私の黒いランドセル その1

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キャンプの後遺症 その4からつづく

キャンプの他、目の前の海や牛舎で子どもたちを遊ばせる生活をしているうちに3人目の子どもができました。

二人目の時と同様に何の努力もしないのに自然に妊娠したのでした。

一人目の時とえらい違いです。


三度目の出産も実家のある横浜で迎えます。

5歳の長男、2歳の長女を連れて里帰りです。

またまた計画的に帝王切開になります。

予定された出産日の数日前に父さん立会いのために牧場の仕事は休みをもらって来ました。


産院に来て前回と同じく子どもを連れて手術室に入ります。

今回は子どもが二人います。

帝王切開の手術の立会いに親子3人が入室って・・・・ちょっと(?)・・・・ですよね。

父さんは2歳のきりんを肩車して、5歳の鉄兵を抱っこして入って来ました。

それくらいの高さに上げてやらないと手術台の私の顔は子どもには見えません。

広い手術室の、入り口から一番遠いところに手術台はあります。

そして入り口ドア付近に父子3人が静かに心配そうにこちらを見ているはずです。

少し離れていますけど見えるんでしょうか。

麻酔が効いてきて私はもう身体を動かすことはできません。

先生や助産師さんの話す声は聞こえます。

   ・・・・・・・・・・

産声が聞こえて無事に産まれたようです。

「女の子ですよ、お父さん、アラ、写真撮らないの?」

個人経営の産院ですから、産科の先生はもちろん、助産師さんも前と同じ方です。

助産師さんはベテランで、いかにも「婦長さん」と言う感じの女性です。

「3人目ともなると写真も撮らないのね」

いえいえ、そうじゃないんです。

父さんは二人の子を肩車と抱っこしていてそれだけでもう精一杯。

カメラなんか出す余裕はありません。


3番目の子は奇を衒う(てらう)ことなく「くるみ」という当たり障りのない名前を付けました。

これは私の意見でした。


退院してから約2ヶ月は実家で静養させてもらいました。

夏の暑い時期だったので、赤ちゃんと私と子どもたちは、実家で唯一エアコンのある、二階の7畳ほどの洋間で過ごして泊まっています。

ベビーベッドを置いてそこに産まれたばかりの「くるみ」を寝かせ、休みます。

ヤンチャ盛りの上の二人は静かに赤ちゃんを眺めている・・・・・・・はずはありません。

ベビーベッドの周りをドタバタ、ドタバタ、走り回ります。

「もう、ちょっと、静かにしなさいよ、ベビーベッドの周りを回るんじゃない!」

「キャハハハ」

ドタンバタン。

今度は二人は追いかけっこをしながらベビーベッドの上に上がって1m四方も無い狭いベッドの中で、赤ちゃんの周りを小さな円を描きながらクルクル回り始めました。

「こ、こらあ!!ベビーベッドの中で走るな!!!」

そのうち走っていたきりんがベッドの上でつまずいて倒れました。

「あああっ!赤ちゃんの上に!」

わずかの差で難を逃れた新生児。

「はああ、危なかった」

かわいそうな「くるみちゃん」。

しかし、たくましく育つものです。

一人目の時は、寝かせている間は物音がしないように神経を使って、そおっと歩いたものでした。

「この子が寝ている間にささっと食事を済ませてしまおう」と、音も立てず、タクワンを噛む音にも気を使ったのでした。

途中で目を覚ました気配がすると夫婦二人とも箸が一瞬止まりました。

そしてベビーサークルの中につかまり歩きを始めた子を入れました。

テーブルの上の料理をいたずらされないようにしたのです。

それもいやがってサークルから出してくれ、と言わんばかりに柵を両手でつかみ、動物園のゴリラか何かのようにガタガタ揺すります。

かわいそうになって檻から出してやります。

子どもの代わりにテーブルを、テーブルとほぼ同じ大きさの柵の中に入れて料理を子どものいたずらの手から守ることにします。

「これで坊やは部屋を自由に歩き回れて、しかもテーブルの上のお皿はいじられないで済むわ」

「それはいいけど、柵でテーブル囲っちゃって、オレたちどうやってご飯食べるんだよ」

「うーん、柵の隙間からお箸を突っ込んで」

「こうか?」

「うん、でもすごく食べにくいね」

幼い子が二人も上にいるとそんなことはしていられません。

くるみちゃん、まわりでお兄ちゃんとお姉ちゃんがバタンバタンとプロレスごっこしていても平気でスヤスヤ眠っています。

やはり末っ子は強い。

私の黒いランドセルその2 につづく

