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幻の湖 その1


  →キャンプへGO その13からつづく


「"幻の湖"って知ってる?」

川を何時間も流されて、ダニに全身咬まれたあのキャンプから帰って、
まだ2週間も経ってない頃でした。またまた夫がキャンプに行きたそうな雰囲気です。

「まぼろしの湖ねえ、・・・ううううんんん、聞いたことあるような気もするけど」

「西表にあるんだけど、地図には載ってないんだ」

「ふうん」

それがどうした、と私は思っていますが、夫はもう『行きたい』と顔に書いてあります。

「今度、I が遊びに来るだろう」

I さんというのは夫の大学時代の友人が就職した職場での同僚です。
アウトドアが好きで石垣や西表が気に入ってすっかりリピーターになっています。

I を連れてキャンプしようと思うんだけど、この幻の湖、行ってみたいんだよ」

「あ、そう」

と、ここでいやな予感が。

「行こうな、キャンプ」

「いえ、私は・・・」

「行こう、いっしょに。楽しいぞ――」

うれしそうに誘いますが、前回のキャンプもそう言われて同行して、タイヘンなキャンプだったわけです。

その記憶もまだ生々しい今、ルンルンとはなれませんねえ。

「だって、この前のキャンプさあ・・・」

「あれは前々日に大雨が降ったから川が増水してああなった」

「うん、でも川を何時間も泳いで・・・」

「あの時は島を横断するという目的だったからな」

「横断じゃなくて縦断なら登山道があるよ。」

そうです。ハイキングコースで一泊か一日でもできるくらいの歩く道があります。これでもジャングルの中の道ですから、充分に探検気分が味わえます。

「そんな、道のある所を歩くだけなんて小学生の遠足みたいなのはおもしろくない」

「はあ」

「道のない所をルートを探しながら行くのが楽しいんじゃないか」

「そうかな」

「よし、I が来るのが○日の○○時だから、この日の朝の船で西表の船浦港に着いたとして・・・」

あれ、まだ行くと決まってないのにすっかり計画に入ってしまっています。

「ちょ、ちょ、ちょっと、私は・・・」

「アンタは軽い荷物にしてあげるよ」

あああ、またワイルドキャンプですか、ハアアァッ・・・。



地図にない場所にどうやってたどり着けるのでしょう。

「行く、行くって、その"幻の湖"って、地図にないって言ったよね。どこにあるかわからない湖にどうやって行くのよ」

「場所はわかってる」

「え?」

「航空写真で見た」

「はあ」

「だいたいの場所は地図に照らし合わせてわかる」

「道は航空写真に写ってないよね」

「道なんかあるもんか」

「そうでした、そうでしたね」


兵庫県にいる I さんが石垣に来るのに合わせてキャンプの支度です。

今回は、前回の6人のメンバーのうち、イトマンと隣の牧場のKさんが抜けて、代わりに I さんとシマヤさんが加わります。

シマヤさんは私たちの牧場の住み込み従業員の一人です。自然と農業を愛する無口な独身。彼は夫の卒業した大学の山岳部の後輩です。頼れる人員が一人増えました。

これで、キャンプ参加者は、獣医のO先生、ミイちゃん、シマヤさん、I さん、私たち夫婦、の6人になりました。

私以外は自由参加ですから、行きたくない人は行かなくてもいいわけですから、これで参加する人はよほどキャンプが好きなのでしょう。
特に前回いっしょに川を泳いだミイちゃんも、喜んでウキウキしているように見えます。


キャンプ前日、I さんが到着、彼にはキャンプの持ち物は重々に伝えてあったので勘違いな品は持ってきていません。アウトドア大好きで、それに今までにもうちに何度か遊びに来ているからキャンプの内容はわかっています。

