで漂ってきます。
香ばしいというか、お日さまに当ててふっくらした布団のような、太陽の香りです。

次にまたトラクターで畝を作ります。
畝は幅約1m、長さは畑の1辺、つまり数百m。

畝を作ったらまた別の部品をアジャスターで取り付けたトラクターが走って
干し草を一抱えほどの大きさの束にしていきます。

稲刈りのコンバインのように畝に沿って干し草をかき集めて、
1辺が50cmほどの四角いかたまりにして細紐でしばってズッシリ重い草の小包のような物ができます。

トラクターに取り付けた機械の後ろから紐で縛られた直方体の干し草のかたまり(「梱包」と呼んでいます)が
ポトン、ポトンと、まるで固い「ウ○コ」のように地面に落とされていきます。

ここまでは全部機械でやります。
もしこれを全部手作業でやったら、200回くらい日が暮れて……(あ、しつこいですね、すみません)

人間はトラクターを運転、操作するだけです。

では何が人手がいるのか、というと、


地面に落ちたウ○コ…じゃなくて梱包をトラックで牛舎の近くの草専用の倉庫に運ぶのですが、
トラックの荷台に積む仕事が大変なのです。

数mおきに転々と落ちている梱包を拾って荷台に積みます。
広い草地で刈った大量の草はトラック何十台分もあります。

荷台には牛を運ぶ時のために鉄の柵が取り付けてあります。
これは簡単には取り外せないようになっていますから、開けられるのは後ろのフタだけです。
トラックにできるだけたくさん積んで移動しないと、
何百回も往復しなければならず、300回くらい日が…。ハイ、すいません。

荷台の横に付けた柵は1mくらいの高さがあります。
地面からすると柵の上までは3mはあります。

この柵越しに15kgほどはある梱包を投げ入れるのです。

上手に放り入れないと柵に撥ね返って戻ってきてしまいます。
ものすごく重いバスケットボールを使ってシュートするみたいなものです。

運動神経のよさそうな若い実習生でも、重いものを持つということは普段からやっていないと見えて初めはコツがわからず、なかなか入りません。

何年もやっていて慣れている従業員のヨシダさんやうちの夫、数ヶ月やってきたテッちゃんなどは
重い梱包をポンポンと玉入れのように投げ入れています。

トラックを運転して、働く人のスピードに合わせて少しずつ移動していく役は私が担当。

夕方陽が傾いてもまだ暑さは変わりません。
夏の石垣、これがまた日が長いのです。日没が夜8時頃です。

ジリジリ照る夕日を浴びて、トラックの荷台は草で山盛りにしていきます。
その山盛りの草の上にさらに実習生と従業員を乗せてゆっくりトラックは倉庫へと移動します。

デコボコでおまけに斜面を上がり下がりして進むトラックの荷台で揺られている実習生たち、風に吹かれてなんだか満足そうです。

草を満載したトラックは倉庫ですべて下ろして空にするとまた草地へ。

これを20回か30回か繰り返しているうちに本当に日が暮れました。
トラックのライトの灯りを頼りにまだ仕事は続きます。
暗くても熱射病になりそうな暑い日中に働くよりは楽です。

「あ、梱包の上に何かいる!」

フクロウです。

少なくなった梱包の上に止まってネズミかヘビかカエルをねらっているのでしょう。

トラックが近づくと音もなく飛び立っていきました。

真っ暗になってやっと広い草地のすべての梱包が運び終わり、この日の仕事は終了です。

シャワーを浴びていつもはバラバラに食事をしていた牧場のカウボーイたち、
こういうときは集まって庭か屋上でビアガーデンが始まります。

「みんな、今日はご苦労さんだったな」

「いえいえ、たくさん働いてビールがおいしいです」

「ところで来週、西表にキャンプに行かないか?
 週一回は休日という約束だったけど、今までほとんど休みなしで仕事してもらっていたからさ」

「西表ですか、行ってみたいです」

「キャンプ、楽しそうですね」

(楽しそう…だって?あらら、だいじょうぶかなあ)


その8につづく


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大草原の小さな家 その8

大草原の小さな家 その7 からつづく


「行こう、行こう、キャンプ、なっ!」

「はい、そうですね」

実習生は、まあ、牧場で汗かいて仕事するよりはキャンプの方がラクかなあ、
くらいの気持ちで参加することにしたのでしょう。

一番キャンプを楽しみにしているのはもちろん、カウボーイのリーダーである、うちの夫。
当然キャンプのリーダーになります。


今回のキャンプは誰が行くのかな。

牛舎で牛をロープで捕まえようとしていた夫に聞きに行きました。

ロープで、と言っても西部劇でよく見るように馬に乗って投げ縄でするのではありません。
だいいち馬で牛を追うなんてしません。
ジープかオフロードバイクです。

竿の先にロープで作った輪を引っ掛けて牛の後ろからそおっと近づいて、ひょい、と牛の角に輪をかけます。
次に竿を抜いてロープを力強く引くと輪が締まり角から抜けなくなって、牛は「お縄」となります。

「ホントにみんなキャンプに行くのね」

アウトドアにはあまり興味がないヨシダさんが留守番を買って出てくれるのはわかっていましたから、
ここで言うみんなとは、テッちゃんを含めた実習生全員と、私たち夫婦のことです。