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私の黒いランドセル その2

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私の黒いランドセル その1からつづく

兄と姉に踏まれそうになりながらもくるみちゃん、健康に育っていきました。

産まれる前は、妊娠の数ヶ月前にかかった奇病のことが気になっていたのですが。

「これまでかかった病気はありますか?」

と、妊娠が分かった時に産婦人科の先生に聞かれ、

「最近、ええっと、なんだっけかな、変わった名前の病気、・・・・あ、そうだ、『レプトスピラ』にかかって入院しました。もう治りましたけど」

「レ、レプトスピラ?!」

「は、はい、そうですけど・・・」

「それは日本での話ですか?」

「はい、・・・(?)」

「うーむ、珍しいですねえ」

レプトスピラ、やっぱり日本で罹るのは珍しいことなんだわ。

そんな熱帯ジャングル特有の病気になっていたのに影響なく、無事に産まれて健康に育ってくれました、たくましい末っ子くるみさん。

外で遊びたがる上の二人の子どもに付き合って、まだ産まれて二週間くらいしか経っていないのに公園にお付き合いです。

一人で置いていくわけには行かないので。

たしか。一人目の時は寒い季節ということもあって1ヶ月は外に出さなかった気がします。


抱いていても、親としては走り回る兄姉の方ばかり注意して見なければなりません。

胸の抱っこ紐の中の赤ちゃんの顔などちっとも見ていません。

抱かれている赤ちゃんの方でも遠くの兄ちゃん、姉ちゃんを見るお母さんの、顔ではなくあごの下ばかり見ることになるわけです。

私も顔でなくてアゴだけ見て「お母さん」と思われたくはないですけど。



 季節が夏から秋に変わり、くるみの首がやっと据わるころ、父さんが私たちを迎えに来ました。

そして出発の前日、父さんは用事があって横浜の親戚の家に泊まっていました。


「明日は必ず羽田空港に遅れずに来てよ」

「飛行機が出発するのは昼1時だったな」

「うん、それまでに間に合うように早めに羽田空港で待ち合わせしようよ。12時には空港に来てほしけど」

と言ったものの、実は心配でした。

なにしろ、初めてのデートでディズニーランドに行ったとき、寝坊して待ち合わせに2時間も送れてきた人です。

「昼までに、ランドセル買って行かれるだろう」

「ランドセル?・・・って、今十月だよ、早過ぎない?」

「早くたっていいじゃないか、鉄兵に早く買ってやりたいんだよ」

「でもさあ、ランドセルって、二月ごろにならないとデパートでも表に出して売ってないと思うよ」

そうです、二月~三月になるとどの店もランドセルが目立つ所にたくさん並べられています。

でもそれ以外の季節にはほとんど売れないのでしょう。

店頭には見られません。

「それに二月になれば石垣でもたくさん売っているし、安売りもすると思うよ。種類も多いだろうし」

「いやいや、都会の大きな店ならきっと売ってるよ。せっかく東京に来たんだからいいのを買ってやりたいんだよ」

「あのさあ、ランドセルって都会の工場で作ってるんだから、どこで買ったって同じと思うけど。何も今買わなくても・・・」

「買ったっていいじゃないか」

「はいはい、どうぞ」

言い出したら聞かない父さんです。

大体売っているでしょうか?十月に入学用品なんて。

それに出発の日の朝の慌しい時に買いに行かなくてもよさそうなもんですが。

当日の空港へは子ども3人と私、それに私の両親が車で送ってくれました。



「遅いねえ」

「やっぱり時間通りに来ない」

「間に合うのかねえ」

「あ、おとうさんだ!」

「ああ、良かった、間に合った」

「おーい、買って来たぞー、ランドセル」

いれいな新品箱入りのランドセルを脇に抱えてうれしそうにこちらに来ます

「あ、ほんとに買ってきた」

「横浜駅前に『そごう』ってデパートあるだろう」

「うん」

「あそこなら大きいから売ってるんじゃないかと思って行って見た」

「ああ、あそこね」

何年か前に、知り合いと待ち合わせにそのデパートを利用したことがありました。

めったに都会で買い物をしない父さんもそれで覚えていたのでしょう。


「そしたら開店が十時なもんで開くのを待って入ったんだ」

「よく売ってたわね」

「ああ、学用品の売り場に黒いのは一つしかなくてそれを買った」

現品限りっていうのですね。

もしかして売れ残り?