翌日、また朝早くトラックの荷台に荷物といっしょに乗り、石垣港に向かいます。今回はシマヤさんが同行するのでトラックは石垣港近くの駐車場に置いていきます。

「幻の湖。どんな湖なんだろうね」

「どうしてまぼろしなのかな」

「七色に変わるとか?」

「そんなにきれいなのか?」

「ほんとは存在しなかったりして」

「それはないでしょ、航空写真に写っているんだから」

「空から見えても歩いて行くと絶対にたどり着けない湖だったりして」

「そんなバカな、実際に行った人もいるんだから」

適当なこと言い合って、何となく期待と不安がふくらんでいきます。

幻の湖、あるんでしょうか。

どっちにしてもこのキャンプ、スイスイと楽に進むはずがありません。

何が起こったかと言うと・・・。

  →幻の湖 その2 に続く→


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幻の湖 その2


幻の湖 その1からつづく
石垣港からは、前回と同じく西表の船浦港行きの早朝の便に乗ります。
船浦港からはバスで浦内川(ウラウチガワ)の河口まで行きます。

ここから川をジャブジャブと歩いて遡って行くわけではありません。
他の観光客の人たちといっしょに、ここで遊覧ボートに乗り込むのです。

川の両側のマングローブや異国的な亜熱帯ジャングルの景色に観光客たちは

「わあ、すごーい」

などと歓声を上げていますが、私たちは今からもっとすごい所に入って行こうとしています。
ここはまだまだ入り口にさしかかった所です。

数十分後、遊覧ボートは大きな岩の手前で止まり、乗客はここで降ります。
この黒くて平らな岩はその外観から軍艦岩と呼ばれ、ここより上流は岩だらけで船は入れず、終点になります。

船を降りる時に船長は乗客の人数を数えています。来た時と同じ数の乗客がそろわないと帰りの船を出発させることができないからです。

「こっちのお客さんたちは帰りの船には乗らないんだね」

オシャレな旅行者の服装とは明らかにちがうキャンパーの恰好の私たちに船長は声をかけました。
そうです、他のお客さんたちのように1時間後の帰りの船には乗りません。片道切符です。

「ハイ、山でキャンプします」

「縦断か、気をつけてな」

船を降りて少し歩くと有名な「マリユドゥの滝」と「カンピレーの滝」に着きます。
ここまではサンダルやワンピース姿の観光客でも歩いて来れる楽な道です。

普通はここまで来たら、滝のそばの河原でお弁当を食べて休憩してから引き返して、船着場で1時間ほど待っていたさっきの船で川を下って港に帰る、と言うのが一般的な観光コースです。

一般的な観光客でない私たちは河原で昼食、と言う所まではいっしょですが、そこから先がちがいます。


観光客が時間になって元来た道を帰るのと反対に、川に沿って登って行きます。

「あの人たちはまた船で帰って行くんだね、今夜は民宿かホテルに泊まるんだろうね」

そういうのもいいかなあ、とチラと考えながら遊覧ボート乗り場からはどんどん遠ざかっていくのでした。

この辺りは多くの人が歩いて来た登山道になっていて、子どもでもハイキング気分で通れる歩きやすい道です。この登山道を道なりに進んで行けば、島の反対側の村まで出られるのです。

しかし今日は幻の湖を目指す一行の私たちですから、この登山道も途中までで横道に入ります。

「あ、ここだったね」

1時間以上歩いたところで浦内川の本流にイタジキ川という支流が流れ込んでいる場所に出ました。

何年か前にこの西表縦断をしたことがあります。この支流を少し上がると、「マヤグスクの滝」に出合います。この滝は西表で一番美しい滝と言う人もいるくらいです。

「おーい、こっちだぞー」

前回のキャンプに続いてリーダー役を務める夫が迷わずイタジキ川を登って行きます。

川の水は多くないので水に浸かって進むわけではないのですが、その分大きな岩をいくつも超えながら苦労してよじ登っていかなければなりません。

「フウーッ、きついよー」

「お前の荷物が一番軽いんだぞ、がんばれ」

「何よ、この岩・・・、すごい大きさ」

フウフウ言いながら登っていますが、もっときつい行程がその先にあることには思いは及びません。この時はただ、重力に逆らっていることを実感しているだけでした。

普段が運動不足なのか、ハアハアと息を切らせながらようやくマヤグスクの滝の前に着きました。

「ワーッ!すごい!きれいーっ!カンゲキー!」

マヤグスクの滝は初体験のミイちゃん、大感激です。確かにこの滝はきれいです。自然が作ったすばらしい姿をしています。

階段状の岩が何段も続き、その階段に沿うように流れ落ちる水が集まる滝つぼは円形のプールのようです。思わず泳ぎたくなります。
岩の階段は下から上に行くに従って、少しずつ幅が狭くなり、台形のピラミッドのような形になっています。上から順に流れて来る水はシャンパンタワーのように岩を伝わって下りて来ています。