「それがさあ、井上だけ行かないって言うんだよ」

「へえ、なぜ?」

「コンタクトレンズの洗浄があるから水道のない所に泊まるのはダメだ、って言うんだよ」

「レンズはハードかな、ソフトかな。ハードなら大丈夫なんだけどな」

「じゃあ、それ、教えてやってくれよ。オレは視力1,5でコンタクトには縁がないから、そういうのわからないんだよ」

実習生がいつもいる部屋に行ってみるとちょうど井上君がいました。

「コンタクトだからキャンプ行かないって?行こうよ、キャンプ。
コンタクト、ハードなの?それだったら山の中でも付けはずしは大丈夫だよ。
私もコンタクトしたまま何度もキャンプに行ったことあるから。川の水もきれいだし…」

「いえ、そうじゃなくて、…いいんです、行かないです」

「え?何で?…」

「はあ、まあ、…」

「あ、そういうことか、要するにあまり行きたくないわけか」

井上君、照れ笑いしています。
後ろで聞いていたヨシダさんもニヤニヤしています。

結局この二人が留守番になってくれてキャンプ不参加となりましたが、
結果的にはこの人たちにとってそれがよかったことになったのです。

今回のキャンプは、今までの“ロープで宙吊り”とか、“川に流されそうになった”とか

そういう笑える失敗ではない、非常に痛い目に遭ったキャンプになったのでした。

出発前はそんなことになるとは、もちろん誰も予想もしなかったのです。


→大草原の小さな家 その9につづく


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大草原の小さな家 その9


大草原の小さな家 その8からつづく


今回でキャンプに行くのは何回目になるでしょう。

1回目 新婚旅行(無人島でしたが)
2回目 友人の家族とおとなしく常識的なファミリーキャンプ
3回目 イトマン川に流される
4回目 幻の滝(マヤグスクの滝で宙吊りアトラクション)

5回目以降はもう数えていません。

たぶん10回は超えているかと…。


キャンプ出発の日が近づくとカウボーイのリーダー、ウキウキしだします。
キャンプを一番楽しみにしているのもこの人かも知れません。

実習生が来るたび、友人が遊びに来るたびにキャンプに誘っています。
と言うより、キャンプに行きたくて友人を呼んでいると言った方がいいのです。

本土から我が家に遊びに来る知り合いはアウトドア大好き人間がほとんどです。


「みんな、準備はできたか?」

「はい、荷物は自分の着替えと寝袋、割り当ての食糧と食器、これだけでいいんですよね」

「長袖、長ズボンもだぞ、夜寝るときはブヨの大群に襲われるかも知れないし」

「は?ブヨ?」

「それから、靴下。湿った道を歩くからヒルに足元を食い付かれると思う。」

「え?ヒル?!」

「ズボンの裾は靴下の中に突っ込んで肌を露出させないことだ」

「は、はあ……」

「あ、それから懐中電灯は一人1個必ず持てよ。夜はハブがいるからな」

「ハブ?!!!」

「キャンプでハブに咬まれたら終わりだな。アハハハハ」

「う、……」

キャンプ、とても楽しそう ですねえ。


出発前日になるともう一つ準備があります。

「夜になったら、カエル獲りに行くのに、二、三人付き合ってくれよ」

「何するんですか」

「ウナギ釣りのエサだよ」

そうです、この数年は例のオオウナギ釣りにすっかりハマッテしまい、
いつしかキャンプの目的は毎回大きなウナギを釣ることになっていました。

何度も試しているうちに、エサは生きたカエルが一番いいという結論に達しました。
あの番組のビデオで名人のおじさんが言っていた通りでした。

キャンプに行ってから現地でカエルを捕まえていたのでは遅いのです。
出発の前にたくさん獲って生きたまま持って行きます。

夜遅く、実習生たちを乗せてトラックはカエルの多い田んぼに向かって行きました。
田んぼ近くでは道路の方にまでカエルが出て来て獲りやすいのです。

今日は荷台ではなく助手席の、しかも外のステップに実習生は立っています。
昔のバスガールみたいです。

トラックが走り、運転手のリーダーがカエルを見つけると停まって、
ステップで外の手すりにつかまっていた人はピョンと降りてカエルをすばやく捕まえて袋に入れて、
またサッとステップに飛び乗ります。

これを繰り返して、袋に一杯獲ったカエルは元気に袋の中で跳ねています。

夜更けに帰って来ると、カエルで動いている袋を明日持つ人に預けることになりました。

「え?誰が持つんだよ」

「リュックに入れるのか」

「そしたらカエルが死んじゃうだろう」

「カエルは肥料袋に入れたまま口を縛ってそのまま肩に担ぐんだよ」

「えええっ」

「そうだ、Kさんもいるんだった、交替で持つことにしよう」

隣の牧場のKさん、今回もキャンプに参加。
Kさんはもうすぐ牧場のアルバイトを退職して島を離れる予定です。
これがお別れのキャンプになります。

白い目の粗い合成繊維の肥料袋の中のカエル、少し透けて見えています。

袋は全体が跳ねているように動いています。

すごく 楽しそう なキャンプですね。

    
  →次回 アイ ハブ ア ハブ その1につづく



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