「ところでいくらだった・・・・」

「おい、鉄兵、ちょっとこっち来て見ろ」

私の質問は聞こえないようです。

「ねえ、いくらだったの、って聞いてるの!」

「消費税入れて四万二千円」

「え、えええええっ!!」

高級ブランドのハンドバッグじゃあるまいし、高すぎます。

普通は売り出しの時に二万円以下で買えます。

安売りの時期には一万円以下で売っているのをみたことがあります。

「その値段で普通のランドセルが三つ買えるじゃないの!」

「そうか、ランドセルってこんなもんじゃないのか」

箱を開けると『高級牛革使用』のラベルが。

どこが高級なのか見ただけではわかりません。

別に高そうにも見えない普通のランドセルです。

言われなければ四万円とは思えません。

女房にブツブツ言われても、意に介さず、買った本人は満足そうです。

「鉄兵、ちょっとこれ背負ってみろよ」

五歳児にしては小さい身体の鉄兵の背中に『高級ランドセル』が身体より大きくはみ出してピカピカ光っています。

「おお。似合うぞ、歩いて見ろ」

羽田空港のコンコースを端から端まで、季節はずれのランドセルを背負った幼児が歩きます。

目を細めてうれしそうに眺める鉄兵の父親。

と思いきや、父さんは目を真っ赤にして涙を拭いています。

よく泣く人です。

「ランドセルを持って学校に行くまでよくぞ育ってくれたなあ。鉄兵がランドセル背負って歩く所を見たかったんだ。これだけでも四万円の価値はあるさ。鉄兵、生まれて来てくれてありがとう」