「ハァーッ、ホンマにきれいやわー」

兵庫から来た、いつもは電子機器の仕事の I さん、関西弁で感動。

無口なシマヤさんと獣医のO先生は無言で感動。

「何回見てもきれいな滝だわねえ」

「そんなに何回も来てるかぁ?」

「へへっ、二回目でした」

こういう場所でキャンプしたいなあ・・・、と思っていると、

「よし、今日はここでキャンプにしよう」

・・・(♪ヤッター!)・・・


滝つぼの周りは広くて平らな岩盤になっています。ここでテントを張り、"ウナギ釣りの仕掛けをしに行く"、と"夕食の支度をする"、の二つのうち、好きな方を選んで分かれます。

どっちも興味がないけど私は必然的にご飯炊きになります。

毎回行こう行こうと熱心に誘うのはもしかしてこの仕事のため?




明るいうちに早めに食事を済ませて、まだ初日で余力を残しての一泊目です。

滝の音を聴きながら硬い岩の上で寝るのもいいものです、・・・・・・・・たまには。


翌朝、何と一匹だけ小さなウナギが釣れました。おかずにしてみんなで一食分です。

ウナギと言っても、西表の川で釣れるウナギは店の鰻丼に入っているようなウナギとは種類がちがいます。

ここで言うウナギは「オオウナギ」という、普通のウナギとはまったく別の種類のものです。どちらかと言うとナマズの方に近いかも。小さくてもオオウナギです。大きいウナギという意味ではありません。

以前にテレビ番組で、西表の無人の浜に住む老人が山奥の川でビール瓶くらいの太さのオオウナギを釣って食べるというドキュメンタリーを見たのです。偶然にもこの老人は夫が学生時代に西表でキャンプした頃に知り合って、当時は一緒に酒を飲んだ間柄だったのです。

「ようし、オレもでっかいオオウナギを釣るぞー、一升瓶くらいの日本一のオオウナギを!」

とその時から大きなウナギを釣る目標ができたのでした。

この番組のビデオは何百回繰り返して見たことでしょう。番組内で老人の話すセリフも一言一句間違えずに言えるまでになりました。


オオウナギを食べて精力つけて、出発します。

「今からどっちに行くの?」

「この上だよ」

滝の上を指差すリーダー。

「どこから登るの?」

「ここをそのまま」

「真っ直ぐ?」

「そう、真っ直ぐ」

「まっすぐ・・・」

見上げると階段状の美しく優雅なマヤグスクの滝はこっちに来て登ってみろ、と言わんばかりにドドドドと音を立てて水を落とし続けています。

「ハアーッ、また滝・・・・」

でも今度は前回の滝のように普通に濡れながらもスイスイと登って行かれる代物ではなかったのです。
   →幻の湖 その3 につづく

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幻の湖 その3


  →幻の湖 その2 からつづく
マヤグスクの滝は、下の方は傾斜の緩やかな階段状になっています。
途中までは滝の水を浴びながらでも1段ずつゆっくり登っていけばいいのですが、上の方に近づくと垂直のような急な壁です。

「ウーン・・・」

滝を見上げて高所恐怖症の私はしばらく突っ立っていました。

元山岳部のシマヤさんがザイルを持って登り始めました。スルスルとなんなく滝の上まで着いて、登るのが苦手な私のような初心者のために上からザイルを垂らしてくれました。

小柄な I さんやO先生も自力で登っていきました。ミイちゃんも以前からフリークライミングをやって見たいと言っていただけあって、ザイルの世話にならずがんばって登っています。

とうとう私の番です。

「何やってんだよ、早く登れよ」

リーダーは他のメンバーが登ったのを見届けてから一番最後に行くことになっています。

「あああ、仕方ない、行くか」

ザイルがあるんだし、上には何人もいるからいざとなったら助けてくれるでしょう。

上から下がっているザイルの端を腰に巻いて命綱にします。
お腹の周りにザイルを巻いて普通に固結びに縛ったのでは、ほどけたり、締まり過ぎたりしてお腹が苦しくなってしまいます。

こういう時は登山家は「もやい結び」という結び方を使います。

舫い(もやい) と言うくらいですから元々は船を繋ぐ時の結び方です。登山家でも船乗りでもない私ですが、もやい結びは身についています。牧場で牛を牛舎の柵に繋ぐ時にはこの繋ぎ方をします。
牛の力で引っ張ってもはずれない、それでいて解いて別の場所に移動する時にはワンタッチではずせるように、結び目が固く締まり過ぎない便利な結び方です。