ちょっと爺臭いなあ。

死期の迫った老人のようなセリフです。

子どもの成長にはよほど思い入れがあるようです。

後日談ですが、この高級ランドセル、値段の通り普通のランドセルの三倍は長持ちしました。


その話はまた後日。

後日談ですから。


→私の黒いランドセル その3につづく

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私の黒いランドセル その3

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→私の黒いランドセル その2からつづく

早々とランドセルを買いましたが、入学までにはまだ半年あります。

まずは幼稚園です。

石垣市に限らず沖縄では市立幼稚園が市立小学校の数に匹敵するくらいあって、たいていは小学校の敷地内に建てられています。

戦後の沖縄のGHQ政策の名残なのでしょうか。

公立保育所も幼稚園と同じくらいあって、赤ちゃんから4歳までは保育所、5歳になると幼稚園に入る、というのが一般的です。


「鉄兵もあと半年で小学校だな」

「やっぱり年度途中でも幼稚園に行かなきゃ」

「保育所の時みたいに途中でいやになるかな」

そうです。友達がほしいと通い始めた保育所も3ヶ月足らずで中退してしまったので、それ以来幼稚園に通わせるのも二の足を踏んでいたのでした。


「夜更かし朝寝坊の生活も今から直していかなきゃ学校生活が送れないじゃないの」

「なんで学校は朝から始まるんだろう。夕方から始まる小学校はないのか」

「そんなのあるわけないでしょ」

「夜間中学があるんだから、『夜間小学校』っていうのがあってもいいんじゃないか?」

「なにバカなこと言ってんのよ。幼稚園に行って入園の手続きしなくちゃ。きりんも保育所に入れた方がいいと思う」

公立なので保育料は安いです。

幼稚園が4千円くらい、保育所もここは僻地なので5千円くらいでした。

街の私立保育所が3万~3万5千円でしたからかなり安いです。

保育所も幼稚園も隣の村、といっても地元の村から4kmほど離れた所にあります。

お弁当を持たせて毎日送り迎えです。

同じきょうだいでも、きりんはどういうわけか小さい時から早寝早起きでした。

問題は鉄兵くん。


「もう8時よ。みんな幼稚園に行ってるわよ。起きなさい」

「フガフガ、眠いよー」

車に二人を乗せて出発しますが、幼稚園に着いたころには座席でまた寝ています。

「着いたよ、起きなさい」

半分まだ眠りながら夢遊病のように歩く鉄兵を幼稚園の先生に引き渡したあと、私は帰るふりをして木の陰からそっと見ていました。

彼は靴箱のすのこの所で腰を下ろし、靴を履き替えながら後ろの壁に寄りかかったまたまた眠っています。

「おーい、テッペイ、起きてるのか」

「お前、ノーミソ、働いてるのか?」

五歳児の友達にまでからかわれています。

生まれてから5年間築いてきた夜行性生活はそう簡単には直せません。

生活リズムが狂ったまま小学校入学を迎えることになりました。

小学校は隣村の幼稚園よりは近いのですが、それでも牧場からは4kmあります。

子どもの足では1時間以上かかります。


「学校は8時に始まるから、7時に出発する?」

「6時か6時半に起きるのか?鉄兵には無理だ。途中で休んで眠っちゃうんじゃないか?」

それでは何時間かかっても学校に着きません。


実際には入学前のオリエンテーションで、

「登校中の道のり、民家も何もないですね。安全に配慮して毎日必ず保護者の方が校門まで送り迎えしてください」

と学校から言われましたので、車で送り迎えということになりました。

物騒な時代ですから。



この年の新入学児童は鉄兵を入れて6人ありました。

「6人も」です。

すぐ上の2年生は1人、3年生は3人、4年生は4人、5年が1人で6年が2人。

1年生が6人も一度に入学するのは何年ぶりかの快挙です。

小さな村の小さな学校です。



入学式で新入学の保護者代表の挨拶をお願いされました。

6人のうち鉄兵以外は兄、姉がいます。

つまり子どもを初めて入学させるのはうちだけのようです。


父さん、ちょっと緊張して、でも堂々と入学の挨拶をします。


「本日は無事に入学式を迎えられまして・・・(中略)・・・・・息子がまだ5歳の時、入学の半年前の十月にランドセルを買ってやりました。早くランドセルを背負ったわが子の姿が見たかったからです。それだけ小学校の入学を待ち望んでいたのです。ランドセルは季節はずれのためか、4万円以上もしてカアチャンには『それで三つも買えるじゃないの!』と怒られました・・・・・・・・・」

という挨拶でした。

どっとウケました。


入学式の後、

「4万円のランドセルですって?ホホホホ」

とか、

「男の人は値段を知らないから困るわねえ」

などと言われて恥ずかしかったのです。

4万円のランドセルに見合うだけの勉強をしないといけないでしょう。

こりゃ親の努力も必要になります。



入学式の夜は宴会の準備です。

入学式に出席するのは新入学児童の親だけではありません。

学校のPTAのほとんど全員、そればかりか地域の、昔PTAだった人、学校に通うような子どもの居ないおじさん、おばさんまでが入学式に出ています。

そうでないと生徒の数も教職員の数も少なく、実にさびしい入学式になってしまいます。

入学式の夜はこういう方たちを全部招いて入学祝の宴会をします。

新入学児童の自宅では入学式が済んだらすぐ料理や酒の準備です。

呼ばれる人も新入学児童のいる家庭をみんな平等に回って訪問して行きます。

5人も6人も新入学があるとお祝いに訪問する人もはしご酒をするみたいで忙しいのです。

この村の習慣なのです。



こうして村の人たちは小学校の子どもたちの顔と名前と学年をしっかり覚えてくれることになります。

下校途中で道草をしていても近所の人には、どこの誰の子どもか、とはっきりわかってしまいます。

これは防犯上としてはありがたいことです。



村人が集まる宴会は冠婚葬祭すべての時にあります。

最近は「婚」はホテルで、「葬」は斎場で、というのが多くなりましたが、「冠」は個人の家ですることが普通です。

「冠」つまり、出産の祝、から始まって、小学校入学、女の子は十三歳の祝(他府県の七五三みたいなものですね)、高校や大学や専門学校の合格祝、成人式・・・と、子どもの成長の節目にお祝いを、家族だけでなくご近所の人たちといっしょにお祝いするのです。

お母さん方は料理の準備でちょっとタイヘンですが、うちの父さんのように宴会でお酒を飲むのが好きな人には、入学や合格は本人やその家族でなくてもうれしいことなのでした。

→私の黒いランドセル その4につづく

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私の黒いランドセル その4

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→私の黒いランドセル その3からつづく




4万円のランドセルを背負っての登校は、毎日親が送り迎えです。

朝は相変わらず鉄兵、早起きができず、ギリギリまで寝ています。

「これ以上寝てたら遅刻するわよ!」

たたき起こして、寝ぼけ眼のまま車の後部座席に無理やり押し込んですぐ出発です。

髪を梳かしたり顔を洗ったりする暇はありません。

朝ごはんも食べる時間がないまま車に乗ったので、車内で食べるように用意しておいたサンドウィッチやおにぎりをわたします。

もぐもぐ食べていたと思ったら静かになってしまいました。

学校まで4㎞走る間にもう熟睡しています。

「着いたよ、ハイ、学校行ってらっしゃい」

せっかく気持ちよく眠っていたのにまたまた起こされて、半分眠りながら校門の中へ入って行きます。

ここで送り届けた責任を果たして親は帰宅するわけです。

そしてまた午後に迎えに行きます。

朝は毎日決まった時刻に始業開始ですが、下校はその日によって時間割がちがうし、放課後に残って作業をすることもあるのです。

校門の前で待っていても子どもはいつ出てくるかわかりません。

教室まで迎えに行くことになります。

「あら、砂場で遊んでいたのね、迎えに来たわよ、帰ろう」

「あ、お母さんお迎えですか、ご苦労さまです」

「先生、いつもお世話になってます」

「鉄兵くん、今朝も眠そうでしたね」

「実は学校に着くまで車で寝てたんですよ」

「校門を入った後も寝てましたよ」

「はい?」


どうやら校門を入ったのを見届けて安心して帰ったのですが、その後のことです。

門の近くに枝振りのいい松の木がありますが、この松の木の根元で腰を下ろして休憩してしまったようです。

すぐ後に登校してきたのは5年生の女子でした。

松の木の幹に寄りかかってランドセルを背負ったまま眠っている鉄兵を見つけた5年生は、鉄兵をおんぶして1年生の教室まで運んでくれたそうです。

「先生、校門のそばで寝ていたので運んできました」

背中に鉄兵、その他に鉄兵のと自分のランドセルを持って教室まで連れて行ってくれたのでした。

門に近い所に体育館と中学校の校舎、そして運動場を挟んで反対側に小学校の校舎がありました。

1年生の教室はその中でも一番端の遠いところにありました。

そこまで負ぶって行ってくれた上級生と眠ったまま運ばれた1年生。

普通はおんぶされたとたんに気付くと思うのですが。


「先生、今日は授業中に居眠りしていませんでしたか?」

「眠ってはいませんでしたけど・・・。午前中はずいぶんとテンション低いですね、いつも」

「いつもですか」

「朝の会の時はボーッとして4校時か5校時ころになってやっと活動的になってくるようですね」

(夜中に寝て昼頃に起きていた習慣のそのままだ)