もやい結びで命綱のザイルを身体に結び付けて滝の階段を登り始めます。

上に行くにしたがってますます恐怖感が強くなっていきます。滝の水は雨が少ない時期とはいうもののの、すごい水量で音を立てて落ちています。両手で岩にしがみつき、一歩ずつ上がって来ましたが、絶壁に近い岩をこれ以上は登れないと思いました。かと言って、戻るわけにも行かず、立ち往生のまま、泣きたくなります。

「何を止まってんだよ、どんどん登っていけよ」

「コ、コワイヨ――ッ!!」

階段状の滝の上まで来ると、その上は幅の狭い竪穴の洞穴のような岩を大量の水が垂直に落ちています。こういうのを登山用語で「ゴルジュ」と言うらしいです。ここのゴルジュは渇水時には穴の中を通って登れるそうですが今日はそこまでは水は少なくないのです。

岩のデコボコに指をかけて身体を支えていますがチビリそうです。

滝の水はバケツの水をかけられたように勢いよく頭に当たります。
姿勢よく上を向いて登っていけば楽なのでしょうが、岩に身体を貼り付けるようにして、スパイダーマンのようにしがみついているのでちっとも進みません。

足元を見ると、上から落ちてくる滝の水は後頭部を直撃し、額に巻いていた鉢巻タオルが吹っ飛んで滝つぼに沈んでいきました。

「わあ、前が見えない!息ができない!キャー、メガネが取れるーっ!」

一人で騒ぐ私に他の人たちは呆れていたのかも知れません。でもこの時は自分の今の状態に頭が真っ白だったのです。

興奮していつの間にか私は両手を放してザイルにつかまっていました。その途端、重心が岩から離れ、体が浮いて、足がツルンと滑り、私はザイルにぶら下がったまま空中に飛び出してしまいました。

「ひぇえーっ!!!!!!」

宙ぶらりんのまま、ザイルだけを頼りにしっかり握っていましたがそのままザイルロープのよじれと水圧でクルーリ、クルーリと回転しています。遊園地のコーヒーカップに乗っているように景色がぐるぐる回っています。

「ゴ、ゴワイヨーオ・・・・ヒーッ」

これが楽しいキャンプなんでしょうか?



その4につづく

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幻の湖 その4


その3からつづく

今まではキャンプで、猿になったり、ヤギになったり、魚になったりして来ましたが、今回はついにミノムシになったようです。
空中にザイルロープ一本でぶら下がったまま、ザイルは振り子のように揺れています。ザイルの先で私は木から糸で下がっているミノムシのように、何もできずにクルクルと回っているしかありませんでした。

今まで遊園地やディズニーランドで経験したどの絶叫マシーンもこの恐怖には勝てないでしょう。
テレビで見るバンジージャンプも恐ろしいと思いましたが、何の覚悟も心の準備もないまま、いきなり空中に飛び出した恐怖は言葉では言い表せません。
登山用ザイルが一人の体重で切れるはずはありませんが、命綱一本で岩から吊り下がっているというのは高所恐怖症の私には死ぬほど怖いのです。私はトビ職には絶対になれないと再確認しました。
ザイルにしがみついてキャァキャァ叫んでいるその頭上から私の名を呼ぶ声が聞こえます。
天国からお迎えの天使の声ではありません。ミイちゃんです。

ああ、そうだ、岩の上には何人も男の人がいたんだ。
ミイちゃんが私を呼ぶ声に続いて、

「ヨーイショッ、ヨーイショッ、ヨーイショッ・・・」

力強い男性コーラスのような声に合わせてグイッ、グイッ、とザイルが引き上げられていきます。それとともに私の体が上に持ち上がって行って、岩の上にいる人たちの顔が見えてきます。

初めに心配そうに覗き込んでいるミイちゃんの顔が目に入りました。彼女はずっと私の名を呼び続けてくれていました。
続いてその後ろでロープを引いているシマヤさん、

あれ?ロープを引きながら楽しそうに笑っている。
あ、その後ろで一緒に引いてくれているほかの男性たちも声を出して笑っている。

な、な、なんだ、私が死にそうな恐怖感を味わっている時にミノムシ状態の姿を見て、みんな大笑いしていたのか。
でもまあ、助けていただいたのですから、不満は言いません。