やはり夜間小学校を探すべきなのでしょうか。

朝起きられないのは夜早く寝ないからです、もちろん。

早く寝ろと言っても布団に入ってからしばらく目を開けています。

眠れないのです。

車に乗るとその振動で眠くなるというのは赤ちゃんの時に経験済みです。

同じ手を使って父さんの運転で夜のドライブということにしました。

「おい、9時だ、車に乗れよ」

「なんで?」

「寝ろと言っても寝られないんだろ。夜のドライブだ」

「行きたくないよ」

「いいから乗って。車に揺られてたら眠くなるさ」

枕とタオルケットを持って車に乗せます。

これで30分も走って眠ることもありますが、1時間乗っていてもまだ眠れないこともあります。

生まれてから6年間夜行性の生活をしてきたのですから、生活リズムを直すのにも同じくらいの年数、あるいはそれ以上かかることになるのかも知れません。

3年後にはきりんも入学。

きりんの学年は同級生がありませんでした。

「たった一人の入学式」という見出しで地元の新聞に写真入りで記事になりました。

人数が少ない学校なので複式学級です。

つまり、1、2年生のクラス、3、4年生のクラス、5、6年生のクラスと、全部で三学級しかありません。

きりんは一人の入学でしたが同じ学級には二年生のお兄さんお姉さんが2人いました。

それで先生一人に児童が三人という学級でした。

教室そのものは普通サイズですから、どの教室も部屋の中が広々と見えます。

運動場を挟んで向かい側の中学教室も同じようなものです。

数人の中学生に、英語、理数科、国語、音楽、美術、と先生方は何人もあって少人数クラスの塾のようです。

各教科一人ずつの先生というわけにはいかないので、一人の先生が二~三教科持たれています。

それでも35人や40人の学級よりはじっくり教えてもらえます。


四年生の鉄兵と一年生のきりんを毎朝大急ぎで車に乗せて登校です。



「あー、時間がない、朝ごはんはお茶漬けでいいわね、車の中で食べなさい」

「お兄ちゃんが遅いから私まで遅刻になっちゃうじゃないの」

「まってえ、いっしょにガッコーいく」

「わー、なんでくるみまで乗って来るんだ」

「アンタは家にいていいの」

「いやだ、いく」

きょうだいに付いて行きたいのでしょう。

ランドセルとお茶漬けの茶碗を持ってバタバタと乗り込んで出発です。

牧場から学校までは以前は未舗装のガタガタ道が四㎞続いていましたが、十数年の間に少しずつ舗装されてきれいな道路になりました。

残る未舗装部分は牧場の出入り口の数mの間だけがデコボコ道です。

いつもはそこはゆっくり走るのですが遅刻しそうな時はそうも言っていられません。

ガタン、ゴトン!

「ヒャー、お茶漬けがこぼれたー」

「アツツ、膝にこぼれたよー」

「くるみ、狭い、もっと詰めろ」

「学校に行かなくていい奴は家で寝てろ」

「やだー、いっしょにいく」

牧場を出るとすぐ青い海と広い緑一色の草地が見えます。

急いでいなければいいドライブコースです。

「あ、カンムリワシ」

「どこどこ?」

見上げると電柱の上に特別天然記念物のカンムリワシがとまっています。

草地にいるカエルやネズミを狙っているのでしょう。

時間節約のため、途中で近道の農道に入ります。

畑と山に挟まれた細いデコボコ道です。

この農道を抜けるともうすぐ学校です。


ガタガタガタガタガタ・・・。

「あああ、またお茶漬けがこぼれた」

「もっと静かに運転してよ」

「ええ?!まだ食べ終わってなかったの?とばさなきゃ遅刻になるじゃないの」

ブイーン!

「わ!」

キキキーーーー!!! 

「なに?急ブレーキするからお茶わん落とす所だったよ」

「イノシシが・・・」

「あ、ホントだ、赤ちゃんもいる」

子連れのイノシシが細い山道を横断していたところでした。

山道を抜けるとまた見通しのよい道路です。

「あ、またカンムリワシ」

ゆっくり観察したいところですが、遅刻しそうなのでチラッと見て通り過ぎていきます。

大丈夫、子どもたちを送った後、帰りは少し遠回りをしてゆっくりカンムリワシを見て帰ります。

毎日何羽も見られるところに住んでいるのです。

田舎暮らしですが、こういうのを自然に恵まれていると言えるんでしょう。


と、ここでふと後部座席を振り返って見ると・・・。

「・・・・・・あ、・・・運動靴・・・・」

車に乗るときには鉄兵はふだん家で使っているゴムぞうり履きでした。

時間がないので運動靴を車に放り込んで、降りる直前に履き替えるはずでした。

「あーあ、ぞうり履きで登校しちゃった・・・」


→私の黒いランドセル その5につづく

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私の黒いランドセル その5

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→私の黒いランドセル その4から つづく



鉄兵が高学年、きりんが低学年になると、授業が終わる時刻が大きくちがいます。

おまけに四年生以上になるとクラブ活動というのがあって、さらに遅くなります。

きりんを迎えに行って帰宅して2時間もするとまた今度は鉄兵の迎えです。

牧場の仕事もあるのでその合間を縫っての往復です。

きりんを迎えて帰ったと思ったら電話が鳴ります。

「もしもし、お母さん?」

「あ、てっぺいなの?」

学校の電話を借りてかけてきているようです。

「今日は部活がないから今迎えに来て」

ひぇー、今帰ったばかりなのに・・・。

そうかと思うと、

「きりん、迎えに来たわよ」

「あ、お母さん、今日は居残りの作業があるから、あと1時間たってから迎えに来て」

「え?」

一度帰るか、学校の前で待つか微妙なところです。

家まで往復で8㎞あります。

30分くらいならそのまま待ちます。

帰ってもまたすぐ出て来ることになるからです。

1時間半なら一度帰ります。

少しですが家事など仕事ができるからです。

その中間というと迷うところです。

(帰っても洗濯物を取り込んだらもう行く時間になっちゃうし、校門の前で1時間待っていてもすることがないし、時間がもったいない・・・)


そして、鉄兵六年生、きりん三年生になると、くるみが幼稚園入園です。

朝はくるみ念願のきょうだいそろっての登校です。

ここの幼稚園ではいつもは11時にお迎えです。

行ったと思ったらもうお帰りです。

お弁当は週一回だけ。

その時は午後1時のお迎え。

というわけで、11時にくるみの迎え、4時過ぎにきりんの迎え、6時に鉄兵の迎え、それと朝の送りと、毎日四回学校を往復することになりました。

忘れ物を届ける時にはそれ以上です。

歩いて往復2時間かけて取りに帰っては授業が終わってしまいます。

一日の半分くらい送り迎えをしている気がします。

他の子たちは歩いて通学しています。

どうしても牧場の仕事で手が放せない時は、迎えに行くまで学校近くの子の家で待たせてもらうこともあります。

後で迎えに行くと近所の子たちが集まって仲良く宿題をしています。

「ああ、学校が近いと送り迎えしなくて済むんだけどなあ」

とぼやいたりしましたが・・・。

(数年後にはそれが現実のこととなるのです。)