ようやく滝の上に上がって命拾いしたと、ホッとして落ち着いて見ると、滝の上に先に着いていた人たちはみんなでお腹を抱えてゲラゲラ笑っています。私のすぐ後ろには最後に登って来たリーダーがもう追いついて来ていっしょになって大笑いしています。
「アハハハハハ、お前、ミノムシみたいだったな、ワッハッハッハッハッハ」

この滝登りで、すっかり心のエネルギーを使ってしまいました。その後はなんとかみんなの後をついていくだけでした。
滝の上には川に沿って岸を進むと、岩だらけになっている所があります。急な傾斜地ではすでにヘトヘトになっている私はそばにある木の枝枝でも根っこでも蔓でも、手当たり次第につかんで登っていました。

『溺れる者はワラをもつかむ』と言います。
ワラではないにしても、よく見ないと安全でない物もつかんでしまいます。

つかんだ枝が枯れ枝で、途端にポキンと折れて、ズルッとこけます。

「わあっ」

慌てて近くの丈夫そうなツルをつかむと、今度はそれが、切れはしませんがズルズルッと長く延びてまた自分の体が下にずり下がってしまいます。

「わあ、みんなに置いて行かれるぅ!」

最後尾の自分よりずっと前を歩く I さんに追いつこうとスピードを上げて両手両足を懸命に使って前進しようとしました。もう恰好なんてかまっていられません。猿は猿でも岩伝いに器用にピョンピョンと身軽に飛び移るニホンザルではなく、半分這って半分猫背で立って進む類人猿のようになっているのが自分でもわかりました。類人猿はリュック背負っていませんが。

枝でも何でもどんどんつかんで。
やっと I さんに並びそうに近づいてきました。

そのとき、つかんだ枝に一瞬ですが違和感を感じました。

(あれ?何だ?この枝、感触がちがう・・・)

伸ばした手元を見ると、握っていた細い枝は、

ぐにゃり
と柔らかく動きました。

!・・・ヘ、ヘ、ヘ・・ビ・・・

驚きの表情で口を開けたままですが声が出ません。

3秒後に息を吸ってやっと溜めておいた声が出ました。すごい声が。

「ギャアーオーワーギャー!!」

だいぶ前を歩いていたリーダーにもこの声は聞こえたようです。

「ナンダ!ど、ど、どうした!」

「ハア、ハア、ヘビ・・つかんだ」

「ハブか?」

「ううん、ちがう、ヘビだった」

石垣や西表ではヘビに出会ったらそれが毒のあるハブか、それ以外の毒のないヘビかをまず瞬時に確認します。一番確実なのは頭の形を見ることです。

ハブはアゴの両脇に毒を貯める袋があるので、エラが張ったようにアゴが外側に張り出し、頭が三角に見えます。それに対して毒のないヘビは頭から胴体まで流線型をしています。

息が止まって、叫び声を上げるまでの短い時間にそれはすかさず見ていました。

「何だ、ハブじゃないのか、驚かすなよ、ビックリした」

ハブではなかったので少し気が落ち着いてきた私はやっと息が戻りました。

「ハブだったらどうする?」

「捕まえるさ」

生きたハブは買い取ってくれる所もありましたが、こんな山の中では引き取ってくれる所まで持って帰るのはタイヘンです。売らなくても自宅で強い酒に漬けてハブ酒を作ったこともありました。ハブ酒はみやげ物屋などの店で買うと何千円もします。大きなハブなら1万円以上する物もあります。

「キャンプに来てハブ獲ってどうするの?生きたまま持ち帰れないでしょ」

「じゃあ、食べる」

「えええええっ」

また歩き出すと、隣に I さんがいてニヤニヤしていました。

「ねえ・・・・」

「なんですか」

「もしかして、さっき、私がヘビつかんで尻餅ついたの・・・見た?」

「はい、つかんでからスローモーションで転びながら叫ぶまで3秒くらい間が空きましたね」

しっかり見られていました。

幻の湖 その5につづく

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幻の湖 その5

 
幻の湖 その4からつづく

今回のキャンプは精神的なショックがたくさんあって、フラフラになりながら何とか険しい道を登っていました。
(魚、猿、ミノムシ、と来て、次はどうなるんだろう・・・)

少し行くと道が急に平坦になり、明るく開けた広い河原に出ました。
岩場とは言っても大きく平らな岩で、ほとんどデコボコのない、実に歩きやすい岩の道です。

もうヘビをつかむ心配もないし、またいで通る倒木もチクチクするアダンの刺もない広い空間。
スタスタと自由に歩ける空間。

注意すべき点は強いて言えば川の流れで侵食されて岩に開いた穴があります。そういう穴を「ポットホール」と言うのだそうです。
たまにそこに足を取られる人がいることくらいです。
普通はそんな大きな穴が地面にぽっかり開いていれば気付きます。ふつうは・・・。

頭上に広がる青空。川の流れの音。鳥の声。

向こう岸の木々も澄んだ深緑色をしています。

「大自然てきれいなんだ、タイヘンなこともあったけど、やっぱり来てよか…っ…ワアッ!!」

その時私のすぐ後ろを歩いていた人、(たぶん I さんかO先生)が信じられない光景に目を白黒させていたのでした。

「ヘッ?!消えた!今ここを歩いていた人が、目の前の人が突然消えたよー」

前を行く人たちもその声に慌てて駆け寄ります。みんな集まりました。
ただ一人いないのは、







そうです、わたしです。

見事にポットホールに落ちたのでした。

人間が完全に入るくらいの直径がありました。マンホールに落ちたようにスポンと落ち込んでしまったのです。
リーダーは心配して穴を覗き込みます。

「オーイ、だいじょうぶかあ」

「だめだ、水がにごって何も見えない」

「もしや、川に流されて下流の方に行ったのでは・・・?」

そうだとしたら、大きな岩の床の下を通ってずうっと下流です。


実際には私は、よそ見をして歩いていて、後ろ向きに背中から穴に落ちたので、はまり込んで動けなくなってしまっていたのです。

幸い、リュックがクッション代わりになってどこも怪我はありません。

でも両手両足を空に向けたまま起き上がれません。

仰向けになって手足をバタバタさせてもがいていました。

まるで引っくり返った亀です。

ミノムシの次はカメでした。

「だずげでー・・・ブクブクブク・・・ぐるじいいい・・・ボゴボゴボゴ・・・」

高所恐怖症の私は閉所恐怖症になりそうです。

またもやメンバーに笑われ、助けられることになったのでした。


その後もどこをどう通ったのか覚えていないほど憔悴し、ただ前を行くひとの足元ばかり見て歩き続けていました。
それでもいつかは目的地に着くものです。
3日目についに発見、幻の湖。

苦労してたどり着いた『幻の湖』は、・・・・・・。

「ヤッホー、やっと着いた」

「やった!ついに幻の湖だ」

「あれ?」

「なに、これ」

「これが幻の湖なの?」

「なんかの間違いじゃない?」

「でもこれしかないよね」

「これだよね」

「これかぁ・・・」

憧れの湖、見て驚きました。

「これがウワサに聞く湖か。なんて小さな濁った沼だ」


それは湖と言うより、沼と言うより、池と言うより、



・・・・・・大きめの水溜り。

きれいでも何でもない、ただの茶色い池でした。

何がまぼろしなんでしょう。珍しくもない泥の沼。

山の中にひっそりと静かに存在するという所に幻の湖の価値があるのでしょうか。

それとも本当には美しい湖などはないので『まぼろし』と言われるのでしょうか。

夢の湖は夢のままで終わりました。

今のようにインターネットが普及していれば事前に資料を集めておいて幻の湖の写真も手に入れておいたかも知れません。でも当時は、行ったことのある人がどこの誰かもわからす、様子を聞こうにも聞くこともできないまま出発しましたからこういうことになるのでした。

とりあえず、目的の湖はこの目で確かめることができました。

「せっかくここまで来たんだから記念写真でも撮ろうよ」

「じゃあ、湖に入るか」

「えええっ、この濁った水に?」

「濁った温泉と思えばいいんじゃない?」

「その温泉て、何に効くんだ?」

「高所恐怖症」

「ん?え?」

「閉所恐怖症」

「あ・・・」

「ヘビ恐怖症」

「あああ、こらあ!」


あまりきれいには見えない濁った池でしたが全員首まで浸かりました。

得意の「服のまま入水」です。

水は暖かくはないのですが、真夏に汗をかいて歩き続けてきた身には気持ちの良い水浴びです。

みんなでにごり湯の露天風呂に入っているような雰囲気で記念写真をパチリ。

まあ、誰も怪我もなく、無事に帰還できたキャンプはそれだけで大成功です。

翌年のキャンプでは困ったことが起きて帰れなくなったことがありましたから。

その話はまたの機会に。

  →次の話「大草原の小さな家」につづく

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