牧場の経営が苦しくなってきて規模を縮小していって、ついには閉鎖されることになるからです。

そのお話はいずれ後で詳しく載せましょう。



鉄兵の中学入学とくるみの小学校入学が重なります。

入学式は小中同時に行なわれます。

「くるみのランドセルはお兄ちゃんのをもらって使わせよう」

きりんの時は赤いのを買ってやりました。

まだ鉄兵が四年生でランドセルを使っていたからです。

4万円ではなく普通の値段のでしたが。

「ねえ、おにいちゃんのランドセル4万円だったんでしょ。わたしのランドセル、いくらだった?」

と、年のわりにオマセなきりんに尋ねられて答えにくかったです。

「なあ、くるみ、ランドセルはおにいちゃんの黒いのでもいいだろ」

「え?う、うん。いいけど・・・」

服も靴もいつもお下がりが多かった末っ子のくるみ、ちょっとかわいそう。

しかも女の子なのに黒のランドセル。

「黒いのはイヤかなあ」

「・・・・・・・」

「あのね、都会のお勉強のできる子たちの行く学校は女の子も全員が黒いランドセルなんだよ」

いわゆるお嬢様学校と言われる女子大学の付属小学校は黒いランドセルが多いですよね。

「本当?」

「そうだよ、それにお兄ちゃんのランドセル使ったら、お兄ちゃんみたいに頭よくなるかもよ」

たしかに鉄兵は国語や算数の勉強がよくできました。

一人ぼっちで過ごした幼児のころ文字のジグソーパズルやカードで遊ぶ毎日だったからでしょうか。

自然と2歳のうちにカタカナ、ひらがなが読めるようになって、そんなことにばかり興味があったからかも知れません。

将来はどうなるかわかりませんけど。


「じゃあ、黒いのでもいいよ」

「お母さんもねえ、小学校に入学した時、ランドセルは赤じゃなかったんだ」

「へえ」

「茶色だったの」


東京に住んでいたころです。

六歳のときに親に連れられて買いに行って、どれがいいかと聞かれて、選んだのが茶色のランドセルだったのです。

ただその時は女の子が赤いのを持つのが一般的だということを知らなかっただけのことです。

入学後に女の子がほとんど赤で自分の茶色が目立っていることに初めて気付いた世間知らずの子どもだったのです。

もう一人黒いランドセルを持っていた同級生の子がいましたが、彼女は卒業してから「お茶の○女子大学付属中学」へ進学したのでした。


→私の黒いランドセル その6につづく


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私の黒いランドセル その6

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→私の黒いランドセル その5 から つづく


黒いランドセルはさすがに4万円の価値はありました。

鉄兵の同級生は毎日使っていたランドセル、卒業前についに肩紐が切れてしまって、六年生の最後のころは手提げカバンで登校していました。

鉄兵のランドセルは少々乱暴に使ってもほとんど傷んでいません。

もし弟が2人いたら三代使えそうです。

三倍高いだけのことはありました。

入学式で、また父さんが挨拶です。

「うちのくるみのランドセルは黒です。兄のお下がりだからです。女の子なのにかわいそうと思う人がいるかも知れませんが、物を大切に使うことを教えたいので黒いのを持たせます」

と演説。

黒いランドセルで通学が始まりましたが、からかう子はいませんでした。

1年生はくるみを入れて3人。

級友の二人とも幼稚園の時からの仲良しでした。

少人数のクラスで、持ち物ごときで仲間はずれにしていたら自分が遊ぶ相手がいなくなってしまいます。

からかうどころか、中学に進んだ上級生が

「女の子で黒はかわいそうだな。まだ十分使えるのがあるからあげよう」

と言ってくれたり、教頭先生が

「娘ので新品のが一つ余っているから使ってくれないか」

と言ってくださったり。買わなくても不自由なさそうでした。

かと言って、物を大切に使うために、と宣言した手前、ただならください、というのも気が引けてそのまま黒いランドセルを使っていました。

姉のきりんの赤いランドセルはまだ使用中なのでお下がりはできません。

きりんが小学校を卒業して赤いランドセルのお下がりをもらえる時には、くるみは四年生になっています。


くるみが二年生のとき、担任の先生が黒いランドセルについての作文を書くように勧めてくださいました。

沖縄県金融広報委員会の主催する「お金の作文」というコンクールに応募したのです。


「私の黒いランドセル」

という題名で、黒いランドセルを使うことになったいきさつや心理描写が正直に書かれてあって上手にまとめまとめられました。

女の子で(お嬢様学校の校章入りの学校指定ではなく)お下がりの黒いランドセルというのも珍しいことですし、内容が変わっていたので、なんとその年の特選の賞をもらっちゃいました。

那覇での表彰式に参加するための往復航空券付きです。

ラッキー。

『お金を大切に使いましょう』いう趣旨の広報のための作文ですから、くるみの家でどうやって節約しているか、ということも書いてあるわけです。

おまけに

「おかあさんは、二十五年前のワンピースをまだきています。」

とか

「お父さんも、ボロボロのTシャツをつけて毎日おしごとをしています。うちの中の こわれたどうぐも、すてないで なおしてつかっています。」

などと実に正直に書いています。

さらに、

「おなべや やかんの古いのは犬やヤギに水を飲ますときにつかいます。

お父さんはいつも

もったいないだろう、まだつかえるのに、すてないでくれよ

と言っています。」

と、我が家の内情を書き綴っています。ちょっと気恥ずかしい。

そして最後に

「わたしは、えんぴつも みじかくなるまでつかうことにしています。むだをなくしてお金をたくさんためて、おとなになったら おだんごやさんをするのが わたしのゆめです。」

と結んでいます。

う――ん、審査員の心に届きそうな作文ですねえ。

この作文以来、我が家では

「すてないでくれよ」のフレーズが流行りました。

少々髪も薄くなってきた父さんが、忙しく家事をしている女房や学校の宿題であたふたしている子どもたちに、そう呟く姿は、悲哀を感じるものがあります。

すてないでくれよ、まだ使えるじゃないか

→秘密の山小屋その1 につづく